呆れた真意
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マイレーヌ学院から南西の一帯は田畑や工場施設と主に生産、工業区となっている。
基本はラナクスの貴族や商会が運営しているも全てではなく、王国内の商会が所持している施設もいくつかあった。
その一つが経営難に陥り王国屈指のニコレスカ商会が買収したのがひと月前のこと。王国第二の都市ラナクスで勢力拡大を計っていると、会長であり母でもあるクローネからロロベリアたちも王都滞在時に聞かされていた。
だが寮を出てこれからアヤトと一緒に生活する家を建てるとは聞いていない。
しかも買収した工場施設の一角に住居を既に用意しているとも。
これがサーヴェルや国王と約束した依頼報酬の一つだとも聞いていない。
「……どうして?」
故に事情を聞いたロロベリアは疑問しかない。
国王の依頼報酬が学食の改装と運営資金の増額だけとアヤトは言っていないし、サーヴェルの依頼報酬が新月と炎覇の費用負担だけども言っていない。
ただ国王に買収の費用援助や、サーヴェルに同居許可と住居の建築費用が別報酬の条件なのかが分からない。
「どうしてと申されても、補修や増額と言った報酬は利益含めた結果を出していれば自ずと出るお話と兄様が仰っていたではありませんか。それを早めるのみ、というのは今回の依頼に対する報酬にしてはいささか釣り合いません。そして兄様の持ち出した買収の費用援助によりニコレスカ商会は負担が少なくて済みます。住居の建築費用を差し引いても充分利のあるお話。故にクローネさまは感謝されていましたが」
ロロベリアの疑問に住居へ向かう道中、アヤトに変わり事情を説明してくれたマヤが首を傾げるが疑問はそこではない。
なぜこのような交渉をしてまでアヤトは自分たちと、わざわざ工業区に住居を建ててまで暮らそうとしているのかだ。
アヤトと同居を始めるのはロロベリアだけでなくニコレスカ姉弟も一緒。しかも寮に置いていた三人の荷物も住居が完成するなりクローネの指示で既に運ばれているらしい。
そもそもサーヴェルの依頼はひと月前に完遂しているが、国王の依頼は最近完遂したばかり。にも関わらずなぜ依頼を任せてすぐ報酬の為に動いていたのか。
「万が一でも国王さまの依頼に失敗した場合、兄様の資産でお返しするとの条件でもありましたが、国王さまは兄様の能力をお買いになられているからでしょう」
アヤトなら完遂して当然との信頼されていたのは分かる。この際クローネが内密に進めていたのも構わない。
恐らく驚かせようとしていたのだろう。今に思えばこれまで商会の仕事について話さなかったクローネがわざわざ話したのは前振りだったのかもしれないはさておいて。
もちろんロロベリアとしては不服はない。二人きりで暮らす(当然マヤも居るが)ような紛らわしい言い方には文句はあるが、これまで私生活が謎だったアヤトと一緒に暮らす、寝食を共にするのは大賛成。リースやユースも一緒というのは……ほんの少しだけ残念ではあったが、気心知れた二人も加わればきっと楽しい毎日になると拒む理由はない。
そしてリースはアヤトと同じ屋根の下、というのに若干抵抗はあれどロロベリアが居るならと賛成。ユースは面白そうだと賛成。
つまり三人ともこの同居生活に不満はない。
しかし何度も言うが最悪の場合は自身の資産を負担してまで自分たちと工業区に住居を建てて暮らしたいのかが分からない。
「そこまではわたくしも分かりません。なので兄様にお聞きください」
「らしいけど、なんでオレたちと同居したいんだ?」
「その内わかる」
「……ほんとかよ」
聞いても相手にされずユースは肩を竦め、こうなると問い詰めたところで真意は聞き出せないと早々に諦めた。
「そもそも一緒に暮らすなら、わざわざお家建てんでも貴族区の屋敷でよくね?」
「ここからだと学院から遠い」
「寮暮らしより三倍はかかるもんなぁ……お寝坊できないぞ」
「周囲に食堂もないから不便。別に平民区の空き家でも良いのに」
「まあまあ……アヤトにも何か考えがあってのことだから」
変わりに立地の悪さに愚痴をこぼすニコレスカ姉弟をロロベリアが窘めるも既に遅し、先頭を歩いていたアヤトが鬱陶しげに視線を向けた。
「つーか不満があるなら寮に戻っていいぞ。お前ら姉弟はオマケみたいなものだからな」
「ほうほう、つまりアヤトくんは姫ちゃんと一緒に暮らせればいいわけか」
「それがどうした」
「――――っ」
突き放すも意味深な発言にユースはニヤリ、ロロベリアの顔が瞬時に赤くなった。
どうしたもなにもアヤトの目的はロロベリアと一緒に暮らすこと。自分たちはついでの扱いならばもちろん気を遣うべきで。
「姉貴、どうやらオレらはお邪魔らしいぜ」
「…………そうなの?」
「だからここはアヤトくんのご希望に応えて、オレたちは拒否するのが姫ちゃんの為でもあるだろ」
「…………ロロが望むなら、我慢する」
「我慢しなくて良いから…………お願いだから一緒に暮らしましょう」
気遣いよりも更に面白くなるとユースは提案、リースは寂しそうにしつつも本当に親友の為を思い同意するも、顔を真っ赤にしたままロロベリアは二人の服を掴んで懇願。
いざ本当に二人(マヤも居るが)で同居生活になると嬉しいよりも恥ずかしさしかないと妙なところでヘタレだった。
まあそんなロロベリアの性格を知るが故にユースも冗談で提案しただけ、本気で真に受けたリースも安堵の表情。
とにかくマヤも知らないならこれ以上考えても仕方がない。ニコレスカ姉弟は黙々と、ロロベリアは多少ぎこちなく先を行くアヤトに続いて工業区の奥へ。
やがて周囲に比べひときわ古めかしい工場が見えてきた。マヤ曰く買収した中で一番古い建物で元は精霊器の部品工場。
「……もしかしてここが?」
「色合いがなんか変」
「なんつーか意味深だよな」
再稼働する際は改築予定とのことらしいが、その工場に隣接する真新しい建物にロロベリアらは微妙な反応。
工業区には不釣り合いな二階建ての一軒家。木族建築で外壁は白、屋根は黒との色合いは確かに意味深で。
対し一瞥したアヤトはため息一つ。
「簡素でいいと言ったんだがな。ま、費用はサーヴェルのおっさん持ちだから構わんか」
「そもそもこんな場所にお家建てる意味が分からん……でも充分簡素じゃね?」
平民の住居なら充分立派でも貴族生まれのユースからすれば簡素の部類、マヤは置いとくとしても四人で暮らすならむしろギリギリだ。
「部屋なんざ二部屋あれば充分だろう」
「つまり男女で一部屋ずつって……おいおい、オレと一緒に過ごすの嫌じゃ――」
「俺の部屋と白いのとリスの部屋の間違いだ」
「オレはどこで寝るんですかねぇ!?」
「知らん」
「オマケ扱いにしても酷すぎる!」
「まあいい。とりあえず確認しておくか」
「良くねぇよ!」
などとユースの訴えも無視、アヤトは鍵を取りだして室内へ。
ちなみに鍵は王都でクローネと進捗確認時に受け取っていたらしく、人数分の合い鍵も用意されていた。
一階の間取りは入ってすぐリビングとキッチン。食器や調理器具、家具などは必要最低限クローネが用意した物が既に配置されていた。
突き当たり左のドアはバスルームとトイレ、右にもドアが一つ、中央の階段から二階に上がれば四部屋と物置もあるらしい。
またリビング中央に寮へ置いていたロロベリアらの荷物も既に運び込まれていたのだがアヤトの荷物は何もない。
「あなたの荷物は?」
「既に終えている」
「…………見てもいい?」
ラナクスでは職員寮で暮らしていたが、以前は根なし草な生活をしていたらしいので衣服など最低限の荷物しかアヤトは持たない。
そもそもアヤトの私室にロロベリアが興味を持つのは無理もなく。
「好きにしろ」
「やった……で、どの部屋?」
「そこだ」
アヤトが顎で示したのは突き当たり右のドアで。
「どうしてアヤトだけ一階? そもそも二階に四部屋あるんでしょう?」
「上はお前らとラタニの部屋だ」
「……アーメリさま?」
「ラナクス滞在時はここに居座るんだとよ」
「……ならアーメリさまが一階で良いじゃない」
「どの部屋使おうと俺の勝手だろ」
「そうだけど……」
何となく残念な気持ちでロロベリアはドアを開ける。
リースやユースも興味があるのか背後から室内をのぞき込んだ。
「「「…………」」」
確認するなりまず固まった。
何故なら部屋の壁を覆い尽くす本棚に隙間なく収まっている本の数々。中央にローテーブルとソファがあるのみで私室と言うより書斎で。
「お前……どこで寝るんだ?」
「ソファがあるだろ」
「……そもそもこれだけの本、どこから持ってきたの?」
「王都にあるラタニの住居からだが」
「服とかは無いの?」
「床下に収納している」
「「「…………」」」
「なんだ」
ある意味生活感のない私室にロロベリアはうな垂れ、リースとユースは呆れてしまった。
「つーかお前らもさっさと荷物を置いてこい。共に暮らすなら決めることは山ほどあるんだよ
◇
ようやく見れられたアヤトの私室に残念な気持ちはあるも、共同生活をするなら決めることはたくさんあるとロロベリアらは荷物の整理を。
階段を上って左右に二部屋ずつ、どの部屋も同じ間取りならとロロベリアとリースは左側を。リースの向かいにある部屋をユースが利用することに。
備え付けの家具などはクローネが選んだだけあり質は良く、室内の広さは寮部屋と同じほど。
元より寮生活をしている上にあまり荷物を置かないロロベリアは早々に整理を済ませて昼食を用意してくれているアヤトの手伝いに向かった。
「暇なら運べ」
簡単な昼食ならアヤトにとっては余裕のようで、まるで学食の仕事のようにロロベリアは配膳をすることに。
ただ学食ではなく一緒に生活する住居というだけで気分は全く違う。
「なにニヤニヤしてんだ気持ち悪い」
「……言い方」
緩む表情を我慢しつつ昼食の準備も整い、リースとユースも下りてきた。
どこに居たのかマヤも現れ五人で食事をしつつ共同生活をする上でのルール決めを。
まず決まったのは料理はアヤトが担当すること。と言うのもこのメンバーでアヤト以上に料理が出来る者がいない。ロロベリアも教会で暮らしていた際にお手伝いをしていたレベル。リースやユースは全くなので消去法の結果でロロベリアは料理の勉強をしようと心に誓った。
買い出しは料理が出来ない組が交代制。ただ今後の仕送りはロロベリアが三人分管理するようクローネが指示しているらしく、元より無駄遣いしない二人は構わないがユースは肩を落としていた。
ゴミの処理は工業区の廃棄場に持っていけば良いらしいのでこちらはユースが強制的に担当することになり、逆に洗濯はロロベリアが女性陣で担当すると進んで名乗り出た。理由は言うまでもないはずなのにリースは首を傾げていたりする。
ただバスルームやキッチンは最後に利用した者が必ず掃除。リビング、階段、廊下、トイレも毎日交代制で掃除。しかも各自の私室も毎日掃除するようアヤトが強調。
これにリースとユースが自分のテリトリーは好きにして良いはずと主張したが、アヤト曰く家の一カ所が汚れていればそこから害虫が沸くと譲らない。
「各々の私室を含め、散らかせばたたき出す」
「……偉そう」
「とんだ姑だぜ……」
実力行使に出られると二人は不承不承ながらも頷くしかない。
学食では食事をするところと朝夕二回の清掃を指示していたが、たんにアヤトが綺麗好きなだけだと思いつつロロベリアも従うことに。
「んで、結局なんでオレたちと暮らすつもりになったんだ」
後は生活しつつ気になることがあれば相談すると纏まったところでユースは改めて質問。共同生活のルールを決めて感じたが、どうもアヤトは仕方なくこの暮らしを始めようとしている。
その内わかると交わされたが、歩み寄りのような状況がどうにも落ち着かないのだ。
ユースだけでなく二人もこの共同生活に違和感があるようで無言のまま注目を。
「少し反省してな」
三人の視線が鬱陶しくなったのかアヤトはため息一つ。
「お前はともかくリスはひと月ほど。白いのに関しては三ヶ月近くも遊んでやっているのに未だ弱っちいまま。お前らがバカなのもあるが、俺が甘やかしすぎたのかもしれん」
だから反省して共同生活を始めたのなら、つまりアヤトの真意は。
「……もしかして訓練量を増やす為にわざわざ一緒に暮らそうと思ったの?」
「他にどんな理由がある」
ロロベリアが確認すれば肯定されてしまった。
学院が終わった後や休日の訓練では足りないから共同生活をして徹底的に鍛えるとの理由はむしろ予想斜め上。
「いやいや、訓練目的ならなおさら室内訓練場のある屋敷にするべきだろ」
「広すぎれば管理が面倒だろ」
「そこは使用人雇えば……」
「お前らと同居するのも面倒なのに、これ以上人が増えれば俺の心が安まらん」
故にユースが反論するもアヤトは平然と。
更に静観していたマヤがクスクスと笑った。
「兄様はボッチ気質ですからね。ですがお三方のみと同居することで、わたくしも気兼ねなく顕現できます。とっても名案かと」
「お前は人間の真似事が好きだからな」
確かに訓練場完備の屋敷を借りるなら管理が難しく使用人を雇うか実家から呼ぶ必要があり、そうなればマヤの存在がネックになる。なんせマヤの目的はアヤトを観察して楽しむこと、日中姿を見なければ妙に思われるだろう。
だがマヤの正体を知る自分たちなら共同生活をしたところで何の問題はない。こうした配慮も踏まえてこのメンバーになるのは分かる。
「この辺だと精霊力を解放する訓練場なんてない」
しかし大きな問題があるとリースも反論を。
訓練時間を増やすのは構わないがどこで訓練するのか。
簡単な模擬戦なら屋外でも可能だが、アヤトの持論は精霊力の解放ありきの訓練。加えてロロベリアやユースは精霊術を多用するスタイル。
意外にもアヤトはルールを遵守する。精霊力の解放や精霊術の使用は設備が整った上で領主や王国軍の許可を得た場になる。ラナクスの場合だと学院か貴族区の訓練場くらいなもの。
「相変わらずリスは物事を考えん。そこにおあつらえ向きな遊び場があるだろう」
この問題に嫌味を踏まえてアヤトはほくそ笑み、何故かバスルームの方へと視線を向けた。
「クローネに頼んで精霊結界も設置済み。邪魔な物も全て撤去してあるから安心しろ」
「もちろん国王さまからご許可も頂いております。正確にはラタニさま経由で、ご自身の修練場と申請しましたが」
視線の先と二人の補足に遊び場がどこなのかを察することは出来た。
なぜ工業区に住居を建てたのか。
マヤの存在があるため貴族区の屋敷を使えない。
しかし平民区に訓練場を建設する土地を用意するならかなりの費用が必要。立ち退き要請に住民の反発もある。
なら序列専用訓練場よりも広い、現在可動予定のない工場を訓練場に利用すればいい。
規模の大きさに呆れはしたがこの方法は合理的で、今まで以上に訓練も可能と納得はできたが。
「さて、納得したなら夕食まで軽く遊ぶか」
なぜここまでしてアヤトが進んで鍛えようとするのか、根本的な理由は分からず終いだった。
アヤトくんの真意は謎のままロロベリアだけでなくリースやユースも加わった同居生活の始まり始まり。
次回からようやく学院も再開、どんな生活を始めるのかはお楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
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