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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第九章 聖女の騎士編
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些細な夢

アクセスありがとうございます!



 ミューズの始まりに纏わる書物のタイトルを聞いたアヤトは僅かな思案後に首を振った。


「ないな」

「……そうですか」


 読書家のアヤトならもしかすると、と期待していたのか少し残念そうに目尻を下げてミューズは語る。

 好奇心旺盛な下級貴族の少女が広い世界を見てみたいとの夢を叶えるべく家族の制止を振り切って旅に出るところから始まり、先ほどミューズが語ったように多くの出会いや別れ、訪れた土地で起きる問題を解決しながら成長していく冒険譚。

 同時にミューズを夢中にさせたのは騎士を夢見る少年の存在。

 物語の序盤で出会った同い年の平民の少年は、好奇心旺盛が故に危なっかしい少女を放っておけず、仕方なく旅に同行することになった。

 少年は相手が家を飛び出した貴族の娘だろうと構わずお目付役として度々叱り、無茶な行動に呆れながらも、問題に構わず首を突っこめば共に悩み、時には守るべく剣を振るい続けた。

 こうして苦楽を共にしていく中、人々を救い続けた少女はいつしか聖女と呼ばれるようになり。


「旅を終えた少女は多くの人々を救済する救いの聖女となったと、物語は締めくくられてます」

「騎士を志す少年はどうした」

「少女の旅の終わりに合わせて夢を叶えるべく故郷へ帰りました。ですが別れ際、聖女と呼ばれる少女に相応しい騎士となる約束を交わしているので、恐らくお二人は再会しているかと」

「そこは読み手のお好きなようにか。少女が聖女へと成長していく冒険譚として描かれているなら分からなくもないが、実際に読んでみなければ何とも言えんな」

「ではお読みになられますか? わたしも所持しておりますので」

「頼めるか」

「はい。ではすぐにお持ちしますね」


 自分の大好きな物語にアヤトが興味を持ってくれたことでミューズは嬉々として立ち上がる。


「その前にまだ話すべきことが残っているだろう」

「そ、そうでした……申し訳ありません」


 が、アヤトから苦笑交じりに指摘され顔を赤らめおずおずと着席。

 今は悩み事を相談する場であって『聖女の旅』は引き合いの一つに過ぎない。


「ま、大凡の見当は付くがな。要はその書物に登場する聖女への憧れから聖職者という道を見出したのだろう」

「……仰る通りです」


 だが何かと察しの良いアヤトには充分な情報で、言い当てられたミューズは隠すことなく肯定を。


「言い訳に聞こえるかもしれませんが、聖職者の道を志す中で多くの人々を救いたい、との気持ちが芽生えたことに嘘偽りはありません。ですがわたしは物語のように旅をし、世界を知りながら多くの人々を救う少女に憧れました」


 自分と似た境遇の中、世界を知りたいとの夢を叶えるべく家を飛び出した少女。

 元より少女は聖職者を志しているわけでもなく、人々に救いを与える高尚な意思もなかった。

 しかし持ち前の行動力と困っている人が居ると放っておけない優しい心根から、意図せずとも善行を重ね続けたことで救いの聖女と呼ばれる存在になった。

 聖女になるべく旅をしたのではなく、見返りを求めず自分の決断や行動を続けたことで自然と周囲が聖女と呼ぶ存在になった少女こそミューズは聖職者の正しい在り方と思えた。

 そして同時期に孤児という存在と深く向き合ったことで今の自分に出来ることを模索し、慈善活動に積極的に取り組むようになり。

 少女のように旅に出るような勇気が持てない自分は、このまま聖職者としての道を進むことで多くの人々を救うべきと心に決めたのだが。


「お爺さまから王国への留学を勧められた際は、ドキドキワクワクしました。少女のように色んな土地を巡る旅ではありませんが、それでもわたしにとっては大冒険です」

「故に王国への留学を最初で最後の大冒険としてガキの頃に夢見た憧れにけりを付け、悔いなく聖職者の道を進む決意をしていたわけか」

「……はい」

「しかし半端で終えるのが心残りとなり、このまま聖職者の道に進むべきか悩んでいると」

「……その通りです」


 再びアヤトに言い当てられたミューズは弱々しく顔を俯かせる。

 祖父から提案された三年間の留学。

 この期間を過去に抱いた夢として過ごし、学院卒業と同時に幼い自分とも卒業しようと心に決めた。

 そして始まったミューズの些細な夢が叶った日々。

 少女のような大冒険は出来なくとも、たくさんの良き人々と出会えた。

 母国とは違う風習に身を置くのも新鮮で、苦労よりも楽しかった。

 一日一日が過ぎ去ることで終わりが明確に近づく悲しさよりも、ならばこそ最後まで無駄にしないよう笑顔で過ごしていた。


 しかしそんな日々が不意に終わりを迎える。


 ドキドキを胸に王国の地を践んでからの日々がミューズにとってまさに夢のようで、尊い時間だからこそ残した時間が諦められず。

 そもそも祖父の提案がなければ叶わなかった夢。

 なら一年と九月も過ごせただけでも充分と割り切れない自分が身勝手で。

 なによりミューズが不純だと自覚している心残り。

 物語の少女が騎士を志す少年と出会ったように。

 自分もこの(留学)の中で出会ってみたかった。


 いや、本当は――


「なんだ?」


 チラリとのぞき見ればアヤトと目が合い、ミューズはゆっくりと首を振ってから顔を上げた。


「物語に登場する見習い騎士さんが……アヤトさまに似ているなと」

「俺が?」

「また少女もロロベリアさんに似ていると、思いまして」


 胸にちくりと刺さるような痛みを感じつつミューズは微笑む。

 もちろん物語の聖女となる少女と騎士を夢見る少年が、そのままロロベリアとアヤトに似ているわけではない。

 ただ二人の関係性や繋がりがとても似ている。

 純粋で真っ直ぐ過ぎるが故にどこか危ういロロベリアを見守るように共に居続けるアヤトは、まるで物語の少女と少年のようで。

 自分にも、少女のような出会いが欲しかったと羨ましくて。

 もし王国に残れたなら。

 残りの時間を過ごせたのなら。

 もしかするとアヤトのような相手と出会えるかもしれない……いや、醜い願望になるが今よりも違う関係になれるかもしれないと。

 そうなれる為の努力が出来るのではと。

 つまりミューズが自覚している不純で、一番の心残りとはアヤトと出会ったことで生まれた。


 しかしエレノアから聞いた二人の過去。

 幼少の頃、孤児として教会で暮らしていた二人はアヤトが商人に引き取られることで離ればなれになったらしい。

 その後、両者とも辛い出来事に見舞われロロベリアはニコレスカ家の養子となり。

 アヤトは引き取り手の商人が巻き込まれた事件で記憶喪失になった後、才能を見出されてラタニに引き取られた。

 二人がどんな一年間を過ごしていたかまでは聞いていない。

 しかし一度離ればなれになった二人は奇跡的に再会を果たした。

 まさに運命に導かれたかのような二人の関係。

 それでも、例えアヤトとロロベリアが運命の縁で結ばれていても。

 自分にとってもアヤトは他にない特別な人で。

 恋心なんて恐れ多い感情は抱いていない。

 ただ、アヤトとの出会いは神のお導きに思えたから。

 時間の許す限り、彼と共に居たい。

 今よりも違う繋がりが欲しい。

 なんて身勝手で。

 なんて不純な心残りだろう。

 故にこんな自分が、聖職者の道に進んでもいいのだろうか。


「俺と白いのに似ている……なんとも読む気が失せる感想だ」


 自己嫌悪に陥るミューズの耳に不快げに吐き捨てるアヤトの声が。


「だがま、そんな理由でお前を夢中にさせるほどの物語を無碍にするのも惜しい。故に読ませてもらうが……そんなことはどうでもいい」


 しかし自分を見つめる瞳から優しさが伝わり。


「お前の悩みとやらを聞いても言えることは変わらんな」


 伝わる優しさとは裏腹に突き放すような結論を告げる。


「お前の好きにしろ」


 なのにミューズにとっては不思議な心地よい突き放し(助言)に聞こえた。




ミューズのアヤトに対する感情は恋愛ではなく憧れに近いかと……多分。

ですがミューズはただの(天然)聖女ではなく、夢見がちな悩める女の子と知って頂ければ幸いです。

そんなミューズの悩みにアヤトがどんな結論を告げるかは次回で。



少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークに登録、評価の☆をお気持ちのまま★にして頂ければ嬉しいです!

みなさまの応援が作者の燃料です!


読んでいただき、ありがとうございました!


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