今できることを
『ころん』さんから人生初のレビューを頂きました! ありがとうございます!
アクセスありがとうございます!
「――結果はご覧の通りだ」
崩れ落ちる轟音が止み、実験室に静けさが戻るなりアヤトが平然と言い放つ。
一度はロロベリアとエニシを追い詰め、サクラに絶望を抱かせ、ソフィアに快感を与えた鋼鉄のサソリは破片となり床に散らばっている。
銀よりも白い刀をアヤトは手にしただけ、何もせず消失させたらバラバラになっていた。
もちろんロロベリアも同じよう見えていたが、白夜を顕現した瞬間にはもう斬り捨てていたと何とか理解していた。
擬神化状態のアヤトが本気を出せばまさに神速の領域、もしエニシが精霊力を解放していても視認は不可能。
故にサクラも、エニシもこの状況が本当にアヤトによるものかは自信がない。
それでも本人の口振りに踏まえて、こんな非常識な現象などこれまで何度も非常識な現象を見せつけた彼の他にいないと何とか受け入れている。
ただアヤトを真に理解せず、ただの精霊術士と思い込んでいたソフィアは別で。
「…………」
鋼鉄のサソリだった破片を前に、アヤトの言葉も耳には届いていないように膝を突きただ呆然としていて。
復讐のために費やした時間、ようやく満たせると歓喜していたところで不条理な結末を押しつけられたのだ。
サクラやエニシ以上にこの現実を受け入れられず放心状態になるのも無理はない。
「さて、害虫駆除も終わったし次と行くか」
「……お主よ」
ただそんな痛々しい姿を見てもアヤトは相変わらずなマイペース、これにはサクラも呆れてしまう。
「あやつの姿を見て何も思わんのか」
「知らんな。つーか元凶のお前が言うな。おおかたバカ正直に兄上との今後を話してあいつを追い詰めでもしたんだろう」
「…………」
「ま、庶民派気取るのも良いが、これでもう少し警戒心を持つことを学べたか」
「……お主はどこまで」
「それよりお前が気にするべきなのは別だろ」
だが逆に見透かされたような注意で返されしまい言葉を詰まらせるもアヤトの目配せにサクラは息を呑む。
脅威は排除されたがまだ終わっていない。
ロロベリアが治療術を施し続けているお陰で出血は抑えられているも、抉られたエニシの脇腹は変わらず見るも無惨な状態。
治療術では延命処置にしかならず、このまま続けても復元はしない。
今すぐ医療施設に運んでも手遅れなのも理解している。
「爺や……大丈夫か」
それでも問わずにはいられなくてサクラはロロベリアの邪魔にならないよう対面で膝を折り、横たわるエニシの血で染まった左手を掴む。
「お嬢……さま、お手が汚れてしまい……ますぞ」
「……っ。妾とお主の仲で気にするでない」
手の平から伝わる冷たさと弱々しさがより死期を悟らせるが普段通りの振る舞いにサクラは気丈に返す。
「それは光栄……ですな。とにかく、お嬢さまが……ご無事で、なに、よりです……」
「お主がご無事でなければ意味がなかろうて! 妾は爺やに話したいことがあるんじゃ!」
「それは……気になります、が……申し訳ござい……ません。不甲斐ない……爺やで。お嬢さまを……導けず……お守り……できず」
「なにを言う! お主は今まで妾を導いてくれたではないか! 今も守ってくれたではないか!」
「ですが……これだけは、お嬢さ……ま。私は母君であるツバキさまの……為にと、最初は……お仕えしましたが……お嬢さまの成長を見守り……関係なく……大好きになりました……」
だがサクラの訴えが聞こえないのかエニシは涙を流しながら、それでも幸せそうな笑みを絶やさず胸の内を語る。
「お嬢さまは……私の生きがいで、誇りにございます……。あなた様と過ごした……時間は……幸せにございました」
精霊力が尽きたのか、気づけばロロベリアの髪と瞳が元の色に戻っていた。
その呆然とする表情が、別れの時間が迫っているとサクラに伝えているようで。
「言ったで……あろうが。妾と爺やの仲じゃ……妾も、爺やが大好きじゃ」
押しつぶされそうな悲しみを払いのけ、ならばとサクラも笑顔を向ける。
「感謝するぞ……爺や。妾に仕えてくれて……大好きになってくれて」
これが最後なら心配させないように。
「お主こそ、妾の誇りじゃ」
涙を零しながらも最後までエニシの誇りに相応しい主として居続けると。
「……もったいなきお言葉です」
サクラの笑顔を見届けて、エニシは悔いはない笑顔のまま。
「どうかお嬢さま……その素敵な笑顔をお忘れなきよう――」
「――お前ら主従はなに今生の別れみたいなやり取りしてんだ」
最後の願いを口にしつつ瞼を閉じかけたが、場の空気をぶちこわすため息が。
言うまでもなくアヤトのもの。彼もまた気づけば黒髪黒目に戻っていたが、エニシの頭上で見下ろす黒い双眸はまるで茶番劇を眺めているように白けていて。
「ま、あとで思い返して身悶えしたければ好きにすれば良いがな」
「アヤトよ……さすがにその物言いは違うじゃろうて!」
「はは……ですが、最後までアヤトさまらしい……」
これにはサクラは激怒するもエニシは閉じかけた瞼を開き、反転したアヤトの顔を見据える。
「アヤトさま……老骨の、最後の望みを聞いては……頂けないでしょうか」
「…………」
「お嬢さまをどうか……お願いします」
この状況で卑怯かもしれないがアヤト以外の誰にサクラを任せられるか。
真の強さと真の優しさを兼ね備えた彼が側に居てくれるならエニシも安心して逝けると託すが――
「だから、先ほどから最後だなんだとテメェらは死別でもするのか」
再びため息を吐き一蹴。
「まあ治療術では失った血までは戻らんから耄碌するのも仕方ねぇが。だが貧血程度にしては大げさだろ」
「「…………え?」」
しかし続く指摘にエニシだけでなく怒りに震えていたサクラまでもキョトンとなる中、気まずげにロロベリアが視線を反らす。
その視線を追うようにサクラも視線を向け――
「戻って……おる」
つい先ほどまで無惨な損壊だったはずなのに、破れた執事服の隙間から見える復元した腹部に信じられないと目を見開く。
「よう……ですね」
サクラの反応にエニシも自身の脇腹に左手を当てると感触が。
そのまま上半身を起こせば倦怠感はあるも何とか動ける程度で、調子を確認するようにゆっくりと立ち上がる。
「爺や……大丈夫、なのか?」
「はい……多少身体が重く感じますが、問題なく。アヤトさま……これは?」
「あん? 白いのが治療したからだろ」
混乱する二人に対してアヤトはしれっと答えるがありえない。
確かに自分の傷は致命傷のはずで、いくらロロベリアが治療術の名手でも損壊を復元できるはずがない。
できる者が居るならまさに神の所業だ。
「納得したなら次だ。サクラ、爺さん、押しつけたとはいえこれは貸しだ。キッチリ返してもらうぞ」
死別を覚悟していた中で起きた奇跡に喜びよりも困惑する二人に構わずアヤトは不意に話題を変えた。
「この一件を報告する際、爺さんが単独でサクラを見つけたと話を合わせろ。要は俺と白いのはここに居なかったとしておけ」
「なぜ……じゃ?」
「俺にも色々事情があるんだよ」
それはあの不可思議な現象を指しているのだろう。また親善試合に出場するはずのロロベリアが居ると知られるのは本人だけでなく、エニシは皇帝の意向に背いているので不都合。
帝国としても王国民を巻き込んだとあれば問題になる、故に利害一致の条件だとサクラは何とか頭を働かせて頷く。
「結構。それと転がっている害虫の死骸については……爺さんが退治したことにしても良いんだが」
「いえ……いくらなんでも、そのような真似は恩義に反します。なにより私の単独討伐、というのは不審に思われるでしょう」
アヤトの手柄を横取りする行為もだが後に調べられた際、精霊術が通用しない兵器をどう攻略したのか。なにより破壊というより切り刻んだ痕で確実に怪しまれる。
「だろうな。なら銀髪の仮面をした奴が偶然居合わせ退治してそのまま姿を消した、とでも説明すればいい。あとは宰相らが何とかするだろうよ」
だからこそ、どう説明すれば良いか悩むがここでもアヤトから意味不明な提案が。
銀髪は分かるが仮面とはどういうことか?
そもそもなぜ宰相の名が出てくるのか?
「ソフィアについては……ま、それこそお前らでなんとかしろ」
「え……? アヤト、ちょっと……」
しかし問いかけるよりも早くアヤトはソフィアの対処だけ適当に告げるなりロロベリアを脇に抱えて。
「とにかく厄介ごとは押しつけさせてもらう。じゃあな」
「じゃあな、じゃなくて……歩けるから! 下ろして!」
「うるせぇ黙れ」
喚くロロベリアと共に研究室を後にした。
最初から最後までやりたい放題の好き勝手なアヤトに思うところは色々あるが、彼のお陰で窮地を脱したのは確か。
「お嬢さま……まずは詰め所にいる兵に助力を求めましょう」
ならばとエニシはまずサクラの保護と安否の報告を優先することに。
もちろんアヤトの言い分通り二人が居はこの場に居なかったと上手く誤魔化すつもりだ。
それが恩人の頼みなら守るのは当然で。
「……じゃな」
納得できないことは多いが後に話す機会もあるとサクラも受け入れ、最後に未だ放心状態のソフィアへと視線を向ける。
皇女の誘拐に秘密裏の殺戮兵器開発となれば極刑は免れないだろう。
許せない気持ちはあるが、彼女は帝国の被害者で。
もう二度とソフィアのような被害者を生まない帝国にしてみせると。
彼女の闇に気づいてやれなかった自分がいま唯一できることと。
「爺や……行くぞ」
「かしこまりました」
ソフィアの姿を心に刻み込み、サクラは背を向け歩み始めた。
◇
一方、アヤトに抱えられたまま外に出たロロベリアは打って変わって大人しくしていた。
ひと一人を抱えているとは思えない程の速度で向かっているのは闘技場、マヤが導いているのかアヤトが気配を察知しながら疾走しているのか分からないが人気のないルートを淀みなく進んでいる。
それでも騒がしくすれば誰かに見られる可能性があると沈黙していたが。
「……エニシさんの治療……ううん、時間を戻したのはアヤトでしょう」
到着する前に確認しておくべきと口を開く。
エニシの傷を治療術では治すどころか延命が精々、現にロロベリアの治療術は止血程度の効果しかなかった。
だがサクラとエニシが言葉を交わしている最中、エニシの傷にアヤトが触れるなり損壊していた箇所が復元した。
まるで時間が巻き戻るような現象、しかしロロベリアはこの不可思議な現象に思い当たるからこそ呆然としていた。
アヤトがマヤ――クロノフと契約して得たのは神気による擬神化ではなく時間を操る能力。
つまりアヤトは自身の運命を消費してエニシを救ったのだ。
「まだ爺さんから菓子の作り方を教えてもらってないからな。約束を反故にされたまま死なれたら俺が困るんだよ」
能力や契約について知るからこそ、アヤトは誤魔化さず肯定する。
いや、理由は誤魔化しだ。
彼はただ純粋にエニシを救いたかっただけ。
そしてサクラも……だが、結果として使って欲しくない能力を使わせた事実がロロベリアはやるせなくて。
もし自分が首を突っこまなければ。
もし自分がエニシの足を引っ張らなければ。
もし――
「自分に力があれば、爺さんを完治できれば、それは自惚だ」
後悔の念が渦巻くロロベリアを我に返したのはアヤトの厳しい声。
「なんせお前は全てにおいて弱いひよっこだ。だがひよっこなりに最後までやれることはやった、結果俺の消費量は最低限で済んでるだろ」
「……死を覆すよりも、復元の方が少なくて済む……の?」
「部分的な操作だからな。マヤも以前そうほざいていたが、まあ実際は知らん。そもそも人の死を覆そうとは思わんし試す気もねぇよ」
「…………」
「ま、そんな話はどうでもいい。とにかく所詮はまだ誰かを守れる大英雄ではなく、守られるひよっこにしか過ぎんと理解した上で、これから先どうするかに頭を使え」
「…………」
「俺は暇つぶしに押しつけた約束でも守ったに過ぎん。なら押しつけられた約束でも、自惚れている暇があるならさっさと守られる立場から巣立てるように足掻くんだな」
「……だね」
だが厳しい中に伝わる不器用な優しさにロロベリアの表情に笑顔が戻る。
抱いていた後悔はアヤトの言う通り自惚れだ。
自分はまだ守られてばかりで弱い。
なら改めてその事実を受け止めて。
今回の経験も糧にして。
いつか必ず守る側に。
大切なモノ全てを守れる大英雄になる。
ならば前を向いて突き進む、それがロロベリアの今できることで。
今はお荷物でしかないが隣りに立ち、共に歩めるように――
「ねえ……アヤト」
と、本調子を取り戻すなりロロベリアはふと思い出す。
「サクラさまはお姫さま抱っこなのに……どうして私はこれなの?」
脇に抱えられたまさにお荷物状態、サクラはお姫さま抱っこをしていたのにと不満で。
「あいつは正真正銘の皇女さまだろ」
「そうだけど……でも――」
「それに以前ご所望されたからな。お前にはされてねぇ」
「したらしてくれるの?」
「誰がするか」
「どうしてよ!」
「なんせ白いのだ」
「私とか関係なくないっ?」
「つーか騒ぐんじゃねぇ」
どうせなら同じようにと訴えるもアヤトから納得できない拒否を受け、最後は不満のままロロベリアは闘技場まで運ばれるのだった。
……二回目ですが、うちの主人公(天然)がなにかすみません。
ですがロロベリアは初めてアヤトと共闘という形を経験して、改めて全てにおいて劣っていると痛感したことで今以上に追いかける意志が強くなったことでしょう。
また作中とは関係ない作者の気持ちですが、久しぶりにアヤトとロロベリアのやり取りが書けて楽しかったです。やはりこの二人はどんな時でもこの感じが良いですね。
さて、次回は親善試合の結果や後始末の続きなどを予定しています。
第五章も残り僅か、最後までお楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!
また感想もぜひ!
作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!