できの悪い御伽噺
本日二度目の更新です!
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準備を終えたニコレスカ姉弟はアヤトと合流するとすぐさまラナクスを出発。
マヤの姿はない。謎多き少女だが少なくとも安全とは言えない場所へ向かうなら連れてこないのは当然で、既に目的地はアヤトが聞き出していたので問題もない。
ロロベリアが囚われているらしい場所はラナクスから海に向むけて馬車を二時間ほど走らせた先にある港町セシーヌ。
新月の暗闇の中、静かな街道を精霊器で照らしつつ荷馬車を限界まで走らせるユースの隣にはリース。背後の荷場を独占するようアヤトが横になっていた。
しばらく無言のまま荷馬車を走らせていたユースだったが、開けた場所に出るのを待っていたかのように口を開く。
「なあアヤトくん」
「……なんだ」
背後から聞こえる鬱陶しげな声に構わずユースは続ける。
「結局のところさっきのマヤちゃんとのお話って何なの? 身体の一部とか契約とか」
「何だっていいだろ。白いのを助けるのに説明する必要もない話だ」
確かにカルヴァシア兄妹の事情とロロベリアの救出は関係ない。
だが妄言のようなマヤの情報や言動、精霊力を持たずして精霊術士を手玉に取るアヤトと二人はどこか異質。
あまりにも未知すぎてユースは未だ信じ切れていない。こうして協力しているのはあくまでも姉の願いがあってこそ。
「でもさ、これから一緒に戦うかもしれない間柄だろ。ならお互いのこと解り合うのも必要じゃないか?」
なので背中を預けられる存在なのか、少しでも見極めようとしているのだが。
「解り合う必要もないさ」
なのにアヤトはあっさりと拒否。これには疑心が膨らむのみ。
「そもそも共に戦う間柄でもねぇ。お前はただの足だ」
アヤトが荷場の板張りを叩いたのか背後からゴンとした音。
「こいつを動かすには手綱を握る者がいるだろ」
「……まさか握れないないの? あんな戦い方ができんのに?」
「悪いか」
言葉とは裏腹に悪気ない口調、ユースは言葉を詰まらせてしまう。
料理が上手く精霊術士を越える力がありながら馬車を操れない。なんともアンバランスな能力だ。
「故にお前だけでいいんだが、リスがいねぇと従いそうもねぇ。仕方ないから同伴させてやってるがな」
「そりゃどうも」
「無事に到着すれば後は適当に隠れてろ。足手まといもまた必要ない」
だが苦笑交じりの箴言はまったく理解できなかった。
「おいおい……まさか一人で助けに行くつもりか? 相手がどんな奴なのか、規模も分かんないんだぞ」
「ラタニ並みの化け物が居れば多少は厄介だが……ま、あんなのがそうそう居るとも思えんから問題ないだろう」
「……多少って」
それは精霊術士が相手であっても関係ないとの意味。
ラタニのような実力者は王国に二人といないが、それでも賊が何人いるかも分からない状況でこの自信はどこから来るのか。
「そういやアヤトくんはラタニさんと互角に戦えるってマヤちゃんに聞いたけどマジ?」
実力を見出しきれないユースはふと思い出す。
ロロベリアとの模擬戦の際、冗談としか思えなかったマヤの情報がもし本当ならこの自信も納得だ。
「あいつの話を真に受けるな。あんなバケモノと互角に戦えるか」
「そのマヤちゃんの話を真に受けて、オレ達こうしてるんだけど」
まさかの否定にユースは肩を落とす。
解り合おうと言葉を交わしているのにアヤトのことがますます分からなくなっていく。
「なら引き返すか? 先も言ったが、俺は白いのがどうなろうと知ったことではない」
「それは嘘」
アヤトの挑発染みた発言を、これまで二人の会話を静聴していたリースが強く否定。
「あなたはロロを助けたい。少なくともわたしの次くらい」
「……なぜそう言い切る」
「あなたの本当の目的をラタニから聞いた。わたしたちの自惚れを叩きつぶすため、なのにどうして依頼抜きでロロを強くしてるの? どうしてロロにだけ特別扱いするの?」
疑問視するアヤトに対しリースは淡々とした口調で逆に疑問を返していく。
「今もそう。性格の悪いあなたならロロが危険だろうと無視する。でも誰かに言われるより先に自分で助けると判断したのはどうして?」
学食の仕事ぶりを見るなりアヤトは仕事に対してのみ誠実で、それ以外は自由奔放でまず己の意思を優先している。同時にあまり人と関わるのを良しとしないタイプだ。
しかしラタニも予想外と口にしていたように、なぜかロロベリアだけは特別視している。
強くなりたいかと問い、なりたいと答えたら鍛えているように。
誰かが危険だから助けるような善人でもないのに進んで助けようとしているように。
なぜ他の誰でもない、ロロベリアなのか。
その理由をリースは一つしか思い浮かばない。
「……あなたがクロさんだから。わたしはそう思ってる」
振り返り、アヤトの目を見て核心を突く。
世界を守るシロを守るのがクロ。
だからアヤトはロロベリアを守ろうとしている。
この約束以外に理由はない。
暗闇の中、互いの瞳の輝きだけを便りに視線を交差させるリースとアヤト。
数秒続く見つめ合いは、アヤトが瞼を閉じることで終わりを迎えた。
「やれやれ……お前らも白いのと同じ勘違いをしているのか。俺はクロとやらじゃねぇ」
苦笑交じりの否定にリースが否定を被せようとするも
「少しお伽噺をしてやろう。所詮は想像の物語だ」
「? どういう……」
突然の話題転換にリースだけでなく、ユースも戸惑ってしまうがアヤトは気にすることなく語り始める。
むかしむかし、あるところに――
◇
「……っ……?」
ゆっくりと瞼を開いたロロベリアはまず困惑した。
視界に入るのは窓一つない石積みの壁と洋灯。唯一の出入り口は鉄格子とまるで牢獄。それを更に強調するよう両手首に填められた枷と壁から伸びる鎖に吊されて跪く状態になっていた。
まさに囚われの罪人。だが身に覚えがない以前にどうしてこのような状況に陥っているのか。
ただ一つだけ理解できるのは危機的状況だということ。
何らかの理由で意識を無くしたとしても、このような場所にこのような状態で放置されるはずがない。
ならばここから逃げ出すことが先決、まずは精霊術でこの拘束を解くべきと精霊力を解放――
「……どうして」
しようとしたが、内から沸き上がる精霊力が全く感じられない。
何度試しても、力を振り絞っても鎖がチャラチャラと鳴る不快な音しか聞こえない。
まさかと拘束具に注目する。
これは罪を犯した精霊士や精霊術士が精霊力を解放できなくする封じの枷なのか。
だがこんな枷など刑務所か軍の施設にしか出回っていない。もし捕らえたのが賊だとしても所有していないはず。
焦燥感に襲われるロロベリアの耳にゆったりとした足跡が聞こえた。
なんとか神経を研ぎ澄ませると気配が二つ、こちらに向かっている。
「へへ……ようやくお目覚めか」
「ずいぶんと待たせてくれた」
現れたのは服がはだけ上半身に入れ墨のある男と、細目の陰険そうな男。
鉄格子越しに下品な笑みを浮かべてくる二人に嫌悪感に身体を震わせた。
二人は錠を外して中に、同時に漂う酒気に表情を歪めてしまう。
「あなた達はだれ……? ここはどこなの?」
なんとか情報を得ようと口にすれば入れ墨の男が唾を飛ばして笑った。
「そんなこと商品が聞いてどうすんだ?」
「商品……?」
「朝には出荷されて客に弄ばれる人生。なに知っても嬢ちゃんの未来は変わらねぇよ」
首を傾げるロロベリアに陰険そうな男が身をかがめて値踏みするような視線を向ける。
「しかしまさか精霊術士だったとはな。ふらふらしていたから狙ってみたがこうも簡単に手に入るとは俺たちもついている」
「だな。精霊術士さまでも所詮はガキか」
会話から察するに捕らえたのは目の前にいる二人。
「まさか……あなた達は密売人……?」
加えてここ数ヶ月、行方不明の子供が居ること。
人を商品と呼び出荷や客とのキーワードから導き出された状況から人身売買の密売人に囚われたと理解する。
二人は答えない。代わりに入れ墨の男がロロベリアの衣服を躊躇なく引き裂いた。
「な、なにをするのっ!?」
羞恥で咄嗟に胸元を隠そうとするも鎖に拒まれ腕が動かせない。
そんなロロベリアを二人は顔を見合わせ下品た笑い。
「なにをってなぁ? ただの嬢ちゃんなら価値が下がから丁重に出荷しなけりゃならねぇが、精霊術士さまなら多少傷物でも関係ねぇ」
「客も人体実験の貴重なサンプルとしか興味を持っていない。なら今の内に女としての喜びを味わってもらおうとしているだけさ」
「他の連中もバカだよな。ガキに興味ないって、それでもこんな上玉を前に何もしねぇって不能かよ」
「うそ……いや、やめて……」
「だぁめ。ゆっくり遊んでやるよ」
これから待ち受ける最悪な未来に、ロロベリアはか細い声で懇願するも通じない。
いやらしい視線を向ける入れ墨の男の伸びてくる手から必至に逃れようと後ずさるが、枷と壁に阻まれてしまった。
精霊術も封じられた状況で、もう終わりだと悟ったロロベリアは現実から逃げるように固く目を閉じる。
五年前、盗賊の夜討ちに合い、死を悟った時と同じように。
しかしあの時とは違って脳裏に浮かぶのはクロではなくアヤトの顔。
どうしてこの状況でアヤトを思い出しているのか。
クロではない。まだ知り合って一月程度の彼を。
分からないが、このままではもう二度とアヤトに会わせる顔がないと。
こんな状況でも、また会える。
会うんだと強く思い始めて。
(諦めるな……っ)
なら今ここですべきは諦めではなく抗うこと。
精霊力が使えないからどうした。
この状況は覆らないからなんだ。
精霊力を持たなくとも、アヤトは精霊力を持つ者を相手にできるのは精霊力を持つ者のみという現実を覆したではないか。
奇跡ともいえる偉業を成し遂げたのは、彼が精霊術士を越えられない現実に諦めず抗ったからこそ。
そんな人に認めてもらうなら、最後まで絶望に抗い続けることが最低限の強さ。
奇跡を己の力で引き寄せる強さ無くしてどう向き合えるのか。
精霊力を封じられ両手も使えない。
だったら足を、歯を使え。
恐怖を振り払い、現実から逃げるのを止めて目を見開く。
例え全てを封じられても、心だけは抗い続けろ。
「負けて……たまるかぁぁぁ――っ!」
諦めない気持ちが人を強くすると、ロロベリアは吠えた。
パチパチパチ……
瞬間、小さな拍手と共に聞こえるクスクスとの笑い声。
「素敵な心の声。ロロベリアさま、お見事です」
続く称賛にロロベリアは茫然自失。
二人の男の背後、薄暗い通路に溶け込むような黒髪黒目、黒いドレスを纏ったマヤがこんな状況にもかかわらず普段通りの涼しげな表情で立っていた。
「どうして……マヤちゃんが……」
「誰だこのガキは!?」
「知らん! そもそもどうしてここにガキが居るっ?」
音もなく突然現れた少女はロロベリア以上に男たちを狼狽えさせる。
しかしマヤは素知らぬ顔で鉄格子を越えてゆっくりとした足取りで近づいて来る。
「絶望の淵でなお運命に抗う強さ。やはり兄様がお守りになるお相手はこうでなくてわ。わたくし、もう少しで見捨ててしまうところでした」
「……なにを、言ってるの?」
「お詫びと言っては何ですが、今回は無償で兄様に協力いたしましょう」
問いに答えずマヤはニタリと口の端をつり上げ。
「なにより、あなたの心を穢されては――わたくしが楽しめませんし」
「さっきからなに言ってんだガキが!」
「いいから殺せ!」
この状況でも余裕を見せるマヤに痺れを切らしたのか、それとも不気味な登場に我を忘れたのか二人の男が襲いかかる。
「ダメ! マヤちゃん、逃げて――っ」
ロロベリアも状況は飲み込めないが、マヤを助けようと枷が手首に食い込むのも構わず身を乗り出す。
だが繋ぐ鎖が拒む音を鳴らすのみで。
このままではマヤが殺される。
しかし、そんな危機感を忘れてしまうほどの光景をロロベリアは目の当たりにした。
「わたくしお二人方のような人間、もう見飽きましたの」
迫り来る二人の男を前にマヤはため息を吐き、その姿が光となって霧散する。
「「な――っ」」
目標を見失い驚愕する二人の背後に再び集う光がマヤの姿へと顕現。
続けて無防備な身体に両手で触れた。
「だから興味もないので、存在しなくて結構です」
「「…………」」
ただ触れただけ。
しかし糸の切れた人形のように二人の身体が崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
奇妙な現象を起こしたマヤは地面に倒れる二人を無視、軽やかな足取りで歩み寄りロロベリアの手首に優しく触れる。
「血が出ていますわ。こんなに傷ついてまでわたくしを案じてくださるなんて……ロロベリアさまはお優しい方ですね」
「…………」
「早く治療をしてさしあげたいのですが、か弱いわたくしではこの枷を解く方法がございません。なのでもうしばらく絶えてください」
労る言葉には心が込められてなく、先ほどの現象もありロロベリアの背筋が凍り付く。
こんな場所に突然現れてから謎の言動の数々。光となって消えた身体、触れるだけで屈強な男たちを倒した力。
何から問えばいいのか。
何を知れば理解できるのか。
困惑から無意識にシンプルな質問を口にしていた。
「あなた……何者なの?」
畏怖の存在を目の当たりにした瞳で見据えるロロベリアに対し、マヤは顎に指を添えて冗談を言うようにクスクスと笑った。
「わたくしはあなた方人間で言うところの、神と呼ばれる存在でしょうか」
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