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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第二章 序列剥奪編
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聖女の真意

アクセスありがとうございます!



 昼休憩が始まれば多くの学院生で学食内は賑やかになる。


 アヤトが赴任されるまでは閑古鳥状態のテーブルも今は相席を頼むほどの大入り状態。

 ただ洗い物やテーブルの片付けがメインのロロベリアが忙しくなるのはしばらく後。ここは自らカウンターに赴きお金を払い、用意された料理を自ら運ぶシステムだ。

 なので序盤はアヤトに変わり注文を受けては料理をカウンターに置くを繰り返し。

 中盤からテーブルの片付け、洗い物と学食内を右へ左へと動き回っている。


 故に気づかなかった。


 注文の繰り返しに集中していたとはいえ、カウンターから出るまでいつもと違い妙な静けさに包まれていたことに。

 それもそのはず、カウンターから離れたテーブルに驚く人物がいたからで。


「あの……ロロベリアさん。お忙しいところ申し訳ないのですが、どのように注文をすれば良いのか教えて頂けませんか?」


 困惑の表情で呼び止めたのはミューズ=リム=イディルツ。

 教国の令嬢にして序列九位、更に聖女と呼ばれ学院内でも高い人気を誇る一人。

 この学食を利用するのは主に苦学生や教員、貴族で利用しているのはリースとユースくらい。そして貴族が利用する学食は街の食堂と同じシステム。つまりテーブルに座れば給仕が注文を取りに来るわけで、ミューズは知らず座っていたらしく。


「相席をお願いした方にお聞きしようとしたのですが、お忙しいらしくお料理を手にどこかへ行かれてしまって……」


 その相席をした方はたいそう驚いただろう。

 お忙しいのではなく慌てて席を移動したのだろう。

 そもそもミューズの座るテーブル周辺がぽかりと空いている。

 だが無理もない。ミューズは学院内では高嶺の花扱いで、本人は気さくな対応をしてくれても周囲は近づくことすら恐れ多い高貴なオーラがある。それこそ貴族でもなければ話すらかけられないほど。

 事実、周囲からは羨望の眼差しだけでなく、なぜミューズがここに居るのかと困惑している。

 もし教員やリース、ユースが居ればまだ違っただろうが教員が来るのは基本遅く、二人は今日に限って私用で来られないと言っていた。

 そんな中、従業員としてだけでなく同じ序列保持者で顔見知りのロロベリアを見つけたことで安心し、ミューズは声をかけたと。


「ここは注文を取らず自分でカウンターへ注文をしに行き、用意された料理をテーブルに運ぶようになっているんです。それと、食事を終えればやはり自分でカウンターへ運ぶようになっています」


 状況から判断してとりあえずロロベリアは驚きを隠し説明をすれば、ミューズの表情が華やいだ。


「ありがとうございます。ですが自ら配膳やお片付けをする、というのは自主性を育むよい行い。さすがアヤトさまが取り仕切る学食ですね」


 これはアヤトが赴任する以前のシステムですが――とは言わないが、代わりに周囲がまた驚く。

 あのミューズがなぜアヤトを知っているのか?

 しかも表情で分かるほど好印象を抱いている。

 この事実に驚くがまだ序の口。

 ロロベリアの説明を聞いてミューズはいそいそとカウンターに向かった。


「注文をお願いしてもよろしいでしょうか」


「あいよ」


 ロロベリアがカウンターを離れている、つまり注文を受けるのはアヤトになるはさておいて。

 いつもは賑やかな学食内がミューズの登場に静かなので――


「アヤトさま、早速ですが来てしまいました」

「みたいだな」

「それであの……メニューは……」

「あん? メニューならそこに書いてるだろ」

「え? ……ああ、こちらではメニューが決まっているんですね。失礼しました……ですが、量によって料金が変更というのは……」

「そのままだが? つーかさっさと決めろ、俺は忙しいんだよ」

「し、失礼しました。では……あの……」

「今度は何だ」

「小盛り、普通盛り、大盛りでは量が分かり辛く……お料理を残すのは申し訳ないので……普通盛りでどれほどなのでしょうか」

「なるほどな……いや、すまない。お前は普段どれほど食うんだ」

「え?」

「だから、普段の食事量はどれほどかと聞いている」

「エレノアからはもっと食べるように注意されているので、少ないかと思いますが」

「いいだろう。少し待て」

「あの、お金は……」

「貴重な苦情の礼だ。おごってやる」

「苦情だなんて! それにご馳走になるのは申し訳が――」

「なぜ申し訳なく思う」

「それは……」

「お前が疑問視したように、俺の書き方ではなにがどの量で提供されるかが判断できん。なら今後同じ疑問を持つ者が居なくなるよう俺は改善する努力ができる。これが貴重な苦情でなくてなんだ?」

「…………」

「むろん難癖つけて俺にご迷惑をかけようとする意思や、妙な下心を秘めていれば追い返すがお前はそうではないだろう。なら貴重な苦情に対して礼を尽くすのは当然だ」

「…………」

「ま、俺に馳走されることで気分を害するなら金を払っても構わんぞ。礼の押しつけも違うからな」

「では……ご馳走になります。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 ――二人のやり取りが良く聞こえる故に、ミューズに対する態度や言葉遣いに周囲は戦々恐々。彼女に対してあんな振る舞いをするのは学院内で誰も居ない、というよりも普通の神経ならしようとすら考えない。

 だがアヤトが普通ではないのをロロベリアは知っている。ミューズどころかレイド、エレノアという王族相手ですら同じなのだ。

 故に気にすることでもないが、それとは別に気になって仕方がない。

 先ほどのやり取りは自分とアヤトがそれなりに会話をする切っ掛けになったやり取りを彷彿とさせる。その後、模擬戦を得て今の関係になったがもしかすると、との危機感を抱いてしまう。


 そもそもなぜアヤトが自分に興味を抱いているのかが分からない。

 ならミューズも同じように抱かれれば……いや、興味があるから恋愛感情とは限らない……なんせ今の自分が対象外だ……悲しい理由だが。


「あがりだ。もし足りなければ言え」

「ちょうど良い分量です。アヤトさま」

「そうか。ならさっさと食え」

「はい」


 とにかくいつも通りぶっきらぼうなアヤトだが、もしかするととの可能性にロロベリアは落ち着かず、嬉しそうにトレイを手にテーブルに着くミューズに視線を送ってしまう。


「おい白いの、ぼさっとしてないで働け」


 お陰でアヤトに叱られてしまった。


 ただロロベリアの乙女心とは別に、ミューズの接触は学院内を震撼させた。


 能力、美貌、家柄とどれをとっても高嶺の花扱いのミューズが学院内でも平民の苦学生が利用する学食に訪れた。

 しかも目的は赴任されて一月でありながら話題の耐えない調理師らしい。

 更にあろう事かその調理師はミューズに対して横柄な態度で対応した。

 ミューズはただの貴族ではない。王国と並ぶ大国の一つ、レーバテン教国からの留学生だ。

 友好国なので留学生も珍しくはないが、もしミューズに何かあれば両国のつながりに亀裂を生む可能性がある。故にその立場は王族並みとも囁かれているほど。

 そんな彼女に学食の調理師が興味を抱かれ、しかし横柄な態度をすれば騒がれるのも無理はないが学院側も、学院生会も問題視しないのは調理師――アヤトが危害を加えたわけでもない。


 そもそもミューズは学院生が利用するために用意された学食で食事をしただけ。

 もっと言えばアヤト目的でも、興味を抱いても彼女の自由だ。

 現にアヤトの対応にミューズは不満も、不快も感じていなく、むしろ――


『アヤトさまはとても素敵なお方です』


 噂を聞きつけた貴族の一部が彼女に異議を唱えれば、当の本人がアヤトの振る舞いを問題視するどころかとても褒めていた。

 つまり重鎮だろうとミューズは学院生。何か悪い行いをしたわけでも危険な行為をしたわけでもないのなら個人の意思を尊重するのみ。

 学院生会側も同じ意見ということで。


「おおう。マジで聖女様が来てるわ」


 翌日、噂と言うよりロロベリアから話を聞いたユースは場違い感が半端ないミューズの登場に苦笑を漏らす。まあ彼は確認というより、普段からアヤトが任されている学食を利用するのだが。


「あんな高慢ちきのなにが良いのか分からない」


 同席しているリースもアヤトを毛嫌いしていてもそれはそれ、安くて美味しい料理と親友が働いていれば基本利用している。

 ちなみにロロベリアは訪れる学院生の数も減っていたのでカウンター業務からテーブルの清掃に回っている。

 故にミューズの登場に気づいても集中して清掃を続けるのは昨日アヤトに叱られたからで。


「少なくとも姫ちゃんはよく分かってるんじゃね……と、聖女さまが背後にいればそりゃ驚くわな」


 とにかく興味津々のユース、無関心に食事を続けるリースを余所に、噂のミューズは学食内の静けさや周囲の視線も気にせずカウンターに続く列へ並び、前にいた学院生に挨拶をして驚かせていた。


「アヤトさま、注文をお願いします」

「あいよ」

「あら、こちらは……」


 そしてミューズの番になり、アヤトが対応するもカウンターにある物に気づく。

 それは本日の料理が並ぶトレイが三つ、小盛り、普通盛り、大盛りの札が添えられたもの。

 昨日までは料理の内容と量の変更に合わせた料金が提示された張り紙になっていたが、ミューズの意見からアヤトなりに改善した結果、現物を用意するもので。


「口先だけってのは嫌いでな。これなら分かりやすいだろう」

「はい、とても。さすがはアヤトさま、見事な改善ですが……このままではお料理が冷めてしまうのではないでしょうか」

「冷めていようが食える。むろん客には食わさんがな」


 ちなみに見本の料理はアヤトとロロベリアの昼食になるのだがそれはさておき。


「つーか世辞はいい。さっさと注文しろ」

「す、すみません……では小盛りをお願いします」


 ぺこぺこと謝罪をしてミューズが硬貨をカウンターに。

 それを手に取り奥へと下がるアヤトだが。


「本当になにが良いのか分からない」

「オレにはアヤトくんの神経が分からない」


 カウンターでのやり取りに周囲は昨日と同じく戦々恐々。リースとユースはいろんな意味で疑問。

 ラタニが言うには国王相手でも相変わらずな態度らしいがそれは内密でのこと。これだけ周囲の視線が集まる中、ミューズに対してもぶれないのはある意味賞賛に値する。


「まあアヤトくんの神経は今更として、聖女さまの真意は気になるな。ここは一つ、姫ちゃんの恋路のために一肌脱ぎますか」

「本心は」

「せっかく聖女さまとお近づきになれるチャンスを見逃すのはどうかだろ」

「……愚弟が」

「お~い!」


 リースのジト目も無視してユースはトレイを手に席を探すミューズに手を振った。


「ここ空いてますよ。よかったら一緒にどうですか?」

「わざわざご丁寧に」


 相席の申し出にミューズは素直に受け入れる。

 ミューズ相手に自ら相席の申し出。そんな勇気ある者は誰かと周囲が視線を向けるも常連とは言え貴族のユースならとの納得と、もし自分の席に来られたら光栄を通り越して緊張しかないので安堵の息が漏れた。


「オレは一学生のユース=フィン=ニコレスカ、そっちは双子の姉でリースね」

「わたしは二学生、ミューズ=リム=イディルツと申します。リースさん、隣り失礼いたします」

「……どうぞ」


 周囲の反応を知るよしもなく自己紹介を済ませてミューズはリースの隣に座った。


「神よ、精霊よ、命の恵みに感謝を」


 教国特有の食前の祈りを終えてミューズはブレッドをひとつまみ分千切り、上品に食していく。


「えっと……お食事しながらお喋りってミューズ先輩的にはありでしょうか?」


 あまりの淑女前とした作法にユースがためらいつつ声をかけるも、ミューズは口に含んだブレッドを飲み干し微笑みかける。


「食とは糧となった命、自身の前に届くまでに作り上げた皆様への感謝を込めて、味わい食すことを忘れなければ問題ありません。なによりこうして共に過ごす方々と楽しみながら食すのも一つの作法ですから」

「そっすか……」


 なんともお堅い信仰だが噂通りミューズはただ堅いだけではないと理解した。


「なのでわたしからも。ニコレスカというならばお二人はもしや……」

「ああ、親父殿は王国精霊騎士団長ですよ」

「やはり。ラタニ=アーメリさまに並ぶお父上のお噂は祖国でもお聞きしております」


 王国最強の精霊術士がラタニならば、王国最強の精霊騎士はニコレスカ姉弟の父、サーヴェル=フィン=ニコレスカ。

 二人が王国双璧との噂は国内外問わず有名なので留学生関係なく、教国出身のミューズが知っていてもおかしくない。

 まあ本人は否定しているがマヤの情報では王国双璧のラタニ相手でも互角らしく、父親はアヤトにぼっこぼこにされたと聞くのである意味王国双璧の片方はアヤトかも知れないが。


「それは親父殿も喜ぶわ」


 さすがにユースもそれは伏せ、父の賞賛もなれたものと適当な相づちで交わしつつアヤトについてどう切り出そうかと思案する。


「あんな男のどこがいいの?」

「うおい!」


 そこで五人前の料理を平らげたところでリースが直球の投げかけ。


「あの男……とは?」

「ロロを小間使いにしてる偉そうなあいつ」

「……アヤトくんのことです。はい」


 小首をかしげられ厨房を指さすリースに変わりユースが諦めたように引き継いだ。


「なんと言いますか、ミューズ先輩がアヤトくんと楽しげにお話ししてたんで、お友だちとしては気になりまして」

「お二人はアヤトさまのお友だちなのですか?」

「わたしはあんなののお友だちじゃない。でもロロは親友だから愚弟があなたに――」

「よし、オレのチキンやるから姉貴は少し黙ってような?」

「もらう」


 メインの料理を差し出すことでリースを制し、普通ではない神経の持ち主がここにも居たとユースはため息一つ。


「とにかくまあ、オレたちはここの常連なんで、姫ちゃ……ロロベリアと同じで仲良くしてるんですわ」

「そうでしたか」


 今のやり取りで全く邪推を抱かないミューズもある意味普通の神経ではないと納得したところで改めてユースは問いかける。


「で、オレが思うにミューズ先輩はアヤトくんと仲良しになりたくてここへ来てるようだけど、実際のところどうなんですか?」


 この問いかけも同じ貴族といえど普通の神経ではないが、やはりミューズは気にせず素直に返答を。


「そう……ですね。仲良くして頂ければ光栄に思いますが、このお料理も今は来させて頂いている理由になります」

「光栄って……それは随分な評価で。ミューズ先輩はアヤトくんとほとんど接点ないハズだけど」

「確かにアヤトさまとお会いしてまだ三日。お話もさほどしていませんが、それでもアヤトさまは素晴らしいお方だと分かりますから」

「どの辺が?」


()()()()()()()()


 迷いなく言い切るミューズの表情にユースは口を閉じてしまう。

 いったいアヤトのなにがミューズの琴線に触れたのかは読めないが、少なくともかなりの好印象を抱いているのは確か。


 ただミューズの向ける感情はロロベリアに比べて異質に感じる。

 それこそ恋愛感情とは違う、一種の崇拝に近い。

 もしかしたらとの可能性にたどり着く。

 ミューズの祖国は最も神を崇める教国で、枢機卿の孫娘として幼少期から神子の修行をしている。

 そしてアヤトはマヤ――時空神クロノフと契約を交わしたことで神気を宿していると聞いている。

 まあ宿していると言っても精霊士や精霊術士が精霊力を解放するように、擬神化という解放をしなければ何の効力もないらしいが――それでも精霊力は解放しなくても精霊士や精霊術士は感じられる。

 つまり神子の修行をしているミューズが、もしアヤトの神気を感じることが出来たならこの異質な感情も納得できるが。


(さすがに考えすぎか)


 自身の想像が行き過ぎていると気づき、ユースは首を振った。

 そもそもユースは神に対しても、精霊に対しても信仰心が薄い。

 なにより修行をして感じ取れるならもっと騒がれているはず。

 つまり神子としての感覚よりも人としての感情、尊敬やそれこそ恋愛感情の結果からと判断する方がまだ納得できる。

 それよりもこれ以上の追求はやめておこうと判断。

 聞けば聞くほどミューズからはアヤトの賞賛ばかり、周囲が妙な勘ぐりから更なる噂を流せば厄介ごとはもっと増える。

 ユースとしてはロロベリアを応援しているので、これ以上二人の周囲を騒がしくしたくない気持ちもある。

 ここからは自分の得を楽しもうと、ミューズと普通に会話を楽しんだ。


「……理解不能」


 ちなみにミューズの賞賛をリースは納得できていなかった。




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