突きつけられた敗北
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アヤトとダリヤの模擬戦は思わぬ形で決着。
勝敗を分けたダリヤの武器破壊がロロベリアには衝撃的で。
新月はツクヨがアヤトの為に打った一振り。
刀の可能性に生涯を捧げたジンの知識と技術を受け継ぎ、黒金石を使った強度重視の一振りは精霊力を纏わせた瑠璃姫と打ち合っても刃こぼれ一つしない業物。
しかしどんな原理で使い手の精霊力を増幅するかは未知でも、聖遺物は僅かながら精霊力を秘めているもの。
なら聖剣が月守と同格の一振りなら新月が打ち負けても不思議ではない。
ただ気になるのはなぜ最後の接触で砕けたのか。
もし聖剣が月守と同格なら最初の接触で砕けたはず。それともいなしている間にダメージを蓄積していたのか。
気になると言えばもう一つ。
限界まで精霊力を集約させて強化した視覚で微かに捉えた違和感。
新月が砕けた瞬間、明らかにアヤトの集中力が途切れていたように思えて。
少なくともロロベリアの知るアヤトなら不足の事態が起きても嫌味なほど動じない。
新月を失っても朧月がある、アヤトの反応速度なら即座に抜いて対応できたはず。
なのにしなかった。
戦いの中で集中力を磨ぎらせるなどアヤトらしくない。
このらしくなさがロロベリアは信じらなくて。
故に刀身を失った新月を手に未だ茫然と立ちつくすアヤトの姿を前に、言い表せない感情が渦巻き、動くことが出来ない。
そんな中、まず動いたのはアヤトとミューズだった。
「……やれやれ」
「アヤトさま……っ」
気怠げに息を吐くアヤトの元へミューズは精霊力を解放したまま駆け寄った。
「動かないでください……いま治療をします」
新月の破片で裂けたのか、アヤトの左頬から溢れる鮮血がポタポタと床を濡らしている。
今さらながら負傷に気づいたロロベリアを他所に、ミューズの右手が左頬へ伸びるもアヤトはその手を押し返した。
「必要ねぇよ」
「ですが……」
「つーか治療をするなら剣聖さまだ」
そのまま袖で血を拭いつつ腰を落としたままのダリヤへと視線を向けて。
「両腕がイカれてるだろ」
「……気づいていたか」
「まあな。しかしその腕でなお得物を手放さないのはさすがと言ったところか。とにかく俺よりも剣聖さまの治療をしてやれ」
「では……」
最後の二太刀や寸止めによる筋力の反動でダリヤも負傷をしていたらしく、アヤトに促されるままミューズが治療術を施していく。
その間にアヤトは刀身を失った新月をゆっくりと鞘に納めた。
「すまんが清掃道具を貸してくれ」
「え……あの……」
不意の要望に戸惑うレムアにアヤトは苦笑交じりに周囲を見回す。
確かに周辺には新月の破片が大なり小なり散在していて。
「ここを片付けたいんだが」
「……ならば私にお任せください」
「散らかしたのは俺だ」
「それでもです。少しは使用人らしいことをさせて頂けませんか」
「ならお願いするか」
「されてください」
「願いついでに一つ頼まれてくれ」
客人に清掃をさせまいと従者としての矜持にアヤトも仕方なしに折れるも、道具を取りに向かおうとするレムアを呼び止めた。
「集められるだけでいいんだが、後ほど破片を届けてもらえんか」
「破片をですか?」
「さすがに疲れたからな。先に休ませてもらいたい」
つまり客室に戻るのでそちらに届けて欲しいらしいが、レムアの疑問は復元不可能なのに破片を求めたことで。
「……かしこまりました」
しかし大切な武器だったからこそとレムアは何も聞かず了承、改めて練武館を後にする。
「……すまなかった」
またレムアだけでなく、ダリヤも察したようで治療を終えるなりアヤトに頭を下げた。
「その剣は貴殿にとって大切な物だったのだろう? なのに私は……」
「最初に自己責任と言っただろう。つまり謝罪は必要ねぇよ」
「……ならせめて、弁償をさせてもらえないだろうか」
騎士として愛剣を失う気持ちが分かるだけに、いくら模擬戦の結果が自己責任とはいえ居たたまれないダリヤはせめてもの贖罪を求める。
「こいつは俺の知る限りこの世で最高の鍛冶師の打った一振りだ」
が、アヤトは新月の鞘を軽く叩き首を振る。
「その一振りをへし折られたなら理由は一つ、使い手がへぼかっただけだ」
「…………」
「故に謝罪も弁償も必要ねぇんだよ」
あくまで自己責任を譲らない姿勢にダリヤは謝罪の代わりに敬意を込めて手を差し。
「手合わせ、感謝します」
「こちらこそ自惚れをへし折ってくれて感謝している」
「よく分からないけど、いい交流戦になったってとこか」
「……ですね」
アヤトもまた手を伸ばし、握手で模擬戦を終える両者にそれぞれ思うところはあるもフロッツとカナリアは健闘の拍手を送り。
「白いの、お前もさっさと剣聖さまに自惚れをへし折ってもらえ」
からの、余韻に浸る間もなくアヤトは無粋な話題転換。
「お疲れかもしれんが、良ければ白いのを頼む」
「もちろんだ。約束だからな」
「だそうだ。良かったな、白いの」
「……別に自惚れてないんだけど」
完全にいつものらしさを取り戻したアヤトに、ロロベリアも安心したように苦笑を返す。
「でも良い経験を積ませてもらうわ」
「そうしておけ」
「……どうして朧月を抜かなかったの?」
しかし預かっていたコートを渡す際、周囲に聞こえないよう疑問をぶつけた。
「そもそもどうして新月しか使わなかったの?」
「どうしてどうしてと構ってちゃんが絶好調だな」
この疑問にコートを羽織りつつ、アヤトは呆れたようにため息一つ。
「お遊びで朧月を抜いた瞬間、俺の負けになるんだよ」
「……私たちと遊ぶ時はたまにだけど抜いてるじゃない」
「お前らひよっこどもと剣聖さまを一緒にするな」
「ならツクヨさんと遊ぶ時に使ってたのはどうして? エニシさんと遊ぶ時は使ってなかったでしょう?」
自分たち学院生との訓練ではあくまで補助程度、対しツクヨとの手合わせでは朧月を抜いていた。
ツクヨがエニシやダリヤに近い実力者なので比較するまでもない。
しかしエニシとの初対戦や再戦では一度も抜かなかった。
新月はあくまで予備のはず。
なのに新月を手に入れてからというもの、アヤトは少なくとも模擬戦や訓練で朧月を滅多に使用しなくなった。
エニシとダリヤ、ツクヨとの違いは何なのか。
アヤトの拘りがいまいち理解できず食い下がるロロベリアだったが――
「俺は負けたんだよ」
「…………っ」
アヤト自ら敗北を認めるなりロロベリアの胸に再び言い表せない感情が渦巻いた。
「理解したならさっさと遊んでもらえ」
もう用はないと練武館を出て行くアヤトに声をかけることが出来ず、ロロベリアは目を伏せる。
ようやくこの感情を理解した。
アヤトのことだ。
何らかの事情からこの結果になっただけで、本気を出せば負けてないと。
朧月もやはり何らかの理由で抜かなかっただけで、抜いていれば負けなかったと。
だから敗北の理由を見つけ出そうと躍起になって。
敢えて敗北した事情を知ろうと食い下がった。
そんな心情を察したからこそアヤトは突きつけたのだ。
この結果に言い訳の余地はないと。
正真正銘の敗北だと――
結局のところ認めたくなかっただけ。
例え擬神化が出来なくとも。
例え相手がラタニだろうと。
負けるはずがないと信じていた。
自分の英雄が敗北したと。
ロロベリアが認めたくなかった。
今回の敗北はロロが一番認めたくなかったと思います。
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