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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第九章 聖女の騎士編
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裏切り

アクセスありがとうございます!



「……アヤト……さま?」


 聖域に足を踏み入れてようやく反応を示したミューズにアヤトはため息一つ。


「アヤトさま、じゃねぇよ。俺の話を聞いてたのか」

「す、すみません……ですが、あの……ここは?」


 面倒気な問いかけに慌ててミューズは謝罪するも、徐々に焦点が合い始めた瞳で周囲を見回す。


「たしかお爺さまとお会いして……アヤトさまが処刑されたとお聞きした…………アヤトさま?」


 そして記憶を辿り始めるも再びアヤトを見つめるなり瞳を大きく見開いた。


「やはりご無事だったのですね……よかったです……本当に」

「だから、俺の話を聞いてたのか……が、まあいい」


 見開いた瞳からボロボロと涙を零すミューズの頭をアヤトはくしゃりと撫でる。


「で、随分と寝惚けているようだがお前はなぜここに居る」

「…………わかりません」


 涙を聖法衣の袖で拭いつつミューズは首を振る。

 そもそもここがどこで、なぜ自分が聖法衣を纏っているかも分からない。

 記憶を辿る限りでは、確か宮殿の会談室で祖父と面会をしてたはず。

 そこでアヤトが異端者として処刑されたと伝えた祖父の笑みを薄ら寒く感じた辺りから記憶がない。

 以降は誰かの夢の中をのぞき込むような、それでいて自身の夢を漂うような不思議な感覚で。

 その心地よい感覚に身を委ね、夢の世界に自身が堕ちていこうとしていた際、踏みとどまらせてくれた声が聞こえて。

 再び不思議な感覚を漂っていた自分を完全に目覚めさせてくれたのは。


「…………」

「なんだ?」


 上目遣いにアヤトを見つめていたミューズの頬が徐々に朱に染まっていく。

 そう、今も頭を撫でてくれるアヤトの手の平の温もりが、あの感覚以上の心地よさを感じさせてくれて。

 父の一件でも励ましてくれたこの手の平の温もりが心に刻まれていたからこそ、いま目の前に大好きな人がいると教えてくれた。


「……なんでもありません」


 のだが、まだ想いを告げる資格を手に入れていないとミューズは気恥ずかしげに俯いてしまう。


「それで……その、アヤトさま? ここはどこでしょうか?」

「自分の目で確かめればいいだろ」

「……あ」


 改めて質問すればアヤトは立ち上がり、同時に頭を撫でていた手の平が離れてしまいミューズは名残惜しそうに吐息を漏らしつつ周囲を確認。


「ここは聖域……でしょうか。ですがなぜわたしは…………お爺さま? みなさまも……」


 背後にギーラスを始めとした教会幹部、聖教士団の面々を視認するなり戸惑いながら身体を起こす。


「あの、わたしはなぜ聖域にいるのでしょうか……。それに……その……」


 疑問を抱くミューズの声が尻すぼみしていくのは精霊力を解放する者、剣を抜く者が自分……というより隣りに立つアヤトに対して敵意を向けているからで。

 状況よりも黒い炎が燃えるような精霊力の輝きが、彼らの敵意を強く感じさせる。

 聖職者らしからぬ感情に畏怖するミューズを他所に、アヤトは苦笑と共に肩を竦めた。


「お前がここにいるのは神の器に選ばれたから、らしいぞ」

「神の……器?」

「要はお前の身体に神さまをご降臨させる儀式の最中といったところだ」

「…………」


 アヤトの状況説明に困惑していたミューズだが、意識が途切れる前に祖父から告げられた言葉を思い出す。


 やはりお前は選ばれたのだろう


 私が必ず使命を果たさせてあげるからね


 あの言葉は神の器として選ばれた自分の使命を果たすとの意味合いならば、アヤトの話は真実で。


「アヤトさまの仰ることは……本当なのですか?」


 恐る恐るギーラスに確認するが否定も肯定もなく無言のまま、普段と変わらず慈愛に満ちた笑みを向けている。

 しかし、あの時と同じくその普段通りの笑みが薄ら寒く。

 精霊力も柔らかな輝きに視えるのに、何故かここに居る誰よりもギーラスが異質に感じてしまう。


「ま、俺の言っていることが嘘かどうかはこの際どうでもいい」


 そんな中でもアヤトは平然としたもので、取り囲むよう陣形を取る一同の敵意も無視。


「それよりも本人が使命とやらを知らぬようだが。さて、身勝手な言い分をしていたのはどちらだろうな」


 無言を貫くギーラスに嫌味を口にするも、ミューズが使命を知らない時点で身勝手な押しつけをしているのはギーラスたちと証明されたようなもので。


「……お爺さま」


 経緯を知らなくもこの状況下やアヤトの言葉でミューズも祖父が自分の知らないところで何かを企てていたと理解する。

 しかも自分に何の説明もなく、意思を無視して……優しい祖父の行いにミューズは畏怖よりも悲しさが勝り。


「どうして……何も仰ってくださらないのですか……」


 アヤトの無事を確認した時とは真逆の感情からぽろぽろと涙が零れてくる。


「誤解ですミューズさま! ギーラス枢機卿はあなたを思い続けておりました!」

「にも関わらず誤解を与えるような物言い……まさに悪魔のささやきそのもの!」


「異端者のつぎは悪魔扱いか。これは昇格か降格か悩むところだ」


 涙を零すミューズにタリスとコリスティンが弁明しつつ批判するもアヤトは軽口で一蹴。


「つーかミューズの反応を見る限り、暗示に掛かっていたように思えたが……なるほどな」


 批判する二人よりも興味を示すのは先ほどの出来事。

 声を掛けても無反応で祈りを捧げる人形のような姿だったが触れたことで意識を取り戻した。

 元より教会がミューズの身体に神を降臨させるのを目的にしているのは予想していた。

 器に選ばれたのも精霊力の輝きで相手の感情を読み解く不可思議な能力が原因だろう。元々の感覚を鍛え上げたツクヨとは異なり、精霊術士に開花と同時に覚醒した能力となれば他とは違う啓示と捉えられても不思議ではない。

 本人は能力について秘匿していたと口にしていても、祖父であるギーラスには遠回しにでも相談していたのなら、悟られる可能性もある。


 ただギーラスの面会に赴いたミューズがなぜ急に神の器になることを受け入れたのかはアヤトも疑問で。

 自身に報告した際に見せた決意と覚悟から簡単に揺らぐことはないはずで。

 ギーラスと共にダリヤの前に現れ、使命を受け入れると宣言したのがネルディナだったとしても、聖域ここに訪れたミューズが本物であればなぜ従っているのか。

 まあ直接確認したことで疑問は解消されたのだが。


「ダリヤがただ堅物なだけでそのような素振りを感じなかったのは、テメェらの暗示は信仰心の深さによって効果が違うのか」


 更にミューズの暗示が安易に解けたことや、ダリヤの様子から教会の扱う暗示は信仰心の深さによって左右されると予想する。

 もし誰にでも掛けられる暗示なら教会は剣聖とまで呼ばれるダリヤに掛けるはず。彼女の実力や民の人気を踏まえれば教会の権威を誇示するには必要不可欠な人材。

 しかしダリヤにはギーラスに対する恩義はあれど神への信仰心は希薄。完全な味方として引き入れることができず、仕方なく彼女の性質と恩義で丸め込むしかなかった。

 そしてミューズも同じ。


「ならミューズの暗示が簡単に解けたのも頷ける。こいつは確かに神への信仰心を抱いているが、それ以上に大冒険に憧れを抱くお転婆娘だ」


 盲目的に神への信仰を示しているようなミューズだが、彼女の博愛精神は聖職者としてではなく物語の聖女に対する憧れから。

 故にギーラスから神子の修行を本格化させると告げられても憧れを捨てきれず悩み、最後は些細な夢を叶えたいと決断したのだ。

 問題は信仰心による暗示の方法までは察していないこと。

 教会に伝わる秘匿の暗示か、それとも彼らが降臨を望む神による力か。

 どちらにせよそれは後に分かるだろうとアヤトは首を振り。


「ダリヤ……そうだ! ダリヤはどうした!?」

「まさか……剣聖を手に掛けたのか……」


「あいつはあいつの意思で俺にこの場を託したんだよ。つーか話を反らすんじゃねぇ」


 今さらダリヤの身を案じるタリスとコリスティンの喚きにため息一つ。


「俺を悪魔とほざくのは好きにしろ。だが本人の意思を無視し、テメェらの望みを押しつけるような奴らに言われたくねぇよ」

「不敬な! ミューズさまを穢した悪魔が!」

「神の黙示が届かないのもあなたがミューズさまを穢したのが原因なのですよ!」

「ほう? 聖職者は暗示を黙示と表現するのか。これはまた随分とご立派なものだ」


 むしろ嘲笑と共に煽られてしまい、タリスやコリスティンだけでなく、背後に控える信者も憤怒の形相でアヤトを睨み付け。


「……ミューズ」


 まさにタリスが号令を掛けようとした寸前、ギーラスが沈黙を破った。

 その声は囁くように小さく、しかし周囲を掌握するような存在感があり。


「アヤト殿の言う通り、私はお前に何も教えぬまま使命を果たそうとした……すまなかったね」


 アヤトや二人の枢機卿のやり取りも耳に入らず、涙を零す瞳を真っ直ぐ向けるミューズに非を認め謝罪を。


「しかしお前は神に選ばれたのだ。故に世界を導くために、自らの意思で神の器としての使命を果たしてくれないか」


「…………」


 続けて説くように懇願するもミューズから返答はなく。

 ギーラスの精霊力の輝きから嘘偽りない思いと理解していても、一度裏切られたショックから不審感が拭えない。

 そもそもアヤトを異端者として一方的に粛清しようとしたのだ。

 恋心を抱いた相手、という理由以上にアヤトのような優しい心根を秘める者を異端者として否定する神が信じられなくて。

 今まで触れあってきた祖父の知らない一面を目の当たりにしたことで、ミューズは教会の在り方すら信頼できなくなっていた。


「…………そうか。お前の気持ちはよく分かった」


 疑心の眼差しを向けるミューズにギーラスは後悔から表情を曇らせた。


「使命を果たす前に、お前を人間として育んでやりたいと願った私が招いた過ちなのだろう。ならば私は、お前を悲しませると分かっていようと責任を取るしかない」


「お爺さま……なにを、考えておられるのですか……」


 不穏な言い回しと共にギーラスの視線が自分からアヤトに移るなり、不意に込み上げる不安からミューズは声を震わせる。

 対するギーラスは答えることなく背を向けて。


()()()殿()()()()()()()()


 既に臨戦態勢を取っていた信者たちに向けて淡々と命じた。




相手の神経を逆なでするのにかけてアヤトくんの右に出る者はいませんね。

それはさておき、やはりロロよりミューズの方がヒロインっぽい……(←それもさておけよ)。

とにかく次回からアヤトVS教会も本格化、この状況からアヤトがどう立ち回るか。

またミューズがどんな決断をするかをお楽しみに!


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みなさまの応援が作者の燃料です!


読んでいただき、ありがとうございました!



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