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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第十章 先達の求めた意地編
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歩み出す

アクセスありがとうございます!



 水精霊の周季が始まって半月が過ぎた頃――


「さて、と」


 まだ夜が明け始めた薄暗い時間帯、最終確認を済ませたツクヨは家の施錠を。

 ただ住居は疎か鍛冶場にも金目の物はなく、教国から戻って以降少しずつ処分しているので今は家具と最低限の雑貨しか残していない。

 必要なのは数着の衣類と鍛冶道具、父が残した書物のみ。全財産も手にしているバッグに詰めているので窃盗に入られても傷手はないが、しばらく家を空けるなら施錠は当然。

 故に感慨深い気持ちで一八年暮らしていた建物を眺めていたが、寂しさよりもちょっとしたワクワク感から笑みを零しつつ鍛冶場の裏に向かった。

 そこには刀身を模した墓標が二本、寄り添うよう大地に突き刺さっている。一本は月守のような淡い金の、もう一本は朧月のような白銀色。

 前者は母のレーイエが亡くなった際、父が丹精込めて打ったもの。

 後者はその父が亡くなった後、やはりツクヨが丹精込めて打ったもの。

 墓標を刀身に模して自ら打つ辺りが刀に生涯を賭けた父らしく、ならばと全てを受け継いだツクヨも打った。

 まあ父に比べてまだまだな出来ではあるが弟子として、娘としての感謝は全力で込めたので許して欲しい。

 ちなみに父の墓標をこの色合いにしたのは、母の墓標と同じく父の最高傑作の一振り朧月をイメージしたからで。


「親父、お袋……いってくるぜ」


 手を合わせ、両親に挨拶を済ませたツクヨは墓標に背を向ける。

 父が望んでいたように広い世界を見るとは少し違うが、この旅立ちはツクヨにとって必要なもの。

 つぎ二人の墓標に手を合わせる時、父が残した最高傑作の二振り、月守と朧月を超えた一振りを生み出したと報告する為に。


 決意を秘めたツクヨが向かったのは王都で。


「なんだかなぁ……」


 通された豪華な応接室を見回しツクヨは苦笑していた。

 王都に到着したツクヨは馬車乗り場まで迎えに来てくれたラタニと合流してまずは住居へ。

 教国から帰国する際、アヤトとマヤを通じてラタニと話し合った結果、王都にあるラタニの家にしばらく居候することになった。ただリビングの惨状を見るなり何故アヤトが簡単に許可してくれたのかを理解したものだ。

 それはさておき、アヤトの影響ですっかり綺麗好きになったツクヨなので徹底的に掃除をしたいところだが、早々に済ませておきたい案件があるので荷物を置いて外出。

 ただラタニは業務で忙しいので別行動、ツクヨが向かうのは王国屈指の商会。

 つまりツクヨの目的はニコレスカ姉弟の母であり、ロロベリアの義母にもなるクローネで。

 さすが王国屈指と謳われるだけあり建物も立派……なのだが物怖じしないのがツクヨ。受付で自分の名前とクローネに会いたいと告げれば最初こそ怪訝な対応をされるも、確認が取れるなりすぐさま駆けつけた従者らしき人物から恭しい対応を受けることに。

 クローネも会ってくれるらしく、それまで待つよう応接室まで案内してもらい現在に至る。


「つーか、やっぱアイツら貴族なんだなぁ」


 田舎育ちが故に貴族と無縁だったツクヨは今さらながらの実感をするも普段のニコレスカ姉弟やロロベリア……というよりもニコレスカ家がある意味貴族らしくないので仕方がない。

 そして実感が湧こうと関係なく、一人豪華な応接室に残されても緊張しないのがツクヨ。用意されたお茶と菓子をのんびり楽しむことしばし。


「あなたがツクヨさんね」


 クローネが応接室に入ってくるのに合わせてツクヨもソファから立ち上がる。


「ツクヨ=ヤナギだ」

「クローネ=フィン=ニコレスカよ。お会いできるのを楽しみにしていたわ」

「そりゃどうも」


 にこやかに握手を交わして自己紹介を。

 クローネと入室してきた従者は不躾な対応を咎めることなく、テーブルにある空のカップにお茶を注ぎ、クローネのお茶も用意してそのまま退室。

 事前に指示を受けていたのか、二人きりになるとクローネは対面のソファに腰掛けツクヨにも座るよう促した。


「待たせてごめんなさいね」

「謝る必要ないですよ。つーかアタシこそ急に押しかけてすんません」

「その謝罪こそ必要ないわね。だって私が遠慮なくと書いたもの」


 頭を下げるツクヨに微笑みクローネはカップに口を付ける。

 以前、ユースから渡されたクローネの手紙に王都に来たら遠慮なく遊びに来てとの文面があったのでツクヨもアポなしで訪ねたのだ。

 ただツクヨも鵜呑みにしたわけではなく、事前にアヤトからクローネの為人を聞いたからで。

 もちろんニコレスカ姉弟やロロベリアにも質問しているが、気難しいアヤトの印象が最も参考になる。

 そのアヤトがクローネがそう書いているならそれこそ遠慮はいらないとのお墨付きをもらった。なので試しに受付で名前と面会を希望すればこの状況。

 本来クローネほどの立場ならこうも簡単に面会など叶うはずがない。

 しかしツクヨなら別。父から受け継いだ鍛冶の技術や知識の価値を知るからこそ無理をしてでも時間を作るとツクヨ自身も承知の上なのだが、決め手になったのはやはりアヤトの私見。

 クローネが技術や知識を求めているのは確か。

 だがそれ以上にツクヨと会いたい理由は単純明快。


「それよりもリース、ユース、ロロがお世話になってます」


 子どもたちの友人にちゃんと挨拶をしておきたい。

 どれだけ忙しかろうと、それだけの為に時間を作れる母親だとアヤトが教えてくれた。

 そして実際に対面し、向ける笑みでツクヨも理解した。


(なるほどな……アヤトに言わせるだけの人だわ)


 クローネなら信頼できると。


「どうかした?」

「……いや、こちらこそあの三人には良くしてもらってますよ。それよりも急に押しかけてあんまし時間取らせるのも忍びないんで、早速だけど本題に入らせてもらって良いですか」

「本題? なにかしら」


 故にツクヨは本来の目的を切り出した。


「王都一の商会を率いるクローネさんの力を貸して欲しい」


 この要請に対し首を傾げていたクローネの雰囲気が変わった。

 言うなれば母から商会長としての顔に。


「続けなさい」

「鉱石が欲しい。ただ市販に出回っているような物じゃなく希少な物だ。とにかく片っ端から集めてもらいたい」


 さすがは王国屈指の商会を纏める女傑と呼ばれるだけあり、先ほどの和やかな空気が一変して引き締まるもツクヨは物怖じせず続けた。

 そう、ツクヨの目的は武器の材料になる鉱石。

 父のジンは一般的に使われている物を革新的な技術で本来の特徴を限界まで引き上げていた。なんせゼレナリアのような田舎周辺では希少な材料は手に入らないし、目立つ活動を控えていたのもある。

 また資金という壁や、平民では情報を集めることすら困難で一般的な材料で試行錯誤を繰り返すしかなかった。

 しかし良い材料を使えば良い武器が出来るのは当然。なにより父から受け継いだ技術や知識があれば、これまで武器として使うのも困難だった物、向いていないと除外されていた物も扱える可能性がある。


 刀の可能性に生涯を費やした父が通らなかった別の可能性、これこそ父を超える為に見出したツクヨの新たな道。


 その道を歩むだけの縁に恵まれているなら、試してみる価値はある。

 だからこそクローネを頼った。

 王国屈指の商会なら多くの情報が手に入る。

 それこそツクヨの知らない鉱石だろうと手に入れるだけの繋がりや財力もある。

 もちろん協力に対する報酬をツクヨは払わなければならないが、それに関しても考えがあってのこと。

 むしろクローネ以外にこのような提案など出来ない。


「報酬はアタシが親父から受け継いだ知識の全てでどうだ?」


 平然と交渉を持ちかけているがツクヨも父の残した知識にどれほどの価値があるかを理解している。また第三者に広めて良いほど軽くはないとも重々承知だ。

 それでもクローネなら託せる。

 父の知識を、技術を、きっと良い形で世に送り出してくれると信頼できた。

 ツクヨの要望を静かに耳を傾けていたクローネはため息一つ。


「少し意外ね。アヤトちゃんから聞いたあなたのイメージとかみ合わないわ」


 言葉通り改めてツクヨを見定めるような視線を向ける。


「私の勝手なイメージだとあなたはお父さまから受け継いだ知識や技術を広めるのを良しとせず、あなた自身も目立つのを好まない。また材料に拘るのも職人としての気質ではあるけど、それ以上に腕を磨くことで良いものを作る、という拘りがあるタイプ」

「…………」

「なのに伝手や財力に物を言わせてあなたのお父さま……師匠を超えようとの気概を感じるわ。こう言っては何だけど、どうしてそんな安直な方法を選んだのかしら?」


 さすがと言うべきかクローネは相手の本質を見抜くに長けているようで、だからこそツクヨの覚悟に疑問を抱いている。

 クローネの疑問も最も。ツクヨ自身がこのやり方が安直だと感じていた。

 それでも今はなり振り構っていられないと、ツクヨはこの疑問に対する正直な気持ちを口にした。


「……朧月より僅かに長く、また僅かに重く。しかし朧月よりも堅牢で、限りなく近い切れ味。最後に朧月と同じく精霊術を斬るに叶う刀だと最高だ」

「…………それは?」

「アヤトが新しい刀を依頼した手紙に書いてあった要望だ。つってもどうせ今のアタシには無理だろうから、とりあえず出来るだけ堅牢で取り回しの利く刀を頼むって続けてたけどな」


 あの要望を読んだツクヨも察している。

 朧月は父がアヤトの為に打った一振りではあるも、それは二年前のアヤトに合わせた刀でしかないと。

 もちろん父もアヤトの成長を予想した上で朧月を生み出した。現に今も充分相応しいと言えるが所詮は予想。

 つまり今のアヤトが求めているのは前者の要望を兼ね備えた刀で、察した上で無茶な要望を簡単に出すと呆れながらもツクヨは嬉しかった。

 わざわざ書き記したのは父の打った朧月以上の一振りをツクヨが打ってくれるとの期待しているからだ。

 一方的に取り付けた約束でも、アヤトは叶えてくれると待っているのだと。


 その結果ツクヨが打った一振りが新月だった。


 強度を追求して黒金石を使い、しかし重量や取り回しを考慮に入れて朧月よりも短くして要望通りの刀を完成させたのだが。


「アヤトも満足してくれたよ。ま、妥協した要望通りの一振りに違いねーからな」


 それは今のツクヨが打てるレベルの刀でしかなく、今のアヤトが理想とする一振りとはほぼ遠い。

 それでも期待に応えられたと誇らしかった。

 気難しい友人が成長したと褒めてくれて嬉しかった。


 だが、その程度で満足した結果が新月の末路だ。


「アイツはテメェの腕が未熟だから新月をダメにしてすまなかったってアタシに頭を下げてくれたよ。たく……普段は素直じゃねーくせに、どれだけアタシの腕を信頼してんだって浮かれちまうぜ」


 カナリアだけでなくロロベリアからも新月の末路を聞いた。

 聖剣と打ち合い、新月が砕けた瞬間アヤトが動揺したように見えたと。

 その動揺はツクヨが強度を重視して打った新月が聖剣に砕かれるはずがないと、アヤトが信頼していたから生まれたものだ。

 聖剣だろうとツクヨの新月が打ち負けるはずがないと信頼してくれるのは悪友冥利に尽きると誇らしくもあり。


 敗北させてしまった自分の未熟さを悔いた。


「でも浮かれるわけにはいかねーよ。アイツがアタシを信頼してんなら、それに見合った一振りを打ってやらねーでなにが悪友だよ。いつか、じゃねぇ。今すぐにでも期待に応えてやりたい、応えてやれるアタシでありたい。なら少しでも可能性があるなら何でも試す。もうアタシのへぼさ加減で大事なダチを危険にさらすのは……ゴメンなんだよ」


 その悔しさが今のツクヨを突き動かし、父とは違う新たな可能性を歩む覚悟を固めた。

 ツクヨの覚悟を再び静かに耳を傾けていたクローネは小さく頷き。


「納得できたわ。その上であなたの要望に対する私の答えを言わせてもらうなら、()()()()

「…………っ」


 拒否されると思わなかったのか、ツクヨは信じられないと目を見開く。


「だってなり振り構わない目的がアヤトちゃんの為なら、私が儲けすぎだもの」

「…………?」


 しかし続く言葉が呑み込めずキョトンとなるもクローネは淡々と続けた。


「だからあなたの要望に対する私の条件は……そうね。まず確認するけど、あなたしばらく王都に滞在するの?」

「え? あ……ああ、ラタニさんのところで世話になるつもりだけど……」

「ラタニちゃんのお家? それだと鍛冶が出来ないから、私が用意しましょう」

「は? 鍛冶場を用意? クローネさんが?」

「場所は要相談として、その鍛冶場で製作したナイフや包丁などは私の商会に下ろしてもらうわ。もちろん代金は払います」

「ちょ、それは――」

「それと月に一本か二本、ロロやリースに打ったような武器も下ろして欲しいわね。そちらの代金ももちろん払うとして、出来るだけあなたが満足する相手に売り渡すと約束するわ」

「いや、だから――」

「そして最後の条件だけど、サーヴェル……私の夫にも一振り打ってくれないかしら? あと、あなたと手合わせしたそうにしているから相手をしてあげて。以上を承諾してくれるなら交渉成立なのだけど」


 どうかしら? と、最後まで口を挟ませず告げて首を傾げるクローネに対しツクヨは言葉がない。

 どうもなにもクローネの提示した条件はツクヨにとって好条件ばかり。

 しかも父から受け継いだ知識や技術の開示が一切なかった。

 これではクローネに不利益ばかり。なぜこのような条件になったのかツクヨは理解できなくて。


「どうもあなたはお父さまから受け継いだ知識の価値を正当に評価してないようね。今の条件でも十分すぎるほど私の利益になるわよ」


 そんな心情を察してか、どこか呆れたようにクローネは正す。


「そもそもあなたが受け継いだ知識はただの知識ではないの。お父さまが生涯を賭けて積み重ねた大事な知という宝物なのよ。なのに娘のあなたが安売りしてはダメよ」


 ツクヨの評価、受け継いだものをまだ軽んじていると。

 お金以上に価値のある想いを理解していないと注意した上で。


「なによりアヤトちゃんの為だもの。私が拒否する理由がないわ」

「……アヤト?」

「ロロと結婚したらアヤトちゃんは私の息子になるもの。息子の為なら母として協力するのは当然。だから無償でも良いのだけど、無償の協力をあなたは望むようなタイプではない。なら先ほどの条件が妥当とは思わない?」

「……気の早いことで」


 嬉々として問いかけるクローネにツクヨは笑うしかない。

 結局のところアヤトの私見通り。

 どれだけ忙しかろうと、子どもの友人に挨拶をする為に時間を作れる母親だからこそクローネは協力してくれたのだ。

 その上で子どもの為に覚悟を固めてくれた友人のツクヨにも痼りの残らない条件を提示してくれた。

 先ほどのお説教も踏まえて改めてクローネの為人を理解したツクヨは、アヤトの私見抜きですっかり魅入られてしまった。


「んじゃ、オマケの条件としてアヤトが白いのちゃんとくっつくように、アタシも陰ながら応援するでどーですか?」


 故にこの人が望む未来に協力したいと追加条件を提示すれば、クローネ呆気に取られて。


「よく出来ました」


 最後は母としての楽しみが滲む笑みを浮かべ、二人の交渉は成立した。




『幕間 厄介な依頼』でツクヨが称賛していた相手はクローネさんでした。

またサクラとの別にクローネにも協力を求めてまでツクヨは完成させていたのはアヤトの新しい刀でした。

ジンとは違うやり方ではありますが、今を生きて良縁に恵まれているツクヨだからこそ歩ける新たな道でしたね。

その道の先がどうなるかは……もちろん後のお楽しみと言うことで。


さて、次回の更新もまたの後の本編に関係する内容。

やはり十章でさらりと流したあの内容となっているのでそちらもお楽しみに!


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読んでいただき、ありがとうございました!



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