期待した結末は 後編
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フィールド中央を抉るティエッタの精霊術に熱狂していた観客席が静まり返った。
戦闘中の精霊術なら更なる熱狂になっただろう。
しかし放たれた位置からティエッタが意図的に外したものと判別できる上に、遠目からでも彼女の雰囲気が険悪になっていると伝わったからで。
戦闘による高揚感とは違う、明確な敵意を感じ取った審判を務める講師もこのまま続けるのは危険と仲裁に入ろうとしたが――
「ミューズさんに少々お話があるだけですわ。もちろん彼女が取り合わず続行されても構いません、むしろそうして欲しいくらいですけど」
行動するより先にティエッタが微笑みで制す。
その声音や表情で少なくとも冷静さは失っていないと判断。模擬戦、公式戦関係なくルール上問題なければ戦う者同士の意思を尊重するのが審判の勤めでもあるので静観することに。
後方に下がる講師に会釈で感謝を伝えたティエッタは改めてミューズと向き合った。
「さて……お話があるのは私だけ。なのであなたは遠慮なく続行して下さっても結構ですわ」
「…………」
挑発とも取れるその提案に対し、ミューズは静かにサーベルを鞘に戻す。
不快、怒りの感情を向けられようと無防備な相手を攻撃できるはずもなく、また先ほどぶつけられた言葉の真意を知り、誤解をされているなら解く必要がある。
なので話し合いは望むところ……なのだが、不快や怒りの輝きを示していたティエッタの精霊力が途端に落胆したような弱々しい輝きへと変わってしまった。
「……やはり、あなたは愚弄されるのですね」
「そんな……わたしはティエッタさんを愚弄なんて――」
「ではなぜ、あなたは手を抜いているのかしら」
「…………」
否定に被せるようティエッタは問いかけるもミューズは思い当たる節はない。
先ほどの攻防も助言を元に距離を詰め、出来ることを精一杯やっていた。
「自分に出来ることを精一杯、たしかに真の強者を目指す者に相応しい姿勢ではあります」
そんなミューズの心情を見透かすようにティエッタは両腕を組み頷くも、見据える眼差しは落胆したままで。
「ですがあなたの精一杯とはなにを目標にしているのかしら。序列保持者として相応しい戦いをみなさんに見せること? それとも私を満足させる戦い? どちらにせよ半端な志では不快でしかありませんわ」
更に心情を言い当てた上で吐き捨てるように一蹴し、先ほど掠めた肩口の傷を指さした。
「この傷がその証拠ですわ。近接戦を苦手とする私に距離を詰めるという作戦はありきたりですが理にはかなっている……ですが半端な攻撃をしたことであなたは勝機を逃しましたもの」
「それは……ティエッタさんの回避が上回っていただけで……」
「剣術に然り、精霊術に然り、あなたは防戦になれば的確な一手を放てる。現に先ほども私の精霊術を全て迎撃しましたわ。なのに攻撃になると一転して躊躇する……意識的か無意識かは分かりませんが、少なくともあなたの技量なら肩ではなく、もっと回避の難しい場所を狙えたはず。例えばこちらを突くことも」
反論も無視した分析から、続いてティエッタが指さしたのは心臓で。
「私はフロイスや彼の剣筋にも対応できるよう精進を重ねていますもの、自惚れではなく私は回避できましたわ。と言っても……急所を狙われなかったことで虚を衝かれ、掠めてしまった私が口にしたところで自惚れになってしまいますけど」
再び腕を組み、自虐というより不甲斐ない自分を叱咤するティエッタに反論を失ったミューズは俯いてしまう。
ティエッタの指摘は正しい。
精霊力を視認できることから相手の動きを予測できるが故に、ミューズは今まで出来るだけ相手を傷つけないよう配慮してきた。
そしてティエッタのように高い実力を持つ配慮できない相手には仕方ないと勝利を諦めていた。
模擬戦だろうと序列選考の総当たり戦だろうと敗北しても命を取られるわけでもない。結果によって侮辱を受けようと、相手を傷つけるよりは良いと。
加えて精霊力を視認できる特異性から後ろめたい気持ちもあった。
「あなただけでしたわ。私たちが提案した際、挑んだ際……あなただけが勝利の意思を示さなかった。胸を借りると、良い試合をするとばかりで、私に勝つとの意思がまるで感じられない」
故にティエッタが追求するよう、今回も勝利は諦めていた。
でも序列保持者として良い試合をしようと、ティエッタの姿勢からなにかを学んでもらおうと配慮をした上での精一杯を見せようとした。
訓練で何度もアヤトに注意されていたにも関わらず、染みついた躊躇いがどうしても頭から離れなくて。
「真の強者であるのならそれも良いでしょう。所詮はその程度の意思で挑まれる私の未熟さに問題がありますもの。ですがこうして戦いの場に立ち、剣を抜き、しかし相手を傷つけたくないと躊躇う半端者を私は真の強者と認めません」
だから愚弄されていると批判されても仕方がない。
相手が誰だろうと本気で勝利を求めるティエッタに対し、最初から勝利を諦めて挑んでいる半端な自分なら。
この場に立つ刺客などないと、ミューズは己の浅はかさが不甲斐なく、恥ずかしくてティエッタから目を離すことしか出来なかった。
「……ミューズさん。あなたの守りたい、でも傷つけたくはないとの優しさもまた真の強者に相応しいものでしょう」
だがティエッタは逃がしてくれない。
「ですがこの世はどうしようもなく理不尽ですの。時には相手を傷つけてでも守らなければならないことがありますわ。また時には……殺めることもあるでしょう。それでも仕方ないと目を反らすのではなく、そうした業をも背負い続ける覚悟があればこそ真の強者として相応しい強さを得られると私は思いますわ」
これまでミューズが目を反らし続けていた理不尽な世界から。
誰も傷つかない優しい世界など存在しないと。
「故に私はアヤトさんを真の強者として尊敬しています」
そして、そんな世界と知ってなお守る強さを求め続けたアヤトの名を口にする。
「彼の強さは大切ななにかを守る為に私になど想像も許されないほど修練を重ねたのでしょう。その中でも多くの理不尽から逃げず、向き合い続ける覚悟を忘れなかった。だからこそ己の判断、その先に生じるであろう業も背負い続けている……少なくとも私は彼の強さからその覚悟が感じられましたわ」
ティエッタに悟られなくともミューズも知っている。
アヤトの強さは己の為ではなく、なにかを守りたいとの優しさから得た強さだと。
しかし守る為に誰かを傷つけてるのは仕方ないと言い訳しない。
自分が決めたのなら、約束したのなら、どれだけ些細なことだろうと関係なく全てを背負う覚悟を秘めていることを。
教国でもそうだ。
口ではミューズの未来を背負うのはごめんだと拒絶しようと、些細な借りを返す為に背負ってくれた。
自分の決めたことだと、約束したからと、ボロボロになろうと最後の最後まで背負ってくれた。
そして自分の決めた道を歩み続けることで生じる業を背負う覚悟を教えてくれた。
言葉だけでなくその姿でも。
「ですがあなたからはその覚悟が感じられない。……ただ、先ほども言ったようにこの世は理不尽。時として相手を傷つける選択も必要ですわ」
なのにミューズは未だ変わらず。
相手を傷つけてでも欲しいものがあるのに、守りたい気持ちがあるのに、半端な覚悟を背負ったままで。
「あなたもアヤトさんの訓練を受けるようになったのなら、少しは彼の強さから必要な覚悟を学べていると楽しみにしていましたのに……残念ですわ」
ならティエッタが不快に思うのは当然。
言葉だけでなくその姿でも教わったのに、導いてもらったのに。
「そして……不愉快ですわ。彼の強さを前にしてもなお、半端な覚悟で私と向き合うあなたに私が認める真の強者が愚弄されているようで」
あの強さを前にして奮い立つものがなかったのかと。
本当にアヤトを尊敬しているからこそ、半端なままの自分に憤るのは当然だ。
「お話は以上ですわ。さて、ミューズさんはどうしますか」
ようやく理解したと判断したのか、ティエッタはミューズに選択を突きつける。
半端なまま続けるとの選択はない。
傷つける覚悟がないならこの場から去るか。
それとも傷つけてでもこの場にい続ける何かがあるのか。
あるのなら今度こそ覚悟を示せと。
なら答えは一つしかないと、ミューズは顔を上げた。
◇
「……そんな大層な覚悟なんざないんだがな」
「アヤトくん……聞こえてるの?」
ティエッタの精霊術で観客席が静まり返ってしばらく、苦笑するアヤトにルビラは目を丸くする。
戦闘が中断してからフィールド中央で二人がなにかを話しているようだが、距離や高低差から観客席までその声は聞こえない。
ただティエッタが一方的にミューズを責め立てているような雰囲気は感じ取られるが故に、ルビラは興味津々と質問を。
「二人はなにをお話してたの?」
「興味があるなら後でティエッタにでも聞け」
……したところでさらりと交わされるも、フィールドを見据えるアヤトはどことなく楽しんでいるようで。
「それよりも、ようやく楽しめそうだぞ」
指さされるままフィールドに視線を戻したルビラが目にしたのは、腰から鞘ごと抜いたサーベルを地面におくミューズの姿だった。
◇
「……そう、それがあなたの道ですの」
ミューズの行動にティエッタは落胆したようにため息一つ。
戦闘中に武器を手放すならこれ以上戦う意思がないと捉えられるので勘違いされても仕方がない。
そう、ミューズが武器を手放したのはこの場を去る選択をしたからじゃない。
大聖堂で教会の精鋭に立ち向かうアヤトの姿を見て、守られていることで感じたではないか。
ただ守られるよりも彼と共に立ち向かいたいと。
隣りに並び、本当の意味で苦楽を共にしたいと。
いつか自分も彼に頼られ、守る存在になりたいと。
初めて抱いた悔しさから強くなりたいと、アヤト(あの背中)に追い突きたいと誓ったではないか。
なにより自分は誰かを傷つける覚悟をしたはず。
例えロロベリアを傷つけようとアヤトへの恋を成就したいと。
その覚悟を秘めて再び学院に戻ってきたのならここで去るという選択はない。
また強くなりたいのなら、それこそ目の前に居る強者から勝利をもぎとるくらいの気持ちで挑まねばいつまでも並び立てる強さを得られるはずがない。
故にミューズは初めて本気で勝利を求めた。
その覚悟を示すべく、敢えて武器を手放し。
「……ティエッタさん」
向けられるティエッタの瞳を真っ直ぐと見詰め返し、ミューズは普段と変わらずおっとりとした微笑を携え。
「わたしがアヤトさまから学んだ覚悟が本物かどうか、確かめてください」
「……どのように確かめればよろしいですの?」
だが瞳に宿る強さは今までに無いミューズのもの。
武器を手放したのは相手の不得手な距離で戦うような逃げの姿勢を手放すとの覚悟の現れ。
つまりティエッタが最も得意とする精霊術で。
「あなたに勝ちます」
その覚悟が伝わったのかティエッタの背筋にゾクリとした悪寒が走る。
しかし、だからこそティエッタはほくそ笑んだ。
敢えて相手の得意分野で挑み、勝利するその姿勢はまさに真の強者として相応しい姿。
ならば真っ向から受けて立つのもまた真の強者と。
「良いでしょう。あなたの覚悟その全てを私にぶつけてきなさい!」
『浄化の水よ・癒やしの水よ・時として全てを奪う青き水よ……』
ゾクゾクした気持ちのまま叫ぶティエッタに対しミューズは詩を紡ぎ始める。
小細工なしで全精霊力をこの一撃に込める潔さもまた真の強者に相応しいと高揚するティエッタを他所に、ミューズの紡ぐ詩により闘技場の上空を覆うほど巨大な水球が顕現していく。
その水球は徐々に変化をしていき、最後は全長一〇〇メルに届きそうな水蛇に。
上位精霊術士に匹敵する保有量に加えて、学院生離れした高い技量を持つミューズだからこそ可能とする精霊術を前に、ティエッタもその覚悟に相応しい精霊術で対抗するべく詩を紡ぎ始め――
『この世の不純全てを清め洗い流せ――混沌海流!』
水蛇の水塊を全て放出することで起きた激流が巨大な津波となってティエッタに襲いかかる。
『我を狙う脅威を灰燼と化せ――炎破障壁!』
回避不可能な津波にのみ込まれる寸前、ティエッタは城壁を彷彿とさせる巨大な炎壁を顕現。
止めどなく襲いかかる激流を炎壁で防ぎ蒸発させ、その勢いで地面から天上へと豪雨が降りそそぐような現象が起きる。
また互いの精霊術が激突し続ける余波が精霊結界を振るわせ続け――
「…………まさか、防がれるとは思いませんでした」
ついに精霊術を維持できないほど精霊力を消耗したミューズが力なく膝を突く。
同時に登り続けた大量の蒸気が雨のように降り続ける中、覚束ない足どりでティエッタが歩み寄る。
自身の保有量よりも多いミューズの精霊術を全て防いだなら、ティエッタの方が消耗しているのは当然。
現にティエッタから感じ取られる精霊力は枯渇寸前、歩くのも辛いはず。
それでも意識を保ち、降り止む頃にはミューズの前に立ち。
「後輩の示す覚悟を全て受け止めるのも真の強者……いえ」
ずぶ濡れの髪を優雅に払い、堂々と佇むその姿は。
「先輩としての勤めですわ」
下克上戦に秘めた目的、学院に残る後輩に学ばせる先輩としての気高い強さに溢れていた。
後輩の覚悟を先輩として受け止めてくれた寛大な心を目の当たりにしたミューズは弱々しく笑い。
「……わたしの覚悟も、まだまだでしたね」
「ならばこそ、今後もアヤトさんから多くを学びなさい。それを認めて差し上げるだけの覚悟は伝わりましたもの」
「……はい。今度こそ……無駄にしません」
「良き、心がけですわ」
少しだけ認めてもらえた誇らしさに頭を下げるミューズに最後までティエッタは意地を貫き。
『――勝者ティエッタ=フィン=ロマネクト! よって序列三位の座は継続され、ミューズ=リム=イディルツの序列九位は空席とする!』
「色々と学ばせて下さり……ありがとうございました」
勝利宣言と同時に意識を失い倒れる身体を感謝の気持ちでミューズは抱き留めた。
◇
担架で運ばれるミューズとティエッタに惜しみない拍手を送る観覧席では――
「ティエッタちゃんに任せなくても、アヤトくんなら教えられたんじゃないかな~?」
結末を見届けたことでなぜアヤトがティエッタの逆指名相手をミューズに指定したのかをルビラは理解したからこその疑問。
卒業生側の中でミューズの姿勢に最も憤りを感じていたのはティエッタだろう。
そして真の強者に拘る彼女だからこそ、ミューズの意識改革に必要な志を伝えられたはず……なにを伝えたかまでは聞こえなかったがそれはさておき。
わざわざ指定しなくてもアヤトなら可能としたはず、にも関わらずこの回りくどい方法を選んだのかが分からない。
「どうだろうな。だがま、面倒な役割を押しつけられるなら押しつけたくもなる。なんせ面倒だ」
「二回言うほど面倒なんだね……」
まあいつも通り交わされてしまったが、ルビラなりに予想はしていたりする。
だが確認したところで交わされるのは間違いないと、立ち上がるアヤトに遅れてルビラも席を立ち。
「レイドくんとロロベリアちゃんの下克上戦はどうなってるかな~」
「興味があるなら見に行けば良いだろ」
「今から行って間に合うかな~?」
「他は知らんが、あいつらの突き合いは長引くだろうから間に合うだろ」
「じゃあアヤトくん、一緒に行こう~」
「面倒だ」
ルビラの誘いをため息で返すなりアヤトは姿を消した。
「……素直じゃないな~」
その態度にルビラこそため息一つ、仕方ないと一人でレイドとロロベリアの下克上戦が行われている闘技場へと向かった。
アヤトくんの相変わらずな謎の真意は置いといて、真の強者に拘り続けるティエッタだからこそミューズに厳しく接しました。
ですがその厳しさもミューズを信じてのこと、まさに先輩として最後まで導いてくれました。
そして序列戦のカイル戦で後悔したように、今回は意識を失うほど全力で受けとめたのもティエッタらしい姿でもありました。
さて、ついに下克上戦プラス一戦もラストとなりました。
やはり最後はロロとレイドの学院最強を賭けた激闘が相応しいかと……ロロも一応主人公なので。
とにかく最後を締めくくるに相応しい(ハズの)両者の激闘をお楽しみに!
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