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聖剣エクリウォルを両断されたことで剣聖という立場から解放されたダリヤは敗北を認めて笑った。
だからといってギーラスへの恩義まで捨てるつもりはない。
これからは教会の聖剣に選ばれた剣聖ではなく、ただのダリヤ=ニルブムとしてやれることをやっていくつもりだ。
その為にまず必要なのはアヤトの協力を得ることで。
「……それにしても、貴殿の剣は凄まじい切れ味だな」
なのだが、床に脱ぎ捨てたコートを拾い上げほこりを払うアヤトに改めて称賛を。
聖遺物である聖剣は現在の技術を持ってしても再現できない素材は既存の武器を遙かに超える強度を誇る。
打ち合えばまず相手の武器が悲鳴を上げる。なのに聖剣が両断されるとは今でも信じられない。
模擬戦では破壊してしまったが、漆黒の剣もかなりの打ち合いにも絶えていた。アヤトの所持する武器もまたデタラメで。
「もちろん貴殿の腕もあってこそだが……模擬戦でその剣を使わなかったのはなにか意図があってのことだろうか」
ダリヤの見立てでもアヤトの主力は今の剣。
それを出し惜しんでいた理由について質問すればコートを羽織ったアヤトはため息一つ。
「二つ訂正してやる。まずこいつは刀という得物、剣とはまるで違う代物だ」
「刀か。それは失礼した」
「ま、既に滅んだ東国生まれの得物だからな。俺も刀を打てる奴は一人しかいねぇ。勘違いするのも仕方ないか」
ならアヤトがこの世で最高と評価していた鍛冶師は失われた製法を受け継いだ者になる。
会える者なら会ってみたいと興味を持つダリヤを他所に、アヤトは左腰に帯刀していた刀を鞘ごと抜いた。
「俺の未熟さでダメにした刀の命は新月。そしてこいつの命は朧月、俺の出会った中で最高の鍛冶師が打った一振りだ」
「…………?」
鞘に納まった朧月を軽く掲げて腰後ろに帯刀し直すも、その言い回しにダリヤは違和感を覚える。
刀を打てる鍛冶師は一人のはず。なのに新月と朧月は別の鍛冶師が打った一振りのようで。
いや、新月の鍛冶師はこの世で最高と評価し、朧月の鍛冶師を出会った中で最高と評価したのなら後者の鍛冶師は既にこの世にいないのか。
ダリヤの表情から理解したと読み取ったアヤトは話を続ける。
「遊びで朧月を抜かなかったのは、それこそ遊びだったからに過ぎん」
「……遊びだから抜かない?」
「むろんあんたを侮ったわけじゃねぇ。むしろ遊び相手として高く評価していたからこそ、失礼を承知で新月で挑ませてもらった」
実力を評価しているからこそ朧月に劣る新月を振るうというのは矛盾しているが、アヤトにとって遊びとは己を高める実戦形式の訓練に過ぎない。
ダリヤやエニシと言った強者だからこそ新月の使い手として成長するに値する訓練になる。
対し実力差もあるがロロベリアら学院生には形式上稽古を付けている立場、なら二刀を扱う相手との実戦形式の訓練にもなると拘りを控えているだけ。
そしてこの拘りこそロロベリアら学院生にも基本メインで新月を振るい、サブとして朧月を抜く理由で。
ちなみにダリヤやエニシに近い実力者のツクヨに対して朧月を振るったのは、ツクヨが目指す朧月がどれほどの頂かをやり合いで実感させるために過ぎず。
「朧月の鍛冶師を超えた時、俺の刀を打つと新月の鍛冶師と約束してくれた。なら俺もそいつに相応しい使い手として己を高めるのが筋」
朧月と新月の格、ジンとツクヨの力量差はアヤトも承知の上。
しかしジンはジン、ツクヨはツクヨと発破を掛けたように格も力量差も関係なくツクヨの打った刀で自身も更なる高みを目指したいと強者相手の訓練では振るうようにしていた。
「だが朧月に比べ新月がまだまだ劣っているのは明白。故に命の取り合いでは遠慮なく使わせてもらっているが……こいつに頼っている内は俺もまだまだというわけだ」
ただ実戦形式の訓練と命を賭けた実戦は別、死んでしまっては意味がないとその場その場に相応しい一振りを抜く。
同時に死人のジンが残した朧月を抜く度に、いつか必ず超えるであろうツクヨの期待に応えられない自分が不甲斐なく。
「要は聖剣を両断したのは朧月であって俺の腕じゃねぇよ」
つまりもう一つの訂正は、自分の腕はまだ称賛されるほどではないとアヤトは嘆息する。
妙な拘りに、しかしダリヤこそ嘆息してしまう。
聖剣を両断したアヤトの一振りはまだ目に焼き付いている。
最短最速で振るった自分の剣よりも更に最短最速で、無駄のない完璧な一振りは閃光のような煌めきが見えた。
まさに剣を――刀を極めたあの一振りを放てる者だからこそ朧月の性能を十全に引き出せたわけで。
なのにアヤトは全く満足していない。
あれほどの剣技を身に付けても傲らず、貪欲なまでに強さを求める向上心。
もしかすると出会った際に感じた底知れない何かは、彼の可能性なのかもしれないとダリヤは結論づけた。
「納得したなら死闘は終いだな。では今後についての話し合いといこうか」
「ああ……そうだな。私も微力ながら協力させてもらう」
遺恨もなく決闘に決着が付いたなら目的は一つとダリヤは表情を引き締める。
こちらから願うつもりがアヤトから進んで協力してくれるのならどんな要望にも従うつもりで。
「…………君たち、俺のこと忘れてね?」
いたのだが、完全に除け者扱いされていたフロッツが挙手。
ダリヤの死を覚悟していたフロッツだったが、剣聖としての立場から解放する為に象徴である聖剣を屠るというアヤトの意図を汲み取ったことで安堵半分、その方法のデタラメ加減に呆れ半分と言葉がなく。
更に決闘後も二人が和やかに会話を始めたので遠慮し控えていたのだが。
「そういや、お前もいたな」
「心底どうでもいいから忘れていた」
「お前ら酷くね!?」
「騒ぐなと何度言ったら分かる」
「少しは静かにしたらどうだ」
「…………すんません」
ぞんざいな扱いに納得いかないも謝罪、フロッツも加わり改めて今後の作戦について話し合う。
「ま、話し合いと言ってもそんなに難しいものでもねぇから良く聞けよ」
「「…………」」
が、ここでようやくアヤトの計画を聞かされ、フロッツのみならずダリヤさえもその内容に言葉を失った。
◇
「しっかりな」
「ご武運を」
「こっちは任せろよ」
話し合いが終わりダリヤとフロッツは別行動を取るアヤトを見送る。
その背中はこれから担う負担を感じさせず、知らなければ大聖堂の見学をしているように気楽なもので。
だがアヤトが請け負うのはミューズの救出と、陰謀に関わった関係者の無力化。
儀式が行われている聖域にはギーラスを加えた三人の枢機卿だけでなく司教や司祭、聖教士団の団長を含めた五〇人近くが待ち受けている。
確かにダリヤは自分に変わりミューズを救って欲しいと願っていたが、それはフロッツも協力する前提の話。奪還して逃げるならともかく儀式に関わる全ての者を捕縛するとなれば危険度は圧倒的に高くなる。
無謀な計画にダリヤはもちろん反論したが。
『状況や相手次第にはなるが、出来るだけ殺さないよう配慮するから心配するな』
心配している部分がそもそも違うのだが、アヤトが勝算もなく無謀な賭に出るとは思えず。
最初からアヤトは単独で乗り込むつもりでいたのなら、自分やフロッツが参加してしまえばその勝算に支障を来す可能性もある。
故にダリヤはフロッツと共に任された役割を遂行すると話は纏まったが、ダリヤの不安は拭えず。
「ほんと、アヤトくんはよく分からん」
聖域に向かうアヤトの背を心配げに見つめていたダリヤに対し、フロッツは肩を竦めて落ちていた聖剣の柄を拾い上げる。
「けど存在その物がデタラメなのはよくわかった。案外俺たちよりも早く終わらせて、また呆れさせるのかもな」
続いて両断された剣先や鞘を拾い、拝廊の隅に放置してから鞘に納まったままのダリヤの剣を手にして。
「なら俺たちも負けてられないってことで、さっさとお使い済ませようぜ?」
「その通りだが……言い方を改めろ」
差し出された剣を受け取りダリヤはため息一つ。
改めて聞かされた計画ではアヤトがミューズの救出と教会の関係者の無力化を受け持つ間、ダリヤとフロッツで宮殿にいるであろう教皇の救出することになっている。
国王派のフロッツだけでなく教会派のダリヤが協力して教皇を救出すれば両者の遺恨を少しは軽減できる。
加えて孤児から剣聖まで上り詰めたダリヤは国民からの人気も高い。
教会の暗部を知った剣聖が教会をあるべき姿に戻すべく立ち上がり、救出した教皇と共に正常化に尽力するという筋書きとなれば国王派もダリヤを無下に出来なくなり、より両者の話し合いがスムーズに進む。
こうした目論見も含めてアヤトはフロッツを同行させ、最初にダリヤと接触したらしいが先の見据え方一つ取ってもアヤトはデタラメで。
そもそもダリヤが一人でいなければこの計画は破綻していた。
しかし運良く一人で行動していたお陰で順調に進んでいる。
まあ実のところマヤを通じてダリヤの居場所を探らせていたので必然の結果。
マヤとの契約で認識内に顔なじみが入れば報告、状況に応じてパシられるという条件を利用して可能にしたのだが、ここでも上手く利用されたことでマヤは満足していたりする。
それはさておき、マヤの存在を知らないフロッツは運もアヤトの味方をしているのかと思いつつ。
全てが終わったら疑ってしまった謝罪をしようと心に決めた。
「とにかく、俺たちは俺たちで集中しないとダメだろってことだ」
「……確かにな」
対するダリヤもフロッツの言うことにも一理あると受け取った剣を帯剣する。
アヤトの心配をするあまり自分たちが足を引っ張れば会わせる顔がないとダリヤは頬を叩き気を引き締め、まずはフロッツと向き合った。
「先ほどは済まなかった」
「……は?」
「決闘の最中、私はお前に八つ当たりをしてしまった」
突然の謝罪にキョトンとなるフロッツにダリヤは心情を語る。
フロッツの軽薄な態度、口先だけと批判しておきながら結局自分も同じだったと。
挙げ句、聖剣に誓ったミューズの守護をアヤトに押しつけようとしたことを。
「むろんお前の軽薄な態度は目に余る物がある。しかし、だからと言って八つ当たりとして批判するのはお門違いだ」
「…………」
「故に謝罪する……済まなかった」
これから協力して教皇を救出する仲間として、非を認め謝罪するのは当然と頭を下げるダリヤにフロッツは申し訳なくも笑ってしまう。
「……なにが可笑しい」
「くく……いや、悪い」
即座に睨まれるがフロッツは生真面目すぎるダリヤが可笑しくて。
元々軽薄な態度を続けていたのは自分で、ダリヤの言う通りアヤトに託しておきながら邪魔をした自分が悪いのだ。
なのに自身に非があると思えば些細なことだろうと謝罪する。
堅物で、生真面目で、初めて出会った時と変わらない真っ直ぐな瞳を向ける彼女だからこそフロッツは愛おしい。
フロッツがダリヤと出会ったのは、アヤトが指摘したように学院に入学する前のこと。
と言ってもフロッツの一方的な出会いで、ダリヤは自分を認識すらしていないが。
一一年前、孤児院の庭先で一心不乱に剣を振るうダリヤの真っ直ぐな瞳にフロッツは一目惚れしたのだ。
そしてこれまたアヤトに指摘されたよう、以降は影ながらダリヤを守っていた。
まあ軽薄で半端な態度を取り続けたことで信じてもらえなくなったのは自業自得で、決闘の最中では後悔したが。
「悪いと思うなら今度デートしようぜ」
「お前は相変わらず……その軽薄な態度を少しは改めてはどうだ」
「でもモチベーションは大事だろ? ダリーがデートしてくれるってだけで俺はやる気百倍ってね」
残念ながら一度被った軽薄な仮面は簡単には脱げないようで。
「……もういい。とにかく謝罪はしたからな。私たちも行くぞ」
それでも、付き合いきれないと宮殿へ向かうダリヤの背中を見つめてフロッツは穏やかな笑みを浮かべ。
「……今度こそ、後悔しないようにしないとな」
全てが終わったらアヤトへの謝罪だけでなく、もう少し勇気を出して向き合ってみようと誓った。
「なにか言ったか?」
「ダリーとのデート楽しみだなって」
「誰が了承した」
しかしその為にはまず役割を果たすのが先決と、フロッツは変わらず軽薄な仮面を被りつつダリヤの後を追った。
アヤトが基本新月を使用していた理由でした。彼は既に亡くなっているジンに頼らず、ツクヨへの期待と彼女の刀と共に成長したいとの志を秘めていました。
またフロッツとダリヤの詳しい関係についてはオマケで描く予定です。
そしてダリヤにカリを返すついでに協力者として迎え入れたアヤトくんがついにミューズの元へ。
つまり教国編もいよいよ佳境、最後までどうかお楽しみに!
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