僅かな意地
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「あああああ――っ!」
「うぉぉぉぉ――っ!」
ミラーとフロイスが地を蹴り、遅れてレイドとカイルも飛び出すのは開始直後の連携と同じ戦法。
『満開の紅き荒野・導きと廃墟の帷に――』
しかしティエッタは詩を紡ぎ始め、前方にシャルツが陣取った。
つまりティエッタが広範囲精霊術を放つまで五人で死守する戦法。
成功しても足止め役の五人は巻き込まれるが、精霊力を含んだダメージは精霊力を対価に精霊結界で軽減できる。
精霊士のフロイスとミラーの精霊力が枯渇しない威力を見極め、条件を満たす精霊術を放つなら精霊術士として最も総合力が高いティエッタが適任。
対しアヤトは一撃でも受ければ精霊器が発動して敗北。
故に威力よりも範囲と速度重視の精霊術を優先すればいい。
もちろんティエッタといえど詩を紡いでもフィールド半分を覆う精霊術が精々なら、アヤトは放たれる前に範囲外まで後退すればいいだけのこと。
しかしここまでの遊びに対するアヤトのスタンスなら真っ向勝負を選ぶはずとの確信があった。
「さて――」
むしろこの戦法も読んでいたのか、ミラーとフロイスが地を蹴ると同時にアヤトも飛び出していた。
つまり精霊術が完成するまで五人でティエッタを守り切る作戦。
この人数差なら充分な時間だが相手はアヤト。
「ひあああ――っ」
「ふんっ」
「どけっ」
同時に振り下ろされた大剣と紅蓮を地面スレスレまで身をかがめて躱しつつ月守を一閃。足に打ち込まれて倒れる二人に構わず更に前へ。
『弾けろ!』
だがアヤトの進路上にレイドが精霊術を発動。
圧縮された空気が弾けるもアヤトはサイドステップで回避。
「はぁぁ――っ!」
しかし回避方向に構えていたカイルの剣が振るわれた。
完璧なカウンターに思われたが接触寸前アヤトの姿が消えて。
「よっと」
右手でカイルの肩を掴んで一回転、飛び越えざまに無防備な背中に蹴りを入れた。
『放――』
「うぜぇっ」
更に着地するなり追撃の精霊術を放とうとするレイドにナイフを投擲。
肩口を掠めるナイフに表情をしかめるレイドを確認せずアヤトは疾走。
『囲いなさい!』
最後の一人となったシャルツはサーベルを抜きつつ岩壁を顕現。
シャルツ、岩壁と遮られるもアヤトは止まることなく跳躍。
「借りるぞっ」
そのままシャルツの肩を利用して更に跳躍することで岩壁をも飛び越え、眼下で詩を紡ぎ続けるティエッタをついに捉えた。
五人の足止めされた二〇メルの距離を詰め、ナイフを手にした瞬間ティエッタが顔を上げて――
『――お待ちしておりましたわ』
微笑むなり敢えて精霊術を暴発。
ティエッタを中心に爆炎が巻き起こった。
◇
「うそ……だろ」
爆破の余波によって土煙で覆われたフィールドにディーンは茫然自失。
フロイス、ミラー、カイル、レイド、シャルツの五人の足止めも叶わずアヤトに突破されてしまった。
だがティエッタは迷わず自爆――精霊術の暴発を選択。
結果として頭上にいるアヤトを巻き込めたがあまりに危険な行為。
ディーンも序列戦で同じ戦法を選んだ。しかし風と火の精霊術では威力が違う。
暴発させたティエッタはもちろん、周囲にいた五人も円上に広がる炎に巻き込まれてしまった。
自暴自棄とも呼べる自殺行為に観覧席で見届けていた他のメンバーも目を見開き、言葉を失ってしまう。
「心配しなくても先輩方は平気でしょ」
そんな重苦しい空気を振り払うようユースの楽観的な意見が。
「そもそも先輩方は最初っからこれ狙ってたんじゃないかと。ですよね、カナリアさん」
「恐らくですが……良く気付かれましたね」
「……どういう意味かな」
苦笑交じりにカナリアも同意するのでたまらずアレクが問いかければ一同の視線が集中する中、ユースは平然と続けた。
「要は先輩方が選んだ作戦は精霊術をぶっ放すまでアヤトを足止めする、じゃなくて確実にアヤトを暴発に巻き込むものだったってことっすね。だからティエッタ先輩もそれありきの制御をしてた、序列戦のディーン先輩みたいに」
「私もそう思います。ティエッタさんが詩を紡ぎ始めた際、集約される精霊力の量がそれほど多くありませんでしたから。第一、アヤトさんが突破を選ぶと予測していたのなら、規模を広げる必要もありません。なのでティエッタさんも放てれば御の字……ですが」
「放てばアヤトが感づいてデタラメな回避する可能性があるっすからね」
故にギリギリまで誘い込み暴発させた。
恐らくシャルツの岩壁もアヤトに飛び越えさせる為に顕現したものであり、ティエッタに対する合図でもあったというのがユースとカナリアの見解で。
「だからラタニさんも最後まで静観してた。でも精霊力を感知できないアヤトは気づけず誘いに乗ったと」
「なるほど。隊長に対する信頼でユースさんは気づけたわけですか」
「カナリアさんと違って、ここからじゃ細かな量まで感知できないっすからね」
カナリアほどの感知力のないユースがこの作戦を察したのも審判役のラタニの様子からだった。
また二人は気付いていないが、範囲や速度重視の精霊術にしては視認できる精霊力の量が少ないとミューズも察していたりする。
まあミューズは暴発という危険な方法を選んだことに驚いてしまったが。
「とにかくフロイス先輩やミラー殿が飛び出したのも、暴発の中心から出来るだけ離れる為でもあった。二人は精霊士っすからね、いくら威力を制御しても近くに居たらマジでやばい」
「また岩壁もアヤトさんの誘導、合図だけでなくティエッタさんよりも保有量の少ないシャルツさんの被害を抑える為。岩壁で遮れる分ダメージは抑えられますからね」
「ただここまでの消費量からすれば先輩方は立つのも無理でしょうけど……」
「ティエッタさんよりも保有量があり、余力を残しているレイドさまは無事でしょう。つまり六人の狙いはアヤトさんとの相打ちではなく、勝利だったと言うわけです。……それでも危険なのでどうかと思いますが」
「でもま、その程度の危険に躊躇してたらアヤトに一矢報えないでしょ?」
「……ですね」
二人の見解を聞けば聞くほど理にかなった作戦に他のメンバーは別の意味で言葉がない。
アヤトの唯一の弱点を利用し、それぞれの連携に隠された真の目的。それを実行できるだけの技量と信頼関係。
だがなにより尊敬に値するのは、いくらラタニという保険があろうと、一歩間違えれば全滅どころではない作戦を躊躇わず実行したことだ。
まさにレイドたち先輩の覚悟と意地を見せつけられた。
六人だろうと打倒アヤトという目標を達成したのなら――
「ほんと空気読めないっすね……あいつ」
「……同感です」
『え?』
敬意と祝福の拍手を送ろうとするも、ユースとカナリアの呆れたため息に一同の合わさりかけた両手が止まった。
そんな面々にユースが促すよう指をちょいちょいと指す先には土煙が晴れたフィールドで。
崩れ去った岩壁付近にティエッタが、爆風に飛ばされたのか離れた場所に倒れているシャルツとミラーは気を失っているのかピクリとも動かない。
カイルとフロイスは辛うじて起き上がろうとしているも、消費量から精霊力の解放すらしていないが、レイドのみは解放状態で立っていた。
ここまではユースとカナリアの見解通りなのだが、ティエッタから最も遠い位置にもう一人立っていて。
月守の代わりにボロボロになった黒いコートを手にしているが。
「今回ばかりは先輩方に花を持たせてやれよ」
遠目からでも無傷なのが分かるアヤトにユースはため息と共に愚痴を零した。
◇
作戦通り誘い込んだアヤトをティエッタが精霊術の暴発に巻き込んだ。
代償としてティエッタ、シャルツ、ミラーは倒れ、カイルとフロイスも辛うじて意識を保てているがこれ以上の戦闘は不可能。
唯一立っているレイドも解放するのがやっとな状態と満身創痍なのに――
「はは……勘弁してくれないかな……」
土煙が晴れたフィールドに平然と立っているアヤトにから笑いが漏れる。
精霊結界の恩恵を一度でも受けられる精霊器を所持しているにしても、吹き飛ばされたのならそれなりのダメージを受けているはず。しかし頬や手など肌が露出している部分が赤くなっているがその程度。
いや、それ以前に精霊器が作動したのなら審判が終了の宣言を上げる。
しかしレイドが視線を向けてもラタニは肩を竦めて首を振るのみ。
つまりあのタイミングで巻き込まれたアヤトはコートを代償に暴発を回避したわけで。
「どうやって回避したのかな」
「あん?」
理解が追いつかず口から自然と漏れたレイドの疑問にボロボロのコートを確認していたアヤトが煩わしげにでも答えてくれた。
「どうもなにも、月守で斬った」
「斬った……? しかしそれだけでは――」
「で、コートを風受けにして上に退避しんだよ」
「――回避できな……は?」
「だから、迫ってきた爆炎を月守で両断しながら爆風を利用して上に退避したと言ってるのが分からんか」
「…………」
端的すぎて理解できなかったが、その補足にレイドは唖然。
つまりアヤトは精霊力が秘められた炎を月守で両断した後、同時に帆のように広げたコートで爆風を受けて上昇したらしく。
故に大きな傷もなく、コートのみがボロボロになり精霊器も反応しなかった。
自分たちの作戦をある程度予想していたのか、どちらにせよデタラメすぎる回避方法で。
「お陰で白いの以上にコートをボロボロにされた。たく……無様なことこの上ねぇ」
それでもロロベリア以上の成果は上げたなら、アヤトは敗北を口にするだろう。
無傷だろうと攻撃を掠らせれば降参すると選抜戦前から口にしていたのだ。
「……続けよう」
しかしこのまま終われないと、アヤトが宣言するより先にレイドはショートソードを抜いた。
「ボクは……いや、ボクらはまだ全てを出し切っていない。半端なまま終わっても後輩たちに示しがつかないんだ」
続行したところで結果は見えている。
だが元より敗北ありきの挑戦だ。
アヤトが遊び感覚で相手をしなければ決着など一瞬、ここまで続けられたのも所詮は手を抜かれていたに過ぎない。
加えて自分たちは六人がかり。
これだけのハンデをもらいながら自身の攻撃で降参させたロロベリアに対し、回避に使ったコートをボロボロにしたから降参するではただの笑いものでしかない。
なにより――まだ作戦は続行している。
レイドが立っている以上、挑戦は続くならまだ悪足掻きは出来る。
悔いの無いよう全てを出し切ると決意したのなら、呆気なく倒されようと全てを出し切るべき。
「……やれやれ」
レイドの覚悟を酌んでくれたのか、コートを地面に落としてアヤトは月守を抜いた。
最後まで付き合ってくれるとの意思表示にレイドは感謝して。
「今度こそ終いにするぞ――」
『覆い弾けろ!』
残りの精霊力を全て注ぎ込み、駆け出すアヤトに向けて精霊術を発動。
なり振り構わない空圧の弾幕もアヤトは全て読み切りかいくぐりながら距離を詰める。
「――まだだっ!」
更に回避位置を予測してショートソードを投擲するもあっさり躱されてしまい。
「悪足掻きか」
ついには間合いに入られ月守が振るわれるが――
「そうだよ」
「――っ」
寸前、何かに気付いたようアヤトは月守を止めて身を翻した。
やはり一筋縄では行かないと思わず関心するレイドの視界に映るのは、先ほど自分が投擲したショートソードを空中で逆手に掴み。
「あああああ――っ!」
新解放による驚異的な速度でアヤトに攻撃を仕掛けるミラーで。
不安定な体勢に構わず月守を振るうアヤトとミラーのショートソードが交錯。
甲高い金属音を残してミラーは突進の勢いのまま地面に転がり去って行く。
また月守と打ち合ったショートソードの剣先が宙を舞い地面に突き刺さった。
つまり完全な不意打ちも防がれてしまったのだが。
「…………ちっ」
「あたしが説明したげよっか?」
月守の切っ先を下ろしつつ悔しげに舌打ちするアヤトに歩み寄り、からかうようにラタニが声をかける。
ならこの場を任せようとレイドはミラーの元に向かった。
ラタニの感知力なら充分気づけただろう。
ロロベリアが継続戦でエレノアの精霊術を最小限のダメージで切り抜けたように、ティエッタが精霊術を暴発させた瞬間、カイルが精霊術で生み出した水でミラーを覆っていたことも。
その結果倒れているミラーの精霊力がそれほど消費していなかったことも。
精霊力を感知できる者なら簡単に看破される演技と作戦。しかし感知できないアヤトにとっては有効な作戦になる。
なんせ同じ位置にいたフロイスが辛うじて意識を保てているダメージなら、保有量の少ないミラーは起き上がれないとの判別しかできない。
更に空圧の弾幕を張ったのもミラーが動きだす音や気配を隠す為。
アヤトの気配察知や聴覚が異常なのは承知の上。しかしあれだけの破裂音や空気の乱れに囲まれればどちらも低下する。
ショートソードの投擲も大剣より速度や小回りが利くからとミラーに渡すのが狙い。
それでも最後は背後からの不意打ちに気付かれてしまったが。
「つまり精霊力を感知できないあんたの弱点を見事に突いたってことさね。良い勉強になっただろ」
「……そのようだ」
アヤトの実力を踏まえ、弱点を最大限に利用した六人の連携による二段構えの作戦だった。
「うう……ごめんね、レイドくん。届かなかったよ……」
ただ全てを出し切ってもアヤトに一撃を加えることが出来なかったと、ミラーは倒れたまま涙を零す。
仲間の思いを、意地を託されたのに失敗した申し訳なさや悔しさが溢れているのだろう。
それでもレイドは当然、見届けていたカイルやフロイスも。
全てを託して意識を失っているティエッタやシャルツも攻めるはずがない。
何故なら月守を鞘に納めるアヤトの左腕に刻んだ斬り傷は、未熟な自分たちには充分な成果で。
例え僅かでも自分たちの意地を届けてくれたミラーに良くやったと、託して良かったと褒め称えるはず。
なにより掠り傷だろうと自分たちの作戦によって刻めたのなら。
「これ以上の成果は未熟なボクらには高望みだからね」
一泡吹かせるとの目的は果たせたとレイドは微笑み、ミラーに手を貸し立ち上がらせる。
そしてこの挑戦に最も貢献したミラーの手を高く掲げるのに合わせて――
「俺の負けだ」
自分たちの挑戦結果をアヤト自ら告げてくれた。
アヤトVS六人の結果はアヤトの敗北で幕を閉じました。
もちろん本来の実力差は歴然、一対六でもありますが、今回ばかりはレイド、カイル、ティエッタ、フロイス、シャルツ、ミラーの意地が勝っていた結果なら充分誇れるでしょう。
それだけの相手でしたからね……まさにバケモノでした。
とにかくロロ戦の時は『降参』と口にしたのに対し、今回は『俺の負けだ』と口にしたことが六人に向けたアヤトなりの敬意が込められていたと思います。
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