感心と確信
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「半端はやめる」
宿題の答えと共に紅暁の切っ先を向けるリース。
事情を知らず、突然武器を持ち替えたリースに困惑していた面々も、その姿から伝わる気迫に自然と息を呑む。
「貸せ」
……にも関わらず当のアヤトはどこ吹く風、コートのポケットから出した右手を伸ばし紅暁を所望。
「ん」
しかしリースは片手で器用に紅暁をくるり、柄を向けて素直に従ってしまう。
思わぬ展開に張り詰めかけていた闘技場内の空気が一気に緩む中、アヤトは知ったことかと紅暁を受け取り感触を確かめるよう軽く振るい刀身に目を向ける。
「完成したのはいつだ」
「三日前」
「ほう? こいつを十日ほどで仕上げたのか」
「寝る間も惜しんでがんばってくれた」
「なら感謝しないとな」
「もちろんしてる」
「しかしツキも腕上げたじゃねぇか。実に見事な一振りだ」
などとアヤトが称賛するよう紅暁は朧月に近い長さと反り。
しかし世界の穢れすら浄化しそうな美しい輝きの朧月に対し、紅暁は闇夜のような黒い刀身に紅い刃が妖艶な輝きを放っている。
それでも柔らかな優しい印象を与える不思議な魅力があり、工芸品としても多くの貴族が求めるだろう。もちろん見目だけでなく性能も充分な一振り。
完成に半月ほど掛かったらしい新月に比べても、見劣りどころか成長を窺えるとなればアヤトも称賛して当然なのだが問題はそこではなく。
「命は紅暁か……なるほどな」
「何がなるほど?」
「使い手がこれではツキが浮かばれんな」
「……むう」
「……二人とも、いい加減にしなさい」
状況無視で雑談を続ける二人に審判から注意が。
試合直前に多少の挑発行為や会話は認められているが、さすがに度が過ぎていた。
だがそこはアヤトとリース、注意を受けてもマイペースを崩すことなく。
「そろそろ始めるか」
逆手に持ち替えた紅暁を手首のみで放ち、リースの左腰の鞘に納めて背を向ける。
「始める」
「…………」
アヤトの曲芸に動揺もなくリースも背を向け、距離を空けるので審判は開いた口がふさがらなかった。
◇
「……もっと言うことあるでしょう」
闘技場内が微妙な空気に包まれる中、精霊力を集約した聴覚で二人のやり取りを聞いていたロロベリアもさすがに呆れていた。
毎日一緒に寝るほど大切にしていた炎覇を手放し、精霊術を捨てると答えたリースの覚悟を無視してアヤトは紅暁に注目。
そんなアヤトに憤りもなく平然とやり取りをするリースもリースで。
「さすがアヤト、アタシをよく分かってくれてるぜ」
同じく精霊力を集約して聞いていたツクヨはアヤトの感想に満足気。どうやら完成度の称賛よりも、命に刻んだツクヨの想いを理解してくれたのが嬉しいようだ。
ロロベリアもツクヨが刻んだ想いは気になるも、今は別のことが気になるわけで。
「……結局、リースの答えは正解なんですか」
精霊術士が精霊術を捨てる、また槍から刀に持ち替えるのが己の強さを知るという答えにどう繋がるのか。
そもそも慣れ親しんだ槍から今まで触れたことすらない刀に持ち替えるのは得策ではない。
ツクヨから槍と刀の特性も踏まえて、なぜリースに勧めたか教わっている。
幼少期から小柄なリースは間合いが広く、遠心力から威力も出せることで体格差を補える槍を選んだ。長さがある分、近接戦には不利でも柄の持ち位置を器用に変えて十分対応していた。
だがツクヨ曰くリースは物怖じせず相手の間合いに踏み込める度胸があり、小柄だからこそ懐に入れば小回りが利く。また剣よりも軽く斬るに特化した刀で速度を最大限に活かした戦い方が向いているのではないかと以前から考えていた。
それでもリースが槍を好んでいたので控えていたが、伸び悩んでいるのなら試す価値はあると提案したらしい。
故に一か八かの提案で、最終的にリースが選んだのならロロベリアがとやかく言う筋合いはない。
またラナクスに戻ってきた時に見たリースのワクワクした瞳から、この武器変更は期待できる。
しかし、いきなりアヤトとの対戦で変更するのは酷。そのアヤトが刀に慣れ親しんでいるなら尚更不利で、紅暁が三日前に完成したなら一度くらい本番で使ってもいい。
それとも刀という秘策をアヤトとの対戦まで隠そうとしていたのか。
「正解ねぇ……どうも白いのちゃんは勘違いしてるみてーだな」
「え?」
などとロロベリアなりに疑問を払拭しようと思考を巡らせていたが、ツクヨの盛大なため息によって中断させられた。
「だからアイツらの態度も理解できねーんだよ」
「……えっと」
横目で見据えるツクヨから呆れというよりも落胆が伝わりロロベリアは焦りを滲ませる。
自分はいったいなにを勘違いして先ほどのアヤトやリースの態度も理解できないのか。
「ツクヨさま、それはどのような意味でしょう」
ロロベリアより先にマヤが嬉々としてツクヨに質問するも苦笑で一蹴。
「まずは見てろ。つーか始まるぞ」
顎で促すよう、フィールドでは既に二〇メルの距離を空けて向き合うアヤトとリースが。
月守の刀身を方に乗せるアヤトお約束の構えに対し、リースは左手を鞘に添えて右手で柄を握り前傾姿勢の構え。
疑問は残るもツクヨの言う通り、今はなにより二人の戦いに注視するべきとロロベリアも切り替え。
『試合開始――!』
審判の合図と共にリースは精霊力を解放。
しかし動くことなく構えたまま深呼吸を。
一度、二度、そして三度目の繰り返しから――
「行く」
呟きと共に地を蹴りアヤト目がけて真っ直ぐ駆けた。
速度に乗りそのままの勢いで瞬く間に距離を詰め、右足が間合いに入るなり紅暁を抜刀。
鞘滑りから繰り出す下段からの一閃に動じずアヤトも月守を振り下ろす。
「ほう?」
「…………」
紅と淡い金の刃が交わり、闘技場内に澄んだ金属音が響く中、悠々と防いだアヤトは感心したような反応。
一方防がれたリースは鍔迫り合いを避けて一度後退。紅暁を両手に持ち替え再び間合いに入り斬りつける。
大振りせず最短の軌道から繰り出すリースの連撃をアヤトは一つ一つを冷静に防ぎ、時にはいなしつつ左手一本で余裕の対応。
リースは驚くことなく無心で後退、前進を繰り返しながら攻め続ける。
相手の思考や視線、筋肉の動きといった様々な情報から未来視のような先読みを可能とするアヤトの防御技術は今さら驚くことではない。
それよりも驚くべきはリースの方で。
「アタシの見立てもなかなかのもんだろ」
得意げにツクヨが胸を張るよう、リースと刀の相性は良いようで槍以上の速度で攻めているのはロロベリアでも見て取れる。
ただいくら相性が良くてもこの短期間でここまで馴染むものなのか。
細かな技術までは理解できないが、少なくともロロベリアから見てもリースの斬撃に淀みがなく。
むしろ幼少期から刀を愛用しているツクヨと比べても遜色なく感じるのは気のせいか。
「さすがにまだ負けねーよ」
ロロベリアの心情を読んだようにツクヨは否定。
しかしその否定は両者の実力に関してでしかなく。
「でもま、純粋な剣術なら速攻で抜かれるだろーけどな」
刀の扱いでは既にリースは近い領域にいると認めた。
◇
一方、対面の東側観覧席で見守っていたユースも槍から刀に持ち替えたリースに困惑。
だが二人の天然気質なやり取りに笑いを堪えつつ、ある推測も立てていた。
故に試合開始からはリースの一挙手一投足に集中、初撃から流れるように始まった攻防で確信。
アヤトの言っていた下地とは、リースに刀を振るわせるもので。
「……そういうことかよ」
その下地作りは半年前から始まっていたと。
アヤトが感心したリースの初撃、ユースが確信した下地については次回で。
ちなみにアヤトとリースは似た者同士ですよね……。
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