約束、ひとつ
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教国から帰国して二日後――年越し祭当日。
王国の最大都市、王都ファンネルは今朝から活気に溢れ、地方からも人が集まる商機を肖るべく商業区は多くの人で賑わっていた。
もちろん飲食店を除いた商売を生業にする者も夕刻頃には店を閉めて年越し祭を楽しむのが約束。
また既に酒を楽しむ者もいたりするが問題を起こして捕らえられ、そのまま牢獄で年を越す者もいたりするのもお約束。
とにかく一年で最も賑わう日でも、いつもと変わらず今朝から基礎訓練や座学などで己を高める時間に費やすのがロロベリアやニコレスカ姉弟のお約束。
ただ今年ばかりは例年と違い、純粋に年越し祭を楽しむからこそ空いている時間を訓練に費やしていた。
去年まではアヤト――クロと交わした交互にお互いのいつもの年越しを一緒にするとの約束を守るべく、年越し祭に参加しないロロベリアを独りにしないようニコレスカ姉弟も東国の風習である家族でのんびりな時間を過ごしていた。
しかしアヤトと一緒に楽しむ約束を取り付けたことで、六年越しにロロベリアは年越し祭に参加。
もちろんアヤトはもうクロではないし、ロロベリアもシロではない。
それでもシロとしての記憶があるロロベリアにとっては感慨深く、例え最後にヘタレてみんなと一緒に過ごすことになっても楽しみで。
故に帰国してからも上機嫌で、そんなロロベリアの様子にニコレスカ姉弟も自分のことのように嬉しく感じていた。
「……連絡取れた?」
「…………」
……のだが、日が暮れて間もなく無表情ながらも心配そうな声音で確認するリースに首を振るロロベリアは上機嫌どころか不安顔。
なんせ帰国してからアヤトの消息が掴めてない。もちろん神気のブローチでマヤに呼かけてはみたものの――
『ご心配なく』
――との返答のみ。
発端は教国から帰国後すぐ……と言うより港に船が着いた時点でアヤトは姿を消していた。
その際はブローチで呼びかけたマヤに『所用ができた』と言伝を伝えられてはいた。内容についてはお約束で返されたが、アヤトの気ままな行動はいつものこと。約束は必ず守る律義な性分なので気にしなかった。
しかしそれ以降はマヤにも連絡が取れず当日を迎え、今年も残り六時間を切るとさすがに焦る。
まあマヤからご心配なくとの返答がある以上、アヤトの身になにか起きたとは思わないが所用とやらが長引いているのかとの心配はしてしまう。
アヤトはクロの記憶を失っているが、ロロベリアはシロの記憶は残っている。
いくらシロとクロの約束とは別と認識してもロロベリアにとってアヤトと年越し祭を一緒に過ごすのは特別な時間。
「ほんと、どこ行ってんのかねぇ……あいつは」
「ロロ楽しみにしてた。約束破ったら意地でも泣かす」
故にユースは呆れ果て、反故は許さないとリースは怒りで目を据わらせる。
ただ約束した以上、アヤトは必ず守るのも再会してからの時間でよく知るところ。
それに約束を取り付けたことで浮かれてしまい、待ち合わせ時間等の詳しい話し合いをしなかった自分にも非はあるとロロベリアは思うわけで。
それを思い出したのが他の面々を誘った時なのだが、これ以上屋敷に居てはその面々との待ち合わせに遅れると。
「とりあえず私たちは準備をしましょうか」
ロロベリアは気持ちを切り替え提案した。
◇
準備を終えたロロベリアたちが向かったのは平民区にある広場の一つ。
商業区に近い広場や飲食店を選ばなかったのは人混みを嫌うアヤトを気遣ってのこと。もちろんこの日ばかりは人が集まる場所はどこも大勢の人はいるものの、ユースから比較的少ないと聞いたのでそこを選んだ。
まあこれは平民の向かえ方、貴族は懇意にしている者同士が集まり屋敷でパーティー開きながら迎えるのが基本。ロロベリアやニコレスカ姉弟が平民と同じ年越し祭を過ごせるのはサーヴェルやクローネから好きにして良いと言われているからで。
もちろん学院を卒業するまでとの期限付きではあるも、貴族家でも特種なニコレスカ家だからこその自由といえるが、他の貴族家が違うわけでもない。
「みなさん、お待たせしましたわ」
「こんばんは」
待ち合わせの広場に到着してすぐティエッタとフロイスが姿を見せる。
アヤトと懇意にしていることからロロベリアが誘ったメンバーで、伯爵家の娘が専属従者のフロイスのみを連れて参加するのも特種といえた。
また二人も去年までは年越し祭に参加せず訓練をして過ごしていたらしいが、アヤトが参加すると聞いたティエッタが『時にはゆとりを持って過ごすのも強者としてあるべき姿』とのいつもの強者理論で参加、主バカのフロイスは言うまでもなく同意していたりする。
他の序列メンバーからはシャルツ、学院生会からミラーとグリード、学友からシルヴィとフィーネが参加と王都出身でアヤトとゆかりのある者には手当たり次第声を掛けた。
さすがに王族のレイドやエレノア、侯爵家のカイルは無理だったが声を掛けた友人は全員が参加してくれて。
ただツクヨは帰国してそのまま故郷に戻っているので不参加。
つまりユースの武器はお流れとなったが、近々こちらに来るのでその時に改めてと約束しているので問題はない。
とにかく大勢で過ごす年越し祭を楽しみにしていたのに肝心のアヤトが未だ姿を見せず。
「彼だから仕方ないわね」
「忙しいなら気にしなくていいよー」
「遅れているだけならその内来るだろう」
「カルヴァシアはああ見えて律義だからな」
「……そうだね」
しかしアヤトを知るからこそ、みな気にせずロロベリアは内心安堵。
「強者とは時間に縛られないもの、そうでしょう?」
「お嬢さまの仰る通りです。アーメリさまもまだのようですし」
ティエッタの強者理論は置いといて、フロイスが言うように待ち合わせ時間が過ぎてもラタニとカナリアの姿がない。
恐らくラタニが原因でカナリアも遅れているだけだろうがそれはさておき。
年越し祭を満喫するなら夕食は屋台の料理と決めていたので、まずは屋台で腹ごしらえを。
「こんな時間もたまには良いもんだ」
「そうですね」
それぞれ好きな料理を食べつつ談笑を楽しむ様子にユースは苦笑を。
少なくとも自分たちは普段から学友と一緒に町を歩いて楽しむような時間は過ごさなかったが、アヤトと再会してからは少しずつこうした時間が増えている。
特にロロベリアはクロとの約束を果たすため、脇目も振らず邁進し続けていたので周囲との関わりはほとんどなかった。
ただティエッタの強者理論のように、こうした時間を楽しむのも時には必要かもしれない。
大英雄の道も一人で歩めるわけではない。周囲の繋がりから得られる助力や強さがあるからこそ困難な道も歩み続けられる。
アヤトと再会を果たしたことで大英雄への道を歩む覚悟はより強くなっている。
しかしその反面心にゆとりが出来たのか要はメリハリが大切と、今はそんな考えもできるわけで。
「ま、姫ちゃんとしてはアヤトが居れば特に良いもんだろうけど」
「否定はしませんがそれはそれ、今も純粋に楽しめてますよ」
故にユースの茶化しにも余裕の笑みで返し、更に楽しもうと積極的に交流を深めていたのだが。
「若人たちよ、楽しんでるかにゃ~」
「遅れて済みませんでした……」
しばらくしてようやくラタニとカナリアが到着。
待ち合わせに遅れても全く気にしていないラタニや、どこか疲れ切っているカナリアは今さらとして、同行している人物にロロベリアは目を見開いた。
「みなさん、お久しぶりです」
「……ミューズさん?」
教国にいるはずのミューズとレムアが居ることにロロベリアだけでなく、他のメンバーも驚きを隠せない。
「あら、ミューズさんではないですか」
「お久しぶりです」
……もとい、ティエッタは驚きよりも不思議そうに首を傾げ、フロイスは全く気にせず一礼を。
「帰省されているあなたがなぜ王都に?」
「父より留学しているからこそ他国の文化を学ぶ機会を大切にしなさいと言われまして」
「些細な機会を無駄にしない。それも強者として必要な事柄……あなたのお父さまもよく分かっていらっしゃるわ」
ティエッタの強者理論は良いとして、父親を褒められたミューズは嬉しそうで。
「それで、アーメリさまからみなさんがこちらにいらっしゃるとお聞きして……」
「こっち向かってる途中でばったり会ってねん。ミューちゃんもみんなの青春仲間なら一緒にどうかいって誘ったんよ」
「もちろん歓迎しますわ」
驚きこそすれ誰も異を唱える者は居なくミューズとレムアも加わったのだが。
「……良かったですね」
「ありがとうございます」
ミューズの事情を知るだけに、これからも学院に通えることをロロベリアは祝福する。
ちなみに昨日王国に到着したミューズはそのまま学院側に改めて退学は手違いだったこと、今後もお世話になることを伝えにラナクスに行っていたらしい。
またラナクスの屋敷を管理してくれている従者にも帰国が中止になったと告げて先ほど王都にやって来たらしく。
「ロロベリアさんにも報告したくて訪ねようとしたのですが」
向かう途中でラタニとカナリアを見掛け、ここに来たと教えてもらいロロベリアも素直に嬉しく思う。
アヤトを巡るライバルであろうと関係なく、やはり友人が笑顔で居られる道を歩めるのは良いことで。
「これからもよろしくお願いします……色々と」
「はい……色々と」
友人として、ライバルとして認め合う握手を交わした。
◇
ラタニ、カナリア、ミューズ、レムアが加わり改めて屋台巡りを。
貴族と平民に加えて教国の令嬢と従者、更に精霊術士団小隊の隊長と隊員という異色の組み合わせになったがそこは無礼講。
年越し祭の盛り上がりやラタニという潤滑剤が功を奏してグループ内のみならず周囲の王都民とも一緒に賑やかな時間を過ごしていた。
ミューズやレムアも教国とは違うお祭り騒ぎの年越しに戸惑いつつも、こうした違いも良い経験と徐々に肩の力を抜いて純粋に楽しんでいた。
のだが――
「…………まだ来ないわね」
「どうしたのかな~?」
年越しまで残り一〇分となる頃には周囲のそわそわとは別の理由でそわそわしていた。
なんせアヤトが未だ姿を見せず、こっそりブローチでマヤに呼びかけるもやはり返答無しなのだ。
「どんな時でも焦らず、信じ抜くのも強者の在り方ですわ」
「さすがでございます」
ここでもティエッタとフロイスは平然としているが他は心配が募るばかり。
「……お姉ちゃんは何か知らないんですか」
「だから、あたしもあの子がどこにいるかまでは知らんって」
アヤト絡みになると一番怪しいラタニに訪ねても同じ返答。
「つってもあの子は約束破るようなことしないから、ロロちゃんもどっしり構えてれば良いよん」
「……ですね」
真偽は読み取れないが、今はティエッタやラタニの言うようにアヤトを信じて待つしかないわけで。
「そんでもって、お姉ちゃんにお酒買ってきてくれまいか? おつりはお駄賃にしていいからねん」
「まだ飲むんですか……」
既にかなりの量を飲んでいるのにと呆れつつもロロベリアは硬貨を受け取った。
お酒を提供している屋台は目と鼻の先、年越し間際で空いているなら余裕を持って購入できるだろう。
「わたしも行く」
「すぐそこだから待ってて」
何よりただ待つよりは気は紛れるとリースの申し出に手を振り、ロロベリアは屋台に走った。
「……どこに居るかまでは、ですか」
「嘘は言ってないよん」
と、人混みに消えるロロベリアを他所に二人のやり取りを聞いていたカナリアはジト目を向けるもラタニはケラケラと笑って。
「ま、あの子が同年代のガキ共と年越すのも良いなってお姉ちゃんとしては思うんだけど……今回の年越し祭ばかりはちょいとお節介してもいいじゃまいか」
◇
予想通り年越しまで残り五分に迫ったところでロロベリアはお使いを完了。
間もなく鳴る鐘の音を今か今かと待ちわびてる人混みをくぐり抜けるのは難しいが、充分間に合うとお酒を零さないよう慎重に――
「――よう」
「アヤトっ!?」
……戻ろうとした瞬間、突然目の前にアヤトが現れるので零しそうになった――ではなく。
「急に出てこないでよ!」
「……うるせぇ」
反射的な批判にアヤトはうんざり顔で一蹴。
「ロロベリアさまはいつも賑やかですこと」
「……マヤちゃん」
更に背後から聞こえるクスクスとの笑い声にロロベリアは脱力してしまう。
しかしアヤトやマヤが間に合ったことに安堵しつつもそれはそれ。
「遅いから忘れてると思ったわ」
「あん? ギリギリになるが心配するなとマヤに言伝ていただろう」
「……へ?」
「はい。なのでロロベリアさまにはご心配なくとお伝えしていますが……どうされました?」
「……お伝え方」
嫌味を告げるも今回ばかりはマヤに原因があったと再び脱力するも、正面に回るなりマヤは小首を傾げる。
「ロロベリアさま? 王国法では飲酒は一八才からのはずですが」
「私のじゃなくて、お姉ちゃんに頼まれたの」
「そうでしたか。ではお詫びとして、わたくしが引き継ぎましょう」
有無を言わさずロロベリアの手からお酒を取り上げたマヤは、そのまま横を通り抜けてしまい。
「マヤがなにか悪さでもしたのか」
「……お伝え方について少々」
訝しむアヤトに対しロロベリアはため息一つ。
神の気まぐれか、どうやら気を遣ってくれたようだ。
みんなと迎える年越しも楽しいと感じていたのは本心。
それでもロロベリアにとって今年の年越し祭には特別な時間で。
ゴーン――
新年を迎える鐘の音が王都中に響き渡った。
続く鐘の音に合わせて周囲からは歓声が上がる中、ロロベリアの視線がアヤトに向けられる。
苦手な人混みに加えて周囲の喧騒にうんざりしているのか、おめでたい瞬間にそぐわないしかめっ面で新年を迎えたようだ。
なのにロロベリアは笑みが堪えきれない。
自分たちはもうシロとクロじゃない。
昔の約束は意味を成さない。
しかし、ようやくこの瞬間を迎えられた。
「なにニタニタしてんだ。気持ち悪い」
「……言い方」
故にアヤトの口の悪さを批判するも笑顔は絶えることなく。
「今年もよろしくね」
「それなりにな」
愛する人と新年を迎える喜びを噛みしめていた。
シロとクロの約束は果たせなくても、ロロベリアとアヤトとして約束した年越し祭を一緒に迎えられたロロにはやっぱり感慨深いものがあったでしょう。
なので今回の年越しはやはり二人で迎えるべきかなと思いました。
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