色あせた景色
第九章は特に宗教や神話に関する内容に触れますがあくまで作者の創作です。
加えて作中の宗教観、向き合い方などが作者の思想ではなく『白き大英雄と白銀の守護者』という作品として描いています。
今さらな注意書きとなりますが、どうかご了承ください。
では改めまして、アクセスありがとうございます!
正午過ぎ、予定通り教国領に到着。
下船の際、目前に広がる白銀の世界にロロベリアは改めて感嘆の吐息を漏らす。
その吐息もまた白く、顔や手の皮膚を張り詰めるような冷たい空気は王国の寒さとは違う感覚で他国に訪れたことをいっそう感じさせる。
故に精霊器によって温度調節をしてくれるコートのありがたみが実感させてくれて、クローネの心遣いに感謝を。
「何してんだ白いの。さっさと歩け」
……していれば背後からアヤトに急かされロロベリアは浸る間もなく歩を進める。
ちなみにロロベリアやカナリアは下船時に使用人へ荷物を渡しているがアヤトは乗船時と同じく拒否、レムアの視線がとても痛かったがそれはさておき。
「あちらに当家の馬車が待機しておりますのでこちらへ」
港から教都フィナンシュまでは馬車で移動、レムアの後に続けば港口に三台の馬車が。
ただ馬車の車輪がそりになっているのは雪道でも安定して走れるようにする為らしく、馬車一つ取っても王国出身のロロベリアやカナリアには新鮮で。
その内、中央の馬車に乗るようレムアが告げた。
「ミューズさま、お帰りなさいませ」
「お久しぶりです。カートさん」
と、馬車前に立つ初老の男性の一礼にミューズが微笑み挨拶を。
それを合図に他の使用人らも一礼し、一人一人の名を呼び丁寧に挨拶を交わしていく。
「慕われていますね」
「それはもう。ミューズさまは当家の使用人にも別け隔てなく接してくださりますから」
ミューズと使用人のやり取りにカナリアが感心を向けるとレムアは誇らしげに返す。
枢機卿の孫娘であり伯爵家の令嬢としては気さくすぎる面はあるも、立場関係なく親しげに接するのもミューズの魅力で。
「そうです。みなさんにご紹介しないと」
「ミューズさま、まずは移動が先かと」
ただここで長居すれば目立つ上に他の物にも迷惑が掛かるとレムアがやんわりと進言。
どうやら久しぶりに実家の使用人に会えた嬉しさから舞い上がっていたのか、ミューズもハッとなり慌てて頭を下げる。
「申し訳ございません……ですが、せめてカートさんだけでも」
まあこれもミューズの魅力と使用人に積み荷作業に戻らせ、最初に声をかけた初老の男性を紹介。
「こちらのカートがみなさまが乗られる馬車の御者を務めます」
「ミューズさまのご友人方をお乗せすること、光栄にございます。本日はみなさまを安全にお送りさせていただきます」
「ロロベリア=リーズベルトです」
「カナリア=ルーデウスと申します」
一礼するカートに続きロロベリアとカナリアも名前を告げ一礼を返す。
「アヤト=カルヴァシアだ」
最後にアヤトも名乗るが荷物を持った左手はまだしも、右手はコートのポケットに入れたままで会釈もなし。
いくら御者相手でも横柄な態度、しかしカートは気にした様子もな深い一礼を返し馬車の戸を開けた。
「ではみなさま、足元にお気を付けて」
「ありがとうございます」
「カナリアさまのご要望通り、念押しして通達しておりますのでご安心を」
カートの手を取り馬車に乗り込むミューズを見詰めていたカナリアにレムアが囁きかける。
ちなみに要望というのはもちろんアヤトについて。
同行を求めた席でカナリアが事前にアヤトは(かなり)礼儀に欠けるので失礼な態度を取るかもしれないが大丈夫かと相談した際、レムアからは承知の上で招待されているが心配であれば自分からも報告しておきましょうかと提案されてお願いしたもの。
こうした根回しも抜かりないのがカナリアで。
「……ありがとうございます」
使用人の反応から少しだけ安心できたカナリアは心からの感謝を述べて馬車に乗り込む。
「……アヤトさん」
が、馬車内の光景に額に手を当てうな垂れてしまう。
教国でも名家のイディルツ家が利用するだけあって内装はシンプルながらも広々としていて、進行方向側を向く席と向かい合うように設置された席はそれぞれ三人並んでも余裕がある。
ただ前方奥を陣取るアヤトの向かいの席には黒いバッグが鎮座。言うまでもなくアヤトの荷物でその隣りにミューズが腰掛け、彼女と向かい合うロロベリアは苦笑を滲ませていた。
「ミューズがそこに置けと言ってきたんだよ」
「アヤトさまのお荷物を粗末に扱うわけにはいきませんから」
カナリアの視線で察したアヤトが先に反論し、ニコニコとミューズが援護するがそもそも荷物を預けなかったのが原因。
お陰でミューズの席に荷物を置く無礼な結果となっているも、彼女が許しているならカナリアは何も言えず。
(ご安心を)
(本当に……ありがとうございます)
変わりに向かいに着席するレムアに視線でやり取りを交わし、教都に向けて馬車は出発した。
◇
教都フィナンシュは王都と同じく円形の外壁に囲まれた都市。
ただ王城は海沿いの北西側にあり北側に貴族区、中心に商業区、南側に平民区と区切られている。
また王国や帝国との大きな違いは教会の規模、特に教都は教国が信仰するレーバテン教の総本山。
東側の郊外に広がる湖の中心、浮き島にそびえるレイ=ブルク大聖堂はまさに王国ではお目にかかれない規模で。
「こちらがレイ=ブルク大聖堂です」
屋敷へ向かう道中、ちょっとした観光として近場まで馬車が接近するなりレムアが淡々と紹介を。
遠目からでもその大きさに圧倒されていたが、近づけば雪景色に溶け込むような白を基調とした大聖堂や隣接する宮殿も、それこそ王城や王宮に引けを取らないほどで。
加えて規模だけでなく湖に浮かぶような光景は幻想的でロロベリアだけでなくカナリアも言葉も忘れて見惚れてしまう。
「アヤトさま、如何でしょうか」
「「…………」」
が、いそいそとアヤトへ直接感想を求めるミューズの声で我に返った。
なんせアヤトは素直すぎて問われれば言わなくて良いことを平然と口にして火種を生む。もしレーバテン教徒の総本山を貶すようなことを口にすればいくらミューズでも激怒……する姿は想像できないが酷く悲しむだろう。
故にはらはらした面持ちで見守るロロベリアやカナリアを他所に、ここまで黙々とあやとりに興じていたアヤトはちらりと大聖堂に視線を向け――
「立派なもんだ」
適当な感想を述べて視線をあやとりの紐に戻す様子にミューズが少しだけ残念そうなのは、もっと感激してくれると思っていたのか。
逆にロロベリアとカナリアは心底安堵。
それなりに気を遣った発言なのか、たんに興味がないだけかとにかくこの程度で済ませてくれたなら充分と、早速カナリアがミューズへのフォローとして大聖堂について質問を始める。
ただカナリアの真意は分からないが、アヤトがここで火種を生むような発言をすると心配した時点でロロベリアも思うところはあるわけで。
レーバテン教徒が信仰する神がそもそも存在しているのか。
存在しているなら大聖堂をどう感じているかは知ることは出来なくても、奇妙な縁で神とお知り合いになれている。
故に神さまへ直接質問してみようとコートのポケットに忍ばせているブローチに触れようとするも、寸でで思いとどまった。
マヤと顔を合わせた際に見せたミューズの反応から、安易に彼女の前で神気で象ったブローチを使うのは危険というのもある。
また質問したところで明確な返答は期待できず、逆に面白がって妙な質問を返されそうと、するだけ無駄というのもある。
ただ一番の理由は、いま抱いているもやもやとした感情は八つ当たりから来るものでしかなく。
毎日熱心に祈り、信仰心を重きに真面目に生きていた教会の家族を誰も救ってくれなかった神に対する疑惑と憤りでしかない。
そんな本心と向き合ったからだろうか。
(…………大きな建物だな)
遠ざかる大聖堂をもう一度視界に入れたロロベリアは先ほど感じた幻想的な美しさが嘘のように色あせた景色に見えた。
アヤトくんが大人しい……。
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