約束
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ドアを囲うように並ぶ者、大広間の各種出入り口を塞ぐ者、幅広い階段に並ぶ者、張り出し通路から見下ろす者と総勢一〇〇人。中には精霊士や精霊術士もいる。
逃げ場もなく一斉に襲われれば抵抗する間もなく終わってしまう状況に物怖じするロロベリアを他所にカルヴァシア兄妹は平然としたもので。
微妙な空気の中、階段の奥から一人の男が前へ。
歳は五〇代ほど。武装をしている周囲の男達とは違い腰に煌びやかな剣を携え白を基調とした服も仕立てよく、階級の高い者との印象を与えている。
その男は見下ろしたままロロベリア、続けてアヤトとマヤに興味深い視線を向けた。
「黒髪に黒目……東国の生き残りか。珍しい賊もいたものよ」
威厳と張りのある声を上げ、更に周囲を探るように視線を泳がせていたが表情が徐々に怪しんでいく。
「しかし若い。それに他に誰も隠れてないように思えるが……まさか、貴公がラタニ=アーメリの使いとやらか?」
「そうだ、と言ったら」
質問に質問で返すアヤトに男は呆れたように嘆息。
「やれやれ……我が王国最強と名高いラタニ=アーメリの使いと聞いて、豪華な歓迎をして待っていたのだが。どうやら豪華すぎてしまったらしい」
「がっかりさせたようで申し訳ない」
「謝らなくともよい。欺されたこちらもまた未熟だったまでのこと」
「ほう? さすが優れた武人と誉れ高きヴェルディク=フィン=ディリュア卿。懐の深いことだ」
「あの方が……ディリュア卿……?」
皮肉めいたアヤトの称賛に、ロロベリアの瞳が大きく見開かれる。
直接的な面識はないが元精霊術士として功績も多く、貴族でありながら身分関係なく公正な目線を持つ王国きっての人格者。
そんな人物がこのような場所に……いや、屋敷内に隠し牢獄を作り、賊を引き入れているのなら人身売買の首謀者は――
「なぜです……ディリュア卿、なぜあなたがこのような悪事を働いているのです!」
ロロベリアの訴えにディリュアは関心を示すことなくアヤトを見据えたままで。
「それで、精霊術士どころか精霊士でもない珍しい民が私の屋敷でなにをしている。聞けばわざわざ侵入したことを部下に流したようだが」
穏やかな表情で、純粋な疑問としての問いかけ。
対し周囲の者達は臨戦態勢を崩すことなく動向を探っている。
「なに、面倒ごとを最小限にしておきたかっただけだ」
このような状況でなおアヤトは自然体で、わざとらしく肩まで竦めた。
「俺や後ろにいるすねかじりなら問題ないが、さすがに足手まといを引き連れて目撃されることなくおさらばするのは難しくてな。どうせ相手にするなら一度に済ませたい」
「故にラタニ=アーメリの名を出し、こちらに完全包囲させるよう仕向けたと?」
「むろん他にも理由はある。俺たちが無事におさらばしたところで、街の自警団に白いのが証言している間にあんたは証拠の隠滅に掛かるだろう。これまでの商品の発注先、白いのを捕獲したという事実、送り先、下で絶望している哀れなガキども、既に売る予定で船に搬入しているガキもいるか……とにかく何もかもだ」
淡々と予想を告げていたアヤトはディリュアに挑発的な視線を向けた。
「後は捜査にきた自警団に知らぬ存ぜぬ。いや、逆に俺たちを侵入者に仕立て上げ拘束させるか。事実をねじ曲げるのは貴族さまの十八番だ。王国を騒がす失踪事件の首謀者であるあんたが人格者だと世間に勘違いさせているようにな」
断定されてもディリュアは表情一つ変えず、ただ興味深くアヤトの言葉に聞き入る。
「実行犯が王国各地を巡る商人や海員なら不特定な場所で適当なガキをさらうことができる上に、貿易目的にこの街へ集っても不自然じゃねぇ。おまけに統治しているのは人格者な領主さま。顧客を国外に限定しているのも国内に不穏な噂が流れるのを防ぐためと、証拠の品が国外なら王国騎士や精霊術士もおいそれと調査が出来ないからか」
「…………」
「そして自分の屋敷に商品を集める大胆な策。これだけ二重三重の予防線が張られていればさすがのラタニも手こずるわけだ。俺もこの屋敷に白いのが居ると知らなければ予想もつかん」
最後にやれやれと首を振るアヤトに対しディリュアは小さく頷き、両手を合わせた。
「完璧だ。私の思考を先読みして自らの窮地を防ぐ冷静な判断力、その若さで実に見事」
拍手を送り純粋に絶賛するのなら、アヤトの読み通りディリュアは助けを求めた自警団利用して逆に捕らえるつもりだったのだろう。
本来罪を犯した者の本拠地で目的を果たせばまず脱出を第一に考えるが、アヤトは更に先の問題を見据えていた。
そして先ほど他に捕らえられている人たちを助けていると口にしたのも巻き込まないため。精霊力を全く感じないなら中にいるのは持たぬ者、加えて被害者全員がここにいる保証もない。
ならば全てが終わってから救出する方が安全、確かに称賛に値する判断力。
しかし、全ての問題が解決しているわけでもない。
「是非聞かせて欲しい。ここまでは思い通りに事は進んでいるが、ここから先はどうするつもりかな?」
そう、濡れ衣は免れたが、一〇〇人に囲まれた状況をどう免れるのか。
包囲をかいくぐり逃げ出せても結果は同じ。どのような策があるのかディリュアも興味を持っていた。
「簡単だ。ここに居る全員をのして証拠の隠滅をする暇を与えなければ、自警団も仕事ができる。さすがの貴族さまも事実をねじ曲げることもできず、めでたしめでたし」
この問題にアヤトは実にシンプルな目論見を提示する。
これには警戒していた配下らも失笑、ディリュアも策とも言えない愚考にため息一つ。
「……どうやら若さが有り余りすぎているようだ。たしかに貴公は誰にも悟られることなくこの屋敷に侵入してみせた。雰囲気からして相当の実力者ともわかっている」
武人としても名高いディリュアはわずかのやり取りでアヤトがただ者ではないと感じ取っていた。
だがそれ故に落胆したようで人差し指を天に掲げた。
「それでも所詮は精霊に選ばれぬ者、気づいていないようだから教えてやろう。ここには私を含めて精霊術士が五人、精霊士も一七人と我が衛兵も含めた一〇〇人にも及ぶ猛者を用意している」
自身の力を誇示するように熱弁を繰り広げ、そのまま指先をアヤトへと向ける。
「対しそちらは貴公と年端もいかぬ少女が一人。唯一の精霊術士はまだ学院生。この圧倒的戦力差を前に我々を倒すだと? 自惚れもここまでくると笑えぬわ!」
空気が震えるほどの激高にロロベリアは圧倒されてしまう。
ディリュアの怒りももっともだ。
いくらアヤトが強くとも相手は実戦経験を積んでいる精霊術士、他の精霊術士や精霊士もかなりの手練れなのは感じる精霊力で伝わってくる。
なにより覆しがたい数的差、こちらの勝機は限りなくゼロ。
「おいおい。なにをキレてんのか知らんが勘違いするな」
なのにアヤトは苦笑さえ浮かべ、ロロベリアとの模擬戦と同じく余裕を見せつけるように鞘から抜いた刀を肩に乗せた。
「足手まといやすねかじりに戦わせるかよ。相手してやるのは俺一人だ」
「キサマ……っ。自惚れるのも大概にしろ! 言ったはずだ、ここには精霊術士が――」
「過去の栄光を自負するロートルと、そいつに従うしか能のないなんちゃって精霊術士と、精霊騎士にもなれなかった賊と、弱い者イジメが得意なチンピラがいるんだろう?」
侮辱とも言える挑発に周囲の殺気が膨れあがり、精霊力を解放したことで精霊術士は髪や瞳が、精霊士は瞳の色が変わる。
「問題があるようには思えんがな」
ディリュアは怒りに震えていた身体を落ち着つかせ、周囲の配下を見回す。
「もうよい……珍しい民族は高額で売却できる故、捕らえようと思っていたが気が変わった。殺しても構わん」
「殺すとほざくならお前も殺される覚悟があるんだろうな……と言いたいが、被疑者を殺せばラタニが聴視できんとうるさいんでな。全員半殺しで許してやる」
「女の方は殺すな。高く売れる」
既に聞く耳もたずのディリュアの念を押しも無視でアヤトは刀の峰で肩を軽く叩いた。
「聞いたとおりだ白いの。自分でも守ってろ」
「私も戦うわ」
精霊力を解放させて蒼い瞳を向けるロロベリアに背を向けたままアヤトは息を吐く。
「態度で示せと言ったはずだ。慢心したお前なんざ足手まといになる」
「慢心してるのはどっちなの? いくらあなたでもこの人数を一人で相手するなんて無茶よ。なんと言われようと私は――」
ロロベリアは最後まで続けることが出来なかった。
なぜなら振り返ったアヤトが笑っていて。
「いいから今は従え」
皮肉めいたものでも、嘲笑や苦笑でもない。
優しさが滲む笑顔で。
「何かを守ることは、まず己が守られることで学ぶもんだ」
思わぬ不意打ちについ見惚れてしまうロロベリアに向けて。
「――殺れっ!」
最後にアヤトが告げた言葉はディリュアの号令にかき消されてしまった。
だが、ロロベリアの耳には届いた。
心にしっかりと響いた。
世界を守る強さを手に入れるまで、俺がお前を守ってやる
(どうしてあなたは……)
別人なのにアヤトはいつもクロを思い出させる。
雰囲気も、性格も、今の優しい笑顔もやはりどこか違うのに。
なのに胸を焦がす気持ちは同じ。
だから触れたいと、温もりを感じたいと。
こんな時でも手を伸ばしてしまう。
でもクロとは違うから、アヤトは簡単に感じさせてくれない。
「暇つぶしがてらにな」
今もロロベリアに意地悪をするように、その姿を消してしまった。
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