裏幕 果報の行方
アクセスありがとうございます!
看守に呼ばれたアヤトは聴取時と同じく手錠を掛けられ牢の外へ。
ただ二度目の聴取ではなく身柄の引き渡しが行われる為で。
なんでも教会からギーラスの使いが訪れ、教会の方でアヤトを預かるとの申し出があったらしい。
理由としてはギーラスが直接アヤトに事実確認を行う為、もちろん聞き出せた情報は自警団へ報告するとのこと。
また犯人と確定されていない状況で牢屋に拘束し続けるのも問題がある。
なんせイディルツ家が招いた他国の客人。もし無罪が確定した際、置かれている状況下からアヤトの体調や精神に異常が起きれば不当な扱いを受けたと責任問題が発生する。
故に自警団の立場を考慮に入れて、全て自分が責任を持つと申し出てくれたわけで。
いくら容疑者の段階とはいえこうした特例が認められたのは教会、強いてはギーラスに対する信頼が大きいのか。
まあ自警団側としてもアヤトの扱いに悩んでいたところで渡りに船の申し出でもあったのか。
とにかく両者の話し合いの結果、アヤトの身柄は聖教士団の詰め所に移されることが決まり。
「司祭さまの言うことを良く聞いて、大人しくするように」
「へいよ」
自警団の代表からの注意にもアヤトは相変わらずな態度で、一抹の不安を覚えながらも迎えに来た司祭と聖教士団の二人に身柄を受け渡す。
団員の一人が御者を務め、アヤトと司祭、もう一人の団員が馬車に乗り込み出発。
「ギーラス枢機卿よりお話は伺っております。此度は災難でございましたね」
「まあな」
「ですがご安心を。あなたの無実を私たちは信じております故、すぐにでも解放されるでしょう」
「信じているのならこいつを何とかしてもらいたいもんだ」
対面に座る司祭にも相変わらずな態度で、アヤトは見せつけるように両手首に填められたままの手錠を持ち上げる。
また手錠と馬車を繋ぐ鎖まで取り付けられていて、逃走防止の処置がされていた。
その申し出に司祭は不快感よりも困ったような笑いを浮かべ首を振る。
「残念ながら自警団と拘束をしたままお連れする約束なので……不快に思われるやもしれませんが今しばらくのご辛抱を」
「仕方ねぇ」
その返答にアヤトは嘆息しつつ両手をだらりと下ろして視線を窓へ。
大粒の雪がしんしんと降り続けている為か視界が悪く、さすがに商業区も活気がなく。
元より自分から会話を切り出すタイプでもないことから、司祭や団員から話しかけられなければ静かな物で。
無言のまま商業区を抜け郊外に。
もし雪が降っていなければもうすぐレイ=ブルク大聖堂が見える所まで来たところで再び司祭が口を開く。
「アヤト殿はレーバテン教についてどう思われますか?」
「……あん?」
脈絡のない質問に窓から視線を外すアヤトに司祭は微笑み続ける。
「神の教えについて、アヤト殿はどのようにお考えなのか少々気になりまして」
「勧誘でもしたいのか……たく」
煩わしげに吐き捨てるも僅かな間を置き。
「信じたい奴は信じればいいし、信じたくなければ信じなければいいと、要はそいつの好きにしろ程度の教えだろ」
「これはこれは、自由な発想でいらっしゃる。ではアヤト殿はどちらの思想をお持ちでしょうか」
適当な答えにも微笑みを絶やさず再び質問されるも、やはり僅かな間を置きゆっくりと首を振る。
「どちらでもねぇよ」
「……? それはどのような意味で?」
「レーバテン教が崇めるレーヴァ神は知らんが、少なくとも神は存在している。だがそいつらの教えに従い生きるという生き方はごめんだ」
「…………」
「つーか神の教えとやらに従い善行を重ねたところで救われん者は腐るほど居る。同じく神の教えとやらに背き悪行を重ねたところで裁かれぬ者も腐るほど居る。そんな確証もない教えになんの意味がある」
「…………」
「とまあ、そんな意味のない教えに縋って生きるくらいなら善悪の判断も、結果背負うであろう幸不も俺自身で選ぶと、要は神さまごときに俺の生き方を決められるのは性に合わんという意味だ」
最後は嘲笑すら浮かべて締めくくる。
神の存在を信じてはいるが、教えその物は否定するこの返答に司祭も、隣りに座る団員も悲しみの表情で聞き入れ。
「……そうですか。まことに残念ではありますが、仕方ありません」
「なんだ、それは」
祭服から取り出した透明な液体の入った小瓶にアヤトは訝しむも、司祭は慈愛に満ちた笑みを向けて。
同じ小瓶を手にしていた団員と共にトポトポと液体を零し始める。
「異端者といえど一人の旅路は寂しいでしょう。故にギーラス枢機卿の命により我々もご同行いたします」
「テメェ、なに……っ」
不可解な行動に目を細めるアヤトだが、両者が零した液体が足元で混ざり合うなり蒸気帯びた。
「こ……れは……」
更に鼻腔を刺激する異臭から咄嗟に両腕で鼻を覆うも、防止策の鎖に阻まれ僅かに届かず。
「テメェら……なにかんがえて……死ぬ、気か……」
「レーヴァ神よ……今そちらに向かいます」
「アヤト殿の魂も平等に……我らと同じ来世を……」
馬車内を充満する蒸気と異臭の正体が毒と気づき、司祭と団員の正気を疑うも崩れ落ちながらも両者は祈りを捧げていて。
「くそ……が……」
悪態を吐きながらアヤトも前のめりに崩れ落ちた。
◇
馬車内の三人が事切れるのを窓から確認した御者の団員は二頭の馬を馬車から放し距離を取り精霊力を解放。
祈るように詩を紡ぎ精霊術を発動。
紅蓮の炎が馬車を覆い、周囲の積雪も溶かし尽くす。
そして鎮火した跡には精霊術の炎によって全てが消し炭が広がっていて。
風に流される消し炭と、降り続ける雪によって少しずつ潤う黒く焦げた大地を見守っていた団員は両手を合わせ静かに祈りを捧げた。
「……行こう」
最後に小さく呟き、二頭の馬車を連れ大聖堂へと向かって行った。
◇
団員と二頭の馬が立ち去ってしばらく、周囲の積雪から円を描くように窪んだ薄氷の上に雪よりも輝く白銀の光が収束する。
やがて白銀の光は人の形を帯び、最後は白いフリルをあしらった真っ黒なゴシックドレス姿の少女へと変貌した。
その少女――マヤはクスクスと笑い。
「兄様の仰る通りでしたね」
独り言のような呟き、しかし問いかけるに距離は関係なく。
『つまり、俺は天に召されたというわけか』
契約としての繋がりから返答するアヤトの声にマヤは満足そうに頷いた。
「はい。司祭さまと団員の一名と一緒に。死体はもう一名の団員が精霊術で燃やし尽くしてしまいました」
『俺を召す為にわざわざ心中するとはさすがに予想外だが、慈悲深い連中が異端者の死体だろうと慰み物にするはずもないだろう』
「お陰で死体を神気で象る必要もなく、兄様は自由に動けるようになりましたね」
『まったくだ』
「それにしてもさすが兄様と言うべきか、いつの間にわたくしの神気で未来視を開花させたのでしょう」
そう、教会が自分の抹殺を企むと読んでいたアヤトは看守が来る前にマヤと入れ替わっていた。
そしてマヤの力で一時的に看守に姿を見えなくさせたアヤトは牢が開けられると同時に逃走、後は神気に頼らなくとも施設から抜け出すのは簡単で。
更にアヤトは昨日拘束される前、朧月のみマヤの力で不可視にさせていた。
全ては最初から教会が抹殺すると予測し、反撃を狙っての事前策。
まさに未来視でもなければ不可能な読みの数々。
『そんな芸当も可能とは初耳だな。ま、未来視は残念だがこんなもの情報を積み重ねた憶測でしかねぇよ』
なのにアヤトは何でもない風に言い放つ。
このらしさがまたおかしくて、マヤはクスクスと笑う。
「本当に兄様は面白い人間だこと。ああ、そちらの果報はどうでしょうか」
『教会に出し抜かれた間抜けな果報なら先ほど訪れたが』
「ではわたくしも――」
と、マヤは早速観察に向かおうとするもため息一つ。
「あらあら……このタイミングで訪れますか。兄様、今し方――」
残念そうに教国に赴く前に交わした契約の一つである報告をすることに。
『なら予定通りにパシられろ』
「神使いの荒い兄様だこと。ところで兄様のような方を人間は確か神がかっていると表現するんでしたか」
『ただでさえ神さまに取り憑かれてんだ。多少の褒美もあっていいだろ』
「まるで疫病神扱いですね」
『どちらも神には変わりねぇだろ。良いからさっさと行け』
「はーい」
楽しげな返事を最後にマヤの姿は白銀の輝きとなって消えた。
一方、神を使って教会を出し抜いたアヤトと言えば――
「たく……便利ではあるが面倒な奴だ」
「……なんの話?」
「なんでもねぇよ。つーかテメェはさっさと飼い主の所に案内しろ」
「飼い主って……俺は犬じゃ――」
「だがその前にコートを頼む。色は黒、精霊器付きなら申し分ない」
「……パシリでもないんだけど。そもそもなんでそんな寒そうな格好でいたの?」
「さすがに持ち出すわけにもいかんだろう」
「ほんと……アヤトくんマジ分からんわ」
秘密裏に接触したフロッツを早々に呆れさせていた。
予想はされていたかと思いますがアヤトくんですからね……マヤが揃えば相手側からすれば本当に厄介なコンビです。
それはさておき、アヤトくんが張り巡らせていた暗躍については後ほどとして、次回からはもう一人の主人公サイドに移り、教国編の真相も徐々に明かされていくのでお楽しみに!
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークに登録、評価の☆をお気持ちのまま★にして頂ければ嬉しいです!
みなさまの応援が作者の燃料です!
読んでいただき、ありがとうございました!