執事と守護者
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サクラがアヤトを口説く、と言う名の友の契りを交わした後、エニシはアヤトと待機室に居た。
会談後はロロベリアを交えてお茶会をするだろうと事前にお茶菓子は用意していたが、アヤトの希望で調理を見せることに。
もちろんアヤトも、ロロベリアもエニシにとっては大恩人。大好きなサクラを救い、友になってくれただけでなく自分の命も救ってくれた大恩人の願いを拒む理由はない。
ただ調理に時間を取られればサクラが楽しみにしているお茶会の時間が削られると、急なお客さまにも振る舞える短時間で作れる物を隣りで注視するアヤトに披露。
完成後はその菓子に合ったお茶を煎れて、待機室の簡易テーブルを挟んで味見を少々。
「やはり爺さんの煎れる茶はひと味違うな」
「お褒め頂き光栄にございます」
菓子を食す前と後に一口ずつお茶を飲み感心するアヤトにエニシは微笑を返す。
サクラもお茶や菓子の味は分かれど隠し味がどう作用するかまでは理解できない。しかしアヤトは細かく気づける味覚があるので違う嬉しさがある。ロロベリアはかなりの腕前と賞賛し、サクラからもデート中の食べ歩きでもそれなりに会話が弾んだと聞くが、彼は純粋に料理が好きなのか。それとも知識欲が旺盛なのか料理の知識量はかなりのもの。
加えて相手の心情を読み取り、情報を分析して解を導き出す頭脳がずば抜けている。更にその頭脳を戦闘にも使えるのをエニシは実際に戦ったことで知っていた。
しかし頭脳だけでは納得できない部分が多々ある。
持たぬ者とは思えない身体能力、神業のような技法、なにより昨日見せた不可思議な現象。
学食の調理師から王国代表という経緯も含めてアヤトは本当に謎が多い。
そしてロロベリアも。
約束した手前サクラにすら話していないが闘技場で助けを求めた際、ロロベリアはまるでサクラの居場所を知っていたように迷わず駆け出した。最後は勘と運に頼るような素振りを見せたがアレは何だったのか。なにより治療術では不可能な致命傷をどうやって治せたのか。
どれだけ思考を巡らせても全く解答が導き出せず、気になってはいるが聞くつもりはない。ロロベリアと約束をしたから、というよりもサクラが聞かないと判断したならエニシも従うまで。
なによりそう遠くない内に知ることになるだろう。
二人は友になった。サクラの魅力を知るだけにアヤトもロロベリアも秘密をうっかり話すほどの仲になると確信しているからで。
その時は従者である自分にもうっかり聞かせてもいいかな、と思われる存在になっていればいいがと思う反面、立場関係なくその場に居させてくれそうだなと光栄な気持ちでエニシはまず約束を果たそうと胸元から手帳を取り出しテーブルへ。
「お気に召したのであればこちらを」
「……なんだ?」
「約束していたお茶菓子のレシピでございます。以前は急に帰宅されたのでお渡しできず、遅れたお詫びとしてお茶菓子に合う茶葉や煎れ方なども記しております。どうかお受け取りください」
手帳を見つめて訝しむアヤトに内容の説明を。ただ遅れたお詫びというより様々な感謝を込めたもの。
むろん今後も必要とあれば何でもするつもりだが、今のエニシが出来る精一杯のお礼で。
「随分と大盤振る舞いだな。むろん受け取らせてもらう」
アヤトは手帳の中を確認せずコートのポケットに納めた。
「そういや菓子と茶を飲みながら教える約束だったな」
「……約束、でございますか?」
思い出したように話題を変えられてしまいエニシはキョトン。
「か弱い俺がそれなりにマシな力を得たのか興味が尽きないんだろう」
お茶一口分の間を空けて続けるも、だからこそ分からない。
確かに模擬戦後、その約束は交わしたが先ほどお茶はまたの機会と言っていたはず。もしかして味見だろうとお菓子を摘まみ、お茶を飲んだから話すつもりなのか。
「そちらも対価を払ったなら簡潔ではあるが約束通り話しておこう」
だとすれば本当に律義で、しかし簡潔だろうとサクラよりも先に聞いても良いのだろうかと戸惑うエニシを余所にアヤトは再びお茶一口分の間を空け――
「マヤ、出てこい」
「――お呼びですか、兄様」
「…………っ!?」
エニシは人生で一番の驚愕に言葉を失った。
何故ならアヤトの背後に突然少女が現れたのだ。
白いフリルをあしらった真っ黒なゴシックドレスを着た、年頃にして一二歳ほどの少女はアヤトと同じく黒髪黒目の特徴に加えて兄様と呼びなら二人は兄妹なのか。
だが宮廷の待機室に、ドアも開けずアヤトの背後にどうやって現れたのか。
なにより気配を全く感じさせないのに、アヤトやラタニ以上に言い表せない何か異質なものだけは感じられて。
「爺さんに自己紹介だ」
背筋に嫌な汗を流すエニシを無視してアヤトは平然と指示を出せば、少女は愛らしい微笑みを向けて一礼を。
「初めましてエニシさま。わたくしはマヤ=カルヴァシアと申します」
名乗りでやはりアヤトの妹だと判断する中、マヤはクスクスと笑い声を零しつつ続けた。
「また兄様と契約している、あなた方人間が神と呼ぶものでもございます」
「神……ですと」
やっと言葉を思い出したようにエニシは絞り出す。
精霊とは違い想像上で崇められている信仰の象徴。だが想像上が故にその姿を見た者は誰も居ない。
「はい。ただ兄様の言いつけで神としての名は伏せる必要があるので、信じて頂けるか不安です」
その存在がいま目の前で、まるで普通の少女のように小首を傾げているマヤがそうなのかとエニシは俄に信じがたい。
それでも説明できない姿を現した方法、異質な圧、なによりアヤトがこのような世迷い言を口にするはずがなく。
「……つまりアヤトさまは、神と……契約されておられる」
「まあな」
信じる為に最後の念押しをすればアヤトはあっさり肯定。
「ですが誤解なきよう。わたくしと契約したことで兄様がそれなりの力を得たのではありません。精霊力の代わりに神気を宿しておりますが、精霊士や精霊術士のように解放……擬神化をされなければ神気の恩恵はありませんから」
そしてマヤの補足でいくつかの謎が解明された。
昨日の不可思議な変化は神気によってもたらされた擬神化というもの。
アヤトとロロベリアが二人いなければ説明が付かないアリバイも、マヤが何らかの方法で協力したから。もしかするとエニシを治したのもマヤの、まさに神の身業か。
どちらにせよ謎については納得できたが理解はできない。
想像上の神が実際に存在し、しかもアヤトは神と契約している。
確かにいくらお友達だろうとうっかり話せる秘密ではない。にも関わらずこれほど重大な秘密をどうして打ち明けたのか。
「……なぜ、私にこのような秘密を?」
「だから、簡潔に話すと約束しただろう」
故に問いかけてみるがアヤトは理解不能な理由が。
「ま、他にも理由はあるがな」
からの、マヤと目配せすればマヤは小さくため息一つ。
ゆっくりと歩んでエニシの前へ。
「そうですね……エニシさまですとこちらがお似合いでしょうか」
一瞥するなりテーブルにコロンと何かが転がる音が。
視線を向ければ先ほどまでなかったカフスボタンが転がっていた。
「さすがの爺さんでも四六時中執事服でもないだろう」
「あら? 兄様は四六時中真っ黒ですが」
「お前が言うな……だが、所持していても不自然ではないか」
「そういうことです。ではエニシさま、そちらを手にしてください」
次から次へと起こる神による不思議現象に疲労困憊なエニシは言われるままカフスボタンを手にする。
装飾のない金色で、中央に小さな白銀の宝石が埋め込まれているが材質は全く分からない。
『――エニシさま、聞こえますか?』
「……これ、は」
などと注視していると脳内にマヤの声が響く。
『聞こえるのであれば宝石に触れて、わたくしに話しかけるように念じてください』
視線をカフスボタンからマヤに向けるがニッコリ微笑んでいるだけで唇は微塵も動いてない。
『……このような感じで、宜しいでしょうか』
『宜しいですよ。さて、そちらのカフスボタンについてですが――』
脳内でマヤから説明を受けることに。
なんでもこのカフスボタンは距離関係なく触れるだけでマヤと連絡を取り合えるものらしい。ただマヤから自分へ語りかける場合は手の届く範囲になければ聞こえず、自分からマヤへ語りかけるには皮膚に触れていないと聞こえない制約があるという。
ロロベリアが約束を取り付けてすぐポケットに手を入れて立ち尽くしていたが、あれマヤと連絡を取り合っていたのか。
ならばロロベリアも所持していて、マヤの神気でサクラを探してもらったがある程度の情報しか手に入らなくてあの反応だったと。
『――ですがカフスボタンを所持しているエニシさまならともかく、さすがに王国から帝国まで神気を張り巡らせるのは不可能。なんせ兄様と契約したことでわたくしの力に制限がありますから。故にサクラさまには後日、別の物を兄様から贈られるそうです。そちらはお喋りが出来ない代わりに状況が分かる物になりますが、必要外でわたくしは楽しまないとお約束します。神の名に誓って』
そう締めくくるマヤだが、サクラにも用意してくれるらしい。
ただマヤの、神の存在をサクラが知らないので会話は出来ない物になる。それでも位置などが確認できるのであればこちらが頭を下げてでも欲しい物だ。
「……なぜ私に重大な秘密を打ち明けるのみならず、このような物までお渡しくださるのでしょう」
アヤトは約束だろうと重要な秘密を打ち明け、本来礼を尽くさなければならない自分が得する物ばかり与えてくれる。
先ほどの疑問に加えて、なぜアヤトがここまでしてくれるのかがどうしても理解できない。
『本来はわたくしに協力を要請するには対価を頂くのですが……今回、わたくしに不手際がありまして。兄様から変わりに協力するようにと』
「あの害虫が精霊術士にとって脅威なら、爺さんが負傷して白いのがほぼ無傷なわけがねぇ。おおかた白いのが足引っ張ったんだろうよ」
感謝よりも困惑ばかりが募るエニシの脳内でマヤが、耳から菓子を食し終えたアヤトの声が同時に告げる。
「勢いとは言え暇つぶしでも白いのを守ると約束している俺に変わり、守ってくれたなら礼をするのは当然だろう」
だがやはり理解不能な理由。
確かにエニシはロロベリアを助けて負傷した。しかしロロベリアを巻き込んだのは自分で、最終的にサクラも救ってくれたのだ。
むしろ批判されるべきで、こちらが礼をするべき。
「だが爺さんに呼ばれても距離がある。加えてその時、俺が暇とは限らんからな。故に今回の一件を考慮してサクラにも迷子札を用意するだけだ」
なのに神であるマヤを説き伏せ、どうしてアヤトが礼をするのか。
納得いかないエニシに対し、お茶を飲み干したアヤトは面倒げに続ける。
「言っておくが俺はお人好しでも何でもねぇ。つまり爺さんの要請に応えてやるのは一度だけだ」
『要約すると兄様が駆けつけるのは一度きり、わたくしが仲介に入るのはいくらでも、との感じですね。こちらもわたくしの不手際から無理矢理契約を取り付けられました……本当に酷い兄様だと思いませんか?』
アヤトからはどう考えてもお人好しな援助を。
マヤからはどう考えても酷いとは思えない要約を。
「理解したなら受け取れ」
『兄様は借りを作るのが大嫌いですからね』
本当に理解できないが、それでも理解できたことはある。
「……感謝します」
「感謝しているのは俺なんだがな」
本人が納得できる形に納めるのが誠意とエニシが頭を下げればアヤトは立ち上がり。
「さて、味見も終えたし戻るか」
「ではエニシさま。わたくしは失礼します」
一礼してマヤが姿を消した。
神のことも、契約についても秘密にするよう忠告もせず。
また持たぬ者がなぜあれほどの力を身に付けたのか。
なぜ神と契約することになったのかは秘密のまま。
恐らく前者は必要ないとの判断で。
後者は言葉通り簡潔に済ませただけ。
故にエニシは思う。
アヤト=カルヴァシアはどうしようもなく不器用だからこそ。
「アヤトさまは実に……タラシでございますなぁ」
人間だけでなく神さえも惹きつける魅力があるのだと。
後日――アヤトからエニシ宛に荷物が送られてきた。
中身は約束通り迷子札ならぬ神気で象られたブローチが。
「爺や、どうじゃ?」
「とってもお似合いでございます。なんでもそちらのブローチは幸運のお守りでもあるそうなので、常に持ち歩くのをお勧めします」
もちろんサクラには友好の証として贈られたブローチでしかないのでエニシはさり気なくフォローするも、必要ないかもと微笑ましく。
なんせアヤトからの贈り物にサクラは上機嫌。滞在中にプレゼントされたハンカチ同様それこそ四六時中持ち歩く勢いだ。
「アヤトにしては洒落た贈り物じゃのう。これは気合いを入れて妾も友好の証を選ばねばならんな。むろん爺やもお返しするじゃろう?」
「むろんでございます」
早速お返しの品を思案するサクラに同意しつつも、実は予想外の贈り物にエニシは内心困り果てていた。
なんせアヤトからの贈り物はサクラだけでなくエニシにもあった。
新月に近い形状で刀身の材質は灯石のはずなのに、それ以上の強度と切れ味を秘めたエニシの体格に合った業物。
刃紋が淡い赤みを帯びた『桜花』という刀。
添えられた手紙にはロロベリアのお守りでダメにした得物を弁償すると書いてあったが、あの名もないなまくらの弁償にこれほどの業物だと釣り合いが合わなさすぎる。
故にどのような理由をつければアヤトが納得してお礼の品を受け取ってくれるかと、エニシは帯刀していた桜花に触れつつ悩んでいたのだった。
ロロベリアがサクラに恋バナを強制されていた裏で、アヤトとエニシはこのようなやり取りをしていました。
アヤトくんは本当に不器用というか何というか……とにかくこの配慮が後にどのような形で絡むのかはもちろん後のお楽しみに!
そして五章のオマケもこれにて終了。
次回更新から新章に突入します。
王国に戻りどのような物語が始まるかはもちろんこうご期待!
では第六章『兆しの精霊祭編』をお楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!
また感想もぜひ!
作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!