王子と王女の― 前編
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「はあっ!」
開始早々の鍔迫り合いをエレノアは力任せにレイピアを振り切り、レイドが僅かに後退するなり刺突を繰り出す。
だがレイドは焦ることなく捻って躱し、そのまま身体を一回転させて強く踏み込みショードソードを斜めに振り上げる。
「し――っ」
エレノアもまた冷静に身体をかがめて対処。
そのまま地面に片手を付き、踏み込んだレイドの左膝に蹴りを放つ。
「う……っ」
重心の掛かりから躱しきれないと判断するなり強引に地面を蹴り、負けじと地面に手を突き後転。
エレノアも空振った蹴りの勢いそのまま身体を反転。
『駆けろ!』
両足が地面に着くもレイドの方が先に体勢を整え両足に風を纏わせ突進、無防備なエレノアの背中にショートソードを振り抜くが、その突進を読んでいたかのようにエレノアは跳躍。
「失礼」
しかもレイドの肩を足場にして更に上空へ。
『焼き貫け!』
身体を一回転させつつお返しと言わんばかりにレイドの背中に火矢を放つ。
足場にされたことで体勢を崩したレイドは躱せない完璧なタイミング。
『放て!』
しかしレイドは左手を地面に向けて精霊術を発動、風力を利用した側転でギリギリ回避。
その間にエレノアも着地、距離を空けて再び向き合う形になり。
「……足場にするのは野蛮な行為じゃないのかな?」
「お上品な所作であなたのお相手なんてできませんから」
◇
「……なんか、えらく違わないか?」
開始最初の攻防で興奮の坩堝と化した観覧席でユースは驚きよりも違和感が。というのも自分が知るエレノアの戦闘スタイルとはまるで違うからで。
レイピアだけでなく体術を織り交ぜた近接戦、攻撃を躱す際の身体の使い方はまるで――
「ロロ……ううん、アヤトみたい」
リースが口にするように、武器に拘らない攻撃や全方向に意識を向け、柔軟な発想で躱すスタイルはまさにアヤトだ。
親善試合でもよく言えば愚直、悪く言えば単調だったエレノアの変貌は戸惑うほど、しかし二人の意見にラタニは嘆息を。
「あの子と比較するのもどうかねぇ」
「いや、そりゃあいつに比べるとまだぎこちないっつーか……」
「似てると思っただけで別に比べてない」
「そうじゃなくてさ。確かにエレちゃんのスタイルはアヤトをお手本にしてる、けどあのぎこちなさ含めてエレちゃんの成長なんよ」
批判と捉えられたと反論する二人にラタニは首を振り。
「ほんと、指導力に関してはあの子に勝てんわ」
◇
「えっと~……」
「……あなた、本当に何をしたんですか」
同じく最初の攻防を目の当たりにしたルビラとカナリアは解説も忘れて戸惑いの視線を向けていた。
ルビラはアヤトの予想を覆すエレノアの善戦に、カナリアは開始前のパフォーマンスも含めての追求。
親善試合から見違えるような変貌を遂げたエレノアに、これまでの訓練でいったいどんな指導をしたのか。
「他の連中と同じように遊んでやっただけだ」
「にしては伸びしろが違いすぎると……」
素っ気ない返しに訝しむカナリアはふと思い出す。
「そう言えば先ほどなにか言いかけていましたが、それに関係が?」
開始前のパフォーマンスでうやむやにしたままだが、アヤトの私感は続いていた。
その私感がエレノアの変貌に関わっているとしか思えずルビラも耳を傾けると、アヤトはフィールドに視線を向けたままため息一つ。
「ああ、エレノアがドングリの中では一番マシになった話か」
「つまりエレノアさまが一番強くなったと……?」
「強くじゃなくてマシだ。要は他の連中よりも必死に足掻き続けてたのか、最初に遊んでやった頃よりは他のドングリよりマシになったっていや分かりやすいか」
面倒げに言い直されてアヤトが評価したのは伸びしろと理解するも、成長速度が他に比べて速すぎるとカナリアの疑問は拭えない。
「別におかしくもないんだがな。エレノアの才はそれなりで、大好きなお兄さま方の背中にご執心だったこともあり下地もそれなりに出来上がってたんだ。なら後はいかに頭使うかになる」
「…………」
「恐らく俺と遊び始めてからお堅い頭でも必死に使いまくっていたんだろうよ。親善試合には間に合わなかったが、しょぼいなりにもお兄さま方を真似て築き上げた自分を一度壊し、新たに造り上げていたしな。ま、エレノア自身が伸び悩んでいたとはいえ、一か八かでもその覚悟は他のどんぐりにはないと褒めてやれるだろう」
「そう……ですね」
だが三度アヤトに言い直されてカナリアも納得せざる得ない。
他の序列持ちはアヤトとの訓練で自身の特性を更に磨き、必要な技術を補う模索をしているがエレノアは一度全てを捨て、ゼロから自分を再構築したのだ。
もちろん捨てても築き上げた経験、磨き続けた技術は残る。その土台を活かすべく、アヤトを始めとした様々な特性を研究し、模索し、自分なりに取り入れ続けたのなら以前のエレノアと見違えて当然で。
何よりこれまで磨き続けた自分の在り方を、馴染んだ戦い方を捨てるのは過去の自分を否定するようなもので恐ろしく勇気がいる。
それでも捨てたのなら、誰よりも強くなりたいとの覚悟があった。
この覚悟の違いが他よりも飛躍的な成長を遂げたのだ。
そしてエレノアは知らないが、エレノアに覚悟を決めさせたのはアヤトの苦言があってこそ。
優秀な二人の兄よりも自分を支持してくれる王国民の期待に応えるよう、王族として誇りを手に入れて。
兄の背中を追うのを止めて、エレノア=フィン=ファンネルの道を切り開くのなら今までの自分ではダメだと鼓舞したことで。
初めて己自身の誇りを胸に歩み始めたからこそ、過去の自分と決別できたのだが。
「あの~……じゃあ結局はアヤトくんが言ってた絶対的な差は無くなってる、でいいのかな~」
カナリアとのやり取りでエレノアが飛躍的な成長を遂げたとルビラも理解するからこそ、あの私感はあくまで以前のエレノアに対する評価との疑問になるわけで。
「ですね……」
今もレイドに対して一歩も引かずに善戦するエレノアの勇士を目の当たりにするだけに、それほどの差はないはずとカナリアも同意する。
「所詮はドングリ同士、運次第で何とかなると言ったはずだがな」
しかしアヤトは変わらず同じ意見を口にする。
「つーかエレノアも大好きなお兄さまなら分かっているはずだろ。なに出し惜しみしてんだか」
「えっと……」
「どういう意味……ですか」
「レイドが修正する前に決めきれないのがまだまだ甘いんだよ」
◇
『切り裂け!』
近接戦から一度距離を取ったレイドは風刃を放つも、エレノアは冷静に最小限の動きで回避。
「ふっ!」
「甘いよ!」
そのまま間合いを詰めたレイピアの刺突をショートソードで弾くが――
「ぐ――っ」
弾かれた勢いそのままエレノアは身体を回転させた回し蹴りで追撃、咄嗟に腕で防御するも虚を衝かれた重い一撃にレイドはたまらず苦悶の表情を浮かべる。
『燃え阻め!』
そのスキを衝くことなくエレノアは敢えて後退、レイドとの間に炎の壁を顕現して距離を取った。
(なるほど。どうやら彼の指導でキミが一番変わっていたようだ)
この判断にレイドは心中で賞賛を送る。
以前のエレノアならチャンスと見て強引にたたみ掛ける場面。
故に軸足を払おうとしたのだが不発に終わるだけでなく、置き土産の精霊術によって追撃の出鼻も挫かれてしまった。
攻めと引きの冷静な見極め、体術を織り交ぜた近接戦、相手を翻弄する大胆な発想と自分の知る妹にはないものばかり。
まさに変貌といえる成長はエレノアが誰よりもアヤトとの訓練を元に、自身を見つめ直し教えを取り入れたからこそで。
故に自分に対する宣戦布告に繋がったのだろう。
エレノアが自分や長男のアレクに憧れ、慕っているのはよく知っている。
それが誇らしくもあり、愛おしく感じていた反面、エレノアなら自分たちの背中を追わなくとも、もっと別の道を切り開くだけの資質を秘めていただけにレイドは歯がゆさも感じていた。
しかし今は変わらず憧れ、慕いつつも追うのでは無く超えようとの気概が言葉以上に伝わってくる。
その超えるとの気概がエレノアに足りないものだった。
だが手に入れたことでエレノアの資質は開花したと断言できる。
(本当に……ボクはキミの兄で居られることが誇りに思うよ)
妹の成長に満足しつつ、しかし満足したのはあくまで開花したことに対して。
(でも、まだ全然かな)
更なる成長を望むからこそ、まだ超えさせてやるわけにはいかない。
確かにエレノアは心も含めて驚くほど強くなった。
開始直後はその変貌に驚いたが所詮は付け焼き刃、成長度合いを含めて修正すれば充分対応できる。
この程度で満足させるのは兄として見過ごせないとここまでの攻防で得た情報を元にエレノアの性格や思考を踏まえ。
『燃え射貫け!』
突進しつつ牽制として放つ炎剣をレイドはギリギリのタイミングで避け、敢えてエレノアを間合いに誘い込むなりショートソードを上空へ放り投げた。
「な……っ」
レイピアを振り抜く自分に対し武器を手放すまさかの行為にエレノアの集中が一瞬途切れる。
その間を見逃さずレイドは上体を反らして後転、振り上げた足でレイピアを持つ手を蹴り上げた。
「っつ……ああ!」
不意の衝撃にエレノアは歯を食いしばりレイピアを強く握りしめ堪えるも追撃は危険と判断、すぐさまバックステップで距離を取る。
「うんうん、彼の教えをちゃんと守ったのは偉いね」
着地して再び向き合うレイドは和やかな笑みでレイピアを手放さなかったエレノアを褒めつつ落ちてきたショートソードを難なくキャッチ。
「それに真似をするだけでなく自分なりに考えて取り入れた戦法も凄かったよ。キミは本当に強くなった」
「…………」
「でもね、その程度でボクを超えるというのは少し自惚れが過ぎるよ」
警戒心を引き上げるエレノアに痛烈な皮肉を口にするもレイドは笑顔を絶やさず。
「だから今日は彼に変わってボクが――その自惚れをへし折ってあげよう」
◇
「――先ほどの威勢はどうしたのかな?」
「ぐぅ……っ」
防戦から一転、レイドが反撃に出たことで戦況が一気に逆転。
まるでエレノアの変則的な動きすらも読んで対応し、逆にトリッキーな動きを踏まえて翻弄する姿はまさに学院最強、序列一位に相応しい戦いぶりで。
またここまでの四戦にない精霊術を駆使したハイレベルな近遠戦は観客らを魅了し、更に白熱させていく。
「レイドさまもあいつと訓練してるからこうなるか」
「エレノアさまには驚かされたけど、今回もレイドさまの方が一枚上手だったわね」
対し序列持ちのメンバーは冷静な分析。
もちろんエレノアの変貌には驚き、その覚悟は称賛に値するほど。
だが一度でもレイドとの手合わせを経験すれば実力は当然、試合運びの上手さを痛感する。
相手の情報を分析、修正した上で裏をかくやり方はレイドの専売特許。シャルツのように精霊術のみでないだけに複雑で厄介なのだ。
加えてアヤトとの訓練で変貌を遂げたエレノアに対し、レイドはその特性を更に磨き凄みが増している。
「でも……どうして指導するような感じで相手をしているんでしょうか」
「どのような場でも強者として教え導く、これもまた序列一位という座に相応しいのではなくて?」
「お嬢さまの仰る通りです」
「……そう、でしょうか」
ティエッタとフロイスの意見にロロベリアはどこか釈然としない。
確かにレイドが兄として、妹のエレノアを教え導くような姿に観客のほとんどが感銘を受けている。この序列戦がエキシビションという場も踏まえればこうした戦いがあってもいい。
しかしエレノアの今までとは違う執念を感じるだけに、ならばこそレイドも全力で勝利に拘るべきと思うわけで。
「リーズベルトの疑問も一理ある」
ロロベリアの疑問に同意したカイルは、聞こえないよう小さな舌打ちを。
今はまだ美しい兄妹愛との綺麗事に捉えられているが、度が過ぎれば反感贔屓からレイドの心証が悪くなるからこそ。
「何を考えているんだ……早く勝負を決めろ」
◇
「は――っ!」
「――面白いけど、弾いた感触でバレバレだね」
ショートソードの振り下ろしを弾いたレイピアを手放し、即座に左手で持ち替え刺突を繰り出すも完全に読んでいたレイドは悠々と躱してしまう。
『燃え阻め!』
反撃を警戒したエレノアは後方へ飛び炎壁を顕現、一度距離を取って体勢を立て直す素振りを見せる。
「はあぁぁ――!」
だがそれはブラフ、自ら顕現した炎壁にエレノアは突っ込んだ。
精霊結界が張られているからこそ可能な戦法。一瞬でも業火が全身を覆うも精霊力を代償に外傷は軽微で済むと臆せず炎壁の向こうにいるレイドへ虚を衝く追撃――
「…………あ」
「面白いだけでなく勇気ある素晴らしい方法だけど……精霊力を押さえすぎたかな?」
が、更に後方へ回避していたレイドにレイピアは届かず。
「後は熱くなりすぎてるね。せっかく見違えたのに、悪いクセが出始めて読みやすくなってるよ」
「ご忠告……感謝します」
余裕の指摘にエレノアは返答することで一度肩の力を抜く。
熱くなると単調になるのは悪いクセ、レイドが指摘するようにせっかく過去の自分を捨ててまで手に入れた戦闘スタイルも充分に発揮することは出来ない。
ただ十全に発揮したところで通用しない。
過去の自分よりも強くなったのは自覚している。
しかし所詮は付け焼き刃だ。
元より実力差のあるレイドに通用しないとも自覚していた。
それでも超えたいのだ。
何が何でも。
ならどうすればいいか。
凡人の妹が天才の兄を超えるには、何倍も努力するだけでも足りないなら。
自分との戦いでロロベリアが見せたように。
先ほどの戦いでカイルが見せたように。
自分の限界を超える挑戦をし続けること――故にエレノアは挑戦する。
(私は口先だけの……王女ではないっ)
小さく深呼吸をすることで集中し、全身を巡る精霊力を意識することでエレノアの姿に変化が起こる。
精霊力の解放でルビーのような紅い輝きを帯びていた髪と瞳が。
エレノアの意思に呼応するよう更なる紅き煌めきが帯びた。
レイドがもの凄く強者に見えますが、この子は実際に強者なんです。
ただ今まで戦った相手がね……ベルーザとは相性の悪さと完全な油断から。アヤトにいたっては学院最強も形無しですから。
とにかくアヤトくんが解説していたようにエレノアにとって天敵、彼女も称賛するだけの努力を重ねても覆せない実力差。
それを受け入れた上で諦めない挑戦は果たして何か。
次回、最終戦も決着です。お楽しみに!
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