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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第九章 聖女の騎士編
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謝罪が生んだ覚悟

アクセスありがとうございます!



 降臨祭当日。


 ミサに参加するミューズたちより遅れてロロベリアやニコレスカ姉弟も屋敷を出発。

 三人は降臨祭に参加するつもりはなくちょっとした観光気分なので正午までに到着すれば問題ないと徒歩での移動。

 対しカナリアとツクヨは留守番中。

 元より興味がない上に裏で起きた事件を知るだけに足を運ぶ気が起きず、それよりも初対面同士として交流を深める時間に当てていた。


「さっすがラタニさんの部下だけあるっすわ。手も足も出なかったぜ」

「私もギリギリなので、そんなことはないかと」


 その一環としての手合わせを終えた二人は練武館を後に。

 お互いにどれほどの実力か興味があり、何度か対戦した結果はツクヨの惨敗。

 朧月のように精霊術を斬れる月守や精霊力の視認による後の先を取る動き、更にはラタニと同レベルの制御力は脅威ではあったが、アヤトやエニシといった近接戦の猛者に比べればやはり劣る。

 ただそれ以上に精霊術士との戦いにツクヨが馴れていないからこそでもあった。

 霊獣との戦闘経験が豊富なだけあって近接戦能力は高いのだが、ツクヨの暮らすゼレナリアは辺境の町。腕利きの精霊術士との手合わせなどまず不可能なので仕方はない。

 しかし年齢にしてはかなりの実力者。アヤトが信頼して呼び寄せるだけはあるとカナリアも感心したものだ。


「にしても、せっかくアタシが来てやったのに、アヤトの野郎はなにしてやがるんだか」


 それはさておき、ツクヨに用意された客室で一息吐くなりツクヨは不満を漏らす。

 最後の詰めとして国王と接触したりと昨日はまともに顔を合わせず終いだったが、今朝は朝食後から教国の料理を教わりたいと言いだし使用人から手解きを受けている。

 意外にも料理好きなので他国の料理を直接教わりたいのは分かるが、少しは悪友との時間を作ってもいいと思うわけで。


「私としては大人しくしてくれて助かっていますよ」

「カナリアさんも苦労性だよな……まあ、気持ちは分かるけど」


 そのままアヤトに関する苦労話で花を咲かせているとノックの音が。


「邪魔するぞ」


 噂をすれば何とやら、返事も待たずにアヤトが入室するなりツクヨの表情が不満から一転、待ってましたと破顔に変わる。


「…………今さらなにしに来やがった」


 が、その破顔も一瞬のこと。すぐさま不満顔で批判するツクヨに素直じゃないとカナリアは微笑ましかった。


「お前に話があってな」

「……マジ今さらだな」

「仕方ねぇだろ。ようやくこいつらが戻ってきたんだ」


 それはさておき、ツクヨの批判も涼しい顔で交わしたアヤトが羽織っているのは普段から愛用している黒いコート、腰には朧月の他に新月も帯刀していて。

 どうやら詰め所で保管されていたままの新月やコートが届けられたらしく。


「……席を外しましょうか」

「必要ねぇよ」


 なぜこのタイミングでツクヨの所に来たのか、思い当たる節があるだけにカナリアは気を遣うもアヤトは苦笑で一蹴。

 ならばと無言のまま席を立ったカナリアはそのままベッドに移動。

 意図を察したアヤトが会釈で感謝を告げてツクヨの対面に着席するも、二人の意味深なやり取りにツクヨは首を傾げてしまう。


「……なんの話だ?」

「その前にこいつを」


 前置きと共にアヤトは鞘ごと抜いた新月をテーブルに置くので、とりあえずツクヨは手に取った。


「…………これは」


 同時に感じた違和感に表情を強ばらせ、確信を得るために新月を鞘から抜く。


「…………」

「それとこいつもだ」


 違和感通りの姿に言葉を失うツクヨを一瞥したアヤトは、続けてコートのポケットから取り出した布袋をテーブルに。

 中身を確認すれば漆黒の破片、問うまでもなく新月の刀身の成れの果て。

 自身が打った一振りの無惨な姿に呆然となるツクヨに向けてアヤトは深く頭を下げた。


「未熟が故に新月をこんな姿にした……すまん」


 潔い謝罪にツクヨの肩がビクリと震えるも、アヤトは頭を下げたままで。

 この世で最高の鍛冶師と認めるが故に、自身の責任と受け入れたならアヤトは謝罪するだろうと察したからこそカナリアは席を外すつもりでいた。

 普段の態度からは想像も出来ない真摯な謝罪を前に、呆然と眺めていたツクヨは切り替えるようにため息一つ。


「まずは面挙げろよ」

「…………」

「良くわかんねーけど、謝罪は確かに受け取った」


 言われるまま顔を上げるアヤトに向けて頭をかきつつ、ツクヨは続ける。


「それ踏まえて言えることは一つだな。未熟なのはお互い様、お前がアタシの刀を求めるなら今後も応える……それで終いだ」

「感謝する」

「おお、しとけしとけ。ああでも、新月を負い目にアタシにお前の事情を話すのはなしだ。マヤから聞いたとは思うけど、報酬を理由にするのもなしだぞ」

「一つじゃねぇのか」

「たく……あいっかわらずお前は細かいんだよ。でもま、その方がアタシも連みやすいか。つーか殊勝なお前なんざ気味悪いしな」

「そりゃ悪かったな」

「ぜんぜん悪く思ってねーだろ……。とにかく、新しい刀についてはまた今度だ。用が済んだならさっさとお料理教室に戻れ」

「ならそうさせてもらうか。邪魔したな」


 シッシッと手を振るツクヨに促されるままアヤトは退室。

 そのやり取りで二人の関係性が伝わり、改めてアヤトが信頼するだけあるとカナリアは感心していたが――


「…………カナリアさんは知ってんだろ」


 抑揚のないツクヨの声に背筋がゾクリとなる。

 視線を向ければアヤトと向かい合っていた無邪気な笑みは消え失せ、目が据わっていて。


「アイツのことだ。テメェに非があるなら事情聞いたところで言い訳になるとなにも言わねぇ。だからカナリアさんが新月の末路を教えてくれ」


 その怒りはアヤトにでは無く自分自身に向けているのが見て取れるだけに、アヤトと違い分かりやすく。


「わかりました」

「面倒掛けてすんません」


 しかし似た者同士と嘆息しつつ、カナリアは再び対面に腰を下ろしてツクヨの要望通り詳しい経緯を説明。

 カナリアの説明に口を挟まず最後まで聞き終えたツクヨは深い息を吐く。


「……アヤトは刀に生涯捧げた親父が認めた唯一の使い手なんだわ」


 朧月をツクヨの父が、新月をツクヨ自身が打ったとは知るところではあるも詳しい事情までカナリアは把握していない。

 それでも構わずツクヨは今の感情を吐露していく。


「なのに新月ダメにしたのは自分が未熟だってよ。アイツらしいと言えばらしいけど、いっそアタシの腕がへぼいせいで死にかけたって批判してくれた方が……よっぽど気が楽だってんだ」


 模擬戦での出来事なので死にかけたとは大げさな表現。

 なにより打ち合ったのが聖遺物、聖剣エクリウォルなら仕方がない。

 そんな条件などツクヨにとって関係ない。


「たく……テメェのへぼさ加減に反吐が出る」


 信頼する友人が打った刀を無惨な姿にしたと、言い訳もせず謝罪をしたアヤトと同じ。

 信頼する友人を自分が打った刀で危険な目に遭わせたと憤るツクヨには模擬戦の場だろうと、打ち合ったのが聖剣だろうと言い訳にしかならない。

 故に新月を打った未熟な自分の腕に非があると受け入れる。

 似た者同士の二人だからこそ、ここで優しい言葉を掛けても慰めにもならないとカナリアは理解している。


「つっても、ここでテメェに腹立てても仕方ないんだよな」

「では、どうしますか?」

「使い手もだけどその聖剣に興味がある。鍛冶師としてはどんな得物か拝んでみたいし……なにより精霊力を増幅するって能力からなにかヒントが掴めるかもしれねーし」


 確かに精霊力を視認できるツクヨなら聖剣の仕掛けを新たな観点で調べられるだろう。

 希少な聖遺物から得た情報を元に自身の成長を促す手立てを得ようとする貪欲さもまた似た者同士で。


「カナリアさんはお知り合いなんだろ? なんとかその剣聖さまに会わせてもらえねーかな」

「ダリヤさんは聖教士団として降臨祭に参加していますし、私も面識がある程度ですから難しいかと」

「だよなー」

「……ですが、彼女もあなたに興味がありそうでしたし、ミューズさまの口添えがあれば叶うかも知れませんね」


 自分に厳しく、反省を糧にして足掻くのを辞めない者には弱いカナリアは難しくとも協力したくなりささやかながら助言を。

 ミューズとツクヨも昨日顔を合わせたばかりでも、今回の一件で使用人たちを守ってくれたお礼がしたいと望んでいた。

 まあツクヨはその礼でネルディナの埋葬を頼んでいたがミューズは返しきれてないと思っているだろう。


「んじゃ、聖女ちゃんが帰ってきたら頼んでみるわ」


 そしてカナリアの予想通り、帰宅したミューズに持ちかけてみれば二つ返事で仲介役を任されてくれて。

 ツクヨの人当たりの良さなら問題ないとはいえ、初対面通しを引き合わせるよりはとカナリアも同行することになり。


 翌日、僅かな時間でも面会が叶った。



 ◇



「…………アタシの言った通りだろ? アヤト以上の使い手なんざいねーんだよ」

「ですね……」


 しかしダリヤとの面会を終えたツクヨの称賛にカナリアも頷くしかない。

 なんせ新月を破壊した聖剣をアヤトは一刀で両断したという。

 現在の技術を持ってしても解析できない未知の素材である聖遺物の聖剣を狙って両断すできる者など、それこそアヤト以外に居ないだろう。

 もちろんアヤトの腕だけで両断したわけではない。

 アヤトの腕に相応しい朧月という名刀が合わさってこその偉業で。


「そんでもって、さすが親父だよ……クソッたれ」


 だからこそ、朧月を打った父親を称賛する際のツクヨは悔しさを滲ませてしまう。

 自分の打った刀では友を危険な目に遭わせ、師である父の打った刀は友の要望に応えた。

 この事実がなによりも自分の未熟さを痛感させた。

 心が折れるほどの差を見せつけられ、しかしツクヨは立ち止まらない。


「……とにかく、このままじゃいつまで経ってもアイツの要望に応える一振りが打てるとは思えねぇ。もうなり振り構っている場合じゃねーな」

「……物騒なことを言わないでください」

「そうじゃなくてよ……なんつーか、このまま親父の背中を追いかけてるだけじゃ超えられねぇって再認識したっつーか」


 厳しい現実を突きつけられても差を埋めるどころか超える気概で先を見据える。


「アヤトの言う通り、アタシはアタシらしくってことで……そろそろ身の振り方を考える時が来たって感じか」


 まだ本人もその先を明確に見えていないようだが、今回の一件はツクヨにとって一つの転換期になったのか。

 その覚悟がより伝わったのは同日夜、ミューズの訪問で席を外したカナリアがツクヨの客室に移動した時のこと。


「……ツクヨさん、月守はどうしたんですか?」

「月守ならアヤトに貸した」


 室内に月守が見当たらないことにカナリアが問えばツクヨは平然と返してしまう。

 何でも新たな刀が完成するまでの代用として先ほどアヤトに月守を渡したらしく。


「アイツが望む一振りに一番違いのが月守だしな。それに……超えるって決めた親父の刀に守られてる内はいつまで経っても超えられねー気がしてよ」


 父の残した形見であり、朧月に並ぶ傑作の一振りを敢えて手放した理由こそツクヨの覚悟の現れで。

 今は未熟な自分に代わって父に守ってもらう。


「だからま、そろそろ親離れするべきかなって……そんな感じだ」


 しかしいつか必ず、自分の打った刀で大切な友を守るとの強い覚悟が伝わった。


「……そうですか。では、何かあれば協力するので遠慮なく」

「ほんと、カナリアさんはお人好しだよな」

「せめて良い人と言ってくれませんか」


 故にツクヨが父を超える一振りを打てる日が来るのをカナリアも願うばかりだった。



 ◇



 ツクヨの覚悟が引き寄せたのか、翌日思わぬ贈り物が待っていた。

 帰国時、見送りに来てくれたダリヤとフロッツと共に馬車で港に移動中のこと。


「餞別というのはおかしいかもしれないが、これをツクヨ殿に」


 出発してすぐ、ダリヤが向かいに座るツクヨに差し出したの五〇センメルほどの細長い木箱で。

 受け取ったツクヨや隣りで注目するカナリアが首を傾げる中、ダリヤは苦笑気味に告げる。


「ツクヨ殿の望んでいた聖剣……だった物とでも言うべきか」

「は……?」

「なにも反応しなくなったが、それでも良ければ受け取って欲しい」


 中に入っている物を聞くなりツクヨは気の抜けた声を漏らすが当然だ。

 聖剣エクリウォルはレーバテン教に伝わる聖遺物の一つ。

 いくら両断されたとはいえ、そんな貴重な品を他国の者に譲るなど許されるはずがない。

 しかし木箱を開ければ見覚えのある聖剣の柄と両断された剣先が。


「聖遺物を……良いのですか?」


 故にカナリアが確認するもダリヤは頷き。


「本来なら許されないが、この聖剣は先の事件以降紛失したことになっている」

「ま、実際はどんな事情だろうと聖剣をこんな成りにしたってバレたらダリーと、ついでのアヤトくんがやばいと思って俺が回収したんだけど」


 続けてフロッツが事情を説明するように、教皇を救出したことをリヴァイに報告する際、先の問題点からこっそり回収していたそうで。


「なんせ色々と不可解な事件だったからな。聖剣が神の元に返ったって不思議じゃないだろ……なんてな。実際は旦那に報告した上で許可もらってるよ。アヤトくんには旦那どころか教国その物が借り作ってるし、元通りにならないなら有効活用するべきだって言ってたぜ」

「私もアヤト殿には返しきれないほどの恩義がある。故に今回の一件で多大な尽力をしてくれたアヤト殿にせめてもの感謝として教皇猊下に進言し、ご許可をいただいている。むろん猊下には白銀への贈り物として伝えているが」


 両断されても聖遺物である聖剣。

 本来は教会で保管する方針で居たところ二人がそれぞれの代表に掛け合った結果、リヴァイからは報酬の一つとして、教皇からは教会を正してくれた英雄の白銀に対する感謝として許可をもらっているのなら。


「この聖剣が彼の新たな刀に活かせるのなら、少しは返せるかもしれない」

「そんでもって、ナイスな判断や交渉した俺への恩義としてダリーはデートしてくれるんだよな」

「……不本意ではあるが、仕方ない」


 ヘラヘラと笑うフロッツに表情を強ばらせるダリヤには申し訳ないが、二人の心遣いを無下にすることこそ失礼とツクヨは遠慮なく受け取った。


「ありがとよ」


 精霊力の増幅は出来なくとも未知の素材は確実に新たな刀の手掛かりになる。

 故にツクヨもまた感謝を示すべくダリヤに提案を。


「ならアタシもお返しとして一振り打たせてくれねーか」

「ツクヨ殿ほどの鍛冶師が打ってくれるのなら是が非でもお願いしたいが……良いのか?」

「良いもなにもアタシが言いだしたことだ。ま、アタシで良ければだけどな」


 聖剣をダメにしたのは父の刀でもあるなら、娘としてせめてものお返しだとカラカラ笑うツクヨにダリヤは気の抜けた笑みを返す。


「はは……アヤト殿への恩義を返すはずが、このような幸運に恵まれるとは」

「んな大げさな。でもま、アタシの名前は伏せてくれると助かる」

「約束しよう。お前もだぞ」

「仰せのままに。ああ、クルトさんもこのことは内密にしてくれよ」

「アヤトさまに恩義があるのは私も同じ。つまり、私はなにも見ていませんし聞いていませんのでご安心を」


 粋な計らいをしてくれたクルトに馬車内が笑いに包まれる中――


「こりゃマジでなり振り構っていられねーな」


 悪友の為、自分の為に協力してくれる者たちの心意気に応える刀を必ず完成させるとツクヨは静かに燃えていた。



 

ダリヤがフロッツに作った借りと、一時的にとはいえアヤトに月守が渡った理由でした。

聖剣に破壊された新月と、その聖剣を朧月が両断した結果、そしてアヤトの謝罪がジンを超えると豪語していたツクヨに新たな覚悟を与えました。

また両断された聖剣を受け取ったツクヨがどのような道を見つけるのか、そちらも踏まえて今後の彼女もお楽しみに!



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読んでいただき、ありがとうございました!



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