希望の裏で
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八日目夜、帝城のホールでは親善試合で健闘した両国代表を称える親睦会が開かれていた。
特に当日まで交流の機会が少ない代表同士が親睦を深める意図がメイン。どちらの国で開催し、どのような結果になろうと関係なく開かれ、それなりに賑やかな場になる。
「これ、親睦会になってんのかねぇ」
だが皇帝陛下の開始宣言を得ても、微妙に盛り上がらない状況にラタニは果実酒の入ったグラス片手に嫌味を一つ。
なんせ親睦を深めるどころか帝国の代表は会場の隅で肩身が狭そうに固まり、有力貴族は愛想笑いを浮かべていれば良い方、酷い者は腫れ物を扱うような視線を王国側に向けている。
「仕方ないでしょう」
この状況に隣でグラスに口を付けモーエンが苦笑しつつフォローを。
なんせラタニの狙い通り初戦のインパクトから帝国サイドは焦り、そこを王国サイドは見事に衝いて危なげない試合運び。
加えて王国代表の面々は知らないが、アヤトが事前に調べ上げて有利な相手と組めたこともあり親善試合の結果は王国側の全勝で幕を閉じたのだ。
過去の親善試合でも完全勝利は初、それを自国開催時にされては帝国の有力貴族は面目丸つぶれ。大将戦でカイル、エレノアペアが勝利した際、闘技場の雰囲気はお通夜のようで、逆にこの結果を受けた王国はお祭り騒ぎになるだろう。
それでも結果は結果、皇帝を始めとした重役らは素直に受け入れた上で両国代表と、リースの一件で見事な演説をしたラタニを賞賛していた。
帝国にとって良い勉強となった――良くも悪くも実力主義に憂う者からすれば今回の結果は尊厳以上に得るものがあったのだろう。
故にラタニは予定通り泣かせたことに大満足、モーエンも留飲の下がる思いで。
王国代表も誇らしくありながら、かといって傲らず謙虚な姿勢で祝勝気分を味わっていたのだが――
「……仕方ないんです。仕方ないんですけども……最後までこんなことになるなんて……」
カナリアのみ帝国側に負けないほど意気消沈していたりする。
親善試合での全勝という前代未聞の結果に喜ばしくもあり、ベルーザの失言から正直『ざまあみろ』でもあるが、名誉ある親睦会で代表メンバーに欠席者が出たのも前代未聞。
暴解放の影響でまだ起き上がるのも億劫なリースは帝国側も知るだけに名誉ある欠席と受け取ってくれる。ロロベリアも試合目前で急遽体調不良になり、終了後は迎賓館で静養しているので仕方ない。
ただ問題はやはりアヤト。ロロベリアと同じ仕方がないとしても彼に至っては仮病、しかも閉会式後に平然と姿を現し、にも関わらず親睦会はサボるとカナリアは言い訳で大忙しだった。
つまり二人は仕方ないにしても一人はサボりの計三人が欠席という状況にカナリアはある種の痛み分け状態。もちろん彼女に何の責任もないが根が真面目で責任感があるだけに割り切れない。
「まーまー。あちらさんも同じだし、気にせんでいいって」
「ある意味、あちらさんの方が気にしてるでしょうしね」
対し完全に割り切っているラタニとモーエンが励ますように帝国代表も一人欠席している。
しかもそれが皇族となれば気まずさは帝国の方があるだろう。
「それとこれとは違うんです……」
だがそこを割り切れないからこそカナリアだった。
◇
同時刻、ようやく解放されたサクラはエニシを連れ立って宮廷内を歩いていた。
アヤトから一方的に面倒ごとを押しつけられた後、エニシから内密な捜索と聞いていたので箝口令と共に内壁の衛兵にソフィアを逆賊として拘束するよう命令を。
まあ突然の命に加えてサクラの身なり、エニシに関しては執事服がボロボロなこともありかなり驚いていたが皇女の指示に従い即座に行動。衛兵数名でソフィアの屋敷に向かい、用意された馬車でエニシと共に宰相が居る帝城へ。
サクラが無事と分かるなり宰相は心底安堵、すぐさ皇帝へ報告するため闘技場に遣いを出していた。
続いて宰相に『単独で捜索していたエニシが所在を確かめようとソフィアの屋敷に向かったが、庭にサクラのハンカチが落ちていて不審に思い侵入。そこでソフィアが誘拐していたと知り、更に口封じのため秘密裏に開発していた殺戮兵器でエニシを襲ったが、突然現れた銀髪の仮面をした謎の人物が撃退。そのままなにも言わず去って行った』とアヤトの希望通りロロベリアを含めて居なかったモノとして説明。
実のところあまりに不自然な内容で大丈夫だろうかと内心思いつつ、それでも体としてエニシと共に『あの仮面の人物は誰だったのか?』と訝しんでみれば、宰相から聞かされた事実に体関係なく驚かされた。
なんせ宰相らも同じ特徴を持つ者から密かに過激派の不正に関する証拠を報告されていたこと。ただ誰かまでは特定できてないが、もしかすると一月前から目撃されていた不審な人物がその者ではないかと皇帝も含めて推測しているとまで。
ちなみにロロベリアを闘技場に届けた後、アヤトが再び白銀として宰相と接触してサクラがソフィアに誘拐されていたこと、奇妙な害虫兵器に従者らしき者が襲われていたので駆除だけして立ち去ったと報告していたりする。
つまり宰相は既にサクラの無事を既に知っていて事前策に隠れ蓑を利用したまで。まあ両者の口裏合わせが繋がるようにアヤトが提案し、上手く乗せられただけだが。
とにかく白銀の正体を知らぬ宰相は目撃されても上手く誤魔化せたと内心安堵、ただ正体を知るサクラとエニシはますます混乱。それでもアヤトが秘密にしておきたいのは察していたので本人に追求しようと心に秘め、今は宰相の言い分を受け入れて内密にすると約束。
その後は二人ともメディカルチェックを受けて休んでいる間に皇帝が戻り、サクラは無事を喜ばれエニシは救出に一役買ったことに褒美を受けたのだが、同時に研究施設の警備体制の見直しやサクラに関してはもっと立場を弁えろとのお叱りも受けたりする。
またソフィアについてだが、衛兵曰く地下の実験室で抵抗もなく捕縛できたが放心状態でどれだけ声をかけても反応がなく、明日改めて事情聴取をするため留置所にいるらしい。それほどのショックを受けていたのは知るが故に、アヤトやロロベリアについては口止めする必要はないと判断していたのだが、サクラとエニシからすれば更に謎が深まるばかり。
何故なら親善試合の運営を任されていた役員の一人に王国代表の様子を確認してみれば、ロロベリアは試合前に体調不良で診療室で休んでいたが閉会式には無理を押して参加、アヤトも闘技場までは来ていたが同じく体調不良で一度迎賓館に戻り、しかし結果が気になり閉会式後に姿を見せたらしい。
タイミング的にアヤトとロロベリアが二人いたことになる。お陰でソフィアがどんな証言をしてもアヤトの変化を踏まえて妄言に捉えられ、希望通り居なかったことになるが本当に訳が分からない。
そこも次の機会に問い詰めるとして、濃密な一日にサクラもエニシも心身共に疲労困憊。故に早く就寝したいがサクラが向かっているのは自分の寝室ではなく。
「ここからは妾一人でよい。爺やは休んでも構わんぞ」
「いえ、このままお待ちしております」
「無理せんでもよいのじゃが……心強い」
「光栄にございます」
目的の部屋に到着し、恭しく一礼するエニシに微笑みサクラは扉をノック。
返答はないが構わず扉を開けて一人室内へ。
「……兄上」
そう、ここはベルーザの寝室。
親善試合のダメージから親睦会に参加できず静養していると聞いたがサクラは構わず訪問した。
そのベルーザは灯りも点けずベッドに潜り込んでいる。ただ身体のダメージは治療術で回復しているも、心のダメージが大きくて。
帝国代表の絶対王者として期待され、親善試合前から王国代表を煽り、しかし結果は秒殺となれば無理はない。
要は傲慢な振る舞いを続けていた手前、誰にも会わせる顔がないのだ。
故に今はそっとしておくべきと皇帝らは判断していた。
「灯りも点けずなにをふて寝しとるか」
が、サクラは気遣いなどするつもりはないと明かりを灯す。
目的はもちろん本気で向き合うため。
傷心している時にとは思うが、何らかの理由を付けてしまえば今までと同じでしかない。
なにより今まで好き勝手に振る舞い周囲に迷惑を掛けておいて、いざ自分が落ち込めば気を遣えなど甘えも良いところだ。
「起きておるのは分かっておる。無視するでない」
病気で苦しんでいるわけでもないなら話くらいは出来る、ならばベルーザの心情など知ったことかとベッドへ歩み寄る。
「……なにしに来た」
すると観念したのか寝そべり背を向けたまま、ベルーザとは思えない弱々しい問いかけを。。
「お前も見たであろう……無様に敗北した私を笑いに来たのか」
「はっはっは、なんとも愉快じゃ」
しかし知ったことかとサクラはわざとらしい笑い声を上げる。
これにはベルーザも不快を露わに振り返ろうとするも、結局そのままで。
顔を見せたくないのか、話したくないのか、どちらにせよ無視を決め込むようでサクラは歎息を。
「……そもそも見たもなにもお主知らぬのか? 妾は聞いただけでお主の敗北なぞ見てはおらぬ」
仕方なくベルーザの背を見つめながら一方的に話し始めた。
「だいたい兄上が敗北して笑うような薄情な妹に見えるのか。このたわけ者が。後日父上から聞かされるじゃろうが、妾は誘拐されておったんじゃよ。お陰で――」
「――誘拐だとっ!?」
のだが、冗談交じりに報告しようとすればベルーザがいきなり飛び起きて慌てた様子でサクラの両肩を掴んだ。
「大丈夫なのか? 怪我はないのかっ?」
「……あ? ……え?」
「誰に誘拐されたんだ! 何もされてないんだろうな!」
この反応にサクラが戸惑うもベルーザは真剣な表情で問い詰める。
「どうなんだサクラ!」
「お、落ち着け……大丈夫じゃから妾はここにおる……のじゃろう」
「……そうか」
何とか返答すればベルーザも少しは落ち着いたようで胸をなで下ろす。
先ほどの必死さも、今の安堵する表情も、まるで大切な妹を思う兄のようで。
てっきり無視されるか、これだから弱者はと嘲笑うかと思っていただけに予想外すぎてサクラは逆に落ち着かない。
それでも今の反応で気づけたことはある。
「兄上……もしや、妾を心配しておるのか?」
「だ、誰がお前のような弱者を心配などをするものか!」
故につついてみればベルーザはハッとなり、慌てて掴んでいた肩を放して再び背を向けるがもう遅い。
いつもの傲慢さ、しかし妙な言い回しや先ほどの本心を見せた後では明らかな強がりで。
アヤトの言う通り、本気で向き合おうとしたことで一つ知れたことがある。
ベルーザの本質は昔のまま変わっていない、優しい兄のままだと。
なら豹変したのではなく、何らかの理由から虚勢を張っているだけに過ぎず。
その理由がすれ違いを生んで、結果道を違えたのかもしれない。
ただその理由までは分からず、まだ確執を完全に理解しきれてはいないが――
「なにが心配などするものかじゃ、しとったであろうに」
「してなどいない!」
サクラのからかいにベルーザは三度振り返り即座に反論。
しかし向き合ったのを幸いにサクラはほくそ笑み。
「嘘を吐くでないわ。そもそも弱者とお主がよく言えたものじゃ。聞けば王国の序列持ちですらない者に秒殺されたそうじゃのう」
「……っ! キサマ……その話はするな!」
「しかも無様に負けてふて寝とは、ガキかお主は」
「兄に向かってガキとは何だ! そもそもふて寝などしていない!」
「なら妾に喚き散らす元気があるのになぜ親睦会に出ておらぬ。次期皇帝陛下さまが公式の場をサボってよいのか? なんなら妾が名代を務めてやろうか? 妹が誘拐されて心配する優しいお兄さま?」
「だから――!」
とりあえずアヤトの助言通りベルーザを煽って言い争いを始めた。
顔を真っ赤にしてベルーザは怒鳴り散らし、罵倒する。
しかし今まで裏切られたことで不快や憎しみ、悲しみばかり先行していたが、本質を知った後ならこれが虚勢と分かりむしろ可愛くサクラは笑顔で。
「お前は何をヘラヘラしているんだ! 俺の話を聞け!」
「何でも言うてみい。いくらでも聞いてやるわ、兄様」
◇
「ほっほっほ……楽しそうでなによりでございます」
廊下まで漏れ聞こえる賑やかな声を聞きながらエニシは感無量な表情を浮かべていた。
二人は気づいているだろうか?
いつの間にかベルーザは人称が、サクラは呼び方が昔に戻っている。
まさに二人は取り繕い無しの本心で向き合っている。
これこそアヤトが助言した本気で向き合う状況そのもの。
まあ自分の知る限り一度もしたことはないが、二人とも成長したならしてもおかしくない。
故に心ゆくまで初めての兄妹ケンカを楽しんでくださいとエニシは見守り続けつつ。
だからこそ帝国の未来は明るいと確信していた。
しかし――帝国の今に闇が潜んでいたのを誰も知らない。
夜更け過ぎの留置所で。
「…………」
鉄格子から漏れる月明かりに照らされたソフィアは未だ放心状態のまま冷たい石畳に座っていた。
その姿はまるで事切れたように何も考えず、何も見えていないよう。
「…………っ」
故に自身の異変に気づいた時には既に遅く、声を上げる間もなく本当に事切れてしまった。
眠るように息を引き取るソフィアを確認した少女はゆったりとした足どりでその場を後に。
その少女は人ひとり手に掛けたとは思えないほど優しい笑みで月明かりの下を歩く。
歩調に合わせてゆらゆら揺れる肩口まで伸びた銀髪は淡い月光に照らされて煌めきを帯び、修道服を纏っていることもありまるで聖女のよう。
「神は慈悲深くお優しい」
ただ虚空を見据える淀んだ紫の瞳は悪魔のように汚れていて。
「故に業の深い人間が代わって粛清しなければなりません」
言い切るなりその瞳は浄化されたように優しい温もりを帯びた赤へと変わり。
「ですよね……アヤトさま」
少女から心酔しきった呟きが漏れた。
サクラとベルーザの兄妹ケンカが作者は微笑ましく思いました。
エニシが感じたように昔とは違う、成長した今の二人だからこそ再び手を取り合うに必要な儀式なのかもしれませんね。
そしてラスト……は、敢えて触れません。
だってネタバレになるから(笑)!
なので次回はベルーザと本気で向き合ったサクラが改めてアヤト、ロロベリアと向き合う内容です。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!