少しは素直に
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「…………ん」
瞼を開けたロロベリアは朦朧とした意識から現実と夢の境にいるようにぼんやりとしていた。
薄暗くて周囲はよく見えないが、ただ嗅ぎなれないシーツの匂いが妙に落ち着かず身動ぎすると全身を張り付けられたような重さが。
その重みが意識を現実側に傾けさせたことで思考が回り始めて。
「……ああ」
自分が学院医療施設のベッドにいると分かるなりため息一つ。
ブレスレットでレイドのショートソードを弾き、瑠璃姫を振り下ろしたまでは良かったがそこからの記憶が無い。
そのタイミングで消費限界が来たなら瑠璃姫はレイドに届かなかっただろう。
さすがにあの状況で意識を失って勝利したとは考えられない。
つまり敗北した後に運ばれたと自身の状況を整理できたのだが、思いのほか悔しさはないのは何故だろうか。
全てを出し切った結果なら仕方ないと満足しているからか。
それとも単純に敗北を実感しきれていないからか。
まだ思考が完全に回らず判断できないが、一つだけ言えるのは――
「のど……かわいた」
発する声が枯れ果てているように喉どころか全身の乾きが酷かった。
周囲の暗さから既に夜とは推測できるも、意識を失って何時間経過しているのか。
まあここが医療施設なら巡回がくるだろう。それまで我慢するのは辛いが、身動き一つ取れないだけに待つしか無いと諦めつつ目を閉じた。
「水ならあるぞ」
「…………っ!?」
が、呟きに対する返答に驚きから閉じた目を見開く。
更に半端に回っていた思考がいっきに覚醒するほど予想外の声に、確認するべくロロベリアは何とか首を左に傾ける。
「……アヤト?」
視線の先には本当にアヤトが居た。
薄暗い室内よりも黒い服装で、椅子に座ってあやとりをしているのか真っ白な線が微かに見える。
ただここが学院医療施設だとしてもアヤトが付き添っているとは予想外すぎてロロベリアは言葉が続かない。
「なんだ、水では不満か」
対するアヤトは視線も向けず妙な勘違いを。
不満以前にアヤトが居ることに驚いているだけで。
「のみたい……」
「へいよ」
それでもなにより助かったとお願いすればアヤトは席を立ち、ベッド脇の棚にある水差しとコップを手に。
薄暗くても注がれる水のキラキラした輝きや注がれる音にロロベリアは今すぐにでも飲みたいと喉が鳴る。
「ほれよ」
「…………おきあがれない」
しかし差し出されたコップに手を伸ばすことも出来ず、完全なお預け状態に泣きそうになる。
「たく……面倒な」
するとアヤトは右手をロロベリアの背中とベッドの間に潜り込ませ、悪態を吐きつつも気遣うようゆっくりと上半身を起こしてくれて。
「さっさと飲め」
「あ……んく、んく……」
わざわざコップを口元まで近づけてくれて、ロロベリアは水を飲むことが叶った。
「……はぁ。もう一杯……お願いできる?」
「へいへい」
更におかわりの要求にも面倒げだろうとアヤトは叶えてくれて、全身に水分が行き渡る感覚と共に感じていた重さが軽減されたロロベリアは自分の力で横になるまで回復できた。
「……ありがと」
「どういたしまして」
なので介抱してくれた感謝を伝え、アヤトも椅子に座り直す。
のだが――
「どうして……アヤトがいるの?」
「起きて早々構ってちゃんが絶好調だな」
予想通りの嫌味は返ってくるも、意識がハッキリしたからこそロロベリアは困惑していた。
下克上戦を観に来てくれなかったのに、自分が目を覚ますまで付き添ってくれてただけでなく、介抱のようなことまでしてくれた。
もちろん嬉しは嬉しい……が、こう言っては何だが普段の扱いが扱いなだけに、アヤトの気遣いを素直に喜べなかった。
「身体に異常はないか」
「あ……え?」
にも関わらず更に気遣う問いにロロベリアは返答に窮してしまう。
しかし変に質問したり待たせれば機嫌を損ねてしまう可能性もあるので答えることに。
「……体が重いけどそれくらい。あと、起き抜けは乾きが酷かったけど……補給できたから大丈夫」
「なるほどな」
なにがなるほどなのか結局質問しかけるも、先にアヤトから記憶が途切れた以降の経緯を説明が。
瑠璃姫を振り下ろす途中で意識が途切れた隙を突かれてレイドのカウンターが腹部に直撃、決着がついたと思われたが自分は精霊力を解放して立ち上がったらしく。
「その惚け面を見る限り、やはり覚えてないようだな」
「……うん」
覚えているもなにも意識を失っているので当然だが、それでも続行しようとしていたことに自分のことなのにロロベリアは驚きを隠せない。
最終的に続行不可能と判断したラタニが乱入してそのまま終了、ここまで運んでくれたらしいがかなり危うい状態だったらしい。
なんせラタニの見立てでも意識を失っていた時点でロロベリアの精霊力は枯渇寸前、にも関わらず精霊力を解放したのなら活動限界を超えている。
故に今まで感じたことのない乾きや気怠さがあったとは納得は出来たが。
「少なくとも丸一日は目を覚まさんと聞いていたが、頑丈さは褒めてやれるか」
逆にその程度で済んでいるのが意外で、しかも丸一日どころかまだ日付も変わってないらしい。
まあ毎日のように精霊力をギリギリまで消費させているからか今までも疑問視されるほど精霊力の回復力は早く、なら予想よりも早く目を覚ますだろうとラタニも分析していたほどで。
言われてみればエレノアよりも追い込まれる訓練を熟しているリースの回復力も早いならこの推測も間違っていない。
ただ回復力の向上を調べるのに毎回枯渇寸前まで追い込む実験をするわけにもいかず、むしろ普段からどんな訓練をしているのかと医師からは呆れられたのだが。
「だがま、白いのとはいえ念のためにメディカルチェックを受けておくか」
「なんで私なら念のためなのよ……」
地味に貶された気分だがアヤトの言う通り。感覚的には問題なさそうでも自分で判断するのは危険だ。
なのでアヤトが呼びに行ってくれるのか……いや、それよりも最初の質問に答えてくれてないとロロベリアは構ってちゃん扱い覚悟で追求することに。
「新解放の部分集約、あれは以前から訓練していたのか」
決めたのだが、呼びに行くよりもアヤトから更なる質問が。
というよりも今の口振りや先ほどの具体的な状況説明から、もしかするとアヤトは来てくれていたのだろうか。
「……ユースさんとの入れ替え戦から、新解放は何度か試してた」
その可能性から少しだけ喜びを感じつつロロベリアは返答を。
動きを先読みされるユースとの対戦を反省して模索したのが新解放の習得。暴解放ほどの消費量でなければ手札として使えるかもと試してはいた。
ただ脳に掛かる負担や高揚感から上手く扱えず、習得は叶わなかったのだが。
「もっと速度を上げないとレイドさまとの間合いを詰められないって考えてた時に新解放が頭を過ぎって。そこから精霊力の影響で制御が上手く出来ないなら、影響を受ける前に両足に全部集約させればいいかもって」
「つまり思いつきか」
「新解放を初めて使用したなら無理だったかも。事前にどれだけ負担が掛かるか経験してたから……それでも一か八かだけどね」
思いつきとはいえ模索した経験から出来るかもしれないと試した。
制御力には自信がある。なにより他に方法が思いつかないのなら、出来る出来ないよりもやるしかないと挑戦した結果で。
「まあ……それでも負けちゃったけど」
成功はしたが、挑戦するのが遅すぎた。
もっと言えば部分集約の可能性を考慮に入れて訓練時から試してみるべきだった。
ラタニやツクヨから制御力だけでなく追い込めば真価を発揮できると評価をしてもらっているが、今までは運が良かっただけでしかない。
アヤトにも散々頭を使えと言われているにも関わらず、敗北からその重要性を理解したことで今さらながら悔しさが込み上げ、せっかく補給した水分が目からポタポタとこぼれ落ちる。
ロロベリアの零す涙にアヤトは慰めもなく苦笑して。
「どうやら、クギを刺す必要はなさそうだ」
「……え」
思わぬ言葉に濡れそぼった目を向けるもアヤトは視線すら向けてくれず。
「とにかくそれなりに反省したなら次に活かせ。ひよっこ最強だろうお前はそれなりに追い詰めたことでそれなりの評価を得た。ならそれなりの評価に恥じぬよう今後もせいぜい足掻け」
それなりそれなりと変に素直な物言いではないが、要約すればロロベリアの今後次第でレイドの示してくれた覚悟の重みが変わるとの忠告で。
序列一位のプライドを捨てでも勝利に拘ったレイドの覚悟を軽く見られないようにする為には、もう同じ学院生に敗北は許されない。
「ついでに俺を超えてくれても構わんぞ」
「……ついでに超えられると思うことこそ、自惚れよ」
確かにアヤトは学院生だが自分たちと同じ学院生の括りに入れるのは違うとロロベリアはため息一つ。
とにかくレイドに捨てさせたのなら、責任を持ってロロベリアが拾うべき。
そして正当な評価として示し続けることが、敗北した自分がレイドの覚悟に酬いる唯一の方法なら。
「ひよっこの私にはまず序列一位がお似合いってことね」
「充分高望みかもしれんが、大英雄さまよりは幾分かはマシか」
「あら? 私はいつか必ずあなたにも追いつき、超えて大英雄になるわよ」
「褒めてやったらすぐつけ上がるのが白いのだな。ま、せいぜいほざいてろ」
「……今の褒めてたの?」
最後は呆れられてしまったが、つまりレイドの覚悟を無碍にしないよう序列一位の座を受け継げとの発破を掛けてくれている。
中々に困難な注文を告げてくれるが、この程度の困難を超えられず目標に辿り着けるわけがない。
なら悔しがっている暇はないと、いつの間にか涙が引っ込み。
困難な道だろうと愚直に前へ前へ進み続ける自分らしい笑顔が自然と浮かんでいた。
故に思う。
もしかしてアヤトがここに居るのは、今の捻くれた発破や忠告のためかもしれないと。
悔しさや後悔で立ち止まる暇が無いからこそ、目を覚ますまでわざわざ付き添ってくれたのかも――
「どうだかな。ま、苦情を告げようとはしていたが」
「まだ聞いてないけど……というか苦情?」
――しれないと確認するより先に交わされてしまったが、なぜ苦情なのかと首を傾げるロロベリアを他所にアヤトは席を立つ。
「お前のお陰で面倒事に付き合わされることになったんだよ。たく、これだから白いのは口先だけでかなわん」
そして意味不明ではあるが苦情とやらをしっかりと告げて。
「あの……アヤト、なんの話?」
「さあな」
質問してもお約束の言葉を残してアヤトは室内を後にした。
「…………いいけど」
残されたロロベリアはいつも通りのアヤトに妙な安心をしてしまう。
また付き添っていた理由の一つに対し、肯定も否定もしない『どうだかな』で交わすなら、勝手に良い方に捉えさせてもらうが。
「少しは素直に喜ばせてよ……」
あの様子なら間違いなく医師と一緒に戻ってきそうにないと脱力した。
そして予想通りやってきたのは医師のみで、もやもやしながら受けたメディカルチェックで後遺症の心配も無いとの結果にロロベリアは一先ず安堵。
同時に回復力の早さを疑問視されて返答に困りはしたが、翌朝の診断次第では安静を条件に帰宅しても良いと許可を貰いそのまま眠りに就いたが。
翌日、アヤトが告げた苦情の真意をロロベリアは知ることになる。
面倒でも結局アヤトくんはロロのところに行きましたが、この子の捻くれ具合はどこまでもブレません。
目を覚ますまで付き添ってくれても、発破を掛けてくれてもロロが素直に喜べないのが分かりますね……まあ前向きに捉えましょうよ。
それはさておきミューズの気付いた何かについての真意はまだ後ほどとして、次回は陰で下克上戦に関わっていたアヤトくんの真意が明かされる予定。
同時に今章のもう一つのメインも明かされるのでお楽しみに!
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