二人の過去 2
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「俺の産まれはここより北西の山間にある田舎町だ。先にお前が言ったように七年前、商人を生業とする父と母が賊に襲われ亡くなり、後に俺は警備兵に身柄を保護された」
記憶は失われていないと誇示するように細かな生い立ちを語っていく。
それは奇しくもロロベリアの知るクロの事情と同じで。
「だがその後、俺を引き取ったのは教会ではなくとある施設だ」
続く内容は全く知らない。
「先にクギを刺すが、その施設の詳しい事情を説明する権限が俺にはなくてな。興味があるならラタニにでも聞けばいい」
「……どうしてアーメリさまに?」
「守秘義務というやつだ。つまり、それほどろくでもない場所だった」
「…………」
「マヤを拾ったのは四年前、その直後にラタニに俺たちが拾われ、暇つぶしにあいつの戦闘訓練を受けて後は知っての通り調理師としてここに居るというわけだ」
若干適当ではあるが生い立ちの最後をそう締めくくった。
そしてロロベリアと同じように、ここから本題に入る。
「俺がクロではないと確信している大きな理由は、施設でお前の言うクロの特徴と一致する奴がいたからだ」
「クロ……と、あなたが……?」
ただアヤトの語る本題は比べものにならないほど衝撃的で。
「先ほどの話では六年前以降、消息が分からないと言っていたな。時期も近い、まあ同一人物か責任はもたんが」
守秘義務が必要なほど奇異な施設で二人が出会っている。
つまりクロは養子縁組ではなく、何らかの理由で施設に入り消息を絶った。
「じゃあ……クロは? あなたがクロでないのなら……クロはどこにいるの?」
嫌な予感しかできない状況で、知りたくないのにロロベリアは問いかけてしまう。
クロを知るという唯一の人物に、彼の消息を掴める手がかりを前に、縋り付いてしまう。
不安で表情を引きつらせるロロベリアに、まるで天気の話でもするような平然とした態度でアヤトは告げた。
「死んだ」
最悪な現実を。
「……うそ」
「これもラタニから聞けばいい。あの施設で生き残ったのは俺だけと証明してくれる」
もちろん受け入れることなく抗うロロベリアにアヤトは無慈悲に切り捨てた。
「お前が嘘と思いたければ勝手にしろ、俺の知ったことではない。で、とても大切な話とやらは終わりか?」
「…………」
「……何か言え」
色彩のない瞳を向けたままロロベリアは呆然としていて。
現実を受け入れたくないのか、それとも受け入れたが故にショックが大きいのか。
とにかく時間が停止したような彼女を前にしてアヤトは苛立ちを露わに舌打ちを一つ。
「どうやら今日は遊ぶ気分ではないようだな。仕方ねぇ、戸締まり忘れるんじゃねぇぞ」
励ましの言葉も、優しい言葉もかけることなく去って行く。
ロロベリアは無言のまましばらく過ごし、やがて何かに取り憑かれたような足取りで学食を後にした。
◇
「やれやれ」
操り人形のようにどこかへ向かうロロベリアの背を、学食の出入り口すぐ横の壁にもたれ掛かり見送ったアヤトは呆れたように肩を落とす。
「戸締まりを忘れるなと言ったんだがな」
「本当に乙女心が分からないのですね」
続いて開けっ放しのドアを閉めて施錠、同時に背後からかけられる声。
「何年も待ちわびた再会が二度と叶わぬと知ったのです。それが愛しい殿方となればなおさら。無理を言ってはなりませんわ」
リースが困惑したように、ロロベリアが驚いたように気配も感じさせず突然マヤが背後に現れたにも関わらずアヤトは平然としたもので。
「邪魔はするなと言ったはずだが」
「兄様の過去をお話しすることの、何がお邪魔になるのでしょう?」
「結果としてあいつと遊べねぇ。楽しみを取り上げられた気分だ」
「わたくしはとっても楽しく拝見できました」
悪気を微塵も感じさせない耳障りな笑いを漏らすマヤを置いて、アヤトは帰路に向かう。
「あのような対応をされるなんて、相変わらず兄様は興味深い」
だが半歩後ろにマヤも続き構うことなく声をかけ続ける。
「是非とも教えていただけないでしょうか。なぜあのような嘘を吐かれたのです?」
「人聞きの悪いことをぬかすな。俺は何一つ嘘は言ってねぇよ」
「またまた興味深い。まさか、わたくしにご冗談が通じるとでも?」
「俺こそまさかだな。何度も言わせるな、白いのに告げたことは全て真実だ」
歩みを止めず肩を竦めてアヤトは否定。
「あくまで状況判断だが、俺の推測が正しければクロとやらは死んでいる。そして、俺とは全く関係のない別人だ」
「……よくわかりません」
「だろうな。乙女心とやらは理解できても、人の心を理解できんのだろう」
首を傾げるマヤに歩みを止めてアヤトが嘲笑する。
「故にお前は白いのを焚きつけた。違うか?」
マヤは答えない。代わりにニタリと、歪んだ笑顔を向けるのみ。
それは一瞬で、すぐさま歳不相応な艶美さを醸し出す笑顔に戻った。
「ならばもう気づかれているのでしょう? ロロベリア様があなたにとって、どのような存在か」
アヤトもまた答えない。代わりに再び歩を進めてしまう。
「兄様はどのような行動を取るのでしょうか。楽しみですわ」
◇
クロが死んだ。
突然の訃報をロロベリアは疑おうとしなかった。
神父さまにクロが死んだと聞かされた時はそんなはずがないと、絶対に生きていると反論した。
必死に、泣きながら。誰が何と言おうとクロは生きている。そしていつか絶対に再会できると疑わなかった。
もちろん揺らいだことはある。
悲しくて悲しくて泣いたことは何度もある。
それでも確証が無いのならと淡い期待を抱き続けて、いつか再会するんだと前を向き続けた。
なのにアヤトの言葉を驚くほど素直に受け入れてしまった。
曖昧な話で別人の可能性もあったのに。そもそもアヤトがクロで何らかの理由で嘘を吐いている可能性もあるのだ。
今までならそんな可能性に縋り付き、希望を見出していたのに、アヤトが死んだと言うのなら本当に死んでいるんだと、もう会えない現実を受け入れてしまった。
受け入れたのなら、ロロベリアにはするべきことがある。
クロの両親は亡くなっている。家族同然の間柄だった教会のみんなもこの世にいない。
なら生きている唯一の家族であるロロベリアは泣く必要がある。
死を悔やみ、悲しみ、泣いてあげることが弔いだ。そうしてあげなければクロが可哀想だ。
分かっているのにロロベリアの瞳に涙はない。
受け入れて、胸が張り裂けそうなほど辛いのに。
叫びたいほど悲しいのに、泣くことができない。
「……なんでだろう」
優先するのは泣くこと。
なのにロロベリアの瞳にやはり涙はない。
こんなにも苦しいのに、辛いのに、悲しいのに目頭すら熱くならないのが不思議で。
「薄情だな……私」
自嘲気味でも笑みすら浮かべられる。
もしかすると覚悟が出来ていたのかもしれない。
クロは生きている。きっと再会できると言い続けていたが、心のどこかで諦めて既に永久の別れを受け入れていたのかもしれない。
だから強がる必要もなくなって、身体の力が抜けているのか。
それとも泣いてしまえば悲しみの深淵に沈んでしまい、戻れない恐怖から拒絶しているのか。
どちらにせよ信じきれない弱さ、保身に走る弱さからだ。強くなろうと誓って必死に足掻いたのに、結局弱いまま。
今も、世界を守るほどに強くなる約束を果たせばクロも喜んでくれると決意したのに、本当に虚しい約束となった途端、揺らいでいる。強さを求める意思が沸いてこない。
今後どうしたいのか。
どうなりたいのか。
進む道を失ったロロベリアは空を見上げた。
「ごめんね……クロ。半端で……情けなくて……」
満天に輝く星々の一つになったであろうクロに向けた謝罪は吹き付ける風によってかき消されて。
ロロベリアの意識も闇へと消えた。
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