暗躍の結果は
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「だいたい……教会の審問官ってどんな組織なのよっ」
偽ミューズが投擲するナイフをギリギリで回避しつつロロベリアは吠えるように問う。
「慈悲深くお優しい神に変わって教えに従わぬ罪人を粛清するのが主な使命でしょうか。ですがわたしはミューズさまを御守りする名誉も受けておりますが」
対する偽ミューズは笑みを絶やさず淡々と、ロロベリアの回避方向に向かって突進。
「ミューズさまとそっくりな顔はその使命に関係してるの」
「元より体型や骨格などが近く、後の使命を踏まえれば必要でしたので」
体勢が崩されてもロロベリアは冷静に対処。
左手甲に精霊力を集約させて偽ミューズの振るうナイフを弾き返した。
更に右手に顕現させた蒼月で応戦するも、偽ミューズは後方へ飛び余裕の回避を。
「まさかとは思うけど……ミューズさまに神さまが乗り移るからあなたが後釜として選ばれたってこと」
「当たらずとも遠からず、です。ですが一つ訂正を」
空中で一回転した偽ミューズは雪積もる地面に着地。
身に纏う修道服や優美な所作の一つ一つからまるで天使が降り立つような美しさで。
「せめて降臨というお言葉を使っていただけないでしょうか」
「……それは失礼」
しかしナイフを手に微笑む姿があまりに異質で軽口を叩きながらも冷や汗が止まらない。
ラタニを真似た集約防御や蒼月といったロロベリアの切り札を見ても動じないのならある程度こちらの情報を集めているわけで。
まあミューズの変わりを勤める予定なら周辺の情報も必要、序列入れ替え戦で披露しているだけに知られていても不思議ではない。
また彼女は異端の精霊力を抜きにしても強い。
建物に背を預け、部分集約で身体能力は分があり、防御に徹している状況でもこのまま回避し続けるのは無理だろう。
加えて彼女からは敵意どころか気配すら希薄で、いくらアヤトとの訓練で向上したとはいえロロベリアでは察知できず視力を限界まで強化しなければ見失ってしまう。
彼女が所属する審問官が異端者を粛清する組織なら、そう言った訓練も受けているのだろう。
故にロロベリアはギーラスの救いが、与えた生きる理由が気に入らない。
自身の不遇な人生や宿してしまった異質な精霊力に悲観し。
生きる気力を失い死を決意した彼女は今もその精霊力で命を奪い続けている。
未だ神の教えに従う人形のように生きている。
人形のように命を奪う今が彼女の救いになるはずがない。
ミューズの変わりを勤める生き方で彼女が救われるはずがない。
考え方はそれぞれで、価値観もそれぞれなのは分かっていても。
ロロベリアは彼女の今が幸福に繋がるとはどうしても思えない。
そしてギーラスの救いを素晴らしいと口にする彼女も気に入らない。
結局は自分の人生を諦め、運命に抗うのを止め、ただ楽な道に逃げているだけ。
自分の道を自分で選択せず、誰かに従うだけなのは簡単だから。
だから神の教えという心地良い言葉に利用されて、命を奪う責任も背負おうとしない。
自暴自棄な自分に伸びた救いの手を取っても、代わらず自暴自棄のままで満足していることの何が救いか。
それが気に入らなくて、間違いを正してやりたいが――
「く……っ」
「さすがロロベリアさま、簡単に粛清されてくれませんか」
肩で息をするロロベリアに偽ミューズは困ったような笑みを向ける。
自分の手札を全て使っても凌ぎきるのがやっとな状況で。
蒼月の顕現や集約防御を続けるには精霊力を節約する必要があり、ナイフで負ったキズを精霊力で治療することもできない。
彼女の間違いを正せるだけの強さがない自分がロロベリアは不甲斐なく。
「今度は……積雪での戦い方をアヤトから教わらないと」
それでもせめて気持ちは負けるものかと軽口で自らを奮い立たせる。
だが、その軽口に偽ミューズの笑みに哀れみが交じり。
「その機会は永久に訪れないかと」
「……私がここで粛清されるからとでも言いたいの」
反論するロロベリアに偽ミューズはゆっくりと首を振る。
「ミューズさまは本来崇めるべき神を忘れ、アヤトさまのような異端者を神と勘違いしてしまいました」
脈絡のない一人語りに眉根を潜めるロロベリアを他所に偽ミューズは続ける。
「むろんミューズさまに非はございません。神の器に選ばれただけあり、博愛に満ちた清らかな御方ですから。時には異端の者までも愛してしまうのでしょう」
相変わらずアヤトを異端扱いし、神の器という世迷い言を交えてミューズを称える。
いや、ロロベリアはマヤと出会ったことで神の存在を認めているなら世迷い言と言い切れない。
もしかするとマヤのような存在が教会の後ろに控えているのか。
「故に真に裁かれるべきはミューズさまを誑かしたアヤトさま。加えてアヤトさまには別の嫌疑も掛けられていました」
「なにが言いたいの……?」
だが真意よりも回りくどい一人語りにロロベリアは苛立ちを露わにすれば、偽ミューズは再び脈絡のない事実を打ち明ける。
「わたしがミューズさまの留学にあわせて王国へ赴き、合間に神の教えに従っていたのですが昨年から何者かによって阻まれていました」
「……ろくな教えに聞こえないんだけど」
「ロロベリアさまもいくつか関わりがあるものです」
「私が……?」
「ヴェルディクさまの反乱」
「……っ。あの一件もあなたたちの仕業なの!?」
端的な言葉にロロベリアは自然と声を荒げた。
だが偽ミューズは更に驚くべき事実を打ち明けた。
「それと帝国ではありますがソフィアさまの暴走も」
「まさか……ソフィアさんが亡くなったのも」
「哀れにも復讐心に囚われてしまったソフィアさまにせめてもの慈悲として」
祈るような仕草を見せるもロロベリアは言葉が出ない。
確かに自分にも関わりのある大きな事件。
人身売買や王国の技術や物品の横領で私腹を肥やし、反乱を企てていたヴェルディク=フィン=ディリュアの事件では誘拐されて。
持たぬ者が故に不遇な扱いを受け、精霊力を持つ者、特に精霊術士に対する復讐から密かに兵器を開発していたソフィアとはサクラ誘拐事件で対峙して。
ただ両事件を解決したアヤトの名は前者はラタニがもみ消し、後者は白銀という謎の英雄が処理したことになっている。
故に教会側もアヤトが絡んでいるまで掴めなかったようだが、昨年からと言えば彼が旅を終えて国王の依頼を本格的に受け始めた頃。
恐らく他にも王国内で暗躍していた教会の企みもアヤトが秘密裏に処理していた中にあったのだろう。
そして帝国のクーデターも、ソフィアの兵器開発も教会が何らかの理由で暗躍していた可能性が高い。
だがなぜ王国や帝国の情勢を乱そうとしているのか。
「……教会は何がしたいのよ!」
「両国の混乱、出来れば開戦も望んでいます」
「…………っ」
自然と口にした疑問に偽ミューズは即答、これにはロロベリアも絶句する。
両国の戦争を仲裁した教国でも権威の高い教会がなぜ今さら開戦を望む。
それによって何を得ようとしているのか。
「バカげてる……っ」
どれだけ思考を巡らせても理解できないが、これだけはハッキリしているとロロベリアは睨みつける。
六〇年掛けてようやく両国の友好が浸透し、平和な世に進もうとしているのを否定する教会は間違っていると。
「バカげてなどいません。全ては神の望むままに」
「じゃあどうしてその神さまは戦争を引き起こそうとしてるのよ!」
「神の崇高なお考えをわたしのような異端者に理解できるとでも?」
「結局……あなたは自分で物事を考えず、神の教えという心地いい言葉で利用されてるだけってことね」
無垢な笑みを向ける偽ミューズにこのまま否定しても平行線を辿るのみ、話にならないとロロベリアは吐き捨てる。
「とにかく、昨年から神の望みを阻む悲しき存在がいる、とはこちらも把握してはいたのですが……」
「その悲しき存在がアヤトだったわけ」
「神のお導きか、知ることに叶いましたので。ですがアヤトさまは神の器であるミューズさまを誑かすほどの異端者。わたしや王国に通じる同志のみで粛清するのは少々厳しいのもありますが……降臨祭を前に王国内で不用意な行動をするわけにもいかず」
「だからお礼と称してアヤトを教国に招いたの。こっちで粛清するために」
どんな導きからアヤトの存在を掴めたかは分からないが、少なくともギーラスのお招きに隠された目的は察することは出来る。
それでもアヤトの粛清を困難と判断し、何らかの方法で教会側が陥れた結果、拘束してから教会の権威で処刑にでもするつもりか。
「いえ、既に粛清は終えています」
そんなロロベリアの予想に反して、偽ミューズは思わぬ結果を口にする。
「ご安心を。アヤトさまを懇意にされたことで異端者となったロロベリアさまの魂もきっと神は平等に愛してくださいますから」
更に哀れむように慰めの言葉を紡ぐもアヤトと同じく精霊力の影響を受けず、慕っている自分まで異端者扱いとは何とも極論で。
ロロベリア自身、なぜ彼女の精霊力の影響を受けずに済んでいるか分からない。
なにより完全に思考を停止し、盲目的な信仰を抱いている彼女に意見しても無駄。
ただこれだけは確実な意見として口に出来る。
「私は神さまよりもアヤトに愛されたいの。だから神さまからの愛なんてそれこそ死んでもゴメンよ」
「そのアヤトさまが既に旅立たれているのにも関わらず、ですか?」
「これまで色々教えてくれたお礼に私も良いことを教えてあげる」
アヤトを異端者扱いしているなら彼のことも調べているはずなのに、全く理解できていない偽ミューズに向けて今度はロロベリアが哀れみの笑みを向けた。
「教会ごときに粛清できるほどアヤトに可愛げはないわ」
「毒により息を引き取られた後に死体は燃やされていますが」
「彼は受けた借りは必ず返すとっても律義な人なの」
続けてお返しと言わんばかりに脈絡のない話題を持ち上げて。
「それこそあなたたちが信仰する優しい神の元へ召されても、うるせぇ黙れって拒絶してでも返しに戻って来るくらいに」
どれだけ教会が暗躍してきたかは分からないが、暗躍はアヤトの十八番。
加えてマヤも居るなら教会ごときが完全に出し抜けるはずがない。
どうやら教会の後ろに居るかもしれない神さまはマヤよりも可愛げがあるのか、この程度の勘違いにも気づけないらしい。
つまりアヤトは生きている。
「あなたたち教会はアヤトにケンカを売った。それが全ての間違いよ」
そして今も教会に一泡吹かすべく暗躍していると自信を持って偽ミューズの勘違いを正した。
自信に満ちたロロベリアの笑みに対し、偽ミューズは両袖からナイフを取り出す。
「……お喋りが過ぎましたね」
「あら? 私はまだまだ続けたいんだけど」
「ロロベリアさまは中々に強かでいらっしゃいます。カナリアさまが復調されるまでまだ時間はありますが、早々に終わらせましょう」
「残念。私が待ってるのはカナリアさまじゃないの」
ようやく自分の狙いを察したのか、次で完全に仕留めるようだがまた勘違いをしているとロロベリアは可笑しくて。
またここまでのやり取りでようやくカナリアに託された役割の意図も察することが出来た。
しょせんは守られる立場に甘んじている自分に現状を打破する強さはない。
故にカナリアに託された時間稼ぎを代わって勤める。
アヤトが借りを返しに来るまで全力で自分の役割に徹すると。
それが足手まといと仲間外れにされた弱いロロベリアの出来る唯一の協力だ。
「ならどなたをお待ちでしょう」
「さすがのあなたも驚く人……よっ」
距離を詰める偽ミューズから逃げるべくロロベリアは積雪に注意しながら壁伝いに駆ける。
必ずアヤトは来ると信じて。
それまでは全力で時間を稼ぐと集中していたが――
「…………っ」
突然目の前が黒く染まりロロベリアは一瞬の戸惑いを見せた。
だがナイフを弾く甲高い金属音と、視界に舞う雪の粒から安堵の息を吐く。
そう、アヤトが到着した――
「どうやら、間に合ったみてーだな」
……はずなのだが、闇夜を照らす刃は白銀ではなく月のような淡い輝きで。
視界に映る背中や髪は黒一色でも、自分を見つめる瞳はアメジストのような輝きを帯びていて。
アヤトのように飄々と。
「白いのちゃん、久しぶり」
「…………あれ?」
しかしその愛称を口にするツクヨの到着に偽ミューズよりもロロベリアが驚かされた。
ロロやカナリアの窮地にやってきたのはお久しぶりのツクヨさんでした。
……ロロと同じく何故に? と思われるかもしれませんが詳しくは次回で。
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みなさまの応援が作者の燃料です!
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