裏幕 二度目の失態
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ダリヤの稽古跡が残る樹木の前でミューズと別れたアヤトは孤児院の敷地を出てそのまま雑木林に囲まれた一本道を歩いていた。
だが孤児院の建物が見えなくなるなり足を止めてため息一つ。
「……俺をつけ回して何がしたいんだ」
振り返るも周囲に誰も居なく、道に積もる雪にも自分の足と車輪の跡しかない。
「気づいてないとでも思ってんのか」
それでもアヤトは苛立ちを込めて急き立てれば雑木林の一角から僅かな音が鳴り、先ほど別れたばかりのミューズが姿を現す。
「さすがはアヤトさま。見つかってしまいました」
柔和な笑みを浮かべるミューズに微かに眉を動かした後、アヤトは身体ごと向けて再びため息を吐く。
「俺は、つけ回して何がしたいと聞いているんだが」
「も、申し訳ございません。本当はみなさまのところへ戻ろうとしたのですが……どこへ行くのかなと気になってしまい……つい」
慌てて頭を下げたミューズは素直に理由を述べ、ゆっくりとアヤトの元へ歩み寄り。
「隠れて後を付けてしまったのは本当に申し訳ございません。あの、お気を悪くされたでしょうか……」
「別にお気を悪くしてはいないが……なるほどな」
「? アヤトさま、なるほどとはいったい」
何かに納得する素振りにキョトンとなるミューズに対し、アヤトは皮肉めいた笑みを浮かべて。
「いやなに、俺はてっきり殺しにきたのかと思ってな」
「殺しに……あの、アヤトさま、何を仰っているのでしょうか」
物騒な言葉にさすがのミューズも戸惑いを見せるもアヤトは止まらず。
「教国に来てからも警戒していたが中々尻尾を掴めなかったのも頷ける。その情の薄さは生まれつきか、それともそうあるべきよう育てられたのか」
「アヤトさま……?」
「ずいぶんとかくれんぼが上手いお前がヘマやらかしたのは、ミューズにそっくりなその面が原因か」
「あの…………」
「ま、純粋な変装技術という線もあるがな。どちらにせよ堂々と面を見せたのは俺を舐めているのか、事態を急く必要があったのか」
「…………」
「果たしてどちらか、是非ともご教授を願いたいもんだ」
一方的な質問を困惑顔で聞き入っていたミューズだが、射貫くような視線に一歩二歩と後退するなりらしい笑みを浮かべて。
「わたしもご教授を願ってもよろしいでしょうか」
「好きにしろ」
「では――なぜ気づかれてしまったのでしょう」
困惑よりも純粋な疑問としての問いかけ。
つまりアヤトが見抜いたようにミューズの振りをして接触したと認めた問いで。
これ以上の言い逃れは不可能と判断すれど、見目だけでなく仕草一つ一つがミューズその物なのは地がそうなるよう育てられたのか。
それともこれ以上本来の自分についての情報を明かさないよう振る舞っているのか。
「色々あるが一番は仕草だな」
なんにせよ答える義理のない質問にアヤトは肩を竦めて返答を。
「これでもミューズさまの所作を研究し、完璧に再現していると自負しているのですが」
「心の持ちようというのも仕草に現れるもんだろ。確かにミューズの精神力は強いが主体性が乏しく、言ってしまえば他者の顔色を窺うことしか出来ん良い子ちゃんだ」
「今は違うと?」
「変わり始めている段階でしかないがな。祖父の言いつけに逆らってでも自分で歩む道を選び、自分の足で踏み出そうとしている。お前の情の薄さは以前のミューズとかみ合っていたが、今はその変化だけお前の異質さを際立たせているんだよ」
故に自身に向ける情の伝わりから別人と判断できたわけで。
また殺しはともかく何らかの理由で近づいてきたのなら、どこかでチャンスを窺っていたことになるもアヤトは気配を察知できなかった。
しかし樹木の前でミューズと話していた際、微かにでも人の気配を察知できたからこそ敢えて一人になるよう敷地内を出たからで。
常に警戒していたとはいえ、些細な気配や変化まで見抜けるのは簡単なことではなく。
「わたしの情報不足でした。アヤトさまがここまで聡明な御方とは思いもよらず……失礼しました」
「そりゃどうも」
ミューズの姿をした誰かは素直に称賛と共に頭を下げ、アヤトは適当な相づちを返す。
「見抜かれてしまったのでここは素直に引き下がらせて頂きます」
「俺が素直に引き下がらせるとでも」
「いいえ」
朧月に手を添えるアヤトに対し、それはゆっくりと首を振り。
「頑張って逃げようと思います」
優しい温もりを帯びた赤い瞳が紫に変化する。
その変化は精霊士と同じ。
しかしアメジストのような輝きではなく、空虚で淀んだ不気味な輝きで。
精霊士のようで精霊士ではない異質な変化にアヤトは警戒心を強めるも、その僅かな心構えを狙ったかのように刺客は雑木林に姿を消した。
「今度は鬼ごっこがしたいのか」
だがアヤトは焦ることなく軽口の余裕すら見せて地を蹴る。
足場や見通しの悪い雑木林の中を物ともせず疾走する動きからそれは相当の実力者。
それでも謎の変化に警戒をしながら追う状況でも見失うことはまずない。
「そんな、アヤトさまがお相手では簡単に捕まってしまいます」
元より差を自覚していたのかそれは動揺もなく右手を軽く振るい。
「なのでお預かりしていた物をお返ししようと思いまして」
見せびらかすように袖口から取り出したのは一本のナイフ。
その形状を確認したアヤトは一気に間合いを詰めようとするも、寸でのところでナイフは投擲された。
「……やれやれ」
見当違いな方向へ投擲されるも、なぜかアヤトは観念したように立ち止まり。
「つーかテメェがあの時の覗き見犯か」
「さすがはアヤトさま。慧眼もまたお見事です」
同じく足を止め、距離を空けた形で向き合う刺客の微笑みに嘆息を。
投擲したナイフは自分の物で。
そしてあのナイフは王国でミューズの護衛をしていた際に自身が投擲した物。
つまり未知の精霊術を扱う謎の襲撃犯こそ、目の前に居る人物になる。
何か利用価値があるとわざわざ回収したのだろう。
例えば自殺と見せかけた殺害に。
例えば濡れ衣を着せるために。
何にせよ最後に出し抜かれたのは自分の方で。
「確かにお返しいたしました。アヤトさま」
「……わざわざどうも」
「どういたしましてです。では失礼します」
悠々と去って行く後ろ姿をアヤトはため息と共に見送った。
これから起こるであろう事態は想像するだけでも面倒なことこの上ない。
唯一の救いは大凡の方針が定まったこと。
ナイフを形状から自分に辿り着くまで時間があるならこのまま逃亡するのも一つの手。
しかし逃亡などやろうと思えばいつでも出来る。
ならここは敢えて様子見をすることに決めたが有力な情報が手に入ったとはいえ、この状況は相手に出し抜かれた結果でしかなく。
「たく……情けねぇ」
自身の不甲斐なさから吐き出した悪態は女性の悲鳴によってかき消された。
アヤトくん二度目の失態……ですがタダでは転ばないのがアヤトくん。
そしてミューズにそっくりな謎の襲撃犯については後ほどとして、教国編も後半戦に入るのでどうぞお楽しみに!
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