思わぬ伏兵
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「カナリアさま、ロロベリアさま、お疲れさまでございました」
「ありがとうございます」
「温まりますね」
応接室でクルトが淹れてくれた温かいお茶に二人は表情をほころばせる。
ミューズとダリヤがギーラスとの面会に向かった間、ただでさえ無理矢理な面会希望に大人数で出向くのも迷惑との配慮もあるが、万が一フロッツが訪ねて来る可能性もあり二人は待機していた。
ただなにもせず待機というのも手持ち無沙汰で、何か手伝えることはないかと二人は申し出た。
この申し出に使用人は客人に仕事をさせるのはと難色を示すも、アヤトの一件から身体を動かして少しでも気晴らしになればと考えたクルトが了承。
最初は掃除などを手伝ってもらっていたが二人が王国出身ということもあり、クルトがせっかくなので雪かきの協力を提案。
雪かきが重労働なのは教国民なら誰もが知るところ、さすがにそれはと他の使用人が困惑していたが思いのほか二人に高評価で。
まあ重労働だからこそトレーニングの一環になるとの理由もあるが、普段から鍛錬を怠らないだけあって充分な戦力になったのだが。
「ミューズさま、帰ってこられますかね……」
マグカップにちびちびと口を付けつつロロベリアは心配げに窓を眺める。
そろそろ夕刻という時間帯でも外は既に薄暗く、窓を震わせる吹雪がいっそう視界を悪くさせていた。
予想通り天候が荒れ始めたことで雪かきも中止となり、こうして身体を温めていたのだが外の様子から馬車を走らせられるかが心配で。
「これ以上強くなると難しいでしょうが、今ほどであれば問題ないかと」
そんなロロベリアの心配もクルトは笑顔で返答。
慣れと言うべきかさすが雪国出身の基準は違うとロロベリアは感心する。
「なので今ごろこちらに向かわれているかと。もちろん朗報をお土産にされているでしょう」
「……そうですね」
また続けられた予想にロロベリアは目を細めた。
ミューズたちが出発してから五時間は経過。雪の影響で遅くなったとしても、面会が叶わなければ既に帰宅している。
もし事故があったなら連絡が届くはず、つまりギーラスとの面会は無事叶ったということで。
この状況を打破する朗報も期待しているが、なによりミューズの為にギーラスが時間を作って面会してくれたことがロロベリアは嬉しくて。
大好きな祖父と会えたことで、少しでもミューズの心が安らぐのを願うばかり。
「…………」
「カナリアさま……?」
なのだが、ふと視線を向ければカナリアの表情は固くロロベリアは訝しむ。
「……何か心配事でも?」
「……心配と言えば心配ですね。例えばアヤトさんが自警団相手に何かやらかしてないかとか」
「さすがにそれは……大丈夫だと思いますけど」
だが、その心配事にロロベリアも苦笑い。
自信を持って大丈夫と口に出来ない辺りがアヤトで、心労が絶えないカナリアに労いの言葉を掛ける。
(まだまだ未熟ですね……私も)
ロロベリアの心遣いにカナリアは感謝するも、心の内は反省と嘆きに満ちていたりする。
というのも雪かきの最中にマヤ越しにアヤトから連絡があった。
問題は待ち望んでいた朗報がこの上なく厄介すぎたことで。
なんせアヤトは教会に抹殺されかけたらしく、事前にマヤと入れ替わったことで事なき得たらしい。
お陰で教会側が黒と確定し、相手には死亡したと思われていることからアヤトは自由に動けるようになった。
また教会に対抗するための後ろ盾を得たことは朗報と言えるも、相手が教国でも強い権力を持つ教会という組織なのは厄介で、目的もまた未確定のまま。
なにより王国で取り逃がした謎の襲撃犯が教会と繋がっていたこと。
今回の冤罪を押しつけた襲撃犯がミューズと瓜二つとの情報が衝撃的で。
もしこの情報を事前に聞いていればカナリアも疑心感から平静を装う自信はなく、ミューズと会う度に不自然なまでに気負っていただろう。
故にアヤトが確実な情報を得るまで伏せていたことに感謝する反面、こうした配慮を必要と判断された自分が不甲斐なく。
結果、教会にミューズを向かわせてしまったのは失態で。
まだ教会と襲撃犯の繋がりが憶測の域だったとはいえ、カナリアに伏せていたことをアヤトは悔いていたが判断を鈍らせたのも自分の未熟さが招いたものと反省するしかなく。
しかし今は後悔や反省も後回しにして、これ以上の失態を防ぐ為に互いのやるべき事を確認している。
アヤトの抹殺という大胆な行動に移したのなら、これから事態は大きく動くだろう。
故にアヤトは行動に移すことを決めた。
そしてカナリアは予定通りアヤトが安心して動けるように、ロロベリアを守らなければならない。
教会からの刺客が向けられる可能性、その刺客にミューズに似た襲撃犯が混じっている可能性も考慮に入れて。
もちろん必要な情報もアヤトから聞いている。
アヤトなりの見解としてだが、これまで未確定だからこそ行動が制限されていた襲撃犯が扱う未知の精霊術に関する情報を。
正直なところあまりに非常識すぎて理解が追いつかなかったが、アヤトの分析を知れば知るほど他になく。
もしミューズと入れ替わり接近した場合、即時報告する手筈だ。
というのも襲撃犯に対抗するべく切り札をアヤトは用意してくれていた。
なんせアヤトの見解が正しければ自分にとって相性は最悪、故にカナリアがするべき対処はその切り札が到着するまでの時間稼ぎで。
加えてロロベリアを守る、難しい要望でもやるしかない。
事実上アヤトはたった一人で教会という強大な組織と遣り合うのだ。
時間稼ぎ程度遂行できなければ信頼してくれたアヤトやラタニに会わせる顔がない。
静かな決意を胸に、自然な振る舞いを心がけながらロロベリアと今後の予定について話し合っているとついにその時が訪れた。
「ミューズさまがお帰りになりました」
「よかった。無事帰られたんですね」
ミューズの帰宅を聞き安堵するロロベリアを他所に、出迎えに行きつつカナリアは心を落ち着かせるように小さく深呼吸を。
教会と繋がりのあるミューズに似た襲撃犯。
その教会から戻ってきたミューズは果たして本物なのか。
エントランスには既にクルトと数人の使用人に出迎えられているミューズとレムアの姿が。
「お帰りなさい、ミューズさま。レムアさんもご苦労様でした」
慎重な行動を必要とされる中、カナリアは疑心に苛まれないよう二人に歩み寄った。
「カナリアさん。お待たせして申し訳ありませんでした」
「この雪ですから仕方ありません」
平静を装い、不自然にならないよう言葉を交わしながらタオルで髪に残る雪の滴を拭うミューズの顔立ちから体型、衣服、感じ取れる精霊力まで注視する。
また同行していたレムアの様子も忘れない。
レムアも教会と繋がっている可能性もあるが、長年連れ添った専属従者なら入れ替わっているなら些細な疑惑を抱いているかもしれないと。
しかしカナリアが注視する限り不審な点は見つからない。
「……ギーラスさまとの面会は叶いましたか」
「はい。お爺さまもわたしとお会いしてくれるつもりでいたらしく、到着してすぐに」
「もしやアヤトさんのことについて既に動いていらしたのでしょうか?」
もし間違えばミューズや使用人らに妙な疑惑を持たせてしまう。
なにより相手側に気づかれれば強攻策に出られる可能性もある。
故にカナリアは目の前に居るミューズの言葉ひとつひとつに神経を研ぎ澄ませ、入れ替わりの判断を探る。
アヤトのような観察眼がない自分には他に方法がないと。
「カナリアさまの逸るお気持ちお察ししますが、その件については応接室で暖を取りながらで如何でしょうか」
「……ですね。お二人はこの雪の中を帰宅されたばかりですし……失礼しました」
「お気になさらず、です」
探りながら、あくまで自然体で言葉を交わしていた。
だが、既にアヤトとカナリアは大きな失態を招いていた。
しかし今回の失態は攻められるものではない。
なんせ精霊力の感知能力を始めとした能力でカナリアより劣り、レムアや使用人ですら違和感も抱いていないミューズに対し。
「……誰ですか」
何も知らないロロベリアが一目で違和感に気づくとは――
アヤトが規格外の塊ならロロは意外性の塊ですね……。
この意外性がどのような展開を招くかはもちろん次回で!
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