幕間 挑戦の条件
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水精霊の一月、最後の休養日。
「失礼する」
「待ってたよ」
お昼前、学院生会室のドアをノックはすれど返事を待たずにアヤトが入室するも、気にした様子もなくレイドが歓迎する。
ただレイド以外の面々を一瞥するなりアヤトは冷ややかな視線を。
「学食の来期方針について呼ばれたワリには、関係ない奴らがいるようだが」
休養日にまで学院に訪れたのは学院生会からそう言った要件で呼ばれたからで。
生会長のレイドを始めとした学院生会の任期は間もなく終えるが、後任の為にも確認しておく必要がある。なんせ来期の学院生会の内三人はまだアヤトとの面識がないので、それなりにでも交流を深めているレイドたちが確認したいとケーリッヒ伝手で聞いていた。
故に今日中ならいつでも良いとの言伝を聞いたアヤトはさっさと終わらせる為にやってきたのだが中央の円形テーブルにはレイド、カイル、ルビラ、ミラー、グリード、ズークの学院生会。そして来客用のソファにティエッタ、フロイス、シャルツまでも居た。
学院生会以外の三人が居るならアヤトが疑心を抱くのは仕方ない。
「もちろん学食についての話し合いもするけど、その前にこのメンバーでキミとティータイムを楽しみたいと思ってね」
それでもレイドは微笑みを崩さず三人が同席している理由を説明。
「ボクを含めてここに居る九人はキミにとてもお世話になっている三学生だ。卒業前にゆっくりと話をしておきたいんだけど」
「世話した覚えはないが……たく」
面倒げにため息一つ、しかしアヤトはティエッタら三人の向かいに腰を掛けた。
その行動にレイドとカイル、グリードは面食らったように目を見開く。
「……付き合ってくれるんだね」
自分で誘っておきながらレイドは呟くも、アヤトの性格上まず相手をしてくれないと予想していた。もちろんその場合の対策も考えていたが予想外にも素直に従ってくれたので驚くのは無理もない。
「学院生会や序列さまの先輩方が、卒業前にわざわざお相手くださるんだ。断るのも失礼だろ」
まあそこはアヤト、言葉とは裏腹に嘲笑交じりに肩を竦める。
「つーかルビラ、こうした不意打ちの呼び出しすれば二度とテメェとは関わらんと伝えたはずだが?」
「濡れ衣だよ~。この呼び出しはレイドくんが考えただけで、わたしは普通にお願いしてもアヤトくんは来てくれるって言ったんだよ~。ほんと陰険王子さまは困ったちゃんだよね~」
「わたしもカルナシアくんは良い人だから、嘘つかなくても大丈夫って言ったのに。だからレイドくん、騙しちゃうのはメッ、だよ?」
からの批判を受けてぽわぽわ笑顔ながらも序列戦の前科があるだけにルビラは内心焦りつつ罪をレイドに押しつけ、ミラーは純粋にお叱りを。
もちろんこの呼び出しを決めたのはレイドなので嘘ではなく、アヤトも既に察していたのでささやかな仕返しでしかなく。
「ならさっさと本題に入れ。くだらなければ学食の方針を伝えて終わりだ」
「……レイド」
「だね……」
これ以上無駄なやり取りをすればアヤトは確実に帰ると悟ったカイルが目配せ、レイドも察した上で付き合ってくれるなら言い訳の必要も無いと席を立つ。
同時に他の学院生会も移動を。ルビラとグリードはお茶の用意、ズークは茶菓子を用意。
その間にレイドを中心に左にカイル、シャルツ、ミラーが。右にティエッタ、フロイスとアヤトの対面のソファに座り直し。
テーブルにお茶とお菓子を並べた残り三人はレイドたちの背後に椅子を移動してやはりアヤトと向き合うように着席する。
本来ならこのメンバーに対して一人で向き合えば萎縮するものだがそこはアヤト、出されたお茶を一口のみ平然と向き合った。
「で、学食以外の要件はなんだ」
「卒業前にボクを含めた三学生の序列保持者と、エレノアたち新学院生会に残りの序列保持者、リースくんとユースくんの前で遊んで欲しい」
「あん?」
が、真剣な眼差しを向けるレイドの本題に訝しみの表情を。
「それと、出来ればその遊びにミラーくんも加えて欲しいんだけど……」
「おねがいします」
「そんな面倒な遊びに付き合う理由がねぇよ」
ペコリと頭を下げるミラーを他所にアヤトは迷わず一蹴。
しかし元より簡単に受け入れられるとレイドも思っていない。
「キミは学院生の意識改革を目的に呼ばれたはずだよ」
「不味い学食を何とかしろ、との目的もあるがな」
「そちらの目的は既に達成しているね。でも、意識改革はまだまだ疎かだ。今回はその目的を踏まえた提案だ」
なのでレイドも引くことなく、この提案に関する真意を告げた。
アヤトが学院に来たのは先の二つが主な理由だが、ラタニの真意は同年代と関わることで失った時間を少しでも取り戻す為。
「キミが何と言おうとボクらを始めとした後輩たちの意識が変わった大きな要因はキミだ。常識を越えた実力を身に付け、精霊術士や精霊士だからとの自惚れを正してくれた。お陰で今の序列保持者はキミに学ぶ前よりも大きく成長したと自負している」
もちろんその理由は伝えないが、意識改革の一つとして卒業前にアヤトとの模擬戦を披露する計画を長期休暇中に相談したラタニは許してくれた。
「だから卒業前に、その意識改革を手伝って欲しいんだ。ボクらだって後輩の為に何かを残したい。ならキミという強者に一歩も引かず教わった全て出し切ることで、今後の飛躍に繋がる熱い戦いを見せるのが一番だと考えた」
「本当は全学院生に見せるべきだが……さすがにそれはまだ早い。なによりカルヴァシアは目立つのを嫌う。故にカルヴァシアの本来の実力を知る後輩たちと、これから学院生会として学院の意識改革に挑む他の三人の前で、ということだ」
「アヤトくんは無自覚だけど、きみは学院の変革に必要な起爆剤だからね~。それにわたしはアヤトくんともっと早く仲良くなってれば色々教われたのにって悔しいもん」
「……たしかにカルヴァシアの知識は惜しい……研究に忙しく放置していた自身を呪いたくなる……」
「わたしもー。ロロベリアちゃんたちと仲良くしてるなら、もっと早く紹介してもらえば良かったなって残念だよ」
「ハイネに同意だな……一学生から噂が流れていた時点で、せめて見学に行けば良かった……っ」
「とまあ、学院生会一同キミを高く評価してるからね。新しく学院を牽引していく後輩たちに同じ後悔をさせたくないんだ」
レイドに続き学院生会のメンバーが代わる代わる気持ちを伝えるよう、アヤトとの繋がりは確実に次の学院生会にとってプラスになる。
「ただね……評価しているからこそ、ボクやカイル、ミラーくんだけでは遊び相手にもならないわけで」
「一対多数は本来強者に相応しくない卑劣な行為。ですが、私は真の強者としてまだ相応しくありません。ならば己の未熟さを改める為にも弱さを受け入れ、アヤトさんという真の強者に卒業生最大戦力の一人として挑むのも一興」
「さすがはお嬢さまです。むろん自分も卒業前にカルヴァシアに本気で挑みたい。その姿勢で後人が育つならより望ましいくもある」
「まあ? 私たち六人が本気で挑んでも、アヤトさんにとっては楽しい遊びにもなりそうにないけど……もし良ければ私たちの思い出作りにお付き合いして欲しいわ。もち、お付き合いさせるのだからお礼はさせてもらいます」
そして序列保持者の三人も卒業を控えているからこそ、後進の成長を望みつつ最後までアヤトから多くを学びたいと協力した。
なにより意地がある。
「それとボクたち個人的な理由として、最後までやられっぱなしというのもね。だから卒業生の中で最大戦力でもあるボクら六人でキミに一泡吹かせたい」
微笑を浮かべたまま、しかし挑戦的な視線を向けるレイドに選抜された五人も強い意思を込めた眼差しを向ける。
対しルビラとズークはワクワクと、騎士として参加したいが足手まといにしかならないとグリードは悔しげに顔を伏せる。
とにかく後輩の為、延いては卒業後の学院を想うからこその提案ではあるも、同時にレイドたちのプライドを賭けた挑戦でもあった。
学院生の中で唯一ロロベリアが選抜戦でアヤトを楽しませる結果を残したのなら。
先輩としてそれ以上に楽しませる結果を残したいと、先輩としての意地。
六人がかりというのもレイドたちが無意味なプライドを捨てたとの意思表示だった。
打倒アヤトはロロベリアやニコレスカ姉弟だけでなくレイドたちの悲願でもある。
学院生の間に、後輩たちよりも早く達成させるならこれが最後のチャンス。
六人がかりでも勝利できるとはもちろん自惚れていない。
あくまで自身の弱さを受け入れ、アヤトの強さを認めたからこそ最大戦力で挑む。
「もちろんシャルツくんが言うように、協力してくれるならここにいる全員で出来る限りのお礼はするつもりだ。まあキミがお礼に釣られるとは思っていないけど、これは無理な協力を願っているボクたちからのせめてもの誠意として受け取って欲しい」
――どうかな? と自分たちの真意を告げたレイドは改めて返答を待つ。
九人の視線を前に我関せずとお茶を飲むアヤトを急かさず、静かに待ち続けること数分。
「条件は二つだ」
「聞こう」
ようやく交渉の場に引き込んでも安堵せずその条件に耳を傾ける。
自分たちはあくまで頼む側、挑戦者としての姿勢を崩さないレイドたちにアヤトは苦笑と共に切り出した。
「お前らは卒業生の最大戦力とほざいたが、それだとまだ楽しめそうにもねぇ。故に遊んで欲しいならひよっこ最大戦力で掛かってこい」
「つまり……ミラーちゃんが次の入れ替え戦で序列上位に入って、私はエレノアさまかランちゃんに下克上戦を挑めということかしら」
この条件なら挑戦者としての権利を満たしていないのはシャルツとミラーのみ。
序列の数字が強い弱いに関係ないとはいえ、卒業生ではなく学院生という括りならまずは権利を手に入れてからとシャルツが確認するもアヤトはほくそ笑み。
「入れ替え戦で序列さまを維持した上で、残りの序列さまに下克上戦で勝利してこい」
『…………っ』
訂正されるなりレイドらは目を丸くする。
つまりシャルツだけでなくレイド、カイル、ティエッタ、フロイスの上位四人も他の序列保持者を倒すことで実力を示せという。
入れ替え戦で序列を維持した一〇人で下克上戦を争い、勝利すれば確かに学院生最大戦力に相応しい実力と言える。
問題は下克上戦を挑めるのは自身の数字より上、下位者から上位者のみ。維持したままならレイドたち四人は挑戦権がない。
まあこの程度の問題なら交渉次第で難しくないが、別の問題もあるわけで。
「なら……わたしは、参加できない……かな?」
序列維持ならミラーは入れ替え戦にも挑戦できない。
前回の入れ替え戦で敗北した時点で実力不足と判断されたとしょんぼり顔。
「お前の相手はユースだ」
「ユースくん?」
「ま、バカでも下手すりゃあいつは序列さま以上だが、だからこそ最大戦力とやらに相応しい証明になるだろ」
「……確かに」
だがミラーに指定された相手にレイドも納得。
序列保持者を除いた学院生の中で最も実力があるのはユースで間違いない。
なんせアヤトが認めるだけあってユースの実力は序列上位者と同等、レイドでも勝利するのは難しい相手だ。
しかしミラーが勝利すれば充分な証明になる。
だからこそ困難な条件にもなるが、条件なら受け入れるしかないと両拳をぎゅっと握りしめるミラーのやる気を確認したレイドはアヤトと向き合い交渉を続けた。
「もう一つの条件は?」
「下克上戦の相手は好きに決めればいいが、ティエッタの相手はミューズだ」
「……ミューズさん?」
が、ミラーと同じように相手を指定されたティエッタが首を傾げる。
他の四人は自分で決められるのになぜティエッタのみ指定するのが条件になるのか。
「どうしてティエッタちゃんだけアヤトくんが決めるのかな~? なにか理由があるの~?」
「さあな」
好奇心を抑えきれずルビラが質問するも、やはりというかお約束で交わされてしまった。
「とにかく口先だけってのは嫌いでな。要は本気で俺と遊びたいなら、まずテメェらの覚悟を示せ」
以上だ――と、条件を伝え終えたアヤトはカップに残っていたお茶を飲み干す。
その行動が拒否すれば交渉は終わり、妥協もしないとの意思表示と捉えたレイドは相談もなく決断する。
ラタニから今回の挑戦を許してもらえたとはいえ、あくまでアヤトが了承すればの話。
故に難しい交渉になると予想していたが、むしろこの程度かと肩すかしなほどだ。
もちろん条件の厳しさは理解している。
しかしアヤトがやる気になるかどうかが最も厳しい条件だったなら。
「決まりだね」
六人とも挑戦権を手に入れればいいと受け入れた。
「なら学食のお話し合いだ」
「……もう少しボクらとの時間を楽しんでくれないかな」
「俺と時間を共にしてなにが楽しいんだか。だがま、学院生会や序列さまの先輩方のお誘いを断るのも失礼とほざいたばかりだからな」
なら最初の提案も受け入れて欲しいと呆れもしたが、意味不明なのもアヤトと誰も突っこまなかった。
◇
学食の話し合いを含めて三〇分ほどティータイムに付き合ったアヤトは退室。
終始面倒げではあったがそれなりに会話が成立しただけでも充分な成果とレイドたちは見送った。
「……どう思う?」
改めて一息つくなりカイルが話題を上げたのはやはりアヤトが出した条件。
一つ目の条件、実力を示すというのはまだ分かる。
しかしなぜティエッタのみ相手を指定したのか、この真意が読めない。
カイルからすればレイドの相手をロロベリアに指定する方がまだ納得できたわけで。
他の面々も同じなのかいまいち納得していない中、ルビラのみ人差し指を顎に当ててニンマリと。
「ん~。もしかしたらって予想はあるけどね~」
「さすがルビラくんだね。良ければその予想を教えてくれないかな」
レイドの問いかけに他の面々の視線がルビラに集中する。
予想を立てたのはティータイム中で誰が誰に挑むかを決めた時。
シャルツはエレノアを、フロイスがランを選んだのは自然な流れ。
アヤトの条件、学院の最大戦力を証明するならシャルツは序列五位のエレノアに勝利してこそ。フロイスも同じ精霊士として、卒業前にランと本気で戦ってみたいだろう。
ただ残り三人は間違いなくロロベリアを選ぶはず。
ルビラの見立てでも序列保持者どころか在校生最強はロロベリアだ。ティエッタは当然、カイルも意識しているが故に一度本気の彼女と戦ってみたいはず。
だがアヤトがティエッタの相手を指定したことで不可能、ならカイルも自重するだろう。
ティエッタがいればまだ自身の意思を通そうとするが、相手がレイドだけなら自重する。明け透けな関係でも時には王族を立てるのがカイル、結果的に自分に相応しい相手が残るなら無理を通す必要もない。
つまりアヤトはティエッタの相手を指定したことで、自然な流れでレイドの相手も指定したことになる。
まあ何故アヤトがレイドとロロベリアをぶつけたかったのか、そもそもなぜ回りくどい条件を出したのか。
その真意までは掴めていない。
「さあね~」
なにより伝える必要の無い予想とアヤトのお約束で交わした。
その後レイドたち六人はラタニやカナリアの協力もあり、アヤトの条件通り下克上戦に加えてミラーとユースの対戦に成功。
条件を満たすべく時間の許す限り六人で協力して訓練を積んだ成果が実ったのか、苦戦こそ強いられたがそれぞれが相手に示しすべく意思、学び、引き継ぎも終えて憂いもなく挑戦権を手に入れたことで。
「みんな調子はどうかな?」
下克上戦の翌日、挑戦者に相応しい闘技場西口に集ったメンバーにレイドが微笑みかける。
「特にティエッタくんやシャルツくんはかなり無理をしたみたいだからね、心配だよ」
「必要ありませんわ。確かに万全とは言えませんが……戦いとは常に万全の状態で挑めませんもの。これもまた真の強者として必要な心構え」
今朝方、意識を取り戻して以降も回復に努めたティエッタも言い訳なく、むしろこの中で最も生き生きとした笑みで返す。
「ですが、気力は申し分ないのでご安心を」
「私はティエッタちゃんほど無理してないからもちご安心ね」
「頼もしい限りだ」
シャルツも普段通り気負いない様子で、だからこそ万全とレイドも安堵。
「ハイネはどうだ」
「バッチリ!」
またフロイスの問いに元気よくブイサインを向けるミラーもやる気満々で。
「むろん俺も問題ない。で、最もギリギリの勝利をしたお前はどうなんだ」
「耳が痛いね……まあ、だからこそよりこの一戦にかける覚悟が固まったとも言えるよ」
ここまで苦労はしたが、お陰で昨日よりも成長した実感がある。
なら準備は万端、後は挑むだけと。
「さあ、ボクらの意地を後輩たちに見せてあげようか」
「だな」
「当然ですわ」
「自分はただ剣を振るうのみ」
「頑張りましょうか」
「おー!」
レイドの鼓舞に五人はバラバラの返しをするも同じ決意を胸に。
真の学院最強が待つフィールドに足を踏み入れた。
アヤトくんの真意は置いとくとして、条件付きでもレイドたちの提案を受け入れただけでも意外ですよね。
まあアヤトくんもそれなりにレイドたちを認めているから……と思います。
そして改めて次回、真の学院最強VS学院生最大戦力六人のバトルも開始です。
真の学院最強どころかバケモノ相手にレイドたち卒業生はどこまで意地を示せるのか。
最後までお楽しみに!
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