回想 聖女の秘密 後編
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「全てはアヤトさまの仰る通り。まるで全てを見通す神々のような慧眼、お見逸れしました」
自身の隠していた特異な能力――精霊力の視認を暴かれたミューズは深い敬意を込めて一礼を。
対するアヤトは頭を下げるミューズに何かを言いたげに眉根を潜めるも、カップを手に取りお茶ごと飲み込み一息吐く。
その間にミューズは顔を上げ、しばしの迷い見せてからおずおずと口を開く。
「もう一つ……お聞きしても宜しいでしょうか」
「好きにしろと言ったが?」
「ありがとうございます……マヤさんはアーメリさまが保護をされた後、アヤトさまの義妹になられたとエレノアから教えてもらったのですが」
おざなりな返答にお礼を述べたミューズが話題に上げたのはマヤのことで。
「お二人は本当に義兄妹……なのでしょうか」
「なぜそのような疑問を抱く」
「それは……アヤトさまがご存じか知りませんが、マヤさんの精霊力があまりにも自然すぎるのが不自然だったもので……」
「言っている意味がよく分からん」
「申し訳ございません……あの、精霊力の保有量からマヤさんが一般的に呼ばれている精霊力を宿していない持たぬ者なのは間違いありません。ですが他の持たぬ者……いえ、精霊力を宿している者に比べて……その、自然でした。それこそ自然界の……純然な精霊力のように――」
「待て。お前は自然界の精霊力が視えるのか」
不可解げにたどたどしく説明するミューズの言葉を制するなりアヤトは疑問視する。
アヤトが知る限りツクヨは集中しても視ることは出来ずうっすらと感じる程度。そのツクヨ以上の感知力を持つジンですら自然界の物らしき白い精霊力を偶然な形で視た程度でしかない。
しかし今の説明だとミューズは自然界の精霊力が視えるようで、もしそうなら二人以上の感知力になるのだが――
「ああ、誤解を生むような説明をしてしまい申し訳ございません。この力を誰かに話すのは馴れてなくて……えと、視えると表現しましたが、何となく感じられる程度で。それも精霊力を解放してやっとですし……」
慌てて訂正するミューズは自身の感覚を出来るだけ分かりやすく説明しようと必死に言葉を選ぶ。
だがここで新たな疑問が。
「度々言葉を挟んで悪いが、お前の視認はどのような感覚なんだ」
どうやらツクヨの視認とミューズの視認では違いがあるようで、互いの認識を寄せるべくアヤトは確認する。
「俺の友人は無解放時でも視認は出来るが、自然界の精霊力に関しては集中してようやく感じ取れる程度と聞いている。それと体内に巡る精霊力を視認することで相手の動きを予め予測できるらしいが」
「相手の動きを予測できる感覚は同じかと。またわたしも無解放時でも視認は可能ですが、解放時の方が自身の精霊力と比較できる……とでも申しましょうか」
「周囲との差異から自身の物ではない精霊力を感じ取れると」
「その認識で宜しいかと思います」
「では色についてはどうだ」
「色とは……感情の機微のことですか?」
「感情の機微だと?」
僅かな違いが確認できたが、ここで更なるズレが露わに。
「はい……あくまでわたしがこれまでお会いした方々から視た精霊力の輝きから導き出した考察で、とても失礼な偏見になるかもしれませんが……」
申し訳なさそうにミューズは説明するには、視認した精霊力の輝きから相手の感情が理解できるらしい。
例えば喜びは眩しく、悲しみは曇って。
例えば善意を向ける者は白く、悪意を向ける者は黒く。
もちろん視覚として映し出されるのではなく、雰囲気で相手の感情が伝わるような感覚がミューズは内に秘める精霊力の輝きから捉えられる。
故に精霊術士、精霊士、持たぬ者の判別は相手の保有量でしか分からず、この判別は一般的な持つ者と同じ感覚になるが。
「そいつの場合、一般的な感覚に解放時の髪や瞳と同じ色が加わることで相手が精霊術士や精霊士、持たぬ者の判別が出来ると聞いているが……どうやら、視認と言っても別物のようだ」
「そのようですね。ですが……精霊術士や精霊士を判別できるだけでなく、色によって四大まで分かるとはそのご友人はわたしよりも優れた感知力のようです」
「……らしいな」
心から感心するミューズにアヤトは適当な相づちを。
ツクヨのような色による判別は不可能、しかし変わりに相手の感情を輝きで読み取れる。
つまり対峙している相手の精霊力の流れに加えて感情の機微まで読み取れるのはツクヨ以上の優位性になるわけで。
ツクヨほどの技量が無いミューズがあれほどの防御を可能にしたのはこの優位性があってこそ。
またよく言えば純粋無垢、悪く言えば世間知らずのお人好しな令嬢のミューズがこれまでつけ込ま利用されなかったのも相手の善悪を読み取れるからこそ。
恐らくこの能力によって相手が善意を持って近づいてくるか、悪意を持って近づいてくるかを判別して上手く対処してきたのだろう。
「それに比べてわたしの視認は……あまり知る必要のないものと言いますか。誰しも良い感情、悪い感情を持ち合わせるもの。穢れ無き清らかな心など持ち合わせてはおりません……わたしも同じ。みなさまから聖女と呼ばれていますが……知られたくない、醜い感情を抱いています」
まあそれを良しとせず、盗み見していような罪悪感を抱いているのがミューズらしいといえばらしい。
「誰しも善悪を持ち合わせているというのは同感だな。最後に、友人は従来の感知力を鍛えることで視認を可能にしているが、お前はどうなんだ」
「……わたしは精霊術士に開花してすぐなので、七歳の頃……でしょうか」
「生まれつきでもなく、特別鍛えたわけでもないのか」
「はい……それまで視認できなかった精霊力が突然輝きとして視認できるようになりました。理由は分かりかねますが……精霊術士とて精霊力を視認できる、とは学んでいないので怖く感じたのを良く覚えています」
当初はその輝きが何を示しているのか理解できなかったが、精霊術士としての訓練を受ける際に相手が使用する精霊術の感覚と体内を巡る流れから精霊力の輝きと確信した。
だからこそ本来精霊力を宿していないと言われている持たぬ者からも視認できる輝きから困惑するのは当然で。
「つまり自分で検証したのか。誰かに相談しようとは思わなかったのか」
「最初は開花時に共に居たレムアさんに質問をしましたが……その、怪訝な顔と共に輝きが曇り、嫌な予感がしたので……はぐらかしてしまいました。お爺さまにそれとなく、精霊力を輝きで視認できるものなのかと質問もしてみました。もしそのような視認を可能とする者がいるのなら、その者は神が祝福を与えられるほどの清き心を持っているだろうと言われたのですが……」
「喜ばしいよりも他者とは違うを知られたくない恐怖が上回り真実を告げられなかったか」
「そうですね……そんな恐怖を感じました。なにより輝きから感情を読み取れると理解して以降はより怖くなり、誰にも話せなくなりました」
「ま、輝きの判別だろうと誰しも心の内を知られたくないもんだ」
弱々しい微笑みを向けるミューズにアヤトは苦笑で返す。
ただ相手の感情を輝きという感覚で読み取れても悪用せず、人間不信にもならず分け隔てなく接することが出来る純真さがミューズが聖女と呼ばれる由縁でもあるわけで。
とにかく互いの認識のすり合わせを終えたならすることは一つ。
「話を戻すがお前の視認とマヤがどう関わっている」
「……マヤさんの保有量から持たぬ者と呼ばれる者とは分かります。ですがマヤさんの精霊力は常に一定で……失礼に思われるかもしれませんが感情を持っていないかのように。精霊力を解放してないのに、まるで自然界の純然な精霊力のような……ただそこにある、かのような感覚が……あったので」
改めて当初の疑問を確認すればミューズの目線が徐々に下へ。
「マヤさんのような精霊力の持ち主も初めてお会いしたので……少々戸惑ってしまい」
「なるほどな。故に俺とマヤが本当に義理の兄妹かと疑問を抱いたわけか」
「他とは違う、という観点では同じですから……」
兄のアヤトが特別な存在だからこそ、他とは違う精霊力を宿すマヤもまた特別な存在かもしれないとの疑問から先の質問に繋がったわけで。
感情を持ち合わせていない、との義妹への失礼な意見を口にしたミューズは申し訳なさから顔を上げられず。
『……どういうことだ』
対するアヤトは表情を変えず、ミューズの疑問について脳内でマヤに確認を取っていたりする。
『わたくしにも判断しかねます……が、もしかするとミューズさまはわたくしの周囲に漂う精霊力を感知されたのかも知れません』
『あん?』
『わたくしの身体は神気で象ったもの。神気を集約させたことで周辺の精霊力に何らかの影響を与えたのかと』
『故にそこにあってそこにない……か。だがお前と面会わせた時、ミューズは無解放状態だったが?』
『どうもミューズさまの感知能力はツクヨさまより優れているようですし、その影響を察知されたのかもしれませんね。あくまで憶測の域ですが』
『……どうだかな。なんせ秘密主義で人間を弄び楽しむのが神さまだ』
『心外ですわ。わたくしが楽しむ人間はあくまで兄様のみ……そもそも秘密主義において兄様に言われたくありません』
『俺こそテメェに言われたくねぇよ』
『ですが中々どうしてミューズさまも興味深い。精霊力による感情の機微を読み取る……まるで神から与えられた特別な力のよう』
『テメェが言うと冗談に聞こえんな。つーかミューズに興味が湧いたなら鞍替えしろ』
『いいえ。わたくしの一番は常に兄様、故に今後ともよろしくお願いします』
『丁重にお断りしたいもんだ』
まあ確認を取ったところで相手はマヤ、明確な答えは元より期待していない。
変わりにそれらしい憶測は引き出せたが、この憶測を元にどこか自分が真実に近づけるかを楽しんでいるようで。
「マヤに罪悪感を抱く必要はねぇよ。ついでに言っておくなら、俺とあいつには間違いなく血の繋がりもねぇ」
クスクスと不愉快な笑い声も含めて苛立ちが募るも今は他にやるべきことがあるとアヤトは切り替える。
「あいつは秘密主義なもんでな。ラタニに拾われる以前のことなんざ俺も知らん。お前の違和感について答えられることはなにもねぇし興味もねぇよ」
ミューズの秘密を知ったところで言いふらす趣味もなければ、彼女との接し方を変えるつもりもない。
その優位性が自分に通用しないもので、純粋な実力でないのなら遊び相手としては楽しめそうにないと思う程度にしか関心もない。
故に口外しないと約束はするが、それとは別に正すべきことがあると顔を上げるミューズの瞳を真っ直ぐ見つめ返し。
「だが俺は聖人君子でもなければお前が勘違いしているような大層な存在でもねぇ。所詮は不作法者な平民だ」
この場で秘密を暴いたのは勘違いを正すためだとハッキリと否定する。
「つーか俺に精霊力が全くない、というのも友人にバケモノ呼ばわりされて初めて知ったからな。ま、そんなことはどうでもいいが、勘違いで特別扱いされては迷惑この上ない」
「…………」
「だがま、俺は俺で好きなように生き、その結果迷惑をかけまくっているからな。お前の勘違いにどうこう言える立場ではないが」
「ただその責任はわたし自身が背負うことになる……ですね」
「むろん俺もだ。これまでの行いからして、少なくともろくな死に方はせんだろうよ」
自虐しながらもスッキリした表情でアヤトはほくそ笑む。
確かに神と契約したことで神気という力を得た。
しかしそれだけでしかなく、神や神聖な存在と擦り寄られては気分が悪い。
故に正した。
後はミューズ次第で、告げたように好きすればいいが勘違いしたままなら関わりを絶つとクギを刺したのだが。
「……やはり、アヤトさまです」
「あん?」
なぜかミューズもスッキリとした表情で、向ける微笑みも迷いや曇りがなく。
「いえ……何でもありません。それよりもアヤトさま、お茶のおかわりは如何でしょう」
「……好きしろとは言ったが、理解してんのか」
それどころかいそいそと世話を焼きたがる姿勢にアヤトは訝しむも、ミューズは変わらずで。
「理解したからこそ、もう少しお茶をご一緒したいなと……それとも迷惑でしょうか」
「やはり、お前はよく分からん」
呆れながらもアヤトは空のカップを掲げ、その仕草から了承と受け取ったミューズの微笑みがいっそう華やぎ。
これまで互いに読んだ本について語り合いは、レムアから朝食の準備が出来たと声をかけられるまで続いた。
マヤの意味深発言は今さらとして、ミューズの視認はツクヨと違う特種なものでした。
それについては……もちろんここでは語らず、これにて回想も終了。
次回から時系列は戻り、このやり取りを得て、再び天然同士……アヤトとミューズが向き合います。
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