幕間 悪友だからこそ
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王都を出発したニコレスカ姉弟は寄り合い馬車を乗り継ぎながら四日目の夕刻にウィレルに到着。
初めての姉弟二人旅はそれなりに順調……出発直後はリースがロロベリアと離ればなれになるのをふて腐れ、宿泊予定の町では度々やけ食いしては資金を消費してと、主に姉のご機嫌取りに忙しいユースが苦労した程度なら順調と言えるだろう。
それはさておきツクヨが暮らしているゼレナリアは辺境の村、寄り合い馬車の中継地に入っていないのでウィレルから徒歩での移動になる。
本来は公国やゼレナリアに向かう商人の馬車に相乗りを頼むところだが、馬車で半日程度の距離になれば精霊力を解放して走った方が早く、馬車を探す手間も省ける。
合間に訓練はしていたとはいえ長距離移動で鈍った身体を動かすにもちょうど良いとウィレルで一泊した二人は翌日ゼレナリアに向けて出発、合間に休憩を挟み昼を回った頃にようやくゼレナリアが見えてきた。
「……やっと着いたな」
この五日間、姉のご機嫌取りに苦労したユースはより感慨深いと息を吐く。
ちなみにアヤト曰く直線距離を走れば自分たちでも二日あれば辿り着けるらしいが、馬車で数日の距離を走るという発想が出る方がおかしい。まあだからこその強さでもあるがとにかく無事に着いたことは喜ばしい。
また今ごろロロベリアとアヤト、カナリアは教都観光を楽しんでいる頃で……アヤトが楽しんでいる想像は全く出来ないがあちらも無事に満喫しているのを願うばかり。
ただユースとしては別の心配もあるわけで。
「ほら姉貴、もうすぐ着くから元気だせよ」
「…………」
一つはこの五日間苦労させられたリースに元気がないこと。
ふて腐れてこそいないが徐々に口数と共に気力も減少、言うまでもなくロロベリアと離れているのが原因でロロ成分とやらが枯渇してきているらしい。
二人が親友となってから顔を合わせなかったのはディリュア卿の一件で謹慎処分を受けた五日間が最長、あの時も枯渇寸前と口にしていた。
だが今回は最低でもロロベリアたちが帰国するまで会えない。もう大丈夫かと心配するほど落ち込んでいる。
そしてもう一つ、急遽予定変更してアヤトが不在と知ったツクヨがどう反応するか。
確実に一波乱はありそうで、こちらのご機嫌取りも忙しいユースこそ気が重い。
「どうなることやら……」
預かっている謝罪の手紙が少しでもツクヨのご機嫌取りになるようにと願いつつユースはゼレナリアへと足を運んだ。
が――
「…………」
ツクヨの家に到着して間もなく、重苦しい空気にユースの心は折れ掛かっていた。
村外れの石造りの工房がある家というアヤトの適当な説明でも迷うことなく辿り着けたまではいい。
また到着したら工房横にある墓石にまず手を合わせろとの指示は言うまでもなくツクヨの両親、ジンとレーイエの墓標に挨拶をしておくようにとの意味。変なところで律義なアヤトらしいとリースもちゃんと手を合わせてご挨拶したまでもいい。
ただ問題は覚悟して玄関戸をノックしようとした瞬間――
『アヤトよく来たなー!』
精霊力を感知したのかノックをする前にツクヨが飛び出してきた。それはもうウッキウキと、待ち遠しくて仕方なかったような無邪気な破顔で。
この時点でユースは想像以上にアヤトが来るのをツクヨが楽しみにしていたと察し、だからこそ想像以上に厄介な報告になりそうだと逃げ出したくなった。
『て……あれ? アヤトいねーじゃん。つーか白いのちゃんも……おいユース、あの二人はどこだ?』
『そのですね……二人は急用っていうか、予定変更というか……来てません』
しかし逃げ出すわけにもいかず、周囲を見回すツクヨに辿々しくもハッキリと不在を告げた。
途端にツクヨの顔がすんとしたものへと変わり。
『…………ここは土足厳禁だ』
そのまま室内に戻ってしまい、言われるまま中に入れば床に座るツクヨに目でそこに座れと指示。
『話せよ』
従う他ないと向かいに正座すればこれまた端的な指示と、怒鳴り散らされるより余程恐怖したユースは空気無視で床に転がるリースの無関心ぶりが羨ましく思いつつ事情を説明して現在に至る。
ちなみにアヤトが滞在していた際、家事を一通り教わったとは聞いているがそれにしては清掃が行き届いて、肉や香辛料の良い香りからご馳走を用意しているようだ。
この様子からもツクヨの歓迎ぶり(主にアヤトの)が充分伝わるわけで、だからこそユースは居たたまれない。
とにかく事情を聞いたツクヨは腕組みしたまま無言を貫き、重苦しい空気が続く中でも背後で寝息を立て始める姉を一周回って尊敬するユースが絶えること数分、ツクヨから深いため息が漏れた。
「……つまり、アイツは悪友との約束よりも聖女さまのお誘いを優先したってことか」
「優先と言いますか……ほら、お誘いしたのは教国の枢機卿ですよ? さすがにそんな大物のお誘いを断るのは失礼というか……」
「お偉いさん関係なく、アヤトが失礼とか気にするかよ」
「……否定できねぇ」
鼻で笑われユースはうな垂れる。
相手が他国の枢機卿だろうと王族皇族だろうと態度を変えない唯我独尊がアヤトだった。
「そ、そう! 代わりと言っては何だけどアヤトからツクヨさん宛の手紙を預かってるんで!」
しかし変に律義なのもアヤトとユースは頼みの綱である封筒を荷物から取り出す。
「後は姫ちゃんやうちの両親の分も……とにかくお納めください!」
同時に他の封筒も一緒に、それこそ国王へ献上するかのように差し出した。
「たく……」
アヤトの手紙という言葉で僅かながらも持ち直せたのか、不承不承ながらもツクヨは受け取り封筒を確認。
何も書かれていない封筒、つまりアヤトからのを真っ先に封を開けて目を通す。
どうか機嫌を直してくと祈るユースだが、そもそもアヤトが書いた手紙でツクヨの機嫌が直るはずもなく。
「何をだよ! どこにだよ!?」
むしろ斜め上な結果をもたらすのもアヤト、ツクヨの反応はどう見ても謝罪の手紙に目を通したものでもなければ呆れた様子でもなく。
「ああもう! あのガキはあいっかわらず……そういうとこだぞ!」
苛立ちを露わに精霊力を解放、握りつぶした手紙に精霊力を流して粉微塵にしてしまう。
実に無駄な精霊力の遣い方だが、それほどむかつく何かが書かれていたのか。
(読むのかよ……)
かと思えばツクヨは何事もなかったようにロロベリアや両親の手紙に目を通し始め、その表現ぶりにユースは内心突っこみを。
ただここで口を挟む勇気は無いので読み終えるのを待つことしばし。
「なあユース、アヤトは聖女さまと一緒に教国にいるんだよな」
全ての手紙に目を通したツクヨから今さらながらの確認が。
「そうっすけど……それが?」
「お前、その聖女さまの家がどこにあるか分かるか」
「は? いや、教都の貴族区くらいしか知らないっすけど……」
「……なるほどな」
更に確認されて何かに納得するツクヨに嫌な予感を覚えるも――
「よし、今から教国行くぞ」
「はぁ!?」
予想斜め上の結論にユースは驚愕。
「いやいやいや! なんで教国に?」
「んなのアヤトに文句言いに来まってんだろ」
「いや、それでも今からだと入れ違いになるっすから!」
「二七日まで滞在してんだろ? なら公国経由で行きゃ充分間に合うって」
説得を試みるもツクヨはカラカラと笑うのみ。
確かにゼレナリアから一番近い港街に向かうより公国から船に乗ればかなり時間は短縮できる。
しかし問題はそこではなく、いくらアヤトやロロベリアの友人だろうとアポ無しで貴族家、しかも他国に押しかけるのは不作法になるわけで。
「アタシだけでも良いんだけどその聖女さまと面識もねーからな。お前らは学友で貴族でもあるんだろ? なら押しかけても問題ねーだろ」
「問題ありまくりっすから!」
だがツクヨは止まらない。
あまりな短絡的思考にユースは突っこむも背後から賛同の声が。
「任せて」
「姉貴はたんに姫ちゃんに会いたいだけだろ!」
言うまでもなく寝ていたはずなのリースで、ロロベリアに会えるならと短絡的な思考で受け持ってしまう。
「心配すんな。お前らの旅費もアタシが出してやるよ」
「問題はそこじゃねぇ!」
「決まりだな。んじゃ、飯食ったら速攻出発だ」
「マジで今からっ?」
「思い立ったら吉日ってな。つーわけでまずは腹ごしらえだ」
「それ賛成」
ユースの反論も虚しく二人は嬉々として立ち上がり奥へと向かってしまい。
「…………オレの武器はどうなんの?」
本来の目的を達成するどころか話題にも上がらずユースは不安しかなかった。
◇
昼食を終えるなり早々に準備を済ませた三人はまず公国に向けて出発。
その日の内に公国に入り、最初の町で一泊。
翌朝から寄り合い馬車を利用して二日掛けて公国の港街に到着、船でいったん王都に逆戻り。
更に休むことなく教国行きの船に乗り換え出航、三人は四日掛けて教都近くの港に降り立っていた。
「着いたぜ」
「ロロ、いま行く」
「……マジで来ちまったよ」
雪模様の中でもテンション高いツクヨやリースに対し、まさかの展開にユースは遠い目を。
しかし来てしまったからには後に引けず、二人を引率するよう教都行きの馬車を探す辺りがユースで。
降臨祭を二日後に控えているからか、自分たちのように他国から訪れている者が多いようだが雪の影響で教都の町並みに人通りが少なく。
「んで、アヤトの居る聖女さまのお家はどこだよ」
「ロロ、待ってて」
「……だから急に押しかけると問題あるんだって」
もう何度目かの愚痴を零すユースも詳しい場所までは分からず、とりあえず宿を取ってから考えようと意見を――
「――みなさま、お久しぶりです」
「「…………っ」」
するより先に突然目の前にマヤが現れ、ユースは当然さすがのリースも絶句。
周囲にいる人が全く反応しないのなら自分たちにだけ認識できるようにしているのか、しかしツクヨもマヤの登場に驚いた様子を見せているのなら彼女には認識できるようになっているわけで。
何故姿を見せたと訝しむも、そのツクヨはいち早く我に返り苦笑を漏らす。
「……やっぱ居やがったか」
「あら、ツクヨさまはわたくしが居るとご存じでしたか」
「アヤトにしては珍しい手紙を寄こしたからもしかしてってな」
「……アヤト?」
「ツクヨさん、どういうことだ?」
意味深なやり取りに二人は疑心の目を向ける。
ツクヨはマヤが教国に来ていることも、その正体が神とも知らない。
にも関わらず不可思議な登場を受け入れているなら、アヤトの手紙に何かしら書かれていたのか。
「詳しくはなんも。なんせアタシの悪友は言葉足らずだからな」
二人の疑心にツクヨはそう前置きをしてから手紙の内容を口にする。
手を貸せ
故にさっさと来い
「ちなみに白いのちゃんは普通に謝罪の内容、親御さんらはご挨拶やよろしくって内容……つまり人知れずアイツが面倒事を抱えてることになるだろ」
「ああ……だから姫ちゃんや親父たちの手紙も確認したわけっすね」
「ま、言葉足らずでも珍しくアタシに協力求めてんなら、黙って駆けつけてやるのが悪友ってもんだ」
実に言葉足らずなアヤトらしい内容、目を通したツクヨの反応にようやく納得。
また道中アヤトの手紙について明かさなかったのもリースやユースがどこまで事情を知っているか分からないため、敢えて伏せていたようだ。
豪快で危うい面がありながらもツクヨは情が深く深謀な配慮も出来る。
故に滅多に他人を頼らないアヤトが捻くれた言葉でも頼り、言葉足らずでもツクヨはそれこそ他国だろうと駆けつけた。
不器用で捻くれた絆でも二人だからこそ成立する関係に、家族という絆以外に信頼を向けられなかったユースは少しだけ羨ましさ感じていた。
「つーか、マヤの突拍子のない登場に疑問抱かねーなら二人も白いのちゃんと同じで色々知ってんだな」
「それは……」
「ま、アタシはマヤがヤバイ存在ってのは何となく察してる程度だけど、詳しい話はアヤトから聞くから言わなくていいぜ」
「ツクヨさまは酷いですわ」
「そりゃ悪かった。んで、アタシはなにを手伝えばいいんだ」
どこまでもさっぱりとした態度のままツクヨが本題に入る。
「兄様がツクヨさまをお呼びしたのはわたくしとの契約と同じ、あくまで保険として……なのですが、さすがは兄様と言うべきか未来視でも可能なのでしょうか」
「つまり、アタシの手を借りる状況になってんだな」
「場合によってはになりますが。もちろん教国までご足労して頂いているのでお手伝いがなくとも報酬はお支払いするそうです」
「あん?」
「リースさまやユースさまも含めた旅費の負担に加えて、ツクヨさまが気になされている兄様の事情についてお話する。こちらが兄様の提示された報酬内容です」
「マヤ……アイツに言っとけ」
変に律義なアヤトらしく、借りはちゃんと返すらしいがこの報酬を聞いたツクヨは途端に不快感を露わにマヤ……というよりアヤトに向けて目を細める。
ただ報酬が不服ではなく。
「アタシはダチに頼まれて来ただけだ」
ロロベリアを通じて自分の気持ちを伝えたはずなのに、未だ不粋な持ちかけをしてくるアヤトに憤っていた。
もし自分が手を貸して欲しいと頼めば憎まれ口を叩こうとアヤトは必ず駆けつける。
それと同じ、過去の恩義関係なくアヤトが手を貸せと頼んできたからツクヨは駆けつけただけ。
言ってしまえば自分がそうしたいからそうしたまで。
「見返りなんざいらねーよ」
「必ずお伝えしてます」
あくまでも対等を貫くツクヨにマヤはクスクスと笑い了承を。
同時にツクヨの頭上に何かがポトリと落ちた。
「ロロベリアさま方のようなブローチでも良いのですが、ツクヨさまはもう少し洒落っ気が必要かと思いまして」
「……なんだ?」
手に取ればそれは先端に白銀の玉が結わえた金色の髪紐で。
「兄様を観察したいのでそちらで詳しい説明をさせて頂きます」
「あん?」
「最後にリースさま、ユースさまにも兄様から言伝を預かっております」
装飾品を渡されて首を傾げるツクヨを無視、マヤは状況を見守っていたニコレスカ姉弟に視線を向けて。
「混ざりたければさっさとマシになれ、だそうです」
では――と、マヤは詳しい説明もなく姿を消してしまった。
「んとに……マヤも自由気ままだよな」
残されたツクヨは敢えて素知らぬ顔で髪紐をクルクルと回すのみ。
最後の言伝はニコレスカ姉弟にも充分伝わっているからで。
アヤトは教国滞在中に面倒事が起きると考慮していたからこそ、事前にツクヨを呼び出す手紙を書いた。
そして予想通り手を借りる事態が起きている。
つまりカナリアだけでなくロロベリアも現状巻き込まれている可能性が高い。
故に介入してくるなとクギを刺された。
対しツクヨにはマヤと連絡を取り合える神気の装飾品まで渡し、介入させるつもりでいる。
元より保険といえど手を借りるつもりなら当然の配慮。
しかし二人が何よりも痛感したのは、考慮してなおロロベリアを同行させたこと。
なぜアヤトがロロベリアを同行させたかは分からない。
分からなくともこの違いが自分たちとロロベリアの力量差を突きつけられたようで。
「ま、よく分かんねーけどアタシらは宿でも探すか」
「……そっすね」
「…………」
ユースは悔しさを押し殺し、リースは悔しさを隠そうともせずアヤトの指示に従うしかなかった。
◇
その後、運良く二人部屋を取れた三人は宿で待機を。
もちろんその間にツクヨは神気の髪紐を通じてマヤから詳しい事情を聞き、後は役割に備えて休息を取り。
ニコレスカ姉弟は事情を知らぬまま、ツクヨの邪魔にならないよう過ごし――
『――ツクヨさま、出番です』
「ようやく……と言いたいが、ない方が良かったんだよな」
日が沈んで間もなくマヤの声が脳内に響きツクヨは即行動を。
帯刀した月守の鞘に髪紐を括り付け、コートを羽織り窓を開けた。
「んじゃ、ちょっくら出かけてくるぜ」
「お気を付けて」
「……ロロをお願いします」
二人に見送られたツクヨは精霊力を解放、そのまま窓を飛び出した。
『寒いってより視界悪すぎだろ!』
『わたくしが最短距離でロロベリアさまの元へご案内しますからご安心を。それとも安全な道案内をご希望ですか?』
『んなの最短距離に決まってんだろ!』
『ではそのまま屋根伝いに北東へ向かってください。滑って落ちないようお気を付けて』
『あんがとよ!』
雪が降りしきる中、着地するなり両足に精霊力を集約させたツクヨは神に導かれるまま飛翔した。
暗躍に掛けてアヤトくんの右に出る者はいませんね……何度も言いますがほんとこの子怖い。
そのアヤトくんがいつからどこまで暗躍していたかは後ほどとして、ツクヨは本当に良いダチですね。
そしてツクヨが登場した経緯も分かったところで、次回はもちろんツクヨVS偽ミューズ。
なぜアヤトがツクヨを保険として呼び出していたのかも踏まえてお楽しみに!
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