平穏と不調
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アヤトの敗北にショックを受けていたロロベリアもダリヤとの稽古で切り替えられたのか、夕食時にはなんとか気持ちの整理はついていた。
まあ稽古よりも夕食時に顔を出したアヤトの素振りが大きいか。
「剣聖さまに自惚れをへし折ってもらえたか」
いつもの皮肉と笑み、敗北した本人が気にしていないのに自分がいつまでも引きずるのは違う。
それに敗北を潔く受け入れて尚、変わらないというのは純粋に尊敬できる。
もちろんアヤトも悔しいはず。普段は余裕ある大人な雰囲気があるも、一方で子供っぽい一面も持ち合わせているのだ。
きっと自分の知らないところで悔しい思いをしていたに違いない。
それでもしっかり切り替えて前を見据えられる強さがある。
贅沢を言えばその悔しさを分かち合い、鼓舞させられる存在になりたいが自分はまだまだひよっこに過ぎない。
むしろ何も力になれない自分の不甲斐なさが寂しさよりも悔しくて。
こうした姿勢一つで自分の力不足を痛感させて、強者としての手本を見せてくれるアヤトはやっぱりロロベリアにとっての英雄で。
「あなたと同じでね」
「言うじゃねぇか」
故に敗北しようとアヤトはロロベリアの憧れの英雄であり、最愛の人に変わりはなく。
ただ二人の変わらないやり取りに安堵するカナリアを他所に。
「…………」
いつもなら微笑ましく見守るミューズの瞳に、僅かながら寂しげな感情が潜んでいた。
◇
一夜明け、本日は延期に延期を重ねた教都観光。
今朝は雲一つない快晴、まさに観光日和。
「何事もありませんように……」
「大丈夫と思います……よ?」
なのだが、起床からカナリアは情緒不安定で、フォローするロロベリアも気持ちが分かるだけに声音に自信がない。
というのも教国に来てからというもの初日はリヴァイと不意打ちの面会。
二日目はダリヤとフロッツが訪ねて来て、夕方には急遽ギーラスが帰宅。
三日目はダリヤとアヤトが模擬戦を行うと気の休まる日がないイベントが目白押し。
故に四日目の今日も何か起こるのではないかとカナリアは不安を募らせているわけで。
ただ神さまに祈るのだけは止めておくべきとロロベリアは注意したい。
もちろんロロベリアが神に対して懐疑的だからではなく、神に祈れば更に厄介ごとを引き寄せ、それを観察して楽しむ……が、これは内輪ネタなので心の中で注意していたりする。
それはさておき午後の教都観光まで自由時間。
アヤトは既に日課となった書庫に入り浸り、ロロベリアは昨日の稽古から得たものを復習するべくカナリアにお願いして訓練を。
ミューズはレムアと外出するらしい。
客人を招いていることもあり出来るだけ一緒に過ごしていたが帰省して四日、教国での交友関係は知らなくも私的な時間は必要で。
むしろ付き合わせているロロベリアやカナリアの方が申し訳ないと、外出前に謝罪するミューズに居たたまれない気持ちで見送った。
ちなみにアヤトは好きにしろの一言、カナリアが後に叱りつけたのは言うまでもない。
とにかく午前中は各々好きなように過ごし、ミューズの帰宅に合わせて観光に出発。
昼食は二日目と違い料理店の個室を予約していた。
違う趣向、というより降臨祭が近づいていることで商業区は更なる賑わい。人混みを嫌うアヤトに配慮してゆっくりと食事を楽しめるようにしたのか、さすがの気配り。
ロロベリアも視線が気になっていたので正直なところこの気配りは助かり、王国とは違う料理をゆっくりと堪能できた。
以降は教都の名所を馬車で巡りつつ、合間にミューズの贔屓にしている商店で買い物を。
教国特有の工芸品や服飾などもまた国を知る良い機会。
ただ工芸品や服飾よりもアヤトが最も興味を示したのは古書店で。
「中々に分かっている」
それこそ名所や他の商店よりも目の色を変え、さほど広くないとはいえ店内の蔵書全てを確認する勢いで物色を始めてしまう。
「アヤトさまは本当に読書家でございますね」
「……ですね」
その様子に感心するレムアに対し、最近やっと読書を始めたロロベリアはいまいち楽しみ方が分からずから笑いを。
また同じ読書家のカナリアも引き寄せられるように奥へと入ってしまい、手持ち無沙汰から何か読もうとミューズにオススメを聞くことに。
「ミューズさまはどのような本を読まれるんですか?」
「…………」
「……ミューズさま?」
だがミューズからの返答はなく、近くの本棚をジッと見つめたままで。
「ミューズさま、ロロベリアさまがお呼びです」
「……え? あ……すみません」
即座にレムアが対応すれば我に返ったミューズは謝罪をしてくるもどこか元気がなく。
こう言ってはアレだが、元々ぽわぽわな雰囲気をしているので判別が難しいが昨日の手合わせも調子が悪そうで。
もしかするとアヤトが訓練をしてくれないことをまだ気にしているのか。
「それでロロベリアさん、如何なさいましたか」
「えっと、ミューズさまはどのような本を読まれるのかなと……」
ただ外出先中に話す話題でもなく、ロロベリアは後ほど自分からアヤトに頼んでみようと決意しつつ本来の目的を告げた。
「わたしですか? そうですね……主に冒険譚でしょうか」
「冒険譚?」
意外なジャンルにロロベリアは思わずキョトン。
イメージとしては詩集や説話を好んでそうなのに冒険譚とは何とも勇ましい。
「はい。幼少の頃から好きでして、絵本でもそういった内容をよく読んでいました」
「そうですか……」
まあダリヤ曰く昔のミューズは少々やんちゃだったらしいので分からなくもないが、教国に来てからミューズの新たな一面を知った。
「ならタヌキくんの大冒険シリーズも読んでいたりします?」
「もちろんです。ロロベリアさんもお読みになられたんですか?」
絵本と聞き興味本位で質問してみればミューズは同志を見つけたかのように目を輝かせる。
ちなみにタヌキくんの大冒険シリーズはアヤトオススメの絵本で、一応ロロベリアも読んではみたがいまいち面白さが理解できなかったりする。
「一応……アヤトのオススメだったので」
「アヤトさまが?」
「――俺がどうした」
故に二人の感性が似ているもやもやを抱く中、不意に背後から声が。
考えるまでもなく声の主はアヤトで、もやもやからロロベリアはジト目を。
「別に。ただミューズさまにオススメの本を聞いてただけ」
「そんなものをミューズに聞いて何するんだ」
「読む以外に何するのよ」
「白いのが読書……はん」
「鼻で笑うほどおかしい!?」
「うるせぇ静かにしろ」
もちろんもやもやがアヤトに伝わるはずもなく、むしろ煽られる始末で。
「ミューズもすまんな。白いのが迷惑をかけた」
「いえ、わたしは――」
「オススメを聞いただけでどうして私が迷惑をかけたことになるのよ!」
「でかい声出せば少なくとも店主の迷惑にはなるな」
「……そうでした。でもアヤトが煽るのも悪い」
「それは言いがかりというものだ」
愚痴ったところでアヤトに通じるはずもなく、ロロベリアのもやもやといらいらも無視。
「さて、そろそろ次に行くか」
「もういいの?」
「ある程度目星は付いたからな」
「……いつの間に」
この蔵書量を一通り目を通したらしいアヤトに呆れるロロベリアも無視、二人のやり取りに入れずおろおろしていたミューズに目を向ける。
「むろんお前がまだ滞在したいなら付き合うが」
「……いえ、アヤトさまが満足したのであれば構いません」
「なら行くか」
「その前にカナリアさまにも声かけなさいよ」
一応確認するだけそれなりに気を遣っているようだが、一人店内を後にするアヤトに代わりロロベリアは店内奥へと向かった。
「…………アヤトさま」
残されたミューズは人知れず小さなため息を零していた。
◇
日が落ちる頃に雪が降り始めたものの、教都観光は何事もなく終了。
夕食も使用人を交えて楽しい時間を。
その後もギーラスやリヴァイの急な帰宅もなければ急な来客もなく、それぞれ休むことに。
「やっと気が休まります……」
「お疲れさまでした」
なので客室に入るなり人目もはばからずベッドにバタンするカナリアをロロベリアは微笑み労いを。
今朝の祈りが通じたのか、それとも神の気まぐれか。
とにかく教国に来て初めて平穏な一日を過ごすことが出来たわけで。
「……明日も何事もなければ良いのですが」
「お気持ちは分かりますが……休むならせめてシャワーを浴びた方がいいのでは」
夢現に呟くカナリアが寝落ちする前にロロベリアが促すも、まだ今日は終わっていない。
つまり二人の知らないところで既に何かが起きていて。
「……さてと」
同じく客室に戻っていたアヤトは時間を確認するなり読書を中断。
ソファから身体を起こすなり朧月と刀身の失った新月を帯刀、最後にコートを羽織り廊下へ。
向かうは書庫。
滞在中は自由に行き来していいと許可は得ているも、目的は書物ではない。
不自然なまでに誰とも出くわすことなく書庫に到着し、気配で中を確認してから入室したアヤトを出迎えたのは――
「このような時間にお呼び立てしてしまい申し訳ございません……アヤトさま」
深々と頭を下げるレムアだった。
アヤトへの感情を再認識するロロベリアに対し、どこか気落ちしているミューズ。
そんな中、人知れずアヤトと接触したレムアの真意はもちろん後のお楽しみに。
それはさておき、聖女さまも愛読しているタヌキくんの大冒険シリーズ……気になります。
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