保護者の宿命
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大聖堂を経由して貴族区に入り間もなくイディルツ邸に到着。
青い屋根と淡い白い外壁をした三階建ての屋敷はニコレスカ邸よりも大きく立派な物、ただ敷地面識がそう変わらないのは右手に練武館らしく建物はあれど屋外訓練場がないからで。
そもそも屋外訓練場まで保有している貴族家は王国でもニコレスカ家くらいなもの、変わりに屋敷内に礼拝室があるのは教国貴族由縁か。
それはさておき馬車から降りれば使用人が総出でお出迎え。
みなミューズの帰宅を心待ちにしていたようで、使用人の向ける表情からレムアから聞いた通りミューズの人柄が窺えた。
ただ放置すれば港と同じようにミューズが一人一人と挨拶を交わしそうと、レムアが使用人へロロベリアら客人を紹介してやんわりと解散を促す一面も。
ここでもアヤトは会釈もせず『世話になる』と一言、更に使用人の反応に『さすが聖女さまは人気者だ』とミューズを茶化す発言と所詮はそれなりの気遣いでしかなく。
それでもアヤトからすれば茶化したつもりではなく、ミューズも気恥ずかしげにしつつも嬉しそうで。
なによりレムアがアヤトについて一通り通達したのが功を奏したのか、使用人も華麗にスルーしてくれてロロベリアとカナリアは安堵。
したのもつかの間――屋敷内に入るなりやってくれた。
吹き抜けのエントランスで執事長のクルトから屋敷内の説明を受けつつ、主に客室は二階とのことで一人一部屋を用意されていた。
また何かあれば使用人を遠慮なく呼んでも構わないとのことで。
「他にもご要望がありましたらなんなりと」
「では……」
一礼するクルトにカナリアが恐縮しつつ要望を伝えた。
「私とロロベリアさんを同室にするのは可能でしょうか」
「カナリアさま?」
この要望にロロベリアが意外そうに視線を向けるもカナリアは苦笑いを浮かべ。
「私は平民出の寮住まいなので、このような立派なお屋敷に一人で過ごすのは心細く。なのでロロベリアさんが同室だと安心できます。もちろんロロベリアさんさえよければ、ですが」
「いえ、私も正直助かります」
だが理由を聞いたロロベリアは即座に了承を。
貴族家の娘と言えどロロベリアも元は平民、カナリアの気持ちがとてもよく分かるので実のところ渡りに船な提案で。
ただカナリアの理由は表向きなもので、同室を希望したのはあくまでロロベリアの護衛目的に過ぎない。
教国滞在中は出来るだけロロベリアと行動を共にするつもり、なのでクルトから要望を聞かれたのを幸いと申し出た。
「クルトさん、お願いできますか」
「もちろんでございます。すぐに用意させましょう」
らしい理由に納得したのか、ミューズの願いにクルトは快く指示を出す。
騙している後ろめたさはあるが、これも任務とカナリアは割り切り感謝を――
「俺からも良いか」
「もちろんですアヤトさま」
伝えるより先にアヤトが挙手、嫌な予感が走るもミューズが嬉々として促してしまい。
「角部屋があるなら俺の部屋はそこにしてほしい」
「ございますよ。では――」
「それと隣りは白いのとカナリアの部屋にしてくれ」
「……え?」
「「…………」」
一つ目はまだしも二つ目の要望にミューズはキョトン、ロロベリアとカナリアは言葉を失うもアヤトは止まらない。
「最後に、ここへ来るまでもミューズの使用人から荷物などの世話を申し出られたが俺の世話は必要ねぇぞ」
「恐れながらアヤトさま。私共は滞在中はみなさまにご不便をかけないようにと旦那さまから言われております」
「俺はしがない平民だ。どうも人に世話をさせるというのは恐縮してしまうからな、出来ることは自分でやる方が性に合っている」
暗に干渉してくるなとの要望にクルトが意見を述べるもそこはアヤト、全く申し訳なさそうに言い切った。
「ま、問題があれば白いの伝手に頼むかもしれんが」
「どうして私っ?」
「俺のことは白いのやカナリアのオマケ程度に扱ってくれて構わんぞ」
「聞いてっ? アヤト聞いてっ?」
「とにかく、そちらの矜持を傷つける要望かもしれんが頼めるだろうか」
ロロベリアの訴えももちろん無視、一応程度のフォローは入れるも今回の招待はアヤトが主賓であってロロベリアやカナリアがオマケなので無茶苦茶な要望。
これにはクルトも戸惑いを見せるもアヤトがアヤトならばミューズもミューズ。
「さすがはアヤトさま、その自立心は見習うべきですね」
「よろしいのですか……?」
「アヤトさまの仰る通りにお願いします」
絶対に見習ってはいけない相手に感銘を受けてしまい更にクルトを戸惑わせる結果に。
「ですがロロベリアさんだけでなくわたし伝手でも良いので、何かあれば無理をせずご相談ください。それとお世話とは関係なく、クルトさんや使用人のみなさんとも遠慮なく接して頂きたいのですが……とても素敵な方ばかりなので」
「別に拒絶しているわけではないからな、そちらさえ良ければ」
「良かったです」
「爺さんも無理を言ってすまんな」
「……お気になさらず」
とにかくミューズの善意思考でこの場は収まり、要望通りの客室が用意をされた。
◇
「なぜあんな無茶な要望をしたのですか!」
なので案内された客室に荷物を置くなりカナリアは速攻で隣の部屋へ乗り込んだ。
ちなみに用意された客室は親善試合で滞在した迎賓館と比べても遜色ない広さや設備も完備とさすが伯爵家の屋敷だったがそれはさておき。
「言った通りだが」
こちらの部屋も家族用の物かベッドが二台あるも、アヤトはソファに寝そべり早速あやとりに興じて視線すら向けない。
「恐縮するからと言ってましたが、あなたは信頼できない相手と関わりたくないだけでしょう」
「部屋割りについては?」
「同じ理由です。私やロロベリアさんと部屋が離れてしまえば何らかの要件で使用人が呼びに来る。ですが先ほどの牽制をしておけばあなたを呼びに行く役目はロロベリアさんが担うことになります。つまり出来るだけこの部屋に使用人を近づけたくないだけ」
「さすがカナリア、話が早い」
「……バカにしてますか?」
からの見事に言い当てるカナリアに視線を向けたアヤトは称賛を。
ただこのような推理は野生動物並みに警戒心の強いアヤトを知っていれば容易いことで。
つまりあそこで指名された自分はアヤトの信頼を受けているとも捉えられるが故に、カナリアとともに来ていたロロベリアの頬が緩んでしまう。
「ロロベリアさんも、何をニッタニタしているんですか」
「……すみません」
しかしギロリと睨まれ即座に謝罪を。
なんとも危機感のない二人にカナリアは脱力するままアヤトの対面のソファに腰を下ろす。
「とにかく……いくら私があなたの保護者でも、いくらロロベリアさんと普段から共に暮らしていても血縁者でもない未婚の若い男女が隣り合った部屋に宿泊する、というのはあまり良く思われないのは理解していますね」
「まあな」
「ならそれなりに気を遣うと約束したのですから滞在中はもう少し穏便、大人しく、出来るだけ面倒ごとは起こさないでください」
「へいよ」
妥協も妥協の提案にお約束で交わさなかったなら少しは修正してくれるとカナリアは信じるしかなく。
教国にはまだ到着したばかり、これから更に大物との面会という厄介ごとが控えているだけに任務関係なくカナリアの胃はキリキリしていた。
だというのにロロベリアはまだしもアヤトは相変わらずで。
「アヤトさま、失礼します……あら、カナリアさんにロロベリアさんもいらしていたのですね」
「何の用だ」
レムアを連れだってミューズが訪れるもアヤトは寝そべったまま尋ねる。
「以前、アヤトさまは読書が趣味と聞いておりましたので書庫にご案内しようかと」
「ほう?」
しかし用件を聞くなりあやとりの紐を解き身体を起こすアヤトにミューズはとっても嬉しそうで。
「もちろん持ち出しも可能ですので、如何でしょうか?」
「是非とも頼む」
「……私も一緒に行っても良いですか?」
「お前が書庫に何の用がある」
「本を読む以外にあるの?」
「白いのが読書か……笑えるな」
「どういう意味よ!」
「カナリアさんはいかがなさいますか?」
ロロベリアとのやり取りも微笑ましく見守っていたミューズにカナリアは力なく首を振った。
「……私は少し休ませてもらいますので」
「そうですか。ではごゆっくりと」
そのまま書庫へ向かう面々を見送ったカナリアはソファに身体を預けてため息一つ。
すると誰も居なくなったはずの室内にクスクスと響く笑い声が。
「兄様のお守りも大変ですね」
「……お気遣い、感謝します」
先ほどアヤトがいた場所に腰掛ける神さまの労いがカナリアの身に染みた。
アヤトだけでなくロロの面倒も見ないといけないカナリアさん……頑張れ!
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