表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第一章 出会いと約束編
23/728

ありがとう

アクセスありがとうございます!



 刀を鞘に収めてアヤトがゆっくりと歩み寄る。


 これで面倒ごとは終わった。

 しかし本題はこれからで。


「では、約束を果たしましょう」


 息つく暇もなく時空神クロノフ――マヤが待ち遠しくアヤトとロロベリアの間に立つ。


「まずはロロベリアさまにこちらを」


 黒一色の中で唯一違う色の装飾、白い花の髪飾りをマヤは外した。


「わたくしは兄様と契約を結ぶ際、対価をいただきました。それはアヤト=カルヴァシアにとって最も大切な時間」

「大切な……時間」

「実はわたくし、過去に何度か契約を持ちかけたことがあります。ただ残念なことに誰一人契約を結ぶに叶いませんでした。なぜだかわかりますか?」


 アヤト以外にも神と出会った人物がいる事実に驚きロロベリアは呆然。


「命を宿すモノにとって、最も大切な時間とは未来……つまり生きること。思えばなんと意地悪な対価でしょう」


 対しマヤは気にせず答えを口にする。それは自ら皮肉るように支払えない対価。

 なぜならマヤと契約した瞬間、命を落とす。

 強大な力を得たいと願う者は何かを成し遂げたいからこそ。

 欲望や純粋な渇望、子を守りたいと命をかける親でも、最愛の恋人を守りたいと切に願う者でも未来を見据えているのだ。

 生きたい、生きていて欲しいと求めた結果、その先を対価にされるなら契約は結べない。言ってしまえば無駄死になってしまう。


「ですが兄様は無事わたくしと契約を結べました。生きたいと願う反面、大切にしていたい時間という矛盾。この不可解な時間こそわたくしが兄様へ最初に興味を持った理由です」


 ではアヤトはなぜ契約を結べたのだろう。

 このような無理難題に、どのような時間を手放したのか。


「わたくしが兄様よりいただいた生きるよりも大切とする時間を、特別にロロベリアさまに見せてさしあげましょう」


 花飾りに向けてマヤが息を吹きかけると五つある花弁の一弁が光の粒子に代わり、ロロベリアの頭部を吹き抜けた。


 同時に脳裏を巡る情報にロロベリアの瞳が徐々に見開かれていく。


 記憶とは自身で見聞きし経験してきた情報なのに、自身のものではない情報が混じってきた。

 いや、これは自身の情報だ。

 他者の経験をまるで自身のものと認識できる、とても奇妙な感覚。

 朧気ではなく詳細に、理解できる。

 指切りを交わす小指にはあやとりの赤い紐が絡まっている。



 シロと過ごした()()()()()()



 瞬時に得たこの膨大な思い出がアヤトの大切とする時間なら。

 それを神と契約するための対価として失ったのなら。


「さて……わたくしの力によって知り得た情報を元に、ロロベリアさまへ質問です」


 硬直するロロベリアへ元に戻った花飾りを頭に付けつつマヤが問う。


「もう昨日のことになりますね。兄様はロロベリアさまにクロさまが既に死んでしまったと告げました。ですがこの時間を知るわたくしからすれば何て大嘘と呆れました」

「…………」

「それでも兄様は真実だと引きません。なぜなら過去に経験した時間が人を育む。その時間を手放した自分は別人だと。実に興味深い理由を教えてくださいましたが、わたくしにはよく理解できませんでした」

「…………」

「なのでロロベリアさまの意見も是非お聞かせください。今ここにいるあの人間は誰なのでしょう?」


 小首を傾げるマヤにロロベリアは何も答えない。

 ただアヤトを見据えて、ゆっくりと歩を進めていく。

 近づくロロベリアに気づいてもアヤトは歩を止めることなく。


 少しずつ二人の距離が縮まり、互いに向き合う形で立ち止まった。


「なにやってんだ。さっさと自警団に助けを求めてこい」


 第一声はアヤトから。

 マヤとのやり取りを見ているはずなのに、触れることなく変わらぬ態度。


「……なるほどな。白いのは生粋の構ってちゃんだ、暇つぶしがてらの約束を本当に守ってくれるか心配でもしているのか」


 更には妙な勘違いをしてしまい、無言のロロベリアに左手を伸ばす。


「仕方ねぇ……ならば俺が母に教わった、東国伝統の誓いで約束してやる」

「…………」

「こうして互いに立てた小指を絡ませ、誓いの言葉を口にする。で、その言葉とは――」

「……知ってるわ。ゆびきり、でしょう?」


 面倒げにしつつも律儀な説明をする姿が可笑しくて、ロロベリアは微笑みながら自分の小指をアヤトの小指に絡めた。


「ほう? 白いのにしては博識だな。文献か何かで読んだのか」

「そうね……そう、かもね」


 果たしてアヤトは気づいているのか。

 失った時間の中で、クロが教えてくれたから。

 いや、アヤトは知る必要も、ロロベリアが教える必要もない。

 今はただ約束するだけと。


 ゆびきりげんまん――


 今はアヤトと一緒に誓いの儀式をするだけと。

 シロとクロの約束ではない。

 ロロベリアとアヤトの約束として。


 これがロロベリアの答えだ。


 ゆびきった


 故に笑って涙を零す。


「クロ……死んじゃったんだ」

「だからそう言っただろう」


 絡まっていた小指が離れ、下ろされるアヤトの左手を逃がさないようロロベリアは両手で掴み、涙を零す。

 契約で失った時間をアヤトが知らないハズがない。そうでなければマヤにあのような返答はできないのだ。

 恐らく昨日のやり取りで失った時間に気づいたのだろう。

 その上でクロが死んだと、別人だと言い切るならそれがアヤトの答え。

 そしてロロベリアも同じ答えだ。

 シロと同じ時間を過ごし、同じ思い出を共有した時間を失っているアヤトはクロではない。

 シロと出会い、たくさんの約束を交わしたクロはもうこの世に存在しないのだ。


 だから認めることができた。

 ようやくクロを弔い泣くことができた。

 これでクロを思い出に変えることができたと、六年もの恋心に別れを告げる涙をロロベリアは零していく。


「……ありがとう……クロ」


 零しながら、感謝を伝える。

 出会ってくれてありがとうと。

 たくさんの素敵な思い出をありがとうと。

 初恋を教えてくれてありがとうと。


 シロと過ごした思い出(過去)を、(未来)よりも大切に抱いてくれてありがとうと。


「……ありがとう」


 そしてもう一人に感謝を伝えたい。

 例え漠然とした思いでも、時間を失ってなお忘れずにいてくれたことと。

 別人としてでも、もう一度約束を交わしてくれたことに。


 なにより自身の恋心はただ一つの心に向けられると自覚させてくれたことに。


 性格や雰囲気なんて関係ない。

 共有した時間もなにもかも意味をなさない。

 何があろうと。

 別人のように変わってしまっても。

 素直な優しさが捻くれた優しさに変わっても。

 その元となる心だけは変わってないのだから。


「ありがとう………………()()()


 だから感謝を告げる。

 涙をこぼしつつ、それでも笑顔を忘れないロロベリアに対してアヤトと言えば。


「何の感謝か知らんが、安心したならいい加減面倒ごとを終わらせるぞ」


 相変わらずのため息を吐き、素っ気ない態度で歩き始める。

 過去を振り返らず、ただ真っ直ぐ未来を見据える強さに改めて憧れを抱き。


「そうね。私も早く休みたい」


 ロロベリアはその背中を追った。



「やはり、ロロベリアさまも同じです」


 二人が見せた答えにマヤはクスクスと笑い。


「果たしてお二人の時間がどのように進むのか、実に興味深いですわ」


 その姿が光となって霧散した。



  

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価、感想などをお願いします。

読んでいただき、ありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ