志の差
遅くなってすみませんでした!
本編再開です!
アクセスありがとうございます!
「みなさま、お久しぶりです」
注意事項とオーダー表の提出も終わり、親善試合の開始時間が迫り緊張感漂う控え室に思わぬ来客が。
マイレーヌ学院の制服ではなく、教国の修道服に身を包んだミューズが現れたことにエレノアが目を丸くして立ち上がる。
「ミューズ……なぜここに?」
「王国の代表として親善試合に挑むみなさまにせめてもの激励をと。準備に少し時間が掛かり、遅くなってしまいましたが……」
ミューズは和やかな笑みを返すも、いくら王国に留学しているとはいえ親善試合では公平な立場を強いられる教国の住民が肩入れするような行為は宜しくないのだが。
「共に学び、共に研鑽する級友に国は関係ありません。故に今のわたしはただのミューズ。あなたの親友ですよ、エレノア」
「……お前という奴は」
「そしてみなさまもわたしにとって大切なお友達、なのでわたしはみなさまの勝利をお祈りしています」
汚れのない瞳から伝わるのは純粋な感情。
国という概念に囚われない個人としての気持ち、ならばミューズの言い分こそ正しいとエレノア以外のメンバーも素直に彼女の好意を受け取った。
「……ところでエレノア。アヤトさまとロロベリアさんのお姿がありませんが」
「それは……だな」
が、そのメンバーに二人の姿がないと気づくなり質問してくるミューズに眉根を潜めてエレノアは言い淀んでしまう。
そんな彼女に変わってカナリアが努めて冷静に一歩前へ。
「アヤトさんはここへ来てすぐ体調を崩してしまい、今は迎賓館で静養しています」
「……わざわざ、ですか?」
「診療室では落ち着かないと……自らの希望で」
ミューズは怪訝そうでもカナリアは平然と続ける。
到着してすぐは準備などで忙しく、本人も迷惑を掛けてしまったと気に病んでいたので御者に頼んで帰らせたと。
もちろんこれはカナリアが考えた言い訳、そもそも気に病むような精神があれば勝手な行動をするはずもなく、どこで見ているかは知らないが少なくとも誰かに見られるヘマもしないだろう。
故にここまで送ってくれた御者に事情を説明、迎賓館に待機している使用人にも口裏を合わせるように頼み込んだのでアヤトが闘技場にも迎賓館にも居ないのを知るのは王国側の関係者のみ。万が一試合終了後に顔を出せば結果が気になり無理を通してきてしまった、とすればいい。
苦しい言い訳でも教国の役員は信じてくれて、むしろ心配してくれたことにカナリアの良心はとても痛んだ。
「そしてロロベリアさんも先ほど急な頭痛を訴え、隊長が診療室に……」
「少し辛そうだったから出場させるわけにもいかんとね」
「そう……ですか」
ただロロベリアは先ほどラタニが具合を悪そうにしているのを発見して本当に診療室で休んでいる。
今朝方の様子では問題なさそうでも体調の急変なら仕方なく、カナリアも様子を見に行ったがアヤトと違い本当に申し訳なさそうにしていた。なのでミューズの心配する表情を見ても良心が痛むことはない。
「どちらにせよ今回は補欠枠が役立って良かった良かった」
「良くありません……本当に、隊長とアヤトさんが揃うと問題ばかり……」
「体調不良まであたしらのせいになるんね……」
ラタニが嘆き肩を落とすもカナリアからすればなぜここまで問題が起こるとこちらこそ嘆きたい気分で、二人が共に帝国へ行くと聞いてから抱いていた不安が的中するので疫病神に思えてしまう。
「オレと姉貴も様子見に言ったけど、よく寝てたからご安心を」
「では、お二人の回復もお祈りしています」
ユースもフォローを入れてくれて少しだけミューズが安堵したところでカナリアが時間の確認を。
「そろそろ選手観覧席に向かいます」
皇帝の開会宣言や試合の応援をする為の席が設けられているので一度向かう必要があり、以降は次の試合に出場するペアがここで待機、役員の最終チェックを受けて試合に臨む流れだ。
「みなさまに神と精霊の祝福があらんことを」
なのでミューズも教国専用の観覧席に戻る必要があり、移動するメンバーに両手を合わせて勝利を祈っていた。
◇
開会宣言も終わり、ベルーザはペアのミハエルと共に控え室で待機していた。
もう間もなく親善試合が始まると思えば気持ちが高ぶってくる。
試合に対する気負いからではない。序列一位のレイドすら自分に対して手も足も出なかった王国代表など最初から眼中にはない。
観衆の面前で王国代表を圧倒し、帝国を勝利に導くことで次期皇帝の座を盤石にする。
ベルーザにとって親善試合とはその為の布石でしかない。
そうすれば認めざる得ないだろう。
自分よりも優秀で幼き頃から周囲に期待されていた兄や姉たちも。
持たぬ者として生まれたにも関わらず、五人の中で誰よりも秀でた頭脳を持ち、周囲から密かに期待されていた妹も。
そう、五人の後継者の中でベルーザのみが特出した才能が何もなく、期待されていなかった。
だから精霊術士として開花し、精霊術の才能があると分かり歓喜した。
同時にこれまで蔑んでいた周囲の視線が一変したのも快感だった。
後継者候補の中で秀でた才もないと最も期待されていなかった自分が、優秀な四人を差し置いて皇帝の座に就く。
それはきっと最高に良い眺めになるだろう。
ないもの同士だからと傷をなめ合うような関係を築いていた妹との約束を反故にしてでも手に入れたい。
むしろ持っていた兄や姉たちよりも、同じ持っていない妹が期待されていたからこそ、惨めな思いをしてきたから尚更で。
「――殿下、お時間です」
「お前は邪魔にならないよう勤めろ」
「……畏まりました」
故にベルーザは歩み始める。
見返したいとの気持ちで大切な絆を捨ててまでも孤独な道を。
(見ていろ……サクラ)
『帝国先鋒ベルーザ=ラグズ=エヴリスト、ミハエル=セレマーニペア――入場!』
審判のコールと共に通路から闘技場に姿を現すなり大歓声が起こる。
この歓声こそ自分が期待されている、認められている証拠でベルーザの卑屈に染まっていた心が満たされていく。
だから見えていなかった。
この闘技場に最も見返したかった妹の姿がないことを。
そして視線の先に思わぬ対戦相手がいることに。
◇
『王国先鋒リース=フィン=ニコレスカ、ユース=フィン=ニコレスカペア――入場!』
「まさか姉貴と出場するとは……なんとも変な気分だ」
「わたしはロロが良かった……けど、仕方ない」
最終チェックを受けた二人はコールと共に入場。
先に入場した帝国代表、主にベルーザへ向けられたものに比べて申し訳程度の声援が起こるが仕方のないこと。
ここは帝国、言ってしまえば敵地なら友好国の代表としての敬意程度でも向けられるだけマシだろう。
「仕方ないねぇ。姫ちゃんにはもっと大事なもんがあるし」
「……だからわたしが全部やる。ロロの分まで」
「へいへい。締まらない役はオレに任せて、存分に」
しかしリースとユースは何の気負いもなく、普段通り会話を楽しみつつ中央へ。
自分たちの登場にベルーザが意外そうに眉根を潜めるのは当然。
先鋒に自分が出ると宣言したにも関わらず、蓋を開けてみれば序列入りをしていない一学生が二人。しかも序列持ちのロロベリアを外してリースをペアにしているのだ。
「なるほど……私が与えたチャンスを王国はこのように活かすか」
「それはどういう意味で?」
「私に勝てる者がいないと分かり、序列入りも叶わぬ者を捨て石にしたのだろう? 気持ちは分かるが何とも姑息な手段だ」
故に侮り、蔑むのも当然でリースは反応しない。元々勘違いされても仕方ないと思っているのか……眼中にないのか。恐らく後者だろう。
なのでユースもこのまま流してもよかったのだが、あえてお付き合いすることに。
「序列が強さに関係ないってどこぞのひねくれ者が言ってましたよ」
「……なに?」
「それと本物の強者ってのは安いケンカを売らないって、先日進言されたのをお忘れですか? ベルーザ殿下」
不躾な態度にベルーザが気分を害すも、ユースは飄々とした笑みで。
「まあオレは代表最弱なんで、こうして軽口叩くんっすけど」
だから安いケンカを売ったのだがベルーザは意にも介さず背を向ける。
ユースも構わず先に距離を空けるリースの後を追い。
両ペアの距離が二〇メル開いたのを確認すると審判は手を挙げて――
『それでは先鋒戦――開始!』
合図と共に観覧席が盛り上がり、ベルーザとミハエルが精霊力を解放。
しかしユースはそのままで腰に携える双剣すら手に掛けない。
対しリースは炎覇を構えて精霊力を解放、金髪金眼がルビーよりも鮮やかな紅へと染まり。
『――なっ!?』
更にリースの周囲に焔のような輝きが帯びるなり対戦者のベルーザやミハエルのみならず、注目していた殆どの通常の解放ではありえない現象に観客らが驚愕する。
精霊力を感じられる者なら嫌でも伝わる圧倒的な精霊力。
また持たぬ者ですら視認できるリースの周囲を覆う焔のようなオーラ。
「いく――」
そんな周囲が向ける畏怖の念も無視、リースは地面を一蹴り。
「――げはっ」
「……え?」
同時に炎覇の石突きが鳩尾にめり込みベルーザの身体がくの字に折れ、突然のことに隣りにいたミハエルは唖然。
更にリースは引いた炎覇の柄を横薙ぎに。
「ぐあぁぁぁ――っ!」
「きゃあぁぁぁ――っ!」
そのままベルーザだけでなくミハエルの身体までも殴り飛ばし、二人は勢いそのまま闘技場の壁に激突。
激突音に呆然としていた審判が慌てて二人の元へ駆け寄るのみ目もくれずリースは炎覇を払いつつ精霊力を解除。
「学院生で七秒だけって条件付きだけど、代表最強はオレの英雄なんだわ」
『せ、先鋒戦、リース=フィン=ニコレスカ、ユース=フィン=ニコレスカペアの勝利! 担架を早く!』
そんな姉の背中を誇らしげに呟くユースの声をかき消すように審判からの勝利宣言が響き渡り。
「んで、最弱のオレは担架代わりってね。なんとも締まらない役割だけどピッタリだろ?」
解除するなり糸が切れたように倒れたリースを背負い、誰に言うでもなく微笑んだ。
◇
「……初めて見ましたが、凄まじいですね」
選手用観覧席で見守っていたカナリアは担架で運ばれるベルーザとミハエルの様子に感嘆の声を漏らす。
アヤトとの訓練中で手に入れたリースの七秒の切り札、暴解放の理論や実際に目撃した他の代表からも聞いたがその効果はとんでもなく。
遠目で精霊力を解放した状況でも残像しか見えない、それこそアヤトと同レベルの動き。
「同時に危険な橋を渡ってるがな」
だからこそ危惧する方法だとモーエンは苦笑すら浮かべられない。
解放するなり急激に精霊力が消耗することで意識を保て気絶するほどの負荷、一歩間違えると精霊力が瞬時に枯渇するとなれば効果があっても推奨できない危険な方法だ。
しかし、危険を伴う方法故にベルーザだけでなくミハエルもリース一人で秒殺できるわけで。
「それでいいんよ。ひよっこがなりふり構っていたらいつまで経っても大きくならんからねん」
試合の結果よりもリースがこの方法を迷わず選び取得したことをラタニは賞賛する。
正直なところリースが暴解放を使ったところでベルーザほどの実力者なら通用しない可能性はあった。身体能力で上回れてもあれほど精霊術のセンスがあればどうとでも対応できる。加えて七秒間のみなら尚更で。
それでも簡単に敗北したのは所詮ベルーザは精霊術を扱うのが上手いだけの精霊術士でしかないからだ。
相手が格下だとの傲り、暴解放による予想外の現象を目の当たりにしたからといって戦闘中に我を忘れる未熟さ。いくら才があろうと十全に扱えなければ意味は無い。
対しリースらが目標にしているアヤトは違う。
副作用で得た規格外の能力や類い稀なる戦闘センスがありながら、精霊力という才能が無い事実を受け入れ、補う為の試行錯誤を続けたことで精霊士や精霊術士を凌駕するまでになった。
言葉で口にするなら簡単だが、死に物狂いで高みを目指したからこその結果。
才能に溺れず、かといって才能も自覚して傲ることなく努力が続けられる者こそ真の強者とラタニは思う。
そんな強者を目標としている者もまた、死に物狂いで追いかける。
「特にこの子らが目指すにくったらしい背中が、そうやって大きくなったから尚更だ」
故に勝敗を決めたのは才能ではなく志の差。
だが精霊力の有無や精霊術を神聖化する者にはこの差が理解できるはずもなく。
リースが命懸けで勝利を掴んだにも関わらず称えるよりも不可思議な現象に異を唱える者、不正を働いているとのくっだらない野次が飛び交い始める。
ただこの反応もラタニには予想通りで。
「ま、それが分からん連中だからこそか……面倒だけどここはガキのケンカにあたしが口出ししとこうかね」
立ち上がり精霊力を解放、息を吸い込み――
『今の一戦でリース=フィン=ニコレスカが起こした現象について、ラタニ=アーメリが説明する!』
風の精霊術を利用し、闘技場全域に広がるよう拡声した宣言に何事かと注目が集まり。
『解放時に感じる精霊力を一点に集約し、意識して解放することで従来の解放よりも身体能力が向上する、との王国が発見した新たな見解は友好国である帝国にも共有しているだろう! また一切の制御をせず、敢えて暴走させればより向上するとも!』
簡潔にでも暴解放の理論を説明すれば観覧席から違うざわめきが起こり、ラタニはやはり広まっていなかったとほくそ笑む。
何故ならエニシの秘伝も一部の者しか知らず、広まっていないからで。
『つまり今の現象は暴解放によるもの……だが、なぜ共有しているはずの現象を帝国は知らない? 危険だからか? それとも精霊術士が精霊術を使わず、身体能力の向上を求めることを恥じと誰も試さなかったのか?』
精霊力の有無や精霊術に固執する良くも悪くも実力主義な帝国だからこそ、精霊術士が身体強化に特化した方法など目も向けない。
特に暴解放は危険が伴いリースクラスの保有量ですらたったの七秒、非効率だと嘲笑うだろう。
しかしその結果がベルーザの敗北に繋がった。
非効率だと嘲笑う方法で、これが慢心と言えずなんと言えるか。
『どちらにせよ危険を顧みず、精霊術士との枠に留まらず純粋な強さを求め、王国代表として恥じぬ戦いを見せたリース=フィン=ニコレスカを侮辱するのが帝国の流儀か? 違うはずだ。実力主義を謳うならば命懸けで高みを目指した者を称えることこそあるべき姿ではないだろうか!』
故に罵りたいところだがガキのケンカに口出しするなら、ここは大人として正すのみとラタニは手本を見せるように拍手をする。
続けてカナリアやモーエン、レイドら王国代表もユースに背負われ退場するリースを誇るように拍手を送り。
更には皇帝自ら健闘を称える拍手を送り、その輪が観覧席にも広がりついには拍手喝采で埋め尽くされた。
「隊長殿、お見事です」
「よく我慢しましたね」
見事な演説で纏めたことにモーエンやカナリアは賞賛するが、着席したラタニには先ほどの凜々しさはなく、子供のような笑みを浮かべていて。
「別にあたしが罵らなくても、これから帝国さんは痛い目合うからねん」
今の演説はリースの名誉を守る大人としての義務もあったが、もう一つの狙いがある。
ただでさえ絶対王者のベルーザが完膚なきまで敗北したことで帝国代表は動揺しているはず。そこに精霊力の新たな解放、暴解放をまるで王国代表の誰もが習得しているかのように広めれば残り四戦も警戒し続けなければならない。
だが実際は王国代表で暴解放を習得しているのはリースのみ、やはり保有量がネックで次点のレイドですらもって四秒程度と非効率な方法が故。
しかも残り四戦はアヤトの協力で最も高い勝率を組んでいる。
つまりラタニの狙いは王国の完全勝利、この調子なら問題なく達成できるだろう。
「さてさて、こっちは予定通りだけど……あっちはどうかねぇ」
残る問題は神さまのお導きでここに居ない、最も命懸けで目標に近づこうとしている妹分の存在だった。
◇
「素晴らしい戦いでしたわ」
「オレは何もしてませんけど……後は頼みます」
「必ず勝利しよう」
「約束っすよ」
退場したユースは次鋒戦に挑むティエッタ、フロイスと言葉を交わし、そのまま診療室へ。
精霊力の急激な消耗で意識を失ったリースを休ませる為で、待機していた医師に断りを入れてベッドに寝かせた。
続いて隣のベッドで休んでいるロロベリアの様子見を。
安らかな寝息を立てているを確認し――
「んで、姫ちゃんはご無事ですか? 神さま」
一応程度の質問にロロベリアとは思えないニタリとした笑みが返された。
煽るだけ煽っておいて親善試合、ベルーザ戦が呆気ない結果になりましたがリースの暴解放で勝利する、という道筋は予定通りです。
エニシの秘伝も軽視されている帝国だからこそ、不意打ちが成功したとの見解もありますけどね……。ですがやはり両国代表には志の差が大きな勝因となるのではないでしょうか。
さて、次回から二人の主人公がメインとなる帝国編のメインルートの内容。
ロロベリアが何を気づいたのか?
アヤトが何をしていたのか?
サクラの行方は?
との内容が徐々に明かされていくのでお楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
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また感想もぜひ!
作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!