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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第五章 帝国の英雄編
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純粋な狂気

アクセスありがとうございます!



 マヤの導きでサクラの行方を捜していたロロベリアだったが、到着した場所があまりに大凡過ぎて途方に暮れてしまい。

 安直な結論として、周辺で唯一サクラと関連しているソフィアの自宅に向かっていた。

 と言っても一番近い建物なので駆け足で行けばすぐなのだが。


「こちらがソフィアさまのご自宅にございます」

「何というか……普通ですね」


 近づく建物にロロベリアは率直な感想を。

 外壁こそあるものの建物は平民区にある物より少し上程度、失礼ながら貴族家が所有する倉庫の方がよほど豪華に思える。

 功績から貴族区に居住を許されたにしては質素な外観で。


「研究施設を与えられたと聞きましたが、別にあるんですか?」


 そもそもソフィアが個人で研究できるようにと施設も与えられたはずなのに、建物は平屋が一軒のみ。もしかして近場に用意されたのだろうかと疑問視する。


「研究施設は地下にあるのですよ」

「地下?」

「この建物を与える際、ソフィアさまの意見を多く取り入れられたのです」


 そんな疑問にエニシは駆け足ながらも丁寧に説明してくれる。

 ソフィア曰く静かな環境で研究に没頭したいとのことで貴族区の外れを選び、周囲の興味も向けられないようにと地下施設を希望したらしい。

 確かに外れとは言え貴族区に施設のような建物があれば景観を損うだけでなく、興味を示す者がいるかもしれない。加えて地下なら周囲の喧騒関係なく、逆に時間関係なく精霊器のテストを行えるので周囲を気にする必要もない。

 また内壁付近ということもあり警備兵が巡回しているので一人暮らしでも安全は考慮できると。


「そして建物の規模ですが……婚約者を失われてからソフィアさまはあまり人と関わらなくなり、広く大きな建物は管理に困ると……」


 ただそれだけではないと続く説明にロロベリアも表情を曇らせる。

 精霊力持ちを嫌う切っ掛け、精霊術士を嫌悪する事件と過去を通じてソフィアは他人と距離を置くようになった。使用人を雇うのも嫌がり、独りの殻に閉じこもるほどに。

 そんなソフィアが少しずつ関わりを持つようになったのは、サクラの講師を任命されてから。彼女の人柄や精霊力の有無関係ない帝国という志は良い切っ掛けになったのか。

 ただ同じ持たぬ者の皇女でなければ皇帝の任命でも受けなかっただろう。また豪邸を用意するよりは手間が掛からないとはいえ個人の希望で地下施設を用意する辺り、帝国としては功績よりも贖罪の意味合いが強いのかもしれない。

 事故とは言えソフィアは婚約者を失った、本来なら他国へ渡っても不思議ではない。だが他国に比べて精霊器の開発が遅れていた帝国としては何としてもソフィアを引き留めたいはずで、皇女の講師も大役を与えることで帝国に引き留める狙いもあったのか。

 それでもサクラと出会い、ソフィア自身にも変化があったのなら双方にとって良い結果で。

 だからこそサクラの失踪を知った彼女が心を痛めないだろうかとロロベリアも危惧する中、申し訳程度に整備された庭を抜けてエニシが玄関で呼び鐘を鳴らす。


「どうやらお留守のようです」


 だが反応もなく、建物内から気配を感じないとエニシは肩を落とす。

 地下にいるのかもしれないと考えるもこの呼び鐘の紐は地下にも繋がっているらしく、つまり完全に当てが無くなったとロロベリアは再び途方に暮れてしまう。

 こうなればマヤに連絡を取り更なる協力を仰ぐべきか。

 もしマヤの言い分が本当ならこれ以上の情報もなく、あったとしてもなにを対価にすれば良いのかと思案していたが――


「……なぜ、このハンカチがこのような場所に?」


 困惑するエニシの声で我に返り、庭隅で手にしている淡い朱色のハンカチを見るなりロロベリアの胸がざわついた。

 同じ物を偶然にもソフィアが所持していて落としたのかもしれない。

 どこからか風に乗って偶然ここに運ばれていたのかもしれない。


 しかしマヤがこの周辺に導いて、アヤトがプレゼントしたサクラと同じハンカチがここにあるのを偶然で済ますのは違う。


「エニシさん、中に入りましょう」

「ですがソフィアさまは……」

「後で私が謝罪します」


 留守中に侵入するのに難色を示すエニシにも強攻策を譲らず。


「勘違いならそれでいい。お願いします」

「……かしこまりました」


 再びロロベリアの瞳に強い意志を感じ取り、エニシは刀を抜いて一呼吸を。

 そしてドアの隙間に一閃、鍵ごと切断したことでゆっくりとドアが開いた。


「むろん私から謝罪と弁償をいたします故……ロロベリアさま、行きましょう」


 頷きロロベリアとエニシは室内へ。

 最低限の家具しかない、生活臭の薄い室内にはやはり人の気配はなく、特に変わった様子はないと無言のまま確認してから地下の研究室へ。

 エニシが言うには研究室は建物よりも広く、設計や事務処理をする研究部屋とサクラの研究施設にあったのと同じ広さの試験部屋があるらしく。

 それだけに階段も長く、慎重に降りつつまずは研究部屋へ。住居と違って書物を収める棚や机、実験器具などが多く、性格からか綺麗に整頓されていた。

 続いて厳重な扉から試験部屋に。

 どちらにもソフィアの姿がなく、本当に留守中だと分かり。

 本来なら少しでも疑ったことに罪悪感を抱くところだが。


「……エニシさん、他にも何かの部屋が用意されているんですか」

「いえ……以前、私がお嬢さまと訪れた際は、あのような物はありませんでした」


 広い試験部屋の奥に見える壁に、まるで隠し部屋に続くような空洞が罪悪感よりも違和感を与えて。

 困惑するエニシに対しロロベリアは確信していた。


 マヤの導きはここに通じていたと。



 ◇



 ロロベリアとエニシがソフィアの自宅に不法侵入する少し前――


 鈍い頭痛を感じつつサクラは目を開けた。


「…………ここは」


 浅黒い黄土色の壁は見覚えはなく、更に確認しようと身体を起こそうとするも両手が拘束されているのか身動ぎが精々で。


「おはようございます。サクラさま」


 自身の異変に一瞬パニックになるも、背後から聞こえる声にハッとなり。


「お目覚めの気分は如何でしょう」


 更に目前で膝を突き、一礼する穏やかな笑みを向ける人物を視界に入れるなりサクラは瞬時に察して険しい表情に。


「……これほどまでに最悪なお目覚めはないわ」

「それは残念です」


 悪態をつくもソフィアは涼しい対応。

 意識を失う瞬間に見た嗜虐的な笑み、拘束された状況も踏まえて彼女に睡眠薬でも盛られたのか。


「多少強引な手段でご招待したことをお許しください」

「多少……か。睡眠薬を盛っておいて、随分な」

「ですからご忠告をしたのですよ。あなたは皇女という立場でありながら迂闊すぎるのです。お陰で簡単にお連れするに叶いました」

「親しみある皇女を目指しているんじゃ。信頼する者には相応な対応もするであろう……しかしお主は信頼しすぎたと後悔しておるよ」


 なぜこのような凶行に出たかはまだ読めないが、少なくともソフィアは信頼を裏切ったとサクラは敵意むき出しの笑みで返す。


「それで、このようなご招待をなにをするつもりじゃ。そもそもここはどこじゃ?」

「ここは私の研究施設です」

「……? お主の施設にこのような場所はないハズじゃが」

「ええ、表向きはありませんよ」

「表向き……じゃと?」

「私は本当にサクラさまの可能性を信じていたのですよ。現にあなたは私の研究成果を少しずつでも解読し、独自の理論で精霊器を発展してきました」


 サクラの質問に答えず、ソフィアは独白を始める。


「この御方ならきっと帝国を精霊力の有無など関係ない、持たぬ者を優遇する国に変えてくださると」


 それは本心からの言葉のようで、ただどこか異質な声音に賞賛されているはずなのにサクラの背筋に冷たいものが走る。


「こう見えて私にも愛国心があるのです。あの人が愛した帝国ですから、無用な血を流さず改革できればそれで良いと」


 更に独白の内容も物騒な言葉が混じり始めて。


「ですが……サクラさまが嘆かれたように、信頼してくださっている私が隠し事をするような真似をしていたから……あのような妄言を口にされたのでしょう」

「お主は……なにを言っておるんじゃ」

「精霊士や精霊術士が居なければ霊獣から精霊石を採取できない。なるほど、確かに今現在の兵器では持たぬ者の私たちでは手詰まり。精霊士や精霊術士の存在を必要となさるのかもしれません」


 問いかけも聞かず、自己完結するなりソフィアはサクラの身体を起こして。


「……なんじゃ、()()は」


 自慢げに見せた異形な物を目の当たりにしたサクラは絶句する。

 細長いフォルムの左右に三本ずつ伸びた足はサソリを彷彿とさせる原型。ただ鋏の代わりにスピアのような物があり、身体に向けて反るしっぽも二本伸びている。

 浅黒い素材は分からないが全長は優に五メルは超える、見た目は巨大な鋼鉄のサソリで。


「必要ないのですよ。これさえあれば霊獣など恐るるに足りません」


「妾はなんじゃと聞いておる!」


 無視しされて苛立ちサクラが叫ぶもソフィアは妄信めいた瞳を向ける。


「なのでサクラさま、ご再考を。この世に精霊士も、精霊術士も必要ありません。霊獣の驚異も、精霊石の採取も私が開発していたこれさえあればなにも問題ございませんから」


 明確な返答は得られなかったが、この鋼鉄のサソリは間違いなく兵器に相当する代物で。


「……お主、帝国に復讐するつもりじゃな」

「以前は、ですよ。先ほども申したように、あなたという可能性と出会い、あの人が愛した帝国を出来るだけ傷つけずに済むならと信じていますから」

「信じていたのならばなぜこのような物を隠しておった!」

「そちらに関してはサクラさまもご存じのように、精霊力を持つ者は本当に愚か。自身の存在意義が失われるような精霊器を開発したとなれば、嫉み邪魔するでしょう。取り上げ、なかったことにするかもしれません。あなたはいつもエニシさんとご一緒でしたからね、機会が無かっただけです」

「お主……っ! 爺やがそのような理由で邪魔をするとでも思うておるのか!」

「はい。あれも()()()()()()()、表向きはあなたに忠誠を向けていても心の中では私たち持たぬ者を見下していますから」


 断定するソフィアの瞳には汚れが微塵もない。

 ただそれだけに持つ者に対する狂気を感じさせる。


 この世で信じられるのは精霊力を持たぬ者のみ――ならば先ほど自身に向けた賞賛も嘘偽りない真実。


 恐らく当初は帝国に対する憎悪から復讐を決意し、功績と贖罪で手に入れた研究施設や報酬を利用して密かにこの兵器を開発していたのだろう。

 だがサクラと出会い、ベルーザに裏切られたことでその復讐心を無理矢理にでも封印して手をさしのべた。婚約者が愛していた帝国だからと、自分と同じ持たぬ者の皇女ならばいつか帝国は変わると信じて、ギリギリのラインで自己を保っていた。

 しかしここに来てサクラが再びベルーザと手を取り合う可能性を提示したことでソフィアの精神は追い詰められた。

 帝国は変えたい。

 サクラは信じたい。

 しかし最も忌み嫌う精霊術士と今さら手を取り合い、持つ者も考慮した未来まで模索し始めたと。

 それでも持たぬ者(サクラ)を信頼しているからこそ、持つ者の未来を考慮するのは霊獣という脅威、精霊器の開発に必要な精霊石の供給問題があるからと自分にとって都合の良い解釈で受け取り。

 故にこの兵器を知ればサクラもベルーザとの対話を、精霊術士と手を取り合うような愚かな行動を改めると信じ切って今回の凶行に出たのか。


 まさに迂闊だった。

 エニシ不在時になぜソフィアと向き合ってしまったのか。

 結果として彼女を追い詰め、自分は安易に囚われてしまっている。

 ソフィアの狂気に、持つ者に対する増悪を読み切れなかったと後悔するも、これ以上の反論は危険とサクラは判断。

 今のソフィアを刺激しすぎれば次はどんな凶行に及ぶか分からない。

 特にこの兵器を起動させてはならない。


 ()()ソフィアが復讐目的で開発した物なら間違いなく帝国は甚大な被害を受けるだろう。


 とにかく彼女を宥め、出来なければ外部と連絡を取る必要があると必死に打開策を巡らせるサクラだったが――

 

「こ……れは……」

「……なに、これ」


 聞き覚えのある声に思考が中断されて自然と目を向ける。

 視線の先にはエニシとロロベリアがお互いを挟んだ鋼鉄のサソリに呆然としていて。


「あら、なぜあなた方がここに?」


 サクラもなぜここに二人が居ると呆ける中、ソフィアは立ち上がりつつ冷ややかな視線を向けた。


「お嬢さま!」

「サクラさま!」


「不法侵入なんて本当に精霊術士という存在は粗悪です……が、ちょうど良いかもしれません」


 対しその声で我に返った二人はサクラの存在に気づくも、ソフィアは焦ることなく無造作に手を白衣のポケットに入れて。


「サクラさまへの証明として、手始めに()()()()()()()()()()()()()


「爺や、ロロベリア――逃げるんじゃぁぁぁっ!」


 取り出した物を見るなりサクラは全力で叫んだ。




純粋が故に狂気と化したソフィアをロロベリアとエニシは止められるのか?

それはさておき自由奔放な主人公はどこで何をしているのやら……。


みなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!

また感想もぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

読んでいただき、ありがとうございました!

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