聖女と神、対面する
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効率よく訓練をする為に共同生活を始めたとはいえ、休養日は丸一日でもない。
精霊力は有限、休憩を挟んでも回復力は微々たるもの。加えて休める時は休む方が効率も良い。
まあ以前は学食の清掃を終えてから夕刻まで。リースも選抜戦での訓練も同じように丸一日訓練を受けていたが、それが可能だったのは主に消費量が少ない訓練だったからで。
言霊を習得するまでロロベリアは精霊術を扱う暇もなく、休憩中に治療術を施す程度。リースは元より精霊術を扱わない戦闘スタイル、ミューズから制御力を教わっていた際に扱う程度。暴解放の訓練も最後に行われていたので問題はなかった。
だがロロベリアは言霊を習得してから精霊術を織り込んだ訓練に切り替わり消費量が増え、更にリースやユースにも治療術を施す必要がある。
つまりロロベリアの精霊力ありきな訓練になると長時間の訓練は不可能。故に保有量の少なさが恨めしく思うがそこも踏まえて模索すれば良いと割り切っている。
なにより共同生活を始めたことで訓練がより濃密になったのも確か。
アヤトとの訓練は学院がある日より少し早めに行われる程度で、それまでは各々自由に過ごせる。
「……どう?」
「良い感じだと思うけど……ユースさんは?」
「さっきよりはマシくらいか」
しかし元より休養日をアヤトの訓練に当てていたロロベリア、休養日にまで一緒に過ごす友人の居ないリース、交友関係が広いも浅くが心情のユースだ。
休養日だからといって特に予定もなく午前中は基礎体力の向上に始まり剣術などの稽古、精霊力を扱う訓練を行い午後は掃除や座学に当てていたりする。
ロロベリアが養子になってから常に三人一緒が基本。
なので王都の屋敷で暮らしていた頃と同じように過ごしているも、人付き合いに関してあまりアヤトのことは言えない三人だった。
そのアヤトは学食の仕事で今朝から留守、今ごろ休養日の清掃を終えたケーリッヒと市場に居るだろうはさておいて。
「そろそろお昼にしましょうか」
正午には少し早い時間でロロベリアが提案、リースとユースも異論なくリビングへ。アヤトが作り置きしている昼食を三人でテーブルに運んで食べ始める。
「にしてもエニシって爺さんの手帳はマジ助かるわ」
始めるなりユースが話題を出したのはロロベリアがエニシからもらった手帳について。
エニシの秘伝や手帳について代表メンバーで知るのはリースとユースのみ。なんせ他のメンバーはアヤトがエニシと模擬戦を行ったことも、ロロベリアが訓練を受けていたことも知らない。
対し二人はロロベリアがサクラの捜索に向かう際、国王の依頼も踏まえて全てを知っている。マヤの正体を知るからこそ、特に同室だったユースはアヤトのアリバイ作りに協力をするためで。
故に帰国後、ラタニからマヤの協力を隠したまま依頼内容を知らされたカナリアやモーエンに何かを聞かれてもラタニの筋書き通りの説明をする手筈。
ちなみにカナリアやモーエン、リースやユースが知らされていなかったのは知らないからこそリアルな反応が得られることで、アヤトの裏行動を隠すためだった。結果として完璧に隠せたが、最も気苦労したカナリアは納得しつつも微妙な気分だろう。
とにかく裏事情を知るからこそ、ロロベリアも二人に秘伝についてや手帳に記された訓練法を惜しみなく伝えた。精霊力を感じる他者がいる方が効率がいいし、強くなりたいなら知っておくべき。
せめて代表メンバーには公開したいがやはり入手した経緯が経緯だけに難しく、ラタニと相談してみるつもりだ。
それだけエニシの秘伝や訓練法は為になる。
「なんせ訓練法が分かりやすく、例えも踏まえて書いてくれてるもんな」
「……ですね」
だからこそ絶賛しているがユースに悪気はなくてもロロベリアは肩を落とす。
精霊力の部分集約はユースも習得したい技術で以前ロロベリアにコツを聞いたが、ラタニ曰く精霊術士の申し子が故に何となく出来てしまったので上手く説明できず終い。
だが武術や精霊力の基礎訓練は当然として、部分集約などの応用訓練もエニシの手帳には理論的に記されていたお陰で少しずつコツを掴み始めている。加えてリースの制御訓練もはかどり、まさにエニシの手帳様々で……これまで誰かに教えたことのないロロベリアは自身の教え下手が浮き彫りになった。
逆をいえばロロベリアの才覚が証明されるも、自分が憧れる強さを誇るエニシやラタニ、アヤトと言った強者は育てる才覚もあるだけに微妙な気分だ。
「……愚弟、ロロをいじめるな」
「いやいや、別にいじめてないって。むしろ何となくな感覚で自在に操る姫ちゃんを改めて尊敬してるくらいだし」
「ならいい。ロロはすごい」
「……ありがとう」
なので褒められても純粋に喜べなかった。
ただ落ち込んでても仕方がないと率先して話題を振り、三人でも賑やかな昼食を楽しんでいたが洗い物とキッチンの清掃をしつつユースが心配そうに呟いた。
「……実際のところ、どうなんだろうな」
午前の訓練を早めに切り上げたのはこの後エレノアとミューズが訪問するからで。
アヤトの事情をそれなりに知っているとはいえ、王族のエレノアまで他の序列保持者と同じように訪問するとは思いもよらず。
ただ懸念しているのはエレノアではない。
「ミューズさまのこと?」
「他にないだろ」
察したロロベリアが確認すればユースは肯定。
王族といえどアヤトが国王と懇意にしているならエレノアが訪問しても不思議ではない。つまり懸念材料はミューズの方だ。
精霊を神聖化している王国や帝国とは違いミューズの祖国は神を崇める教国。更に幼少期から神子の修行をしていた彼女が初めてマヤと顔を合わせることになった。
もちろん神を崇め、神子の修行をしているからマヤの正体を見抜けるとは思えない。
ユースも以前は可能性が頭を過ぎったがバカバカしいと考えるのは止めている。
ただこうしていざ鉢合わせする状況になり改めて不安を抱いてしまう。
ミューズがマヤ――神と直接顔を合わせたら、どのような反応をするのか。
現にラタニも以前、アヤトを教国に関わらせたくないような口振りだったので尚更だ。もしかすると、との懸念がどうしても拭えない。
ロロベリアも同じ懸念を抱いたのでエレノアの申し出に不安を感じるも、だからといって断るわけにもいかず了承したがやはり心配はするわけで。
ただリースはなぜ二人がそこまで心配するのかと疑問視していた。
ある種ユース以上に精霊にも神にも信仰心が薄いどころか興味が無いので修行をすれば神気を感じられるとも、神の存在を見破れるとも思っていない。
なにより思考がとてもシンプルだ。
「マヤが問題ないと言った。なら問題ない」
その神が心配する必要はないと言うなら必要ないと思うわけで。
「そうだけど……マヤちゃんだしなぁ」
「確定でもないから……余計にね」
だがシンプル過ぎるのも否めないく、こう言っては何だがリースは単純すぎるのだ。
なんせ懸念を抱いた二人が直接マヤに確認した際の表情は、的外れな心配に呆れるよりも楽しそうで。
『わたくしも兄様と教国に訪れていますし、教国の人間とも言葉を交わしています。なのでそのようなご心配は必要ないかと』
過去の経験談を引き合いに問題ないと口にしたのみ。
なぜか初対面からアヤトに好意的で、どこか崇拝染みた態度を向け続ける理由はもしかするとマヤとの契約で宿した神気を感じ取ったのではないかとの可能性があるミューズだからこその懸念。なのに彼女の名前を伏せたのが妙に気になる。
加えてマヤの言葉をどこまで信じていいものか。
マヤの目的はあくまで興味深い観察対象のアヤトを観察して楽しむこと。あの表情を踏まえれば今回の一件も楽しんでいるのではないか。
ミューズのアヤトに対する対応や、マヤの不確定さがより不安を募らせる結果となったが、了承した手前今さらキャンセルするわけにもいかず。
「なんにもないよう神さまに祈るところだけど……」
「その神さまが……ねぇ……」
出来ることは覚悟を決めることくらいだった。
◇
「お邪魔させてもらう」
「本日は急な訪問を了承して頂き、ありがとうございます」
そして午後一時、約束の時間通りにエレノアとミューズが訪問。
人目を考慮してか普段使いの馬車ではなく、少し高級な外装をした馬車に二人で乗ってきたのか住居近くに一台のみで。
ちなみに二人の使用人は外で御者と待機している。まあエレノアの従者は今さらとして、ミューズの従者がアヤトの態度を見れば一騒動あると考慮したのか。
ただエレノアは訓練着にレイピアを帯刀しているがミューズは淡い水色のロングスカートといった私服姿、武器も所持していなかった。
「……カルヴァシアは居ないのか?」
訓練に来て動きにくそうな装いに質問するより先に室内を見回したエレノアが質問を。
「アヤトは学食の仕事で朝から出かけていて……訪問時間は伝えていますが」
なのでロロベリアが申し訳なさそうに留守を伝えるも、エレノアは首を傾げてしまう。
「……妹も一緒にか?」
「あ……それは……」
「マヤちゃんはお兄ちゃんっ子でして、親善試合で留守していた分甘えたいらしいっす」
「そうか……いや、仕事なら仕方がない」
マヤの不在に対する疑問に言い淀むロロベリアに変わりユースがフォロー、エレノアも納得してくれた。
変わりにマヤの話題が出るなりミューズが両手を合わせてニッコリ。
「アヤトさまの妹さまにお会いするのを楽しみにしていました。そうですか、お兄さま思いな方なのですね」
「はは……まあ、そうっすね」
ミューズは親善試合に出場していないが、お茶会時に語ったロロベリアの情報程度ならエレノアが伝えているとは聞いている。
アヤトの過去を広めるわけにもいかないが、カナリアが考えた偽情報なら他の序列保持者も知るところ。ならミューズにも話しておきたいと事前にラタニにも確認済みなので問題ない。
ただエレノアらも知らないマヤの本性を知るだけにユースも、ロロベリアも不安と同時にそんな目を輝かせて馳せるような純粋な子でもないと内心突っこんでいた。
「もうすぐ帰ってくると思うので……お茶でも飲みますか?」
「粗茶しかないっすけど」
「いただこう」
「ありがとうございます」
とりあえず二人を立たせたままにするわけにもいかずロロベリアとリースでお茶の準備に取りかかり、ユースがリビングのソファに案内を。
「帰ったぞ」
「ただいま帰りました」
「「…………」」
するなりアヤトとマヤが帰宅。
気を抜いた瞬間での登場にロロベリアとユースは硬直、リースは気にせずカップの用意をしていたがそれはさておき。
「カルヴァシア、お邪魔している」
「アヤトさま、失礼しています」
「外に馬車が停まっていればわかる」
「確かに……その子がカルヴァシアの妹か」
相変わらず相手が誰だろうと立場無視の対応。しかし今さらと流してアヤトに遅れて二人の前にやってきたマヤにエレノアは興味を示す。
「初めましてエレノアさま。マヤ=カルヴァシアと申します。兄様がいつもご迷惑をおかけしているようで」
「………………本当にカルヴァシアの妹なのか?」
「似ておりませんが一応」
アヤトと違いとても出来た対応。
疑問を抱くエレノアに微笑を返したマヤは続いてミューズの前に。
「ミューズさまも初めまして。いつも兄様がお世話になっております」
「…………」
「……ミューズさま?」
エレノアと同じように優雅な一礼をするもミューズから反応がなく。
これには緊張の面持ちで見守るロロベリアとユースは息を呑んだ。
「え? ……ああ申し訳ございません。マヤさんの所作があまりに優美だったものでつい魅入ってしまいました」
「あらあら、ミューズさまったらお上手ですわ」
「いえいえ、本当ですよ。ミューズ=リム=イディルツです。こちらこそいつもアヤトさまにお世話になっておりまして――」
「問題なかった」
「いや……どうなんだ?」
「あの間が……なにかね」
「でもマヤにはさん、アヤトにはさま、もし見抜けたなら敬うのはマヤになるはず」
「「確かに……」」
和やかに言葉を交わす二人を余所にユースはキッチンに赴き情報交換。妙な間は気になるもリースの指摘は最もと判断に悩んでしまう。
そんな三人を余所に訓練条件の手土産にエレノアは焼き菓子を、ミューズは教国の茶葉をアヤトに渡していた。
「やっとカルヴァシアとまた遊べるようになった」
「そこまで王女さまに望まれるのは光栄だが、手土産と暇さえありゃ俺は遊んでやったが」
「それは私が原因なのです」
余程楽しみにしていたのか目をキラキラさせるエレノアと嘆息するアヤトの会話にミューズがおずおずと挙手を。
王族とは言え国王との繋がりがある分まだ訪ねやすいエレノアに対し他国の、しかも貴族家出身のミューズは繋がりがないだけに理由付けに苦労したようだ。
なんせ使用人らも教国から同伴した者ばかり。いくら同じ学院に在籍する学院生の自宅でも貴族区ではなく、ぶっちゃけ工業区に住居を構える酔狂な相手とは関わらせたくない気持ちは分かる。
加えて自宅内に使用人を同席させるわけにもいかない。学院内の噂は耳にしているかも知れないが、アヤトのミューズに対する対応を直接目の当たりにすれば待っているのは面倒ごとだ。
つまりミューズの使用人に訪問だけでなく同席させない許可を得るのに手間取った結果で。
「たく……だが使用人を説得までしてなぜミューズを同伴させた。その格好だとお前は遊びに来たように見えんが」
「さすがに学院外でミューズを私的な訓練に連れ出せないだろう」
まるで苦労したのはお前のせいだと言わんばかりの理由に(事実その通りだが)呆れつつアヤトが問えばエレノアは即答。
ミューズは王国の学院生、しかし教国の留学生。故に学院外の行動は慎重にする必要がある。アヤトの実力は信用に値するが、訓練中に万が一なにかあれば国際問題まで発展する可能性が高い。
「なによりカルヴァシアの遊びは過激だからな……」
「わたしもアヤトさまにご指導頂きたいのですが……故に本日はエレノアの付き添いとして。治療役も頼まれました」
身をもって知るエレノアは遠目をしているも、リースの訓練を見ていたはずのミューズはとても残念そうと、このやり取りでロロベリアらも最初の疑問が払拭された。
「カルヴァシアとの訓練を私の使用人に見せるのはな……カイルさまも精霊祭に向けて忙しくしている。まあ落ち着いたらお兄さまと一緒に来るそうだ。とにかくランから聞いたが、毎回ロロベリアが治療をしてるんだろう? 私の訓練に精霊力を使わせるのも忍びないと思ってな」
要はティエッタのように武の一族らしい価値観を持つ使用人とは違い、自身の使用人で治療術を扱える者を同席させるのに抵抗があるエレノアはミューズに治療要因としてお願いした結果、今まで訪問できなかったらしい。
どちらにせよアヤトが原因だがミューズのこと、喜んで一緒に使用人を説得しただろう。
「なるほどな。ま、痛い目みる覚悟で遊びに来た心がけは褒めてやろう。なら早速遊んでやるか」
「望むところだ。ミューズ、頼んだぞ」
「お任せください」
どこまでも上から目線のアヤトにも不快感なくエレノアはやる気満々でミューズと共に訓練場へ。
「何してんだ? リス、ユース、お前らも来い」
「なぜ?」
「は?」
呆れながら見送っていたリースとユースは不意に指名されてキョトン。
ちなみにロロベリアはなぜ自分は指名されないと不服げな表情で訴えていたがアヤトは当然無視。
「聞いてなかったのか。今日は序列九位さまが看護してくれるんだ。お前らも今の内にボコられた方が後に構ってちゃんをよりボコれるだろう。ミューズも構わんな」
「アヤトさまが望まれるなら」
「だそうだ。分かったならさっさと来い」
「お前という奴は……だが教わる側の私は何も言えないか」
一方的に決めて返事も待たずに訓練場へ。
だがアヤトの提案も確か。いつも自分たちの治療で精霊力を消費させているだけに、ミューズがいる間に今日の訓練を済ませればロロベリアも自分の訓練に集中できる。
「むかつくけど納得。ロロ、行ってくる」
「だよなぁ……」
「……いってらっしゃい」
素直に従う二人を見送るロロベリアの表情は夕食後の訓練を想像して不服から絶望へと変わっていたのは言うまでもない。
しかしアヤトとの訓練がより効率的になるのなら望むところと、持ち前の前向きさで切り替えたロロベリアは同じくリビングに残されたマヤの元へ。
「……ミューズさまの反応、どう思う?」
リースの言い分は最も、しかしあの間がどうしても気になる。
故にマヤはどう捉えたのかと、二人になったからこそ聞ける質問を。
「さて、どうでしょう。ですが、ミューズさまの反応にはわたくしも少し興味がありますね」
「……マヤちゃんにも分からないの?」
「人間の考えることなど基本興味はありませんから。そもそもロロベリアさま、わたくしは兄様と契約をしたことで色々と制限がある、と説明したではありませんか」
「つまり……分からないと」
「人間の思考が読めるのなら、兄様に質問などしません」
「……マヤちゃん」
「それよりもロロベリアさま。兄様が楽しまれている間にお掃除を済ませておくべきかと。今夜はとっても激しい時間になりそうですし」
「言い方……でも、そうね」
明確な返答を避けて話題を変えるマヤにうな垂れつつもロロベリアは再び気持ちを切り替えた。
二人の訓練なら恐らく今日は新しい遊び、つまりアレが待っている。
ならば間違いなく足腰が立たなくなるだろう。
…………物理的な意味で。
ミューズの反応については現時点ではご想像にお任せします。
そしてこの後ロロベリアがどのような激しい時間を過ごしたかもご想像にお任せします。
また序列メンバーで唯一描かれていないミューズの実力はもう少し引っ張ります。
そしてロロベリアが地獄を見ている新しい遊び方についてももう少し引っ張ります(笑)。
ですが第六章のメイン、精霊祭については次回更新から触れていくのでお楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
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