マヤの接触
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「――はぁっ!」
全力の踏み込みで間合いを詰めたロロベリアは左下から剣を振り上げる。
「よっと」
常人では視認不可能な一振りをアヤトは悠々と上体を反らして躱す。
更に振り上げた剣を左手の刀で一閃、ガキンと弾かれた剣の衝撃にロロベリアは体勢を崩した。
無防備な背中にアヤトは蹴りで追撃。すかさずロロベリアは邪魔な剣を上へ放り投げ、側転しつつ左足を上げて蹴り返す。
「ちっ」
互いの足が交差した瞬間、押し負けたアヤトが弾かれるまま逆に体勢を崩し、両足でシッカリと着地したロロベリアがお返しとばかりに裏拳で追撃。
迫り来る拳をアヤトは腕を掴んで地面を蹴り、ロロベリアの腕を支点に空中で一回転。
「危ねぇ危ねぇ」
「相変わらずデタラメな動き――ね!」
着地する間に、クルクルと落下してくる剣を掴んだロロベリアはそのまま振り下ろすも、アヤトは冷静に刀の刃先で滑らせるように回避。
お返しとばかりに横薙ぎで斬りつけるがロロベリアも剣で防ぐ。
「やるじゃねぇか」
「どういたしまして」
ロロベリアが剣を振るえばアヤトは刀でいなし、アヤトが刀を振るえばロロベリアは剣で防ぎ、刃引きもしていない真剣で二人は笑みを浮かべて斬り合う。
互角の立ち合いを繰り返す両者だが、徐々に変化が見え始めた。
「……うぜぇ」
一撃の重さ、防ぐではなくいなし続けることしか出来ないアヤトは押されてしまい、ついにロロベリアの剣をいなしきれず身体ごと後方へ吹き飛ばされた。
「いける――っ」
好機とロロベリアは精霊術の追撃を狙って詩を口にする。
「いけねぇよ」
だが吹き飛ばされたアヤトがニヤリと口端をつり上げ、勢いそのまま背中を反らして後方宙返り。反動の蹴り上げをロロベリアはギリギリのタイミングで躱した。
「……上手くいきすぎと思ったわ」
一連のやり取りが演技だと気づきロロベリアは悔しげに剣を構え直し、次こそはと地面を蹴った。
「……はへ?」
同時に間抜けな声を漏らし、振り上げた剣はすっぽ抜けてそのまま地面に倒れてしまう。
「どう……して?」
身体に全く力が入らず立ち上がることが出来ないロロベリアは困惑。
「三半規管が麻痺してんだろ」
「な……んで?」
先ほど空中で回転した際、アヤトのつま先がロロベリアの顎をかすめて脳を揺らしたのだが、焦点の定まらない目を向けられているアヤトはほくそ笑むのみ。
「よかったな白いの。揺れる脳があって」
「ばかにしてるのは……わかった」
悔しげに呟くロロベリアの髪と瞳が従来の色に戻り、刀を鞘に収めたアヤトはしゃがみ込む。
「ここぞの場面で精霊術に頼るのは精霊術士の悪いクセだな。一対一のやり合いで、ほぼ互角の動きができる相手に詩を紡ぐ暇があるか。いい加減学習しろ」
「すみません……」
「なにより俺のようなか弱い者に精霊術を使うとは、なんと鬼畜か」
「……あなたのどこがか弱いのよ」
呆れた物言いにため息を吐き、ロロベリアは回復に努めるように目を閉じる。
模擬戦を始めて二〇日。
最初は一方的に叩きのめされていたが、最近はそれなりに善戦できるようになっていた。
精霊力の量が向上したわけでもなく動く時は脚力へ、腕を振るう時は腕力へ、相手の動きを見る時は視力へと部分的に集中させることで無駄な運用を控えるようにしただけ。
この方法はアヤトの身体の使い方を参考にしていた。
毎日のように模擬戦を繰り返したことで気づいたが、実のところアヤトの身体能力は精霊力を解放したロロベリアと大差はない。
ではなぜ自分より速いと、消えたように錯覚していたのか。
人は動く際、前なら前へ、横なら横へと筋肉が反応して微かでも重心移動をする。いくら速くともその一瞬の動きから方向を予測し視認できるもアヤトにはそれがない。
言ってしまえば初動なく最高速で動ける体捌きで消えたように錯覚していた。
その要領で攻撃の際、防御の際も瞬間的に筋力を扱い最小限の動きで対応していたので激しく動いてもさほど疲労していなかった。
現に瞬発力では負けても追撃すれば追いつけるし、姿を見失っても気配察知から防御に回っても間に合う。
むしろ腕力はロロベリアが勝っているから攻撃を防げず、いなすことしか出来ていないようにアヤトの武器は瞬発力だ。
もちろん本人が教えてくれたわけでもなく、観察し続けたことでこの錯覚に気づいたロロベリアが精霊力で応用しただけ。まあ思いついて実行できるのはやはりロロベリアの制御力が異常なレベルなのだが。
「だからって……完全に納得できないんだけど」
「あん?」
「なんでもないわ――と」
身体に力が入るようになったロロベリアは立ち上がり剣を拾いに行く。
アヤトの戦闘技術は驚異だが、それ以上に驚異なのはやはり身体能力。
初動が無ければ瞬発力次第で消えたように錯覚する。相手の攻撃にも余裕を持って対処ができると実践向きの技法。
しかし持たぬ者の身体能力ではそこまで錯覚はしない。
加えて精霊力で強化したロロベリアの動きを先読みして対処可能な動体視力。
つまりいくら神がかり的な技法を得たところで持たぬ者には不可能。純粋に鍛えているでは説明のつかない秘密がまだアヤトにはある。
それを知りたいのだがロロベリアは教えてもらえない。
「今の私でもまだ、あなたは本気で遊んでくれないのね」
「なんだ構ってちゃん。寂しいのか」
剣を手に取り批判するロロベリアにアヤトは肩を竦めてみせる。
新しい精霊力の運用法で身体能力はほぼ互角、それでもアヤトは本気を出さない。
本気を出す必要がないのは、対等な立場と認識してくれていない証拠だ。
そんな相手には何も語ってくれないだろう。
「そう拗ねなくとも、それなりに楽しんでいる」
「やっぱりそれなり、なのね」
「文句があるならやめるか」
「まさか。こんなに楽しい時間を自分から捨てるとでも?」
首を振りロロベリアは剣を構えて精霊力を解放させた。
「今日も徹底的に遊んでもらうわ」
「泣きべそかいても知らんぞ」
対するアヤトもため息を吐きつつ刀を抜き、二人の姿が消えた。
◇
「……悔しい」
三〇分後、訓練着から制服に着替えつつロロベリアは表情を歪まる。
精霊力が枯渇するギリギリまでやり合った模擬戦は最後までアヤトを本気にさせられず、泣きべそこそかかなかったものの一方的に痛めつけられる結果となった。
ちなみにアヤトはいつも通り動けなくなったロロベリアを放置して帰っている。部分的の運用で身体への負担も減り、大きな怪我もしなくなったので少し休めば動けるので少しは待ってくれてもいいのにと不満。
ただ待ってもらっても後は帰るだけ、何をどうするわけでもなく、ましてや一緒に出掛けるなど――
「……私ってば、なに考えてるの」
自然と巡る思考に顔を赤くしたロロベリアは首を振る。
こんな時間にどこへ出掛けるというのか、せいぜい出来るのは夕食を一緒にするくらいで――
「だから……違うでしょ」
浮かぶ妄想に恥ずかしくなりその場に蹲ってしまった。
そもそもアヤトは何らかの理由でロロベリアを鍛えているだけ。別にそういった交流を深めているわけではない。
この二〇日で共にいる時間が増えたのもあくまで仕事上でのこと。仕事中の会話はほとんどしないし、終わった後も模擬戦のみ。
改めて考えるとアヤトを知る目的はほとんど進展していない。
青春はぶつかり合うもの、ラタニの言葉が頭を過ぎる。毎日模擬戦を繰り返していたからかどうも交流を深めていたと勘違いしているようだ。
「少し頭を冷やした方がいいかも」
浮き足立っていると反省しつつロロベリアは専用訓練場を後に。回り道がてら寮に戻っている途中、自然公園から金属のぶつかる音が。
音の方へ足を向けると公園の森林を抜けた一角で槍を構えるリースと双剣を手にどこか疲れ切っているユースが対峙していた。
「誰?」
「スキありだぜ姉貴!」
気配を察したリースが顔を向けたのを好機とユースが飛び出す。精霊力は解放してないが申し分ないスピード。
「ロロ?」
「うぎゃん!」
しかし視線を向けたまま無造作に振ったリースの槍が脇腹を直撃、ユースはもんどりを打ってひっくり返った。
「ユースさん……大丈夫?」
「問題ない」
「大ありだよ! あー痛ぇ……」
脇腹をさすりつつユースは立ち上がり、リースと共にロロベリアの元へ。
「こんなところで何してるの?」
「私は寮に帰ってる途中で……あなた達こそ何してたの?」
「訓練」
「そのお相手」
「なら訓練所を使えばいいのに」
二人の返答にロロベリアは首を傾げてしまう。
市街地から外れているので人気は少ないが、精霊士や精霊術士は許可なく精霊力の解放を禁止されているので出来ることは純粋な模擬戦のみ。
わざわざこんな場所でやらなくとも学院の自主訓練室を使用すればいい。
「あそこに行けばあいつに会う可能性がある」
「それだけの理由で……?」
不機嫌そうにリースが呟きロロベリアはため息一つ。
確かにアヤトと鉢合わせになることもあるだろうが、そこまで会いたくないのか。昼休みは毎日のように学食へ通っているというのに未だリースのアヤト嫌いは改善されていない。
「それに精霊術が使えなくても関係ない。槍術を磨く方がわたしには向いてる」
「姉貴の制御じゃ燃やされかねんしな」
ため息を吐くユースの危惧は間違っていないので笑えなかった。
「二人も頑張ってるんだ」
「オレはついでに、だけど。でもま、姫ちゃんの頑張りはマジすげーと思うぜ? 最初はどうなるかと心配したけど」
ユースが称賛するようにロロベリアはここ最近の訓練でめざましい成長を見せている。
それはアヤトとの模擬戦に慣れてきたことが大きい。疲労やダメージの蓄積が減ったので調子も戻り始めている。
「それに比べて……しょせんは愚かなバカ連中。もう呆れるしかない」
しかし不穏な噂は健在。調子を落としても好調でも、やはり模擬戦でアヤトに、持たぬ者に負けた結果が尾を引いている。
ただ元より噂など歯牙にもかけていないロロベリアは変わらず、むしろ今だアヤトを本気にさせられないことに悔しさを募らせているのだが。
「……そういうことを言わないの。とにかく訓練の邪魔したわね」
「平気。それよりも一緒に帰る」
「訓練してたんじゃないの?」
「速攻で愚弟をぼこぼこにするから待ってて」
「まだやんの?」
「じゃあ向こうで待ってるわ」
「姫ちゃんも止めようぜ……」
「うん。愚弟、さっさと構える」
「え? マジで? ちょっと待とうぜお姉さま!」
やる気満々のリースを前に狼狽するユースを置いてロロベリアは公園内へと戻った。
「さてと……何してようかな」
「こんにちは」
「――――っ」
一息吐くと背後から声をかけられロロベリアはすかさず距離を取り、鋭い視線を向ける。
「どうかしました?」
「……あ、いや」
白いフリルいっぱいの黒いドレス姿のマヤが小首を傾げて立っているのを確認して力が抜けていく。
(ビックリした……でも、いつの間に?)
模擬戦でアヤトに散々不意を突かれていたので思わず臨戦態勢に入ってしまったが、全く気配を感じず背後を取られたことに困惑ばかり。
「もしかして驚かせてしまったのでしょうか。それでしたら申し訳ございません」
「ううん、私こそ変な反応してごめんなさい」
見入っていたことにマヤは深々と謝罪するのでロロベリアも頭を下げ返した。
「そ、そういえば久しぶりね。元気だった?」
「はい。ロロベリアさまこそお元気そうで。いつも兄様のわがままにお付き合いしていただき、ありがとうございます」
「こ、こちらこそ」
「ただ……最近の兄様はロロベリアさまとの遊戯に夢中で、わたくしちょっぴり寂しいですわ。今も一人寂しくお散歩していましたの」
「ごめんなさい……あれ? でもお兄さまならもう帰宅してるはずだけど」
「恐らくまだかと。兄様は色々とお忙しいようですし」
マヤは肩を竦めるも、いつも先に帰るアヤトがどこで何をしているのかが妙に気になった。
「ロロベリアさまはここで何をされていたのですか?」
「私はリース達を待っていたところ、かな」
「リースさまを、ですか?」
「ユースさんとあそこで遊んでるの」
先ほどの茂みを指さしロロベリアは苦笑。
「仲の良いご姉弟ですね。でしたらロロベリアさま、よろしければわたくしと遊んでいただけませんか」
「え……?」
が、思わぬ申し出に表情が強ばってしまう。
「いつも兄様ばかりずるいと思っていましたの。それともお嫌でしょうか」
「そんなこと! もちろん私で良ければ」
寂しげに視線を落とすマヤに慌てて頷くロロベリアだったが周囲には遊具もなければ露店もない。
「だけど……なにをしよう」
せいぜい出来ることは散歩くらいと遊ぶ場所がなかった。
「では、このような遊びはどうでしょうか」
戸惑うロロベリアに、しかし優美な笑みを絶やさずマヤは近くのベンチに腰掛け小さく手招き。
誘われるままロロベリアが隣りに座るとマヤは胸ポケットに手を入れ、輪っか状の黒い紐を取り出した。
「これはわたくしたちの国伝統の遊戯なんです」
説明しつつ白い指に黒い紐を搦めて左右に引く。
だがロロベリアは説明するまでもなく知っていた。
「単純ですが奥深く……このようにして」
ぎこちなく指に搦めては引き、時には外したりを何度か続けたマヤは両手を掲げる。
「はい、三段梯子……に、見えますでしょうか?」
「見えるわ。上手いものね」
紐で象る梯子に感心したロロベリアはお返しと言わんばかりマヤの手から黒い紐を受け継ぎ、スムーズな手つきで組み上げていく。
「吊り橋……に、見えるかしら?」
完成された吊り橋にマヤは目を輝かせてぱちぱちと拍手。
「凄いですわロロベリアさま。まさか王国の方があやとりをご存じなんて驚きです」
「……昔ちょっとね。教えてくれた人がいて」
再び指を動かすロロベリアは言葉を濁す。
あやとりはクロが大好きで、離ればなれになってからも暇さえあればやっていた。
そしてマヤの兄、アヤトが教えてくれたかもしれない思い出の遊び。
でもあくまで可能性。同族のマヤがあやとりを知っていても不思議ではない。
ならここでクロの話をするのも違うと己を律していた。
「マヤちゃんの言うように奥深いから私も楽しくて、気づいたらね」
だから話題を逸らすよう新たに塔を型どり、誇らしげに見せるまでに留めた。
興味深く眺めていたマヤはクスクスと笑う。
「そうですか。やはりロロベリアさまと兄様は気が合います」
「お兄さまと?」
「ああ見えて、兄様もあやとりが大好きなので。暇さえあればよく楽しんでますの」
「……そう」
この情報にロロベリアの胸が高鳴るも、勤めて冷静に返す。
クロの大好きな遊びをアヤトも好んでいる――同一人物である新たな可能性。
それでも同族ならばあやとりを知っていても不思議ではなく、イメージに似つかわしくないがやはり結びつけるのはただの願望。
「そう言えば、兄様と初めてお会いした時もあやとりで遊んでいましたね」
湧きでる期待を押さえ込むロロベリアに、しかしマヤの独り言のような呟きがその蓋を決壊させた。
「懐かしいですわ。当初は紐を絡ませて何をしているのか、と興味深く拝見させていただきましたが、まさか遊戯だったなんて」
遠い目をするマヤへと無意識に視線を向ける。
二人が兄妹として育ったのなら今の表現はおかしい。
家族同士なら物心ついた時には既に居る存在。
もしかして生き別れていたのか。
期待すまいと律していた思考があえて他の可能性を除外する中、視線に気づいたマヤが不思議げに首を傾げた。
「もしかして兄様からお聞きになっていませでした? わたくしたち、血の繋がっていない兄妹なんです」
不意の告白に、ロロベリアは言葉を失う。
「実は――」
更に続けられた内容にただ、ただ驚くばかりで。
「……わたくしったら、つい思い出話まで。申し訳ございません、このようなお喋りに付き合わせてしまって」
関係ない身の上話をしたことを謝罪されてもロロベリアは反応できず唖然としたまま。
「どうやらお時間のようですね。ではロロベリアさま、本日はわたくしのわがままを聞いていただき、ありがとうございました。機会があれば、また遊んでください」
対し気にした様子もなくマヤは立ち上がり深々と頭を下げ、ゆったりとした足取りで去って行く。
「お待たせ」
「たく……少しは手加減しろっての。まだ痛てぇ」
「…………」
入れ替わるようにリースと、遅れてお腹に手を添えユースもやって来たが、あやとりの紐を指に絡めたまま固まっているロロベリアを見つけるなり首を傾げてしまう。
「……どーゆー遊び? これ」
「わからない。ロロ、聞こえてる?」
肩を揺らすロロベリアはようやく反応。
「聞こえてるわ。二人ともお疲れさま」
二人を視界に入れてゆっくりと深呼吸をして普段通りの微笑で出迎えた。
「さてと、じゃあ帰りましょうか」
「なにかあった?」
だからと言って納得できるはずもなくリースが心配するも、ロロベリアは黒い紐を制服のポケットに収めて立ち上がる。
「集中しすぎてただけだから、そんな顔しなくていいの」
「ならいいけど」
「相変わらず姫ちゃんはその遊びが好きだねぇ」
あやとりに熱中するのはいつものことなので特に疑問を持たず受け入れる二人に、後ろめたさを感じつつもロロベリアは口にしない。
普段あやとりの新作を考えるように、複雑に絡まった糸がようやく求めていた形へと整いかけていることを。
そして完成すれば見せるように、このあやとりも納得のいく形になったら二人にもちゃんと報告するつもりでいる。
逸る気持ちを抑えて、普段通りに一夜を過ごした。
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