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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第六章 兆しの精霊祭編
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悔い無き宣言

アクセスありがとうございます!



『ついに第四戦のカードが決定しましたね~』


 カイル、ティエッタの名が発表されてすぐに沸き上がる観覧席へルビラは確認するような呼びかけを。

 これは観客の興味を第四戦へ向けさせるのが狙い。

 第四戦のカードが決まったことで第五戦のカードも自動的に決定、それがレイドとエレノアの王族対決になってしまった懸念から。

 もちろん自分とグリードが主導で運営している序列戦の最終戦に相応しいと思う反面、このままでは第四戦が前座扱いになりそうなほど観客の興味が向けられている。

 序列二位と三位という上位者同士のみならず、侯爵家のカイルと武の一族のティエッタという屈指の好カードなだけにもったいない。

 実のところルビラとしては第四戦にティエッタとエレノア、最終戦にレイドとカイルというバランスの良い組み合わせを臨んでいたのだが、決まってしまったのならどちらも盛り上げるとポワポワ笑顔でも必死だったりする。


『カナリアさんはこの組み合わせをどう思いますか~? 私感で上位四名は別格と仰っていましたが、その中でも差はあるんでしょうか~?』


 故に観客の興味を引けそうな話題を振りつつ、パチパチとウィンクでカナリアに必死のアピールを。


『そうですね……まず優劣を付けるのが難しいほど上位四名の実力は拮抗しているでしょう。ですが解説中にも一対一で精霊士は精霊術士に比べて不利と説明したように、フロイスさんの近接戦は間違いなく学院最強と断言できますが、この条件から不利になってしまいます』

『だから序列四位なんですね~。じゃあ同じ精霊術士の三人は本当に誰が勝っても負けてもおかしくないってことですか~』

『はい。なのでこれまでの三戦で勝敗を決めたように、それぞれの特性をどう活かすかが勝負の鍵となるでしょう。第四戦だとカイルさんは遠距離戦だけでなく近接戦もこなせる器用さに加えて堅実な作戦で確実な勝利を掴むのが特性。対しティエッタさんは四名の中で最も近接戦を苦手としていますが、精霊術に関せば四名……フロイスさんを除けば三名ですね。とにかくレイドさま、カイルさんを上回っています』

『つまり近接戦のフロイスくん、遠距離戦のティエッタちゃん、バランス型のカイルくん、みたいな感じですね~』

『加えてカイルさんは補助系に優れた水の精霊術士、ティエッタさんは攻撃力に最も優れた火の精霊術士。攻撃面で有利な上に保有量、制御力、想像力でも上。精霊術士……精霊術の総合力でティエッタさんは学院最強でしょう。故に第四戦はカイルさんが精霊術を駆使してティエッタさんの精霊術をかいくぐり近接戦に持ち込むか、ティエッタさんは多彩な精霊術を駆使してカイルさんを退けるか、というこれまでの三戦とは違う見所があります』

『たしかに二戦、三戦は精霊士と精霊術士で、一戦目のミューズちゃんとロロベリアちゃんは精霊術士だけど同じ水の精霊術を使うから四大の違いみたいな攻防はなかったし、どちらもバランス型みたいだったから全然違いますね~』

『付け加えるなら同じ精霊術士でも両者は攻撃的なタイプですから、激しい戦いになるのは間違いないかと』

『凄そうだな~。楽しみだな~。でも二人ともケガだけはしないようにね~』


 カナリアも積極的に二人の情報を挙げ、ルビラが乗っかり煽ったお陰で見事に関心を向けることに成功。


「「…………」」


「つーかこの組み合わせに持たぬ者の俺はお呼びじゃねぇよ」


 故に更なる情報を得ようと無言の注目、しかしアヤトは投げやりな返しを。


「なんならあそこに居る適任者にでも聞いてみるか、なぜ居るかは知らんがな」

「適任者……?」

「どこにいるの~?」


 だが続く意味深な言葉にカナリアは首を傾げ、ルビラはキョロキョロと周囲を見渡すのを尻目にため息一つ。


「……正面から左、リスとユースの間から間抜け面が見えるだろう」

「隊長……?」

「ほんとだ~。でも、今はカフェでお手伝いしてるんじゃなかったっけ~?」


 指定された方向へ視線を向ければフィールドを囲う防護壁の端からひょっこり顔を出しているラタニを確認して、よく見つけたと思うよりもなぜ居るのか疑問視するも。


「だから知らん。とにかく精霊術に関せばあいつの右に出る者はいねぇ、意見を聞きたいならのしてでも連れてきてやるぞ。サボり理由を聞くついでにな」

「遠慮します……あなたと隊長が揃うと嫌な予感しかしないので。お願いですからここで大人しくしてください」

「……たく」


 仕方なくもアヤトが従ってくれたことにカナリアは心底安堵を。


 なんせこの師弟が場外乱闘を始めてしまえば序列戦どころじゃない。



 ◇



「なになに、カナちゃん今までもこんなクソつまんねー解説してたん?」


 そのラタニと言えばカナリアの解説を聞いて酷い評価をしていたりする。


「そんなに変ですかね。オレとしては的を得てると思いますけど」

「得てるよん」

「……じゃあ何が不満なんですか」


 なのに疑問を口にしてみれば笑顔で肯定、この変わり身にユースはうな垂れてしまう。


「不満なのは当たり障りがなさ過ぎるって部分。確かに水と火の精霊術の特性やカイちゃんティーちゃんの評価は的得てるんだけどさ、上っ面すぎておもんない」

「……どういうこと?」

「教本通りってこと。攻撃力に優れた火、防御力に優れた土、速さに優れた風、補助に優れた水ってのは常識だけど、それが絶対でもないんよ。例えばそうだにゃー……火は水をバシャリとかければ消える、土をどっさりかけても消える、風がビュービュー吹けば消し飛ばせることもできる」

「「ふむふむ」」

「もち水だって鍋に火かければ蒸発するし、岩は溶ける、風だって更にメラメラさせる。でも今の話で分かるように火が一番強力ってことにはならん。他にも土は四大で最も遅い、ってのは確か。でもそれは放った時の速度であって使い方によって発動速度は火や水よりも上、しかも低燃費」

「ああ、工程を一個省けるからっすね」

「……?」


 ラタニの説明に首を傾げ始めるリースを余所にユースは理解する。

 要は補う物があるか無いかの話。

 火や水の精霊術は自身の精霊力を世界に干渉させて生み出す必要があるも土の精霊術は地面、つまり土で補えば生み出す分の時間を省略することが可能。

 ユースが精霊術で双剣を生み出す際、地面に手を付けるのはその為。触れていればそれだけ自身の精霊力を干渉させやすく制御が楽との利点もある。また生み出す為の精霊力も必要としなくなると良いことずくめなのだ。


 故にこの方法で補えば同じ制御力、想像力を持つ精霊術士でも火や水に比べて土の方が発動速度は僅かでも上、消費量ではかなり変わる。

 そして風が最も速さに優れているのはこの法則から。風は空気の流れによる現象、常に空気があれば発動速度も消費量も他より有利になるわけで。

 もちろん火や水も補うことは可能だが、少なくとも闘技場内で補う分だけの火や水は存在しない。


 ちなみに治療術は体内水分を精霊力で活性化、または正常化させることで治すのだが、重傷については精霊力を多く流し込めば良いというものではなく、緻密な制御も必要とする。

 ただ制御力において群を抜いているロロベリアは、実のところ感覚派故か意外に名手と言うほどでも無かったりするのだがそれはさておき。


「つまり、使いどころや術者の工夫次第で常識通りでもないし、相性もあると……」

「そいういうことん。まあなんにせよ、こうしたお話しを突き詰めると結局高度に扱うためには制御力や想像力って基本が必要ってなるんだけど、色んな要素が絡むから精霊術ってのは奥深いんよユーちゃんや」

「改めて考えるとマジ奥深いっすね」

「なのに『カイルさんは補助系に優れた水の精霊術士、ティエッタさんは攻撃力に最も優れた火の精霊術士なので有利です、キリッ』って……いくら分かりやすい解説心がけてるにしても、その奥深さもちゃんと付け加えないと知らん人は勘違いしちゃうよ。ほんと、軽率な発言を先輩のカナちゃんがしてどーすんのよ」

「キリってしたかは知らんけど……ならラタニさんはどんな解説するんっすか?」

「そうだにゃー。カイちゃんよりもティーちゃんの方が精霊術士としての基本能力は上、水と火の精霊術も不利、だけど機転の良さはカイちゃんが上、あたしとしては好きだけどティーちゃんはもうちょい自分以外の精霊術士を学んで活かそう」

「端的すぎてよく分からん……」

「んで、その特性ってヤツや今は楽しい序列戦ってイベントも踏まえると果たしてカナちゃんの解説通りの展開になるかにゃー?」

「……しかも最後は疑問系だし」

「さっきも言ったけどガキは何するか分からんからねー。結局のところどっちが勝ってもおかしくないってのにはあたしも同意ってことさ」

「……はあ」


 分からないと口にしながらも最後ははぐらかされてしまった感じに締められ、釈然としないユースを余所にラタニはニコニコと。


「キリって断言したカナちゃんが恥じかかなければいいけどにゃー」


 ちなみに途中から理解できずウトウトするからこそ、リースは精霊術が苦手だったりする。



 ◇



 観覧席でラタニにユースが振り回され、リースが混乱している間にも準備完了。

 ルビラとカナリアの努力が実り、観客もこの一戦に期待感を募らせたことでこれまでの三戦同様大きな声援が送られている。

 ただカイルには主に女性、ティエッタには主に男性と分かりやすい声援が送られているのが違うくらいで。


「……なぜそのような提案をするのです?」


 その声援を受けているティエッタと言えば、中央で向き合うカイルに訝しみの表情を向けていて。


「ロマネクトも気づいているだろう。観客が楽しみにしているのは次の試合だ」


 対しカイルは苦笑と共に自虐的な返答を。


「なら俺たちは前座として派手に盛り上げるべきだろう」

「……宜しいですわ。みなさんを楽しませるのも私たち序列持ちの勤めですもの」


 だが隠れる挑戦的な感情を受け取りティエッタも優雅な笑みを返す。


「せいぜい派手に楽しみましょう」

「決まったな」


 握手を交わすなり両者は二〇メルの距離を空けて再び向き合う。


『序列戦第四試合――開始!』


 そしてモーエンの宣言に合わせて精霊力を解放――


『水刃刻め!』


『火矢貫きなさい!』


 同時に両者は精霊術を発動、二〇近い水の刃と火の矢が中間地点で衝突した。



 ◇



『注ぎ凍れ!』


『炎波阻みなさい!』


 カイルの精霊術により上方から降り注ぐ氷礫をティエッタは炎の幕を張り蒸発させる。


『弾け狂いなさい!』


『氷の層よ!』


 直後お返しと言わんばかりにティエッタが紅玉を一斉発射、しかしカイルは触れると小規模な爆発を起こす特性を利用して紅玉の数だけ薄い氷の盾を張り被弾させていく。

 ここまでの三戦にはない、開始直後から始まった精霊術の打ち合いに観覧席は驚きと興奮に包まれている。

 精霊術士は希少なだけでなく、精霊術を扱うには様々な制約が決められている。加えて二人ほど高度な精霊術を連続で扱える者は学院内でも僅か。

 つまり普通に暮らしている者からすれば精霊術を見る機会がそもそも少ない。故に滅多にお目に掛かることが出来ない精霊術を多様した戦闘に高揚感が押さえられず、特に大人たちは美しさや迫力から、子供たちは物珍しさや憧れからと完全に心奪われていた。


「ほら見んさい。つーかさっきからルーちゃんの声ばっか聞こえてるけどカナちゃんどうしたのかにゃー?」


 その中でラタニはケラケラと観戦、まあ王国最強の精霊術士にとって精霊術の戦闘など日常茶飯事。今さらなのでより面白い方に関心を向けるのは仕方ないが、それが予想が外れた部下の反応というのは実に悪趣味だが。


「いやでも……なんでカイル先輩、ティエッタ先輩に精霊術の打ち合い挑んでんだ?」

「そもそもティエッタさんが精霊術拘りは分かるけど、それに付き合ってる意味が分からない」


 思わぬ展開にニコレスカ姉弟も面を食らっていた。

 カイルの基本戦法はカナリアが解説したように遠近の距離を使い分けた堅実なもの、対しティエッタは多彩な精霊術で遠中距離を支配するもの。

 また精霊術の基本能力でもティエッタの方が上。

 にも関わらず堅実なカイルがなぜ相手の得意とする戦い方を、自分の不利を承知で挑んでいるのか。

 カイルらしくない判断に戸惑うのは当然、しかしラタニの見解は違うようで。


「んなのカイちゃんがティーちゃんに打ち合い挑んだからに決まってるさね」

「は?」

「なぜ?」

「そりゃカイちゃんだからでしょ。あの子は冷静ぶってるけど、内は立派な男の子だからねー。しかもクソ真面目だし」

「? カイルさんが男の子なのは当然」

「今のは例えだから姉貴。それよりもカイル先輩が実は熱血なのが、どうしてこうなるんっすか?」


 言葉そのまま捉えるリースに呆れつつ、詳しい説明をユースが求めるもラタニはケラケラと笑うのみで。


「カナちゃんどんな顔してるか見にいかね?」

「悪趣味が過ぎる……」



 ◇



「すごいすごい~。まさに水と火、氷結と爆炎の演舞みたいですね~。二人の精霊術と意地でフィールドも熱気に包まれてますね~」

「…………」


 そのカナリアと言えば二人の勢いに乗っかれと言わんばかりに観覧席を煽るルビラの隣で解説も忘れてポカンとしていた。

 ラタニが見れば間違いなく爆笑するほどの呆け顔はさておいて、予想にも反した精霊術の打ち合いに理解不能。

 いや、この展開を予想していた者が一人いるとぎこちなく視線を向ける。


 そう、開始前に改めてアヤトの意見を聞いた際、カイルやティエッタに対するカナリアの評価に同意した上で『違う見所はあるが、そう単純なモノになるとは思えんが』と展開だけは意味深な否定をした。

 更にこの組み合わせで持たぬ者の自分はお呼びでないとの言葉を踏まえれば、アヤトは最初から精霊術の打ち合いになると予想していたことになる。

 ちなみに詳しく尋ねても『見てれば分かる』とお約束で締められたがとにかく。


「もしかして……カイルさんから何か聞いていました?」


 事前にカイルから聞いていれば納得できるも、同時にアヤトがそのような話を聞いているとは思えないともカナリアは確信していて。


「俺はあいつと遊んでやってるだけで、序列戦の相談なんざ受けてねぇよ。つーかお相手が序列三位さまになるとも限らんしな」


 頬杖を突きフィールド内を眺めつつ、やはりアヤトから否定の言葉が。


「では……どうして」

「たく……カナリアまで構ってちゃんになるつもりか。まずカイルはレイドやエレノアと立場関係ない仲良しに振る舞っているが、必要とあれば王族である二人を立てるクソ真面目な部分と貴族や序列の責務も忘れんような性格だ」

「そう……ですが」

「で、これまでの見世物の内容、自分の相手、最終戦の組み合わせ、観客の大半が平民との情報を踏まえてみろ」

「……あ」

「もう分かっただろう。なら自分のお得意な遊び方を挑まれてティエッタが引き下がるわけもねぇと、冷静に考えりゃこの打ち合いは別に難しくもない予想なんだがな」


 カイルは王族を立てる、その王族が次戦に控えているなら自分が前座になるのも厭わない。そしてこれまでの三戦は盛り上がったモノの、玄人好みで(一部を除いて)分かりにくい内容ばかり。

 だが精霊術の多様は派手な上に分かりやすく、なにより平民は滅多に見られない物珍しさがある。

 しかも精霊術の打ち合いとなれば精霊力の消耗が激しく短期決戦は避けられない。ならば序列戦の意図を察し、まさに見世物として楽しませた上で早く最終戦のレイドとエレノアに繋げられる。


 故に精霊術の打ち合いをティエッタに持ちかけた。


 カイルとこの方法に付き合えるのはレイドを除けばティエッタのみ。加えて彼女は挑まれた勝負に逃げるような真似はしない。それが自分の得意分野なら尚更だ。

 

 二人の性格や状況を踏まえて深く考察すれば確かにおかしくない展開。

 ただそれを事も無げに告げられても困るが、アヤトのヒントでカナリアもようやく理解した。

 しかし理解したからこそ疑問が浮かぶ。


「では、カイルさんは敗北しても構わないとの考えで?」


 精霊術の打ち合いになれば自分が不利になるとはカイルも自覚しているはず。なら自身の立場を全うする為に敗北も受け入れているわけで。

 それもまたカイルらしい潔さを感じるが、カナリアの知るカイルは負けず嫌いな一面もあるだけに妙な違和感がある。


「ま、以前のあいつなら考えられんこともないが、この状況を見るにどうやらタダでは転ぶつもりもないようだ」

「それは……見てれば分かる、でしょうか」

「なんせ俺は精霊術に関しては専門外だ」


 と、結局最後は意味深なまま交わされてしまい、仕方なしにカナリアは再びフィールドに注目するが。


「どこぞの先生のように予想を外して恥ずかしい思いもしたくないんでな」

「…………」


 嫌みったらしい発言にアヤトを睨み付けていた。



 ◇



 ラタニ、アヤトの予測した通り精霊術の打ち合いを挑んできたのはカイルで、自ら不利な勝負法を挑む理由に訝しみつつティエッタは同意した。

 挑まれた勝負を逃げるのは強者として相応しくないとの理由で。


(なるほど……挑むだけありカイルさんも修練を積んでいたようですわね)


 しかし始めてみればどうだ、火の精霊術よりも不利な水の精霊術でもカイルは対等に渡り合っている。

 これは一重に親善試合での訓練時よりも向上した制御力、想像力といった基礎能力があってこそ。確かな修練の軌跡にティエッタは素直に賞賛と敬意を。

 だが修練を積んだのは自分も同じ。

 フロイスがアヤトに近接戦の基礎を学んだように、ティエッタもまた近接戦の猛者を相手に死に物狂いで試行錯誤を繰り返し、磨き続けたのだ。


 故に真っ向からねじ伏せる――アヤトやフロイスとは違う、精霊術の競い合いで挑んでくるカイルという強者にティエッタはゾクゾクが止まらない。


「ふう……さすがロマネクトか。精霊術においてはやはり一枚上手だな」


 互いの精霊術のぶつかり合いで全身が濡れるほど発生した蒸気の中、ここまで絶え間なく精霊術を放ち続けていたカイルが不意にメガネを外して賞賛を述べてくる。

 ならばとティエッタも微笑で返答を。


「お褒め頂き光栄ですわ。ですがカイルさんも強者としての姿勢が素晴らしい、これほど楽しい時間を提案していただき感謝しかありませんの」

「俺こそ褒められて光栄だな。楽しい時間というのも同意できるが……そろそろ終わりにしよう」


 観客を楽しませるという目的は達成できた、なら最後までとの意思を込めてカイルが見据えてくる。


「次の精霊術で最後、どうせなら派手な決着といこうか」

「望むところですわ」


 大技を放つだけの精霊力は自分も、カイルも残っている。

 わざわざ一撃勝負を望んだカイルが果たしてどのような精霊術を放つか。

 ゾクゾクしつつもティエッタは残りの精霊力で放てる最大の精霊術に意識を集中した。



 ◇



(さて……準備は整ったか)


 最後の提案にも乗ってくれたことでカイルは覚悟を決め、メガネを投げ捨てた。

 有ろうと無かろうと大量の蒸気で視界が悪く、曇るばかりでむしろ邪魔だ。

 なにより相手の位置は精霊力で把握できる。


 とにかく威力で劣る分、精霊力の消費はカイルの方が多い。

 このまま同等の精霊術を放っても力負けするのは必衰、しかしそれを補うだけのものがあれば話は別。

 問題は上手く制御できるか、出来たとしてもティエッタの精霊術以上の精霊術を放てる確証はないこと。


(ロマネクト、悪く思うなよ)


 相手がティエッタと決まった時点で自身の矜持を貫き、尚且つ僅かでも勝機を高める方法までは導き出したが、本来このような不確定要素の多い作戦を立てるのはらしくないと自覚している。

 しかしそれでも構わないと思う当たり、自分もかなり感化されていると内心苦笑しつつ。


『集え、集え、我が呼び声を聞き入れろ白銀の世界――』


 詩を紡ぎ始めるなり周囲を覆っていた蒸気が呼応するようにカイルに集約を始めた。



 ◇



「蒸気がカイル先輩に渦巻いて……そういことか、カイル先輩の狙いがようやく読めた」

「なにを読めた?」

「姉貴も勉強したよねっ? 精霊術は術者の精霊力を干渉させて四大の力を扱う、要は精霊力を対価に顕現させるって」

「だから?」

「だーかーらー! 本来は水生み出す分だけの精霊力が必要でも、そこに水があればその分だけ軽減できるだろ!」

「どこに水があるの?」

「……もうやだこの姉貴」


 理解も察しもしないリースにうな垂れるユースに同情しつつ、ラタニは小さく頷いた。


「ま、これが単純に水が火よりも不利とは言わんってことさね。水蒸気って形になるけど、火と水でドンパチするなら水の方が用意しやすいんよねー。でだ、時には相手の精霊術を利用して自分の精霊術に有利な状況を作る、逆に不利な状況を作る、これも精霊術の奥深さだ」


 精霊術は術者の精霊力で四大の力を生み出し操る、故に周囲の環境や状況によって有利にも不利にもなる。

 問題はユースのように地面に直接手を付け、自身の精霊術に利用する方法と違って周囲の水蒸気を遠隔操作で操り制御下に置いた上で、自身の精霊術に利用するのは更に高度な制御力が必要。

 更に変換術で氷にすると精霊力の消費も激しくなるが、これだけの濃度ならそのまま水の精霊術として扱えば僅かでも威力は増すだろう。

 ただ単純に変換術を扱えば高威力になる、ではなく精霊力の消費量や状況も加味した計算から有効な一手を導き出すのも精霊術の奥深さ。

 つまり今カイルに必要なのは何よりも制御力、どちらにしても学院生レベルではまず不可能に近い。


「ロロちゃんなら初挑戦でもしれっとしちゃうけど、果たしてカイちゃんが出来るかにゃー?」


 故にラタニは冷やかすも、不可能に近いだけで絶対ではない。


「アヤトだけでなくロロちゃんにも感化されたなら、意地見せてみな()()()


 ならカイルの挑戦は成功するだろうと確信していた。


 ◇



(……してやられましたわね)


 いざ詩を紡ごうとした瞬間、周囲の蒸気がカイルに集約し始めたことでティエッタも狙いを察した。

 精霊力で不利な分を交戦で発生させた蒸気という水で補う、これを成功させるのがどれほど難しいか同じ精霊術士のティエッタも理解できる。

 しかも遠隔操作に必要な消費量も計算に入れると、下手に変化術で氷の精霊術にするよりも水の精霊術の方が高威力になるとも理解した。

 ただその差は僅かなもの、なぜこのような非効率な方法をカイルは選んだのか。


 否、()()()()()()


(こうした挑戦も強者として歩むに必要なこと。故にカイルさんの挑戦に敬意を表し――私はただ全力でお相手するのみですわ)


 制御を誤れば不発、最悪暴発する精霊術に挑むカイルにティエッタも詩を紡ぎ始めた。



 ◇



 ティエッタが再度詩を紡ぎ始めたことにすら気づく余裕も無く、カイルは制御に集中していた。

 自分とティエッタの精霊術で発生させた、周囲にもうもうと漂う大量の水蒸気を想像力を駆使して精霊術に形成していく。

 同時に遠隔操作で集約させるための制御、これに近い制御をロロベリアは成功させた。


 一度制御から離れた二〇〇の氷剣を触れもせず遠隔操作で再び制御下に置いて操る――自分は詩を紡いでもすり切れそうなほど脳を酷使しているのに、言霊で成功させるとはデタラメすぎる。


 カイルはこの制御をまだ一度も成功させていない。

 だが自身の矜持を貫き、尚且つ僅かでも勝機を高める方法までは導き出した際、挑戦したいと思えた。

 堅実な作戦が信条の自分らしくない、不確定要素の多い作戦だからこそ。

 成功すれば殻を一つ破れるような気がして。

 アヤトという目標を追いかけるロロベリアがこれまで数々の挑戦をし続けたことで、誰よりも成長を遂げたように。


 自分もこれまでのカイル=フィン=アーヴァインに挑み、超える為に。


(らしくないからこそ――()()()()()()()()()()


 カイルは目を見開き、極限まで集中力を高め、維持し――


『我支配する、根底を覆す激流の咆吼――水迅龍我(リィ・スフィネラ)!』


 まるでカイルの意志を現すような美しく、力強い水龍が顕現。


 だがティエッタの精霊術も完成。


『我が前に立ちふさがる強者と共に全てを焼き尽くしなさい――炎覇鳳煉(ヴァ・プロムラード)!』


 同じくティエッタの意思を表すような気高き、眩い炎鳳が顕現。


 水龍と炎鳳が飛翔し、術者の想いをぶつけるように両者の中間地点で激突。

 地響きを起こすほどの衝撃が起こり――


『黒壁よ守れ!』


 カイルの周囲に黒い壁が顕現、襲い来る炎鳳からその身を守った。



「…………」



 それが何を意味するか。

 何が起こったのかをすぐに理解せず、カイルは呆然と。

 しかし黒い壁がボロボロと崩れていくなり、モーエンの精霊術で守られたと理解する。

 つまり勝負が決したと、ゆっくりと息を吐き。


「俺の負け……か」


 しかしカイルの表情はとても晴れやかなものだった。



   

ここに来て今さら? と思われるかも知れない精霊術についての詳しい内容に触れました。

そもそも今作の主人公のロロは保有量の少なさからあまり使わないし、もう一人の天然主人公はそもそも精霊術が使えないので中々触れる機会が無いんですよね……で、最強の精霊術士のラタニもまだまともに戦ってないし。

だからこそ両者の実力が拮抗していて、高度な術を扱えるカイルVSティエッタ戦に搦めてみました。出来るだけ簡潔に分かりやすくしたつもりですが如何でしょうかと作者はドッキドキ、でも今は内容に触れます。

まずカイルは前座と口にしましたが、充分メインを張れる内容では? 作者も精霊術縛りのバトルに頭すり切れそうでした……との情けない心情も置いといてディーンとフロイス戦とは違う楽しさがありました。

実力が拮抗しているバトルはやはり良いものですね。またわりと序盤から出ていたカイルの掘り下げも出来て作者なりに一先ず安堵、アヤトだけでなくロロベリアにも感化されるあたりが何故か格好いいより可愛く感じました。

ロロベリアは普段からアヤトやラタニを規格外、バケモノと口にしていますがカイルが感化されたようにあなたの精霊力や精霊術の扱いも大概規格外なんですよ?

ただ規格外と言えばやはりあの師弟……アヤトもだけどラタニも大概です。精霊術の解説ならやはりお姉ちゃんの精霊術講座再びという理由でも出したのですが、ほんとこの二人はもう少し労りなさい。カナリアが可哀想です。

またリースのおばかっぷりも……もう少し勉強しましょうね。

とにかく内容に触れたのか作者の愚痴、感想なのかよく分からない後書きでしたが、序列戦もついに最終戦。

次回からレイドVSエレノア戦が始まります!

最終戦に相応しい内容になっている……ハズ! なのでこうご期待!


みなさまにお願いと感謝を。

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