秘密の始まり
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三日前、アヤトたちの厚意に甘えさせてもらいギーラスと二人で夕食を楽しんでいた時のこと。
留学中の出来事やアヤトたちについて、また帝国の第三皇女サクラとのお茶会についてをミューズは楽しげに語っていて。
ただ自分の話を微笑ましげに耳を傾けるギーラスの表情を見る度に、抱いていた妙な胸騒ぎが大きくなり、その感情を誤魔化す為にいつになくミューズは饒舌になっている自覚はあった。
故に思いつく限り話を続けていたが、元よりミューズは聞き手側に回る方が多いことから話題が尽きるまでそう時間は掛からず。
やがて言葉数が少なくなり、そのタイミングを見計らったようにギーラスから始めて話題を挙げられた。
『急な話になるが、神子としての修行を本格的にさせようと思っている』
留学中の出来事を楽しく話していたからか憂いを滲ませた眼差しで、しかしハッキリとした口調でギーラスが告げた。
元より王国への留学はミューズの成長を願いギーラスが勧めたもの。
神子としての修行は中断してしまうも、それ以上に見解を広めることは後の為になると。
故に学院卒業後に再開する予定としていたが、教皇猊下の体調から状況が変わってしまったらしい。
ギーラスは次期教皇候補の一人、枢機卿という立場。
最終的に選挙で選ばれるので承るかは未定でも、もし選ばれれば今まで以上に多忙を極めることになる。
なので今の内に少しでも長くミューズとの時間を作り、出来る限り神子としての勤めを教えておきたいようで。
この急な変更が何を意味しているかミューズは聞かずとも察した。
詳しい情報は広まっていないが、恐らく現教皇の死期が近い。
そしてアヤトへの感謝を伝える為に教国へ招待する際、友人も一緒に招待するよう言われたのはこの変更の為。
学院を自主退学し、しばらく王国へ赴けないならせめて最後の思い出作りとして。
お世話になったことをギーラスも感謝を伝えたく、ミューズにも直接お別れの挨拶が出来るようにとの気遣いだと。
『王国にはお世話になった方々も居られるだろう。故に落ち着けば直々にご挨拶へ行くといい……良いね』
『……わかりました』
全てを察したミューズは胸の内に膨らむ感情を必死に押さえ込むことしか出来なかった。
◇
「……学院の方へはお爺さまが伝えてくださるそうで、わたしもお世話になった方々へお手紙を書くように言われました」
また屋敷に残している私物や引き払いに関する手続きも全てギーラスがしてくれるらしいので、ミューズが王国へ戻ることはしばらくないと伝える。
急に決まった学院生活の終了、友人らとの別れを何とか受け入れようと。
「アヤトさまやロロベリアさん、カナリアさんへは……最終日にお伝えするつもりでした。みなさまには最後まで何も気にすることなく、観光を楽しんで頂きたく……なによりお伝えするにわたしの心の整理がつかなくて……」
隠していたことへの罪悪感から懺悔するよう顔を伏せ。
「……申し訳ございませんでした」
声を震わせ、何とか謝罪するミューズに対し、最後まで口を挟まず耳を傾けていたアヤトはため息一つ。
「まず謝罪は必要ねぇよ。ま、白いのがこの話を聞いていれば無駄に気にしてへこむだろうが、俺としてはお前の好きにしろだ」
言葉通り全く表情を変えず、ミューズとの別れに寂しさを微塵も感じさせない返答を。
「だが気になることはある。なぜ今の話から俺への相談に繋がるんだ」
更には無粋な質問、しかし顔を上げたミューズの目に映る変わらないアヤトの姿が不思議と心地良い。
自分との別れを寂しく思われない辛さはあるも、それ以上に自分の事情で悲しい顔をされる方がミューズにとって辛いからで。
「それは……わたしが迷っているからでしょう」
故に同じ気持ちで、普段通りの自分で向き合える。
「みなさまとお別れするのはとてもとても寂しいです……ですが今生のお別れではありません。この大地が繋がっているように、お互いの心が繋がっているのなら、お会いするのは難しくありませんから」
そしてどんな時でも自分を偽らないアヤトだからこそ、偽りのない気持ちを伝えられる。
もちろん頻繁に会えなくなる寂しさはある、しかし自分は留学の身。親しくなった友人らが王国民であるなら、遠からず別れる日は来る。
そう割り切る精神の強さがミューズにはあった。
「ですがわたしのような者が、このまま聖職者としての道を進んでも良いのかと……」
「それが悩みだと」
「……アヤトさま、聞いてください。わたしのとても身勝手で、不純と呆れられる悩みを。そしてわたしが聖職者の道に進む子どものような理由を」
しかしどうしても割り切れない夢があったとミューズは吐露していく。
「以前、ダリヤさんがお話ししたようにわたしはお爺さまの勧めで神子としての修行を始めましたが……当時は本気で歩むつもりはありませんでした」
「少々やんちゃだった、というのは聞いているな」
「……お恥ずかしい話ですが、その通りです。もちろん聖職者として立派に教え導くお爺さまを心から尊敬していました。ですがそれ以上にわたしを夢中にさせていたのは本の世界でした」
「…………」
「世界を巡り、色んな方々との出会いや別れ。時には危険な目にあい……それでも勇気を持って困難に立ち向かい。悲しみや苦しみを乗り越え、最後は笑顔で次の旅へ。そんな冒険譚にわくわくしました」
当時夢中にさせた冒険譚、絵本や書物の内容をそれこそ当時のような無邪気な瞳でミューズはアヤトに語り続ける。
また伯爵家の令嬢として産まれ、不自由のない暮らしをする反面、礼節を必要とする立場が息苦しく感じていたことも。
だからこそ、使用人に迷惑をかけると理解していても屋敷を抜け出していた。
それは些細な抵抗で、また幼いミューズにとっては憧れの冒険に等しく。
そんな日々を過ごす中、ダリヤとの出会いで転機が訪れた。
「孤児院に赴くようになり、孤児の方々と実際にお話しすることで自分がどれほど幸せな立場かを痛感し、少しでも多くの方々の力になりたいと聖職者の道を志すようになりましたが……実は、それだけではないのです」
ダリヤが話した切っ掛けがミューズを聖職者の道に進ませたのは間違いではない。
しかし胸の内に秘め続けていた始まりがある。
それは孤児院にあった一冊の古ぼけた書物で。
「アヤトさまは『聖女の旅』という書物をお読みになられているでしょうか」
これまで誰にも話したことのない、ミューズの始まりを打ち明けた。
ロロとの序列戦でも語られましたが、ミューズは今回のような割り切りが出来るように精神面がとても強い子です。
そして次回も今まで出番の少なかったミューズのことを更に知っていただければと。
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