取り引き
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アヤト=カルヴァシアの生活リズムは早寝早起きが基本。
夜中に遊び歩く趣味もないく、一人で学食の下拵えもあるので早く起きなければならないので当然。
にも関わらず今日は夕食もそこそこで自室のベッドに寝そべったままひたすらあやとりに興じていた。両手に絡めた白い紐をゆったりと指に引っかけては伸ばし、外してはまた伸ばす動きを繰り返す。
何かを摸すのが目的ではなく、暇つぶしでもない。
ただ昔からうして絡まった紐を解いたり指にかけたりしていると気持ちが落ち着いた。
落ち着いて複雑に絡み合う紐を完成に導くように、複雑に散らばった情報をまとめて結論に導けるからで。
今もロロベリアから得た情報を、改めてアヤトなりにまとめようとしているのだが上手くいかない。
そもそも結論を出すまでもなく、彼女に告げたことは真実だ。ならまとめる必要もないのになぜか止めようとしない矛盾に苛立って。
更に苛立ちを煽る存在に、我慢できずアヤトは両手に絡む紐から視線を逸らした。
「……なにやってんだ」
殺意まで込めた睨みに、しかし部屋の隅に立つマヤは物怖じせずクスクスと笑った。
「さあ? なにをしているでしょう」
「用がないなら出ていけ」
「そう冷たいことを仰らずに、わたくしは気にせず続けてください」
「邪魔だから出ていけと言ってんだ」
忠告も素知らぬ顔でマヤは動こうとしないのでアヤトは無視を決め込む。
いつもは共にいることなく、どこかでふらふらしているマヤが観察するように片時も離れない。このような状況になるとろくでもないことを考えているか、企んでいる時。
問い詰めても、例え実力行使に出たとしても無駄に終わると理解していた。
「……たく」
その予想が当たったとアヤトは大きなため息を吐いた数秒後、突然ドアが開かれた。
「ロロはどこ」
面倒気にアヤトが体を起こせば槍を手にしたリースの姿。しかも精霊力を解放しているのか髪と瞳が燃えるような紅へと染まり、チリチリとした熱を感じるほどで。
隠す気もない殺気を既に感じ取っていたアヤトはリースの来訪に驚くことなく対応。
「他人様の部屋に勝手に乗り込んでずいぶんな態度だな」
「黙れ。いいからロロを返せ」
「あん? なに言ってんだ」
「惚けるなら――殺すっ」
首を傾げるアヤトに向けてリースは本気で槍を突き出すが、先端はベッドを突き刺しただけで。
「どこ――がはっ!」
目標を見失い戸惑う間もなく、背後に移動していたアヤトに背中を蹴られてリースの身体は吹き飛んだ。
「な、なにが……げぇっ」
「リス……だったか? いま俺を殺すとほざいたな」
壁に激突しベッドに倒れ込んだリースの腹を踏みつけ、アヤトは刀を引き抜く。
「なら俺に殺される覚悟もあると解釈するぞ」
「……っ……」
切っ先を喉元に突きつけアヤトが苦笑するも、向けられる殺意にリースは声が出ない。
だが不意にアヤトは肩を竦めた。
「たく……次から次へと」
「えっと……アヤトくん? 姉貴も悪気があったわけじゃないんで、ここはオレの顔を立てて許してくれないかな?」
姉を追ってきたのか汗を滲ませたユースが惨状を前に引きつった笑みで許しを請う。
「悪気なしでベッドをダメにしたんだが。なにより、テメェの顔を立てる理由があるか」
一度は突き放すアヤトだったが殺意を消してユースに視線を向ける。
「だがまあ、リスよりは会話が成立するか。白いのがどうのとほざいていたが、どういうことだ」
「……その前に足どけてくれない? 姉貴も一応女の子だし、将来元気な子供を産めるか弟として心配なんだけど」
「次に騒げばテメェも一緒にあの世に送ってやる。これで心配の必要もねぇだろ」
「わぁ……嬉しくない気遣いどうも。つーわけで姉貴? オレと心中したくなかったらいい子にしてようね」
「…………」
拝み倒すよう両手を合わせるユースの願いを聞き入れたと言うより、先ほどの殺意に当てられて戦意を無くしたリースもこくりと頷く。
するとアヤトも足をどけてベッドから下りると椅子を引き寄せ腰をかけた。
「さっさと話せ」
「ていうかマヤちゃんいたの? この状況で、どうしてそんなに落ち着いてんの?」
「慣れてますから」
「……相変わらずの大物っぷりだね。お兄さんビックリだ」
兄が命を狙われ、逆に殺そうとする状況を平然と眺めていたマヤに呆れるユースだが。
「姉貴より先に送ってやろうか?」
「話すから刀しまってください!」
苛立ちを露わに刀の切っ先を突きつけるアヤトに額を床に擦りつた。
「土下座はいいからさっさと話せ」
「……はい」
有無も言わせぬ迫力にユースは事情説明することに。
いつものように自主練を終えたリースはロロベリアの帰りを待っていた。
最初は遅くなっても気にしなかったが暗くなり、夕食の時間を過ぎても帰ってこないのでもしかすると訓練に疲れて動けないのか、それともケガでもしたのかと心配して訓練所に向かった。
しかし人の気配はなく救護室に立ち寄ってもロロベリアは居ない。
嫌な予感が膨らみまずユースを訪ねたのはやはり家族としての安心感があったのか。それに情報通の弟なら何か知っていると期待もあったのだろう。
事情を話すリースは明らかに動揺していて。
『アヤトくんの家にでもいるんじゃね? 今ごろ良いことでもしてたりしてな』
ユースとしては落ち着かせようと冗談を交じえたつもりだったのに、単純でもともとアヤトを快く思っていないリースは間違った方向に捕らえてロロベリアが強引に連れ去られたと解釈してしまい――
「……つまり、テメェのバカ発言が原因じぇねぇか」
説明を聞いたアヤトは怒りを通り越して呆れてしまった。
「まさか襲いかかるとは思わなくてな。悪い悪い……うん、反省してるから刀しまって? ベッドもちゃんと弁償するから」
笑って誤魔化そうとしたユースはギラリと光る刀を前に再び土下座。
「とまあ親友が心配で暴走した姉貴の善意がわかってもらえたところで、姫ちゃんがどこいったか知らない?」
「白いのとは学食で別れた。その後なんざ知らん」
「……本当に?」
まだ恐怖が抜けてないのか恐る恐る問いかけるリースに面倒気にアヤトは頷く。
「そもそも白いのが帰ってこないからと言って、なぜ俺のところに居ると結論づけた」
「それはまあ……えっと、マヤちゃんは知らない?」
ここでクロの話題を出すわけにもいかず、軽口は今度こそ殺されるとユースは言葉を濁し、話題を変えようとマヤに問いかけた。
「知っています」
「へ? 知ってんの?」
「ロロはどこ!?」
予想外にも肯定されて唖然。変わって有力情報を前に息を吹き返したリースがマヤに詰め寄る。
「ここより随分と離れた場所に。どうやら囚われているようですね」
「囚われて……? どういう意味?」
「そもそもなんでマヤちゃんがそんなこと知ってんの?」
「ロロベリアさまがわたくしの一部を所持しているので。感覚でわかります」
妄言としか思えない情報に戸惑う二人に対し、アヤトの表情が険しくなる。
「なぜ言わなかった」
「聞かれなかったので」
「……あいつは無事なのか」
「今のところは」
「正確な場所を教えろ」
「あら兄様。わたくしの協力を得たいのなら、見合った対価をいただきませんと。もうお忘れですか?」
からかうように微笑みかけるマヤにアヤトは苛ただしく舌打ち。
そんな兄妹のやり取りにユースがおずおずと挙手。
「なあちょっといいか? マヤちゃんの一部とか対価とか何の話だ? そもそも姫ちゃんが囚われてるのってマジなの?」
どう聞いても妄言で、意味深な言葉ばかり続けば疑問に思うのは当然で。
しかしアヤトは険しい表情のまま立ち上がりユースと、続けてリースを睨みつける。
「いいからテメェらはさっさと足を用意してこい」
「つまり助けに行くと? オレ達が?」
「こいつの証言だけで警備隊や軍が動くと思うか。ラタニが居ればまだ通じるが……こんな時に限っていやしねぇ」
アヤトの言い分はもっとも。マヤがロロベリアは囚われていると言っただけで、証拠は何もない。こんな話を持ちかけても医者を紹介されるか仕事の邪魔をするなと怒られるだろう。
カルヴァシア兄妹をよく知るラタニなら何かを察するのかもしれないが、今は任務で王都に居る。もし本当にロロベリアが何らかの事件に巻き込まれたのなら一刻を争う、連絡を取っている暇はない。
ただユースとしては信憑性がなさ過ぎて半信半疑。せめて詳しい事情を説明してくれなければ動く気もなかった。
「ま、信じる信じないは好きにしろ。俺は白いのがどうなろうと知ったことではないしな」
ユースの心情を察してかアヤトが挑発的に笑う。しかも本気で言っているのか手にしたコートをベッドに投げ捨て椅子に座り直した。
状況が飲み込めないまま信じるか否かを自身に問いかけていたユースの迷いを消したのは袖を掴む感触と、か細い声で懇願するリースの瞳。
「……ユース、お願い」
例え説明がなくとも、信憑性がなくとも助けに行きたい。
マヤの情報が本当ならここで動かなければ後悔する。もし間違いでもロロベリアが無事ならそれでいいと訴えかけている。
単純な思考、しかし姉の純粋さとお願いに弱いユースは降参したように笑った。
「はいはい……足はオレが用意するから、姉貴は部屋からオレの武器持ってきて」
「わかった。五分で戻る」
先に行動を始めるユースに続きリースも準備のため退室。
静けさの戻る室内でアヤトも投げ捨てたコートを羽織った。
「俺は何を渡せばいい」
刀を手にしつつ問うアヤトに向けてマヤはクスクスと笑った。
「興味深いお話をして下されば、それで」
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