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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第十章 先達の求めた意地編
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期待の追憶

アクセスありがとうございます!



 学院内五カ所の闘技場と人知れず序列専用訓練場で始まった六組の激突。


 中規模闘技場の一カ所で始まったカイルとディーンの下克上戦は精霊力を解放しても向き合ったまま動きはなく。


「……始める前に聞いてもいいっすか」

「なんだ」


 代わりにディーンは口と共に手を動かしカイルを指さす。


「どうして手ぶらなまま向き合ってるんすか?」


 指摘したのは開始宣言からカイルが剣を抜いていないこと。

 カイルは剣と精霊術で近接遠距離と状況に合わせる堅実な戦闘スタイル、一年前の序列選抜の総当たり戦でもそうだった。

 近接戦は昔からランと模擬戦を繰り返していたので充分対応できたが、精霊術を織り交ぜられた変化に翻弄されて敗北している。

 にも関わらず今は抜く素振りがなく、かといってなにかを狙っているような雰囲気も感じないので思わず質問してしまったが。


「精霊術士だからといって剣術を始めとした近接戦を軽視するのは違う」


 ディーンの質問にカイルは淡々とした口調で返答を。


「しかし俺たちは新旧精霊術クラスの代表であり、精霊術士の本質はやはり精霊術でもある」

「……つまり精霊術クラスの代表同士、精霊術で白黒つけようって感じっすか」


 要は序列戦でティエッタと撃ち合ったように精霊術クラス代表として精霊術のみで遣り合うつもりとディーンは受け取るも、堅実な戦い方をするカイルにしては妙な提案で釈然としない。

 ディーンの疑問を他所にカイルはわざとらしくメガネの位置を直す。


「丁度いいハンデにもなるだろう」

「…………ハンデ?」

「ソフラネカに合わせてやると言っている」


 改めて向けられた瞳は冷めたもので。


「足りなければ変換術も禁止にするが、どうする」


 続く提案にディーンは拳を強く握りしめる。

 護身用のダガーは装備しているもディーンは剣術が苦手で近接戦も精霊術を交えたもの。また言霊は扱えるも変換術は習得していないのでカイルの提案でようやく条件は五分になる。


 確かにハンデとしては丁度いい――だが、並々ならぬ覚悟で挑んだからこそカイルの提案は不快でしかない。


『……暴風纏えっ』


 故に返答変わりに精霊術を発動。


「ふざけんなぁぁ――っ!」


 四肢に竜巻を纏わせるなり怒り任せに地を蹴った。


『水壁よ』


 倍増された突進にもカイルは冷静に水の壁で阻む。

 ただ氷ではなく水の壁を顕現したことが更にディーンの怒りを煽り。


「知るかよ!」


 突進したまま水壁を殴りつけ、竜巻の影響で周囲に水しぶきが飛び散るのも構わずカイルに迫る。


「……あれ?」


 が、カイルの姿がなくディーンは急停止。


『降りそそげ』


「あだだだだ――っ」


 探すより先に飛び散る水しぶきが一斉にディーンの背中を襲い悶絶。

 精霊結界で精霊力を代償にダメージは軽減されるも礫だろうと数が多ければ衝撃もそれなりで。


「怒り任せに襲いかかってくるからだ」


 四肢の竜巻が消失させて膝を突くディーンを横から眺めつつカイルはため息一つ。

 カイルが水の壁を顕現したのはディーンの突進を阻む為ではなく目隠し代わりとして、殴りつけた隙に左に跳躍。更に遠隔操作で飛び散った水の壁を礫として無防備なディーンの背中を狙ったのだが、冷静であれば精霊力の位置で気づかれていただろう。


「少しは頭が冷えたか」

「……くっそ……『舞い狂え』!」


 しかし好機でも追撃をしてこないカイルに頭が冷えるはずもなく、ディーンは悪態を吐きつつ精霊術を発動。

 顕現させた十数の風刃で四方からカイルを狙う。


『狙い撃て』


 だがカイルは冷静に精霊術を発動。

 ディーンの顕現させた風刃と同数の水弾を顕現、迫る風刃に向けて放つ。

 結果、風刃と水弾がぶつかり合い全てを相殺。

 風の精霊術は四大の中で速さに特化し、発動速度も水の精霊術に比べて上回っている。

 しかし遅れて発動させたカイルが迎撃できたのは、それだけ両者の技量に差があるわけで。


「…………」

「今度は俺から行くぞ」


 実力差を見せつけられたことでようやく頭が冷えたディーンに対し、カイルもようやく攻撃的な視線を向けて。


『水刃刻め!」


 お返しと言わんばかりに数十の水刃を顕現するなりディーンは迎え撃つことなく。


『駆けろ!』


 両足に纏わせた風で後方に退避した。



 ◇



 その結果、カイルの精霊術にディーンは逃げ回ることになり―――



『水鏃穿て!』


「なんの――『駆けろ』!」


 カイルは距離を詰め、速度重視の精霊術を放つも速度で上回るディーンは危なげない回避。

 しかしディーンの姿勢に観覧席からは批判殺到。

 精霊術のみの真っ向勝負を挑んでくれているカイルに対して情けない姿を見せ続ければ序列保持者として、また精霊術クラス代表としても威厳がないので仕方のない感情。

 ただそのヤジを誰よりも不快に感じているのはディーンではなくカイルの方で。


「……ちっ」


 ディーンを追いながら観覧席の反応が煩わしいと舌打ち一つ。

 確かに自分から逃げ回るディーンの姿は情けなく映るだろうが、逃げも戦法の一つ。

 序列保持者だろうと精霊術クラス代表だろうとディーンはプライドを捨てでも逃げを選択できる。

 そして逃げながらも勝ち筋を見つける為に思考を巡らせるからこそ、予想外な発想で戦況を覆してきた。

 序列戦でも結果として敗北したが、あのフロイスを追い詰められたのはこの強みがあってこそ。

 対し観覧席にいる学院生、これまで入れ替え戦で挑んできた者はカイルとの実力差を実感するなり降参するか、開き直って玉砕覚悟で挑むかのどちらか。

 逃げるのも勇気がいることで、自身の立場が高ければ尚のこと。

 それでもディーンは実力差を実感しようと、開き直らずにその差を覆すことを諦めない。

 勝利する為なら泥も被る執念、これがディーンの強さでもある。

 故に簡単に勝利を諦める者、実力差から挑もうとしない者たちがディーンを批判する資格などないとカイルは自身への声援すら煩わしく感じていた。


 だが、ディーンの強さは時として弱さにもなる。


 だからこそ下克上戦が始まるなり煽った。

 またこのままでは敢えて逆指名をした意味がない。

 正直なところこの戦況をディーンがどのような発想で覆そうとするか楽しみではあるが。


「……頃合いだな」


 それ以上に楽しめる方法があるならやらない理由はないとカイルは不敵に笑った。



 ◇



 カイルの予想通りディーンは勝利を諦めていなかった。


(やっぱカイルさま強いって! ていうか俺のカイルさま対策は近接戦のだし! 精霊術の撃ち合いになったら俺が勝てるわけないだろっ? あの人ティエッタ先輩と互角に撃ち合ってたんだぞっ? ならどうする俺!)


 このまま逃げてもジリ貧、精霊術に必要な精霊力を差し引いても保有量でカイルが勝る分先に枯渇するのは自分。

 風と水の精霊術では速度で有利になるも、基本能力で劣っているだけ発動速度は互角かやや増さる程度。

 自分とカイルの実力差を改めて分析し、回避しながら必死に思考を巡らせ勝ち筋を模索していた。


(フロイス先輩の時も思ったけどせめて変換術が使えれば対抗できるのに……使えないけどな! かといって自爆覚悟でもカイルさまの方が保有量あるなら俺がやばい!)


 だからこそ変換術を習得していないのが痛い。

 カイルも変換術を扱えるが風と水の変換術では威力も速度も圧倒的に増さるだけに、逆転の一手にはなるだろう。

 もちろんディーンも序列戦以前から習得を目指していたが結果は言わずもがな。

 

(やっぱ才能無いんですかね俺! でも無いものねだりしても仕方ないからね俺! なら…………ん?)


 故に自身の才能に嘆いていたが、ふと足を止めた。

 いつの間にか精霊術の追撃だけでなく一〇メルほどの距離を空けてカイルも足を止めていることに気付いたからで。

 しかも戦闘中にも関わらずメガネを外し、布を取り出しレンズを拭き出す始末。


「……情けない」


 余りに無防備な様子から逆に罠ではないかと疑うディーンの耳に届いたのは失望の声。


「あの時、俺に安心して引き継げるよう下克上をすると言っておきながら負け犬のように逃げ回るばかり……お前は何がしたいんだ」

「それは――」

「それはなんだ? ただの虚勢でしたとでも言うつもりか」


 即座に反論しかけるも視線も向けずにカイルは言葉を被せる。


「だとすればエレノアも随分と過大評価をしたものだ」

「……エレノアさまが?」


 続く言葉に反応するディーンを裸眼のまま一瞥したカイルはため息一つ。


「お前を精霊術クラス代表に任命したのはエレノアだろう。ならあいつの見る目が腐っているとしか思えん」

「だったら俺を候補者にしたカイルさまの目も腐ってるんじゃないっすか!」

「序列保持者としてお情け程度の期待としてな。要はもっと相応しい候補者も選出していた」

「…………っ」


 反論虚しく辛辣な事実を返されディーンは息を呑む。


「その中からお前を選んだのは他でもないエレノアだ。あいつなりにイディルツよりも次世代の精霊術クラスを引っ張ってくれると期待していたが、なにを期待していたのか」


 しかしカイルは構わず批判を続ける。


「レヒドも同じだ。幼なじみ贔屓もここまでくれば笑えるな」

「……なんでランが出てくるんだよ。あいつは関係ないだろ!」

「関係ならある。レヒドもお前に期待しているからだ」


 怒声を挙げようと怯まず失望の矛先をランに向け。


「それとも普段はバカにされているからとでも言うつもりか? それがレヒドなりの期待の現れだと気づけないのか? だとすれば随分と薄情な幼なじみだ」


 メガネをかけ直し、見据える瞳は自分だけでなくエレノアやランまでも見下されているようにディーンは感じた。

 カイルに言われなくてもランがどれだけ自分に期待してくれているかディーンも気づいている。


「先も言ったが俺が候補者に入れたのは序列保持者という肩書きからに過ぎん。そもそも序列戦でも自爆のような戦法を取るような精霊術士が精霊術クラスの代表に相応しいと思えるのか? 精霊術を駆使した戦いから逃げるような精霊術士が、精霊術クラスの代表に相応しいと思えるのか?」


 だからこそ、これ以上は聞くに堪えないと。


「理解できたなら潔く降参しろ。それがお前に期待しているエレノアやレヒドに出来る唯一の名誉挽回だ」


『……暴風纏え』


 淡々とした口調で責め立るカイルを睨み付け、ディーンは精霊術を発動。

 両手足に竜巻を纏わせるなりカイル目がけて飛び出した。


『水壁よ』


 開始直後と同じく怒り任せの特攻にカイルは失望の眼差しを向けたまま水の壁を顕現。


「うらぁぁ――っ」

「な……っ」


 だがディーンは水の壁を殴るではなく両腕の竜巻を地面に放ち、起こる暴風に乗るよう高く跳躍。

 予想外の行動に怯むカイルを上空から見据えるディーンは更に詩を紡ぐ。


『響け・鳴け・我の怒りに呼応せよ――』


 そう、ディーンの狙いは水の壁を飛び越えるのではなく詩を紡ぐ時間を稼ぐ為。


(俺をバカにするのも失望するのも好きにしろ……けどよ)


 カイルの嘲笑が許せないなら、口先だけでなく行動で証明するなら。


(関係ない奴らまでバカにするんじゃねぇ!)


 エレノアやランの期待に応えてやると。

 その為にカイルを超えるに必要な一手をここで習得してみせると。


『鋭き槍となりて貫け――四電の閃光(ラ・グリュエル)!』


 暴発覚悟で変換術による精霊術を発動。

 落下するディーンの四方からバチバチと稲光が走り、空気を切り裂く雷が地上にいるカイル目がけて走る。


「うお――!」


 ドンと地面を抉る落雷の衝撃破によってディーンも吹き飛び、地面を削るように落下。

 叩きつけられた衝撃と摩擦熱に体中が痛むも気を抜かず身体を起こし。


「…………やれやれ」


 晴れていく土煙から現れるカイルを見据える。

 咄嗟に氷の精霊術で落雷を防いだ発動速度はさすがとしか言いようがない。

 しかし同じ変換術でも雷と氷、加えて詩を紡ぐ精霊術と言霊の精霊術では込められる精霊力や威力は格段に違う。

 それでも精霊結界によって精霊力を対価にしたとはいえ、決められなかったのはやはり序列二位の実力者で。


「メガネを駄目にしてしまった」

「スペア含めて全部駄目にしてやるよ」


 ボロボロになりながらも新たなメガネを取り出す余裕を見せるカイルにディーンは鼻で笑いつつ。


『雷鳴貫け!』


『氷槍よ!』


 ギリギリだろうと習得した変換術を武器に、お望み通り精霊術クラスの代表に相応しい精霊術を駆使した戦いを挑んだ。


 その結果――



『――勝者カイル=フィン=アーヴァイン! よって序列二位の座は継続され、ディーン=ソフラネカの序列七位は空席とする!』



「…………一つ、聞いて良いっすか」

「なんだ」


 大の字に倒れたまま自分の敗北宣言を聞き入れ、近づいてくるカイルにディーンは問いかける。


「もしかしてですけど……カルヴァシアの真似だったとか?」


 指摘するのは先ほどカイルがエレノアやランに対する暴言について。

 今さらながらカイルらしくない皮肉と察したからこその疑問なのだが。


「精霊術は基礎を突き詰めることも大事だが、精神面も大きく左右される……まあ、先生からの受け売りだが」


 カイルからは返答ではなく別の話題が返された。


「お前は良い意味で自分にプライドがない……しかし、同時にそれが悪く作用することもある」

「…………」

「そもそもお前は才能に傲らず、今まで基礎を怠らない努力を続けていた。なら変換術を習得するに充分な技量も身に付けいていたはずだ」

「…………」

「だが自分を卑下するのに馴れているからこそ、今まで殻が破れなかったんだろうな。だから周囲も認めていると教えてやれば少しは理解すると俺も期待していた」

「だから……カルヴァシアを真似して煽ったと」

「お前は単純でもあるからな。自分を卑下する暇も与えないよう集中させれば殻を破れると思っていた」

「……なんか実感こもってるっすね」

「レイドと比べて自分には才能がないと諦めていた俺も……同じような方法で先生に殻を破ってもらった」

「ああ……なら真似たのはカルヴァシアじゃなくてアーメリさまってことっすか」

「上手く真似ていただろ」

「そっすね……」


 カイルの茶化しに充分納得できたとディーンは小さく笑い。


「俺……少しは期待に応えられましたか」

「でなければ観覧している者も手の平を返さないだろう」


 闘技場内に響く拍手が答えだとカイルも笑った。

 変換術を習得してもディーンとカイルでは地力に大きな差がある。

 それでも最後までカイルと精霊術を撃ち合い、ボロボロになるまで追い込んだのだ。

 精霊力の消耗でディーンは立つことすら叶わなくとも、カイルもティエッタとの序列戦と同じほどまで精霊力を消費していた。


「俺も充分楽しめた……ソフラネカになら安心して引き継げる」


 なにより自分をここまで熱くさせたディーンを認めない学院生がいるのなら、その者こそ見る目がないとカイルは言い切れる。


 カイルの言葉に、手のひら返しだろうと自分にも向けられる拍手にディーンは込み上げる涙が堪えきれず。


「……ありがとうございます」


 自分に期待してくれる偉大な先輩に感謝を述べた。



 同時刻――エレノアとシャルツが激突している小規模闘技場も両者を称える拍手が響き渡っていた。




カイルとディーンの激闘は如何でしたか?

ディーンの可能性や努力を知っていたからこそカイルは昔の自分が先生と慕うラタニに導いてもらったように、今度は先輩として後輩を導きました。

まあ、何気に開花したディーンと本気で戦ってみたい感じもありましたね……カイルはやはり熱い男でもあります。

また作中にあったカイル、レイド、エレノアがラタニからどのような訓練を受けていたのか、当時の三人の関係性も含めてどこかで描きたいですね。

ですが今は下克上戦、もうお気づきかも知れませんが、今回はラストの一文で次回はどの対戦カードになるかが分かるようになっています。

なのでエレノアとシャルツがどのような激戦を繰り広げたのか、その結果も含めてお楽しみに!


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みなさまの応援が作者の燃料です!


読んでいただき、ありがとうございました!



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