幕間 厄介な依頼
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入学試験翌日、約束通りツクヨはサクラに会うため屋敷に訪問。
本来帝国の皇女が滞在している場所には簡単に訪問できるものではないが、サクラの性格上今さらで警備に名を告げればむしろ歓迎された。
また約束していたとはいえ単身で訪問するのは緊張するものだが、ツクヨが緊張するはずもなく。
「なんだこれ? めっちゃ美味いな」
「そうじゃろうそうじゃろう。爺やの煎れる茶は帝国一じゃ」
「お嬢さま、褒めてもケーキしかお出ししませんよ」
「菓子類の腕前もまた帝国一なら充分じゃよ。のう、ツクヨよ」
「だな、この菓子も美味いわ。こりゃ、アヤトとタメはれるんじゃねーか?」
通された応接室でお茶と菓子を堪能していたりする。
前回はツクヨがサクラと二人きりの時間を希望したことから別の使用人が用意したお茶や菓子だったが、今回はエニシも同席となったのでサクラが認める帝国一の味を堪能していた。
ただ口調や態度は粗暴ながらもお茶やケーキを食す所作はそれなりに鮮麗されていて、夕食時のテーブルマナーも同じくで、妙にちぐはぐなツクヨの作法がサクラの好奇心を疼かせる。
「お主はほんに面白いのう。平民と聞いておるが、作法などを教わっておったのか?」
「ああ、アヤトにな」
故に質問してみれば思わぬ名が出てくるのでサクラはキョトン。
「あいつが飯の作法にうるさくてよ。一緒に暮らしてた頃に散々叩き込まれたんだわ。ま、ダチと楽しむみたいな時間は見逃してくれるけど、皇女さまとのお茶ならアタシも気を遣うだろ」
態度は全く気を遣っていないのは置いといて、確かにツクヨ以上に粗暴なアヤトだが、実のところ食事やお茶の席では下手な帝国貴族よりも作法が出来ている。
なんでも亡き母がテーブルマナーに厳しく徹底された結果と聞き、平民の母が教えたにしては完璧すぎると違和感を抱いたものだ。
だが、それよりも聞き捨てならない情報にサクラは思わず身を乗り出す。
「アヤトと一緒に暮らしていた……?」
「二年くらい前に一月ほどな。そん時に飯の作法だけでなく掃除や料理とかも叩き込まれてよ……お前はアタシのおかんかって何度も思ったもんだ」
やはり見事な所作でカップに口を付けつつ懐かしむツクヨの様子にサクラは僅かな思案後、気負いなく更に続けた。
「一月ほど暮らしていたとは、どのような経緯があってかのう?」
「経緯って言われてもな……アヤトが親父に刀の依頼しに来たのが切っ掛けか」
と、ツクヨは当時の出来事を簡潔に話していく。
父親の打った包丁からアヤトが刀を打てると見込み突然訪ねて来たこと。
二人の間にどんなやり取りがあったかまでは知らないが、アヤトを認めた父親がその依頼を受けたこと。
ただし刀が完成するまでアヤトがツクヨのお守り役をする条件を出し、その間に家事を(強制で)一通り教わったことを。
「最初は態度と口と目付きの悪いクソガキがなに偉そうにってアタシも苛々してたけどよ……ま、アタシも親父と一緒で気付けばアイツを認めちまって、気付けば悪友になったって感じだ」
「ふむ。つまり、朧月を打ったのはお主の父君というわけか」
「そんでもってアタシの師匠でもある……もう逝っちまってるけどな」
「ちなみに母君は……」
「アタシを生んですぐ病気で亡くなったらしいわ。だからこそあの頃は何気にアヤトがお袋みてーに思えたわ」
「……そうか。いや、少々踏み込みすぎたようじゃ。すまんのう」
「気にすることねーよ」
ツクヨの性質からそう返してくるとは予想していたが、礼儀としてサクラは謝罪を口にする。
そしてこれまでのやり取りである確信が持てた。
「妾は認められたと自惚れてよいのじゃな?」
「皇女さまをお試しするなんざ、出過ぎた真似して悪かったって謝罪しましょーか」
「アヤトの悪友相手じゃ。一筋縄ではいかんと思っておった故、気にせんでええ」
意味深な問いにも否定なく向けるツクヨの笑みで確信から確定へと変わった。
というのも前回の面会では瑠璃姫や新月の製法については当然、ツクヨ自身のことやアヤトとの交流については全てのらりくらりと交わされていたのだ。
逆にサクラはアヤトとの出会いについてや、どのような暮らしをしているかと質問攻めを受けている。
ただツクヨにとってサクラはアヤトの友人程度にしか関心はなく、サクラはアヤトの悪友だけでなく彼女の技術にも興味があるわけで。
恐らくツクヨなりにどれだけ信頼できるか見定めていると汲み取ったサクラは皇女として知る機密や、アヤトの見せた銀色の変化……自身の初恋については伏せているが出来る限り質問に答えてその日はお開きとなった。
にも関わらず話の流れとはいえ、ツクヨは前回交わし続けた情報を呆気なく開示したのなら見定めの結果が出たということで。
「そりゃどーも。ちなみに皇女さまはアヤトの諸々の事情はご存じで?」
「あやつが野良猫気質なのと、様々な面で規格外というくらいはご存じではあるが……肝心なところはなにも知らぬよ」
「ならアタシと同じくらいか……ほんと、アイツの秘密主義には困ったもんだ」
「全くじゃ……じゃが、爺やは妾らよりも仲良くしておるようじゃぞ?」
互いにアヤト被害にため息を吐いたところでサクラが背後で見守っているエニシに嫌味を一つ。
「つい最近も妾を仲間はずれにして、なにやら楽しそうにしておった。のう、爺やよ」
「私もアヤトさまも大変心苦しく思っております故、どうか寛大な心でお許しを」
「じゃからあやつが心苦しく感じる姿が想像できんのじゃが……まあよい。それよりも爺やに試しはよいのか?」
「刃交える試しもしたしな。つーか今のやり取りで少なくともアタシの方が皇女さまよりちょいと知ってるって分かったわ」
「…………妾、泣いてもよいか?」
「ま、そこは悪友とダチの違いだな」
「なんの違いじゃ……」
せっかく同志を得たと思っていたところでの裏切りにサクラはジト目を向ける。
まあ教国の一件で帝国の協力者がエニシだったとツクヨも聞いた程度でしかないのだが。
「とにかく皇女さまもエニシの爺さんも知っての通り、アタシの悪友は捻くれ者で気難しくてよ。だからこそ、アイツが信頼している奴ならアタシも無条件で信頼できる。でもそれとは別にやっぱテメェの目で見定めておきたかったんだわ」
「仲間はずれで信頼されているかは微妙じゃが、ここからはお主と色々なお話しをできるでいいんじゃな?」
それでもアヤトを抜きにしてツクヨの信頼を得たのならサクラとしては充分。
もちろんツクヨが父から受け継いだ知識は興味深いが、それ以上にサクラはツクヨを気に入っている。
故に相手から話していいと思うまで踏み込むつもりはなく、ここからは純粋に互いを知る時間として楽しむつもりだ。
要は友人になったと捉えていいとの確認、しかしツクヨの返答は思わぬもので。
「皇女さま、ちっとばかしアタシからの依頼を受けてくれねーか?」
脈絡のない唐突な申し出にサクラのみならず背後に立つエニシも訝しむがツクヨは不敵な笑みを崩さない。
「報酬はアタシが親父から受け継いだ知識の一部、なんなら先払いしてもいいぜ」
その報酬はまさにサクラが求めているもの。
瑠璃姫や新月のみならず、父が打った朧月を見る限り予想も付かない技術が秘められている。例え一部だろうと研究者としては是が非でも知りたい。
ただ認められた程度であっさり開示する真意が分からない。
それほどツクヨにとっては重要な依頼とも捉えられるが、逆に違和感もあるわけで。
「……意外じゃのう。お主なら一部と言わず全てを開示すると言いそうなものじゃが」
僅かな時間でもツクヨの為人は大凡理解できたからこその違和感。
自身にとって重要ならばそれこそ全てを報酬にしそうな気っ風のよさがある。なのに悪く言えば小賢しい交渉を持ちかけるのはツクヨらしくない。
「ぶっちゃけそのつもりだったけど、アタシが受け継いだ知識はただの知識じゃない。親父が生涯を賭けて積み重ねた大事な宝物だ。それを娘が安売りするなって叱られてよ」
「アヤトにか?」
「アイツはアタシが受け継いだ知識だからこそ好きにしろってスタンスだよ。でもま、その人に叱られて納得したもんだ。多分、こんな説教できる人だからこそアヤトがめっちゃ信頼してるんだろうなってよ」
「……ちなみにその者は」
「さあな。言っておくがラタニさんじゃねーぜ」
「お主もやはりいけずか……」
有力な候補者を先に否定してツクヨはカラカラと笑い、対するサクラは落胆しかない。
違和感は正しかったようで、恐らく自分にするものとは別の依頼を持ちかけた相手に意見されて修正しただけのこと。
またその相手を伏せたのは興味を持たせるのではなく、たんにサクラの反応を楽しんでいるだけ。断っても普通に教えてくれるだろうし、ツクヨの信頼は失われないだろう。
ただそれとは別としてツクヨがどのような依頼を持ちかけるのか興味深く、やはり報酬が魅力的で。
しかしツクヨを信頼していようと安易に受けるわけにもいかない。
普段から破天荒な面が目立つもサクラにも皇女としての弁えはある。
「協力の内容次第じゃ」
「だろうな」
慎重な姿勢を示すのは当然で、元よりツクヨも交渉無しで話を進めるつもりはないのか姿勢を正した。
「てなわけで詳しい説明するけど、これから話すことは受ける受けない関係なく秘密にしてくれ。アヤトにもだ」
「もし破ればどうなる?」
「アタシの目が節穴だったんだろ」
念のために確認すればツクヨは平然と言い放つが、これほど強制力のある罰はない。
なんせ約束を違えればサクラやエニシはツクヨの信頼を失ってしまう。
予想よりも強かなのか、それともただ豪胆なだけか。
「約束しよう。爺やもじゃ」
「むろんでございます」
どちらにせよツクヨという面白い友を失うくらいなら他に答えはなかった。
◇
交渉も含め予定していた時間ギリギリまでお茶を楽しみ、続いてエレノアの屋敷に向かうツクヨと再会の約束を交わし――
「帰国次第取りかかる。入学式までに出来るだけ時間を作れるよう調整してくれ」
「畏まりました」
見送りから応接室に戻ってきたエニシに早速指示を出し、サクラはソファに深く身体を預けた。
結果としてツクヨの依頼を受けたのだが、さすがはアヤトの悪友と言うべきか。
自惚れではなく、この依頼には自分が最も適任だろう。
ツクヨの交友関係を全て把握していないが、それでも言い切れるだけの自信がサクラにはある。
「……ツクヨもとんでもない依頼を持ちかけてくれたものよ」
「ですがお嬢さまのこと、ご友人の為とあらばやる気に満ちあふれるでしょう」
ただそれとは別に予想を遙かに超える事情と依頼に思わず愚痴が零れるも、労いのお茶を煎れつつエニシは微笑み奮い立たせてくれて。
アヤトとツクヨ、二人の大切な友の期待に応える為にも。
「当然じゃ。なにも得られませんでしたなんぞ、あやつらに会わせる顔がないわ」
必ずやり遂げると力強く言い切るサクラの視線の先にはツクヨの置き土産が。
アヤトが朧月で両断したという聖剣エクリォルの柄が鎮座していた。
教国の一件から裏でツクヨがなり振り構わず動き始めている内容でした。
なぜサクラさまに聖剣の柄部分を託したのか、またサクラさまに依頼を持ちかける前に別の依頼を持ちかけ叱ってくれた相手が誰なのかはオマケで描く予定です。
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