過去と現状
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教国の辺境にある村で生まれ育った少女は決して恵まれてはいなかった。
表向きは人当たりの良い父は家庭では本性を現すように母に暴力を振るっていた。
表向きは良妻として評判だった母は家庭では八つ当たりをするように少女に暴力を振るっていた。
なぜこの両親が結婚し子を儲けたのか少女には分からない。そんな理由を聞けるような生活でも関係でもなかったから。
だから少女は両親の機嫌を損ねないよう、周囲にも良い子に見られようと必死で。
自我を殺し、両親にとって都合の良い人形で居続けていた。
しかしそんな日々は五才の誕生日を迎えてすぐに終わりを告げる。
仕事から帰った父はいつものように理不尽な理由で母に当たり散らし、暴力を振るった。
ただいつもと違い父の暴力が過剰すぎて、不運にも母を殺してしまったのだ。
結果、父は逮捕され、少女は両親から解放されて。
身寄りを無くした少女は孤児院へと預けられたのが唯一の幸運か。
ただ自我を殺し生きることに馴れてしまった少女は孤児院内でも孤立して。
周囲に溶け込めず、疑心の毎日を過ごしていた。
「今でこそ思うのです。教国のみならず、周辺国にもわたしのような出生を持つ幼子は多くいます。孤児院に保護されただけでもわたしは恵まれていたでしょう。ロロベリアさまもご理解頂けるかと」
「……そうね」
ロロベリアは赤子の頃、教会前に捨てられた孤児。
彼女のように悲惨な過去は持ち合わせていなくとも同じ孤児が故によく分かる。
孤児といえど保護されただけ恵まれているのだ。
なんせ同じように捨てられ、また何らかの理由で身寄りを無くした子の多くはストリートリルドレンとしてただ生きるために必死な毎日を過ごす。
そして多くは生き続けることが出来ず病や飢えで死んでいく。
生き続けたとしても犯罪に巻き込まれ、利用され、時には自らが犯罪を犯してしまい、やはりろくな最期を迎えない。
現状から這い上がれるのは本当にごく一部、奇跡のような確率でしかなく。
それに比べれば貧しくても食事が与えられ、屋根のある場所で生活できた自分たちは充分すぎるほど恵まれている。
故に彼女の言い分にロロベリアも共感できるわけで。
「その中でもわたしは特に恵まれていたのでしょう。わたしは精霊士としての才を持っていたので、持たぬ者の同僚よりも引き取り手が現れる可能性がありましたから」
また精霊力を宿した者は希少が故に、持たぬ者に比べて後の境遇に恵まれている。特に自身の私兵候補として貴族や商人が声を掛けてくれるのだ。
もしロロベリアもあのまま教会で暮らしていれば、そう言った里親が現れる可能性があっただろう。
ただ皮肉な結果、ニコレスカ家の養子という恐らく誰よりも恵まれた今がある。
そして彼女もまた同じ。
「現にわたしは九才の頃、領主さまにお声がけ頂けました。使用人として引き取り、もし才覚があれば私兵として優遇すると」
ただ彼女は精霊士という恵まれた生まれが、後の悲劇を引き寄せてしまった。
その領主が引き取ったのは使用人としてではなく実験材料として。
更にロロベリアの知る王国の暗部と違い、その領主が秘密裏に行っていたのは人工的に精霊士や精霊術士を生み出す研究で。
持たぬ者を精霊術士にする、ではなく持たぬ者を精霊士に、精霊士を人為的に精霊術士として開花されることは可能なのかという最悪なもの。
「…………」
両親に恵まれた、恵まれなかった違いはあれどまるでアヤトのような人生を歩んでいたと知り、ロロベリアはやるせない気持ちに苛まれる。
もし彼女が王国に生まれていれば……いや、結局は人を人と思わぬ悪魔の思想に突き進んだ者が全ての元凶でしかなく。
王国や教国だけでなく、もしかすると帝国や公国にも同じ思想を持ち、今も人知れず突き進んでいるのかもしれない。
それだけ精霊士や精霊術士という存在は必要で。
精霊力の研究が進めば進むほど、精霊力を宿し生まれる者が減少すれば減少するほど。
悪魔の思想が芽生えてしまうのは止められないのかも知れない。
そして王国はラタニという光のお陰で暗部が明るみになり、救われたアヤトの今がある。
対し教国で彼女を救ったのは、その悪魔的な思想の結果によるものだった。
精霊士を人為的に精霊術士に開花するべく続けられた実験により、彼女は精霊術士ではなく他者を蝕む精霊力を偶発的に開花させた。
思想とは異なる結果、そのお陰で彼女は救われた。
研究者や領主を始めとした、自分と同じく実験材料として囚われていた者全てを開花させてしまった精霊力で蝕み殺したことで。
更にアヤトが神との邂逅により命が救われたように。
彼女もまたある人物との邂逅により命が救われていた。
研究施設から逃げ出して、しかし自身の不遇な人生や宿してしまった異質な精霊力に悲観した彼女は生きる気力を失い死を決意した。
「ですが、そんなわたしに生きる理由を与えてくださったのがギーラスさまです」
そんな彼女の前に現れたのが地方巡礼に訪れていたギーラスで。
自暴自棄になり、彷徨うように夜の町を歩いていた彼女を見かけ、心配したのか声を掛けてくれた。
「わたしのような罪人の言葉に耳を傾けてくださり、世迷い言のような話を聞いてくださり、異端の精霊力を宿していると知っても恐れ忌み嫌うどころか肯定してくださいました。わたしの力も神が与えてくださった素晴らしい力だと。もし望むのならば共に神の教えに従い、神のために尽くさないかと仰ってくださったのです」
そして少女の話を聞いたギーラスは非合法な実験を繰り返していた首謀者の領主や関係者についても教会の力で処理してくれた。
同じように王国の暗部を国王を始めとした中核が明るみにならないよう処理したように。
もちろん領主や周囲が突然死去したのなら国王派の中核にも知れ渡っている。
しかし教国の国王もこのような暗部を民に、他国に知られるわけにもいかない。
故に利害一致として両派閥が協力したことで事件も、非合法な実験も闇に葬り去られた。
ただ国王派は生き残りが居ることも、彼女の身柄は教会が保護していると知らぬまま。
そして彼女が異端者を粛清する教会の審問官の一人になっていることも。
「神は慈悲深くお優しい。故に業の深いわたしたちが代わって粛清しなければなりません」
「……それが、ギーラスさまに与えられたあなたの生きる理由なの」
「素晴らしい理由かと」
これまで浮かべていた笑みをより深め、偽ミューズは恍惚したように両手を組む。
両親に恵まれず、ようやく解放されたと思えば実験材料として扱われて。
多くの命を奪い、望んでもいない異端の精霊力を宿してしまった彼女に差し出された救いの手。
悲惨な過去、異端の精霊力、多くの命を奪った自分を肯定してくれて。
生きる理由を与えてくれたギーラスや、彼が崇拝する神を彼女が敬う気持ちは理解できる。
ただそれは救われ方次第だと。
「どこが素晴らしいのよ……っ」
ロロベリアは彼女の今を真っ向から否定した。
次回、ロロが彼女と真っ向から向き合います。
そして――やってきます!(←なにが?)
詳しくは次回で(笑)
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