聖女の父
アクセスありがとうございます!
書庫に向かったロロベリアは途中から船旅で鈍った身体を動かすためにカナリアにお願いしてミューズや使用人と練武館へ。
アヤトは書庫に入り浸りと各々で過ごし夕食の時間。
食事は教国の郷土料理を中心としたものでスパイスを利かせながらも優しい味が特徴的で、料理好きなアヤトがかなり興味を示していた。
ちなみに招待してくれた祖父だけでなく父親も今日は帰ってこず、面会はまだ先のこと。
両者とも普段から忙しい身、特に枢機卿の祖父はこの時期になると多忙を極めるので面会するのも難しい。にも関わらず感謝を伝えるために時間を空けてくれるだけでも名誉なこと、カナリアとしてはアヤトとの面会が近づくにつれて気が気ではないがそれはさておき。
変わりに食卓には専属従者のレムアや執事長のクルトに使用人数名も同席して食事をしているのだが貴族家ではまずない光景。
もちろん事前に許可を求められたが、聞けばミューズは普段から使用人と一緒に食事をしているらしい。
というのもミューズの母は幼い頃に他界していて祖父や父は立場上あまり帰ってくることがなく、一人で過ごすことが多かったことから本人が望んだそうで。
祖父も孫娘に寂しい思いをさせないよう黙認しているらしいく、ミューズの為を思って留学を薦めたり、間接的にでも孫娘を救ってくれたアヤトに直接お礼をしたいと招待したりと余程大切にしているようだ。
貴族家の娘としては甘えた方針かもしれないが、使用人との立場を超えた家族のような関係はニコレスカ家と通じるものがありロロベリアは気さくに接しながら料理を楽しむミューズと使用人に料理以上の温もりを感じていた。
だが、ほっこりとした時間は唐突に終わりを迎える。
それは食後のティータイムとして応接室で使用人を交え談笑をしている際(アヤトも会話に参加しなくとも同席していた)のこと。
「お父さまが?」
慌ただしく入室してきた使用人から報告を受けたミューズが珍しく驚きの声を上げたのは、帰宅予定のなかった父が急遽帰宅したそうで。
「はい。今は執務室に居られますが……」
「そう……ですか」
ただ帰宅したのに顔すら見ようとしなかったことで使用人も困惑していて。
留学中の娘が帰国したのに会おうともせず、友人らを招待しているのも知っているのに挨拶すらしてくれなかった父親の反応にミューズは悲しげに目を伏せてしまい。
またミューズの心情を察してロロベリアも父親に憤りを抱く中、カナリアはそれよりもこの後の展開に食べた料理を戻しそうなほど胃がキリキリしていた。
なんせミューズの父親は祖父から家督を譲られたイディルツ家の現当主。
娘の友人で祖父が招待した客人とは言え蔑ろにするのもどうかだが、この家に滞在する以上挨拶をするべきで。
なにより関心を持たれなくともミューズは会いたいはず。
これまでレムアを始めとした使用人から父娘の関係を聞いているだけに、少なくともミューズは父親を尊敬しているのだ。
「わかりました。ではお父さまに帰国のご挨拶と、みなさまのご紹介をしたいのでお時間を頂けないかと伝えてください」
「畏まりました」
予想通り顔を上げたミューズは指示を出し父親との面会を希望。
「みなさま、父のご無礼をお許しください。それとお許しを得られればになりますが、お会いくださいませんでしょうか」
「お気になさらず、ミューズさま。もちろんお会いできるなら私もご挨拶をしたいので喜んで」
「俺も構わんぞ」
申し訳なさそうに頭を下げるミューズにロロベリアは憤りを抑えながら笑顔で、対しアヤトは気にした様子もなく了承を。
もちろんカナリアも了承するが、内心ではお許しされない方がいいかな~と不謹慎な考えをしてしまう。
それでもここに滞在する以上、いつかは通る道と覚悟を決めつつ。
「ミューズさま、少しならば問題ないと旦那さまが仰っております」
「ありがとうございます」
「良いですか、アヤトさん。約束を忘れないでくださいよ」
「へいよ」
確認から戻った使用人の返答にミューズの表情が安堵するなり速攻でアヤトにクギを刺したのは言うまでもない。
◇
父親と久しぶりに会えると心なしか浮き足立つミューズと、その父親に対して緊張よりも憤りを抱くロロベリア。ひたすら無事に終わるようにと祈るカナリアに、何を考えているか分からないアヤトという面子で執務室へ。
ちなみにアヤトは朧月と新月を帯刀したまま。もちろんミューズから許可を得て常に帯刀しているが、伯爵家当主との面会に武器を所有したままなのもカナリアは注意したが当然手放すわけはなく早々に諦めていた。
それはさておき、執務室に到着してまずはレムアがドアをノック。
『入りなさい』
ドア越しに聞こえる厳格そうな声音に自然と場の雰囲気が引き締まる中、レムアがドアを開けた。
「失礼します」
ミューズが一礼し、ロロベリア、カナリア、アヤト、最後にレムアが入室してドアを閉める。
室内にはくすんだ金髪を短く切りそろえ、赤い瞳にモノクルを付けた男性が執務机に座っていて彼こそがミューズの父でありイディルツ家の当主、リヴァイ=リム=イディルツその人で。
声音から感じた通り厳格な佇まいとピリピリとした雰囲気が印象的で、入室しても書類に目を通したまま見向きもしない。
「お父さま、まずは帰国したことをご報告いたします」
それでも執務机から三歩分の距離で立ち止まったミューズは頭を下げ、続いて隣りに並ぶ三人の紹介を。
「お爺さまから伺っていると思いますが、こちらがわたしのご学友と保護者の方々です」
「お初にお目にかかりますリヴァイさま。カナリア=ルーデウスと申します」
「ロロベリア=リーズベルトです」
ミューズの紹介に倣いまずは年長者としてカナリアが、続いてロロベリアも名乗り一礼する。
心象が良くないからかロロベリアの声音が若干固く聞こえるもリヴァイは気にした様子もなく、変わらず視線すら向けない。
「アヤト=カルヴァシアだ」
が、アヤトが名乗った瞬間、リヴァイは顔を上げてアヤトを見据える。
その眼光は鋭く、自分に向けられていないのに憤りを抱いていたロロベリアすら萎縮しそうなほどで。
カナリアはなぜアヤトにだけ反応すると叫びたい中、萎縮することなく平然と見詰め返すアヤトにリヴァイはため息一つ。
「君のことは聞いている。娘が世話になったと、一応礼は言っておく」
「なら一応どういたしましてと返しておこう」
(アヤトさん!)
リヴァイの言葉に太々しい対応をするアヤトを今度はカナリアの鋭い眼光が向けられるも、そのリヴァイは気にした様子もなく再び書類に目を通し始めた。
「ミューズ、用件が済んだのなら下がりなさい」
「ですが、お父さま……」
「私は下がりなさいと言ったが」
「……はい。お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
冷たく言い放つリヴァイに感謝を伝えてミューズは目配せでレムアに指示を。
頷いたレムアはドアを開け、入室時とは逆の順で退室していき。
「お父さま、おやすみなさい」
最後にもう一度ミューズが声をかけるもリヴァイからの返答はなく、レムアが一礼してドアを閉めた。
最初の難関となったリヴァイとの面会が何事もなく終わったことにカナリアは安堵する反面、娘に対するあまりな態度に複雑で。
ロロベリアも久しぶりに会う娘に対してロクに声をかけることなく終始無関心な対応をしたリヴァイに憤りを募らせてしまう。
「みなさま……その、すみませんでした……」
故に父親の態度に寂しさよりも自分たちに対する申し訳ない気持ちから謝罪を述べるミューズの姿が痛々しく、どう声をかけるべきかと戸惑ってしまう。
「謝罪なんざ必要ねぇだろ」
「……え?」
重苦しい空気の中、意外にも最初に声をかけたのはアヤトで。
「それともお前にとって父親とは、謝罪をしたくなるような恥ずかしい存在なのか」
「とんでもございません! わたしはお父さまを恥ずかしいだなんて思ったことはなく、ただ……みなさまに失礼な……」
茶化すような問いにぶんぶん首を振り否定するも、徐々に声が萎んでいくミューズの頭をアヤトはポンと叩く。
「なら必要ねぇよ。むしろお忙しい中、面会を許してくれたことに感謝してやれ。少なくとも俺は親父さんの対応を失礼だとは思ってねぇしな」
「ありがとうございます……アヤトさま」
「感謝されるいわれはないんだがな」
ミューズへの不躾な対応に咎めるよりも、主を励ましてくれたことにレムアは感謝を述べるがアヤトは肩を竦めてさらりと交わす。
「さて、用が済んだなら書庫に行きたいんだが構わんか」
「もちろんでございます。では温かいお茶を用意させましょう」
「すまんな」
「アヤトさま……」
相変わらず自由奔放で一人書庫へと向かうアヤトの背中をミューズは頬を火照らせ見送り。
「むぅ……」
対するロロベリアはもやもやから頬を膨らませていたのは言うまでもない。
アヤトくんの本調子はこんなものじゃないはず……っ。
それはさておき、次回も新キャラが登場します。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークに登録、評価の☆をお気持ちのまま★にして頂ければ嬉しいです!
みなさまの応援が作者の燃料です!
読んでいただき、ありがとうございました!