悩み、諭し、そして――
いつもより遅い時間になりました!
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帝国滞在七日目。
いよいよ親善試合を明日に控え、帝都内のお祭りムードも高まる中、代表メンバーは最終調整に入った。
連敗続きの王国の期待を背負い、更にベルーザの侮辱発言から士気は否応なしに高まるも前日だからこそ無理は厳禁と普段通り午前中に調整を済ませた後は身体を休め、夕食時の最終ミーティングで出場ペアと順序を発表予定。
また前日だからこそ明日の細かな打ち合わせは外交官に任せてラタニは代表メンバー優先していた。
「約束もなく訪れたこと、また親善試合を控えた貴重な時間を割いてしまったこと、お詫び申し上げます」
「…………」
のだが、その代表メンバーの一人、ロロベリアは迎賓館の応接室でエニシに深々と頭を下げられていた。
元々ロロベリアも屋内訓練施設に居たのだがモーエンから急遽戻るうように呼び出されて戻ってみればこの状況。
なぜエニシが自分に会いに迎賓館に訪れたのかとの疑問もあるがとりあえず。
「……気にしないでください。時間は充分ありますから」
「感謝いたします」
「それで、本日はどうされたんです?
目上の人に畏まれるのが落ち着かず顔を上げてもらい改めて質問すれば、エニシは少し考える素振りを見せた。
「昨日のことについて、アヤトさまからなにか伺っておりますか?」
その確認にロロベリアは返答に窮する。
昨日サクラがエニシと共に皇帝の名代として迎賓館に訪れレイドに謝罪を伝えたこと、その席にアヤトが突然現れサクラと二人になった、というのは訓練場から戻った後に聞かされていた。
ただその頃には既にサクラも帰宅した後で、二人で何を話したかまでは席を外したレイドらも知らない。
そのアヤトは引きこもったままで、夕食前にふらりと顔を出し『明日は好きにして良いぞ』と自分に告げるなりまた引きこもり。
ユースが部屋に戻った時には既にベッドに潜り込んでいたから居心地悪くて最悪だったとぼやいていた。
ちなみにアヤトは今朝から外出中。
カナリアへは一応出かけると声は掛けたらしいがもちろん行き先までは伝えず、いくら厳しい規制はなくとも好き勝手に外出しすぎだとカナリアがとても嘆いていた。
またブローチでマヤに行き先を聞いてみたが『兄様よりロロベリアさまから連絡があれば、大人しくしてろ構ってちゃん、と伝えるよう言伝を預かっております』で終了、気軽な連絡手段も相手次第と思うと同時に、アヤトこそ少しは大人しくするべきと言いたかったがそれはさておき。
「……レイドさまから多少は。アヤトからは……なにも」
二人が訪れたまでは知っているが、ここでもアヤトに関しては全くだった。
しかしエニシは呆れも困惑もなく、むしろ安心したように微笑む。
「アヤトさまらしいですな……。ですが、だからこそ私はロロベリアさまの元へ来たのです」
「え?」
「始めにお伝えしておきますが、これはお嬢さまの命ではなく私の独断にございます。故にアヤトさまへご報告する際は全ての罪は私にある、とだけお伝えください」
妙な前置きに戸惑うロロベリアの返答を待たずしてエニシは語り出す。
それはサクラがアヤトに語った内容で、アヤトがサクラを諭したもの。
あのベルーザが昔サクラとそのような誓いを交わしていたことや、ソフィアの壮絶な過去を知りロロベリアは驚きを隠せず。
またアヤトの持論からサクラが昨日から悩み、心ここにあらずな状態が続いているとまで。
レイドから見送る際、サクラがかなり思い悩んでいる様子だったと聞いていたが、彼女とアヤトの会談の全貌を知ったことで理解できた。
だが同時に疑問が浮かぶ。
「……なぜ、私に?」
エニシはアヤトから何も聞かされていないと予想し、教えてくれる為に来てくれた。しかもサクラの命でもなく独断でだ。
従者が主の秘密を他者に漏らす行為もだが、なぜ自分にこのような話をしてくれたのか。
狙いが読めないと訝しむロロベリアを見据えるエニシの瞳からは真摯な感情を見て取れて。
「お嬢さまにもう一度チャンスを与えてくださったこと、過ちを犯す前に正してくださったことへの私なりに考えたせめてものご恩返し、でしょうか」
「私に話すことが恩返し……ですか」
「ベルーザ殿下と道を違えた際、私は途方に暮れるお嬢さまに対してソフィアさまと違いなにも出来ませんでした。それどころかお嬢さまの視野が狭んでいるのにすら気づけず終いです」
「…………」
「僅かな時間でも感じられました。アヤトさまはロロベリアさまを本当に大切にしておられます……ですが、そんなロロベリアさまにすら一線を引き、ご自身の全てを抱えられている。それは大切だからこそ、関わらせないようにしているのでしょう」
「…………」
「つまり私はロロベリアさまを嗾けにきたのですよ。帝国を変えるためにお嬢さまへもう一度ベルーザ殿下と手を取り合うよう導いてくださったアヤトさまもまた、大切だからこそ手を取り合べきとお教えするために」
「…………」
もちろん他の人よりは近いとは思うし、そうあったら嬉しいとも思う。
だが正直なところ理由を聞いても自分がアヤトにとってそこまで特別な存在なのか? とロロベリアはいまいちピンとこない。
しかしエニシは真剣そのもので、懐から黒革の手帳を取り出しテーブルに置いた。
「恐らく私のお節介にアヤトさまはご不快に思われるでしょう。ロロベリアさまも私の身勝手な恩返しに巻き込まれてさぞご不満かもしれません。そのお詫びと言っては何ですが、こちらを」
「……これは?」
「秘伝について詳しい内容と、私なりに考案した今後に必要な訓練法を纏めております。お一人では難しいかもしれませんが、ラタニさまから助言を受ければ必ずやロロベリアさまも習得されるでしょう。またアヤトさまとお約束した私のお茶菓子に関するレシピも記しておりますので、お手数ですが渡して頂けないでしょうか」
この内容にロロベリアの胸に妙なざわつきが。
アヤトが知れば不快に思うと自覚している行動を、サクラの命ではなく独断でしている上に置き土産にような手帳を託そうとしている。
これではまるで――
「もしかして……サクラさまの従者を辞するつもりですか?」
「いえいえ、私も最後までお嬢さまの夢を叶えるべく尽力するつもりで――」
「ならどうしてサクラさまの代わりにご自身が罪を被るような行動をしているんです」
言い訳染みた返答を遮るようにロロベリアは語気を強めると、観念したようにエニシは視線を落とした。
「……ツバキさまよりお嬢さまを託され、これまで私なりに誠心誠意お仕えしてきました。ですが……耄碌した私がどうしてツバキさまの大切なサクラさまのお側に居られるでしょう」
これまで朗らかで自信に満ちたエニシとは思えない弱々しい呟き。
出会ってまだ三日ほどの関わりしかないアヤトが導き、正したのに長らく仕えた自分は気づけなかったと責めているようで。
それほどエニシは重く受け入れているのだろう。従者として出来なかったと。
しかしこの懺悔にロロベリアは違和感を覚えた。
そして恐らくこの違和感は以前浮かんだ疑問に関係していると踏み込んでみることに。
「……気になっていたんですが、どうしてエニシさんは従者をされているんですか?」
帝国では評価されない技術でもエニシの秘伝は精霊力の研究に一石を投じるもので、あのアヤトと近接戦闘で互角を誇る実力もある。
これほどの実力者がなぜ従者をしているのか。いくら良くも悪くもとはいえ、実力主義の帝国ならもっと評価されても良いはずで。
加えてサクラの母、ツバキも東国の血筋ならこの転換は彼女に関係しているはず。
「私は……ツバキさまに救われました」
ロロベリアの予想通り懐かしむようにエニシが語る。
帝国でも珍しい東国の血筋が治める領土で生まれたエニシは、精霊術士に開花するなり霊獣の討伐隊に志願した。貧しい家庭故に学院に通えず、当時は和平が結ばれて間もなくで人手不足もあり手っ取り早く稼げる方法として。
しかし精霊力の保有量の少なさから精霊術士としては劣等生で、剣術の才はあれどろくに精霊術を使えないと周囲に蔑まれ、心が折れかけたていた。
そんな時に出会ったのが領主の娘、ツバキだった。
周囲が剣術しか能のない不出来な精霊術士という蔑みをする中、剣術の稽古をしているエニシの姿をみたツバキは――
『すごくキレイ!』
流れる一連の動きが演舞のように見えたらしく、瞳を輝かせ褒め称えてくれたらしい。
ただ当時のエニシは卑屈になっていて褒められても嬉しくなかった。
そもそも剣術にキレイもなにもない、精霊術士には関係ない、と僻みを返してしまった。
『どうして? あなたは強くなりたいからお稽古してるんでしょ? なら関係なくないと思うけど』
だがツバキは不思議そうに小首を傾げてしまう。
まだ幼いが故に偏見を持たないからこその疑問で。
『精霊術はすごくてキレイだけど、わたしはあなたの剣も同じくらいすごくてキレイだなって思うな』
更に続けた純粋な評価は衝撃的だった。
以降もツバキは自分を見かけるなり『お稽古がんばってね』と応援してくれて、稽古をしていれば褒めてくれて。
些細な応援の言葉でも、卑屈になっていたエニシには救いの言葉で。
なりふり構わず強さを求める原動力には充分な理由。
応援に応えたい。
褒めてもらいたい。
キレイだと喜んでもらいたい。
その思いを胸に立ち止まらず精進を続けて、十数年後には領主の右腕と呼ばれるようになった。
「……その後、ツバキさまが陛下に見初められ、嫁がれる際にお付きの執事に志願しました。私の剣はツバキさまの剣でございます。最もお側に仕え、お守りするなら従者が最適でございますから」
「…………」
「にも関わらず、私は間違えてしまった。ベルーザ殿下との確執に然り、見誤りかけていたお嬢さまを導くことに然り……お側にいながら、何も出来ず……気づけず……不甲斐ないばかりです」
「…………」
「故にせめて私に代わりお嬢さまを導いてくださったアヤトさまに感謝として。正しく導けなかったお嬢さまへのけじめとして……老骨はただ去るのみ、でございます」
粛々と締めくくりエニシは小さく息を吐く。
今のエニシはツバキという存在あってこそ、だから帝国ではなく彼女を守るためだけに生きると従者の道を選んだ。
そしてツバキもエニシを最も信頼していたからこそ、亡くなる前にサクラを託した。
「……わかりました」
エニシの忠義、ツバキとの絆を知りロロベリアも納得して。
「この手帳は受け取れません」
懺悔を聞いた際の違和感を解消できたと首を振る。
思わぬ拒否にエニシは目を丸くするがロロベリアは構わず真っ直ぐな視線を向けて口を開く。
「まずエニシさんの間違いを正します。アヤトに……大勢の方々に守られている私が言える立場ではありませんが、人は守られてこそ何かを守ることを教わる。これからの帝国を守るサクラさまに、この理を教えられるのは他でもない、あなただと私は思うんです」
エニシはサクラを導けなかったと後悔しているが、その感情はサクラではなくツバキに向けられている。
確かにツバキはエニシの恩人で、守るべき理由のある大切な人だった。
でもエニシが守るのはツバキとの約束ではなく、サクラ自身であるべきだ。
約束したから守る、ではなく、単純に守りたいから守る。
エニシの意思でサクラの側に居るべき。
「だって私も僅かな時間で感じました。あなたはサクラさまが大好きで、サクラさまもあなたが大好きなんですから」
ロロベリアから見てもエニシにはそれで充分との理由はある。
恩人の忘れ形見だから、約束したからといってもエニシのサクラに対する親愛は本物だった。
だからサクラもエニシを心の底から信頼し、親愛を向けている。
守られているからとの安心感で自信を持って堂々とできているのなら、このままエニシがサクラに守りの理を教えるべき。
「だからいまサクラさまが悩んでいるなら、側で見守るだけでもいい。でも彼女が答えを見つけた時は、あなたの意思で手を掴んであげてください。ツバキさまとの約束でも、ツバキさまの娘だからでもない、サクラさまをサクラさまとして向き合い、今度こそ」
ならばツバキに会わせる顔がないとの理由で離れるべきではない。
もう一度、エニシにとってサクラはどのような存在か。
ツバキの娘ではなく、サクラという人物と向き合い、どうしたいかを決めれば良い。
「間違いを罪として感じているのなら、その罪から逃げないでください。恩返しという楽な道に逃げないでください」
きっとそれがエニシにとっても、サクラにとっても。
天国で見守るツバキにとっても一番良い形だとロロベリアは正していく。
そしてもう一つ正すべきことがある。
エニシがアヤトを思いやってくれたのは嬉しい。
でも関係ない。
「それと私はアヤトの手を必ず掴む。あなたが嗾けるまでもなく、自分の意思で望んでいるので関係ありません」
元より自分はアヤトを追いかけている。
誰に言われたからでもない。
シロとクロの思い出からでもない。
今の自分が望むからしているだけだ。
だからもし、エニシが嗾けたことでアヤトが不快を感じても関係ないのだ。
むしろ改めて伝えても良い。
私はアヤトと共に未来を歩みたいから、その手を掴むと。
「なので受け取れませんし、私は何も聞かなかった。もしアヤトが知ったとしても関係ない。いつもいつも身勝手なことばかりしているあなたが怒るなと私が叱りつけるので」
……などと決意を秘めても、エニシにアヤトへの想いを告げるのは気恥ずかしいと戯けて締めくくる辺りがロロベリアで。
それでもロロベリアの説得を受けたエニシには充分伝わっていた。
同時に納得する、アヤトがロロベリアを特別に思うわけだと。
周囲や状況に振り回されない自己の強さがアヤトにはある。
ロロベリアも自己を貫き、未来を切り開く強さがある。
ただ二人は同じなのにどこかちぐはぐで。
しかし根本が同じだからこそ、お互いを補える関係たり得る。
「……畏まりました」
故に吹っ切ることが出来た。
サクラが悩んでいるのなら。
今度こそ間違えないと。
ロロベリアと同じく言われるまでもないことだ。
エニシも心からサクラを親愛している。
「ですが……これからお嬢さまのお側に居続けるのは難しいかと」
「え?」
が、不意に困った笑みを浮かべるエニシにロロベリアはキョトン。
「元より午後から親善試合に向けての最終調整の業務に参加するよう言い渡されていたのです。むろん明日には闘技場でお嬢さまをお迎えする予定ですが……常に、というのは」
「あの……四六時中のつもりで言ったわけではないので……」
「これはこれは、私としたことが勘違いを」
ちょっとした冗談でも真剣に答えてくれるロロベリアに申し訳なくも笑ってしまう。
彼女はその美しい乳白色の髪に相応しい、とても純粋な人だと。
彼女の期待にも応えたいとエニシは明日サクラと向き合い、今度こそ最後の最後まで支えようと心に決めて。
「やはり年には勝てませんな」
笑顔で手帳を手に取った。
しかし翌日、エニシの笑顔は消えることになる。
「……お嬢さまが……消えた、ですと」
――サクラが行方不明との報を聞いて。
アヤトはサクラを、ロロベリアはエニシを諭すとこの二人は妙なところでも通じ合ってます。
そして意味深な引きで分かるように、ここから第五章も佳境に進みます!
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!