導きと踏み込み
お待たせしました教国編再開です!
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ミューズの悩みを聞いたアヤトの返答は自分には関係ないと言わんばかりの冷たいもので。
「聖職者になりたければ心残りがあろうと進めばいいし、どうしても気が引けるのなら止めればいい」
言い分も投げやりで、ミューズのことなど全く考えていない勝手なもの。
しかしミューズの表情に怒りや悲しみはなく。
「慈善活動は聖職者でなくとも出来る。お前の憧れた少女は人々を救うとの崇高な理由はなかったが、多くの人々を救いたいとの気持ちを捨てきれないのならそれこそ旅にでも出て慈善活動でもすればいい」
心地よい響きとして安心しすらしていた。
それはきっと、ミューズに対してこのような助言をしてくれた人がいないから。
伯爵家の娘として、また枢機卿の孫娘として生まれたミューズは不自由ない生活は与えられても自由はなかった。
令嬢として、神子として模範的な振る舞いを要求され、未来を期待されて。
周囲の押しつけの息苦しさから本の中の冒険譚に憧れ、些細な抵抗として屋敷を抜け出していた。
今は周囲の気持ちも嬉しいと思えるようになったが、少なからず息苦しさは感じている。
それでも周囲の期待に応えようと、昔抱いた夢を押し殺し、認められる自分でい続けていた。
それが周囲が望む、期待するミューズ=リム=イディルツだからと自制して。
なのにアヤトは違う。
令嬢としてでも神子としてでもない。
模範的な振る舞いすら要求しない。
「むろん自分で決断するからには、その決断に関わる責任は自分自身で取る必要はある。それでも構わんのなら好きにしろ」
責務ある自由を、自分の思うように決めればいいと言ってくれる。
これまでミューズに自由な選択を求める者は居なかった。
故に自由を渇望していた昔の自分が肯定されているようで。
また、突き放すような結論でも瞳から伝わる優しさで分かるように、少なくともアヤトなりにミューズの悩みと真摯に向き合ってくれている。
「ま、伯爵家のご令嬢には俺のようなしがない平民にはない面倒なしがらみも多くある。好きにしろと言われてならそうしますとも言えんだろう」
その証拠に自身の考えを自虐的な笑みと共に否定し。
「だが悩みとは既に答えが出ているからこそ抱くもんだ」
まるでミューズの心を見透かすように核心を突いてくる。
「要はお前の悩みとやらはその答えに進まない、囚われているしがらみを自覚しているだけだろ」
真摯に向き合ってなければ核心を突けることも、助言をすることもできない。
そう、半端なまま終えるのが心残りで、このまま聖職者の道に進むべきか悩んでいるのは言い訳に過ぎず。
些細な大冒険を途中でお終いにしたくないだけで。
本来残されていた時間を諦められないだけ。
最後までマイレーヌ学院に通い、卒業したい。
なにより時間の許す限り共に居たい。
今よりも違う繋がりが欲しい。
そうなれるように頑張りたい。
まさにアヤトの指摘通り、ミューズの答えは最初から出ている。
しかし、立場というしがらみがその答えを口にさせてくれない。
いや……立場とは別のしがらみから、ミューズ自身がその答えを口にできないだけ。
今まで誰にも打ち明けなかった夢を押し殺していたように。
自分の望みを、わがままを口にすることが出来ない。
留学を勧めてくれたのは祖父で。
父に反対された時も庇ってくれたのが祖父だから。
なら祖父の決断にも答えを押し殺して、従うしかないと諦めている。
なのにらしい言い訳だけは口にして、一人で勝手に悩んで。
結局は足踏みしているに過ぎない。
アヤトに核心を突かれ悩みの根本を。
「……情けないですね」
しがらみを自覚したミューズは不甲斐なさから目を伏せてしまう。
「アヤトさまの仰る通りわたしは自覚しています……いえ、本当の意味で自覚できました。からこそ……情けないです」
ミューズが囚われているのは臆病な心根。
誰かに言われたからじゃない。
誰かに決められたからじゃない。
自らの意思で、足で一歩を踏み出す勇気さえあれば。
せめてマイレーヌ学院を卒業するまでは待って欲しい
あの時、祖父に自分の答えを伝えられたのに。
それだけで何かが変わったかもしれないのに。
僅かな可能性すら臆病な心根が捨てさせていた。
ならどうすればいいか。
この悩みを解決する為に必要なものを自覚したなら――
「ならその情けない己を自覚した上で、今一度どうするかを決めればいい」
ミューズが導き出した結論を代弁するかのようにアヤトが口にしてくれた。
「先も言ったように関わる責任は自分自身が背負うことになるからな。自分の決断なら後悔も少なくて済むだろうよ」
「……後悔しないわけではないのですね」
「後悔のない決断なんざあるわけねぇよ。なんせ人間さまは身勝手だ、少しでもテメェに不都合なことがあれば何かと己以外に責任を押しつけたがる」
「だからこそ……その責任を少しでも多く自身に背負わせるために、わたしが決めるべきなのですね」
「かもな」
ただ口にしてくれたのは今なにを悩むべきかのみでしかなく。
最後の決断はあくまでミューズに委ねるよう適当な相づちを。
「とにかく俺の言い分もしょせんは周囲の勝手な押しつけに過ぎん。つーかお前の責任なんざ背負いたくないんでな、よってこれ以上の押しつけは控えさせてもらう」
更には無責任な言い逃れを告げるなりカップに口を付ける。
しかしミューズは呆れることなく、くすりと笑っていた。
アヤトが導いてくれたお陰でこれから自分が何を悩めばいいか理解できた。
このまま臆病な心根に囚われた情けない自分で居続けるか。
それとも勇気を出して祖父を説得する自分になるか。
覆せる可能性は低いかもしれないが、どちらを決断したところで後悔をするのなら。
せめて前向きな後悔を自分は背負いたい。
「……では、今一度どうするべきか考えてみようと思います。アヤトさま、相談に乗ってくださってありがとうございます」
「俺に感謝は必要ないと何度言えば分かる」
ただこの場で決めればアヤトに押しつけられた形になるとミューズも敢えて控えることに。
今さらかもしれないが、改めて悩んでから答えを口にするべきで。
もちろん自分が出した答えを最初に伝えるのはアヤトと決めて、ミューズもカップを手に取った。
最初の一口後から手を付けていなかったからすっかり冷めてしまっているのに、飲めば身体の奥からじんわりと温かくなる。
優しい味にミューズはほっこりしつつ、この場を用意してくれたレムアと、導いてくれたアヤトに改めて感謝の気持ちが溢れてくるも。
「……そういえば、アヤトさまはわたしに何かお話しがあると」
同時にこの場はアヤトの都合でもあると思いだし、カップを置いて問いかける。
本題が終った後でと保留にされていたが、いったいなんの話だろうか。
アヤトは忘れていなかったようで問いかけに反応することなく、お茶を味わってからゆっくりとカップを置いた。
「俺なりに色々と考えてみたんだが、他に思い当たる理由がなくてな。故に見当違いなら笑い飛ばせ」
「……?」
独り言のような呟きに首を傾げるミューズを他所に、アヤトは僅かに溜めて。
「ミューズ、お前も精霊力を視認できるのか?」
他に比べて(特にロロ)やっぱりミューズに甘い気がするアヤトくんですが、やっぱり捻くれるのは変わりませんね。
それはさておき、ラストでアヤトが踏み込んだ問いについては……後のお楽しみと言うことで。
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