価値と心労
アクセスありがとうございます!
帝国滞在六日目。
親善試合に向けて最終調整に入る段階だが精霊力は回復したものの、大事を取ってレイドは休養することに。
なので室内訓練場に向かう代表メンバー(アヤトを除く)を見送った後、学院の課題を消化したり、体調の確認も兼ねた精霊力の制御訓練を行っていたが使用人から客人が訪れたとの報告を受けるなり軽く身支度を調えてから応接室へ。
「どうしますかい」
扉の前で既に待機していたモーエンがやれやれとの仕草で確認を。本来なら代表メンバーの監督役として訓練を見るのだが、昨日の一件を帝国側が非を認め、王国側に問題がないとしても体裁として自ら謹慎処分を申し出たので滞在中。
ラタニは変わらず王国の外交官と大使の業務を熟しているのだが、これまで見事な外面を披露していることもあり、お目付役のカナリアがそちらを代行しているのだが。
「一先ず向こうに合わせて、後はボクに任せるでどうかな?」
「あまり踏み込むのはなしですよ。坊主が機嫌を損ねる」
「それは怖いな」
端的な打ち合わせ後、モーエンが扉を開けてレイドが室内へ。
「お待たせしました」
「こちらこそ、当然の訪問にも関わらず受け入れてくれたこと、感謝しますぞ」
一礼するレイドに対し、ソファから立ち上がり優雅なカーテシで返すサクラの背後でエニシが深々と頭を下げる。
「ボクもお会いしたいと思っていたのでむしろ歓迎ですよ」
そう、客人とはサクラのことで。
約束もなく皇女自ら迎賓館に赴くことなどまずないが、昨日の出来事や皇族で唯一アヤトやロロベリアと言った王国の者と懇意にしているなら皇帝の命で謝罪に訪れたとの予想は容易い。
謝罪でいつもの黒いサマードレスと白衣姿も違うと今日のサクラはシンプルながらも上品な淡い桃色のドレス姿、まあ彼女の普段着など初対面のレイドは知るよしもないが。
「サクラ=ラグズ=エヴリストじゃ」
「レイド=フィン=ファンデルです」
「モーエン=ユナイストと申します。お目に掛かり光栄です、皇女殿下」
初対面ということで名乗りを上げて友好の握手を交わした後、レイドが勧めて向かい合うように着席を。
モーエンはエニシと同じくお付き役としてレイドの背後に立ち、二人が見守る中さっそくレイドが切り出した。
「それで、サクラ殿下はボクにどのようなご用件で?」
予想は出来ているが形式を踏んだ質問を投げかければ、サクラは居住まいを正して深々と頭を下げた。
「この度は愚兄の振る舞いによりレイド殿下、及び王国の方々を不快な思いをさせたこと、皇帝陛下の名代としてお詫びに参った。申し訳ない」
続けてエニシも背後で深々と頭を下げる。
やはり予想通りの訪問、そして二人の態度にレイドはなるほどと微かに頷く。
「顔を上げてください」
ならばと姿勢を正してもらいこちら側の要求を提示することに。
「謝罪を受け取る代わりにサクラ殿下、エニシさん……でしたね。ここからはアヤトくんやロロベリアくんに対する振る舞いにしてもらえないかな」
「「…………」」
この要求に対してサクラとエニシは呆気にとられた表情を見せるも、両者から伝わる感情に確信を得て得意げに続ける。
「あと、モーエンさんにも同じ対応の許可を願えないだろうか。ボクはあくまで学院生としてここに居る、彼に使用人のような真似事をされてもむず痒くて」
「……それが一番の理由ですかい」
「カイルが居たら怒られるだろうね」
「カナリアが居れば呆れますよ」
「かもね」
帝国側の流儀に合わせるならモーエンはレイド――王族の護衛として許可が無ければ不必要な発言は許されないが、レイドの意図をくみ取りモーエンがお手本を示すようにいつものノリでやり取りを。
打ち合わせ通りサクラ、エニシの為人を自ら確認して二人ならば問題ないのは先の謝罪が上辺ではなく誠心誠意なものだと伝わったからで。
「とにかくどんな理由であれ、せっかくお会いしたのですから。お互い自然体で振る舞う方がより親睦を深められると思うんですよ。その方がボクも気楽でいい」
身分規律の緩い王国でも耳を疑う申し出、特に帝国の常識なら激昂するもロロベリアから聞いた通りの二人で、なによりアヤトを受け入れるほどの価値観があるならむしろ逆だろう。
「やれやれ……レイド殿下は人が悪い。謝罪に来たのに不躾な態度を取れという」
「そもそも謝罪の必要もありませんから。それで、どうでしょうか」
「じゃがその前に、容態の方は如何かな?」
「大事を取って今日は休養していますがこの通り問題なく」
「それは何よりじゃ」
先ほどの凜とした振る舞いが一変、力を抜いた笑みでフランクに言葉を交わすならサクラは了承したことになり。
同時にサクラは申し訳ない表情を浮かべた。
「お主がラタニ=アーメリ殿の腹心か。愚兄がいらんことをしたせいで、迷惑を掛けたようじゃな」
「自分としては自業自得と受け入れているんでお気になさらず」
「そう言ってくれるなら妾としても助かるぞ。なあ、爺やよ」
「寛大な御方ばかりで感謝に堪えませんな。ですがレイド殿下、モーエンさま、私はこのままで。お嬢さまはむず痒く感じませんし、私も落ち着きます故」
エニシもお返しとばかりに振る舞いを変えて一礼を。
この要求はレイド自身、あまり堅い空気を好まないのもあるが自分でサクラという人物を見定めるため。
それには形式ばった公的な場よりも私的な場にする方が良い。現に最初は皇族らしく気品ある美しい印象が強かったが、今は親しみ深い可憐さを感じさせる。
そして見定めたいのは王族として友好国の皇女の為人を確認しておきたいのもあるが、個人的な理由もある。
「しかし愚兄の愚かな振る舞いに対して謝罪の必要は無いとはこれいかに?」
「まあ……確かにベルーザ殿下に思うところはありますが、いいようにやられたボクの責任もあるからね。現に先生……アーメリ殿からもお叱りを受けたから」
「むしろ小突かれてましたね。売られたケンカを買うならもっと強くなれ、情けない……と」
「……どうやら、ラタニ=アーメリ殿は豪胆な御方らしい」
「なんせアヤトくんの師匠だから」
故に遠慮なく個人の理由を優先すると。
「キミがとっても贔屓にしているね」
和やかな笑みを浮かべ、しかし直球の投げかけにサクラの瞳から動揺が見て取れた。
「……ほんに、レイド殿下は人が悪い」
「良く言われます」
同時に意図を汲み取ったのか、言葉を返すと共に開き直ったような笑みを浮かべた。
王族としても個人としてもレイドにとってアヤトが絡んでいる事柄には興味を抱かざる得ない。
持たぬ者でありながら王国随一の実力者で、国王からも多大な信頼を向けられている王国の被害者。
「アヤトは……何か言っておったか?」
「残念ながらなにも。昨日から一度も会ってないから」
「一応、今回の一件は話してはいますがね。だからなんだで終わりましたよ……リーズベルトは戸惑っていましたが」
「とまあ、彼はボクらにあまり興味を向けないので。滞在中も基本、籠もりっぱなしなんだ」
「……そうか」
アヤトの機嫌を損ねてないと知りサクラは心底安堵するのは、それだけ彼を評価しているから。
ただレイドを含めた王国側も同じ。
複雑な過去が故に公に出来ないが、王国になくてはならない存在をサクラは帝国に引き入れようとしているのなら見過ごせず、必要とあらば牽制するべきと考えている。
「だから彼がどんな理由であれ、サクラ殿下と過ごしているのに羨ましくもあり……興味があるんだけど」
「変に介入すると坊主が気を悪くするんでね。レイドさまも控えてくださいよ」
「分かってるって」
……のだが、考えているだけで実行するつもりはない。自由奔放、唯我独尊なのに自分の問題に第三者が介入するのを好まないのだ。
ラタニから可能性を仄めかされているだけに、もしレイドの行動で王国の心証を悪くしてしまえば目も当てられないので牽制するつもりもなければ、探るつもりもない。
代わりにアヤトが何を思いサクラと接触しているのか、何を見出ししているのかを彼女を知ることで自分なりに考察したいだけ。
アヤトの言動や行動は奇妙が故に興味深く、また理解できれば少しでも距離を縮められるかもしれないとの狙いもあった。
「……王国の面々は楽しそうじゃ」
なのでアヤトの名前を出すだけで傍観するとの意思表示を見せたのだが、ふとサクラが羨ましげに呟いた。
「ある意味、真の実力主義とでも言えばええのか……能力よりもその者自身の為人、価値観、生き様を重視しておる」
「残念だけど王国でも少数派だ。まだまだ身分や精霊力を重視した差別は多い」
「それでも帝国よりはマシじゃよ。それにロロベリアを見て思うた……恐らくレイド殿下やモーエン殿がそのように明け透けな振る舞いを妾の前で出来るのもアヤトが絡んでおろう」
「……どちらかと言えばアーメリ殿の影響が大きいけど」
王族貴族関係なく自由気ままで独特の価値観を持つラタニと幼少期から懇意にしている結果、レイドは身分より敬うものがあると学んだ。
モーエンはラタニのお目付役を続けて変な度胸が身についた。
しかしアヤトが絡んでいることも否定できない。なんせそのラタニがアヤトと出会って新たな価値観を得たと口にしているからで。
加えて王国代表の雰囲気を感じてから確信した。
アヤトの存在は王国の未来に良い影響を与えてくれると。
「だからアヤトくんが欲しいと?」
「さて、どうじゃろうかのう」
「そこは濁すんるんだ……」
「やられっぱなしも好きではないんじゃよ」
その価値を理解したからサクラも欲していると思うが本人はさらりと交わし。
「交渉内容を伝えるならまず本人に、という誠意だと思うてくれ」
「……たしかに」
元より介入する気が無いので追求しないも、レイドとしては若干の不安が。
少なくとも自分の知るアヤトはサクラのようなタイプを好む。
こうなるとラタニの可能性が現実味を帯びてくる、しかし牽制することもましてや唯一の架け橋的存在のロロベリアを嗾けるわけにもいかない。
(まだ成すべき事を成してないのに……殺されるのはなぁ)
あの時の殺意を思い出しレイドは寒気を感じて、誤魔化すように話題を変えた。
「ならこのままアヤトくんに会うかい?」
「レイドさま、誰が呼びに行くんですか」
「もちろんモーエンさん」
「……気楽に言いますね」
とばっちりを受けて肩を落とすモーエンだが、サクラが手を伸ばして制する。
「いや、今は一応名代という立場故にそれはのう……」
「一応なら問題ないのでは?」
「……ほんに気楽に言う。しかしレイド殿下を交えてというのも……のう、爺やよ」
「さすがにレイド殿下の前で王国民を口説くのは気が引けますかな?」
「……お主はハッキリ言いすぎじゃ」
などと状況や立場から躊躇するサクラにあくまで冗談だとレイドがフォローを入れようと口を開くも――
「――失礼する」
「「「「…………」」」」
ノックがするなり扉が開き、話題のアヤトが突然の入室してくるので四人は唖然。
(……せめて、返答を聞いてから入って欲しかったなぁ)
なぜと疑問に思う中、口を半開きにしていたレイドはフォローの代わりの大きなため息を吐いた。
自由奔放神出鬼没、それがアヤトくんクオリティ(笑)。
みなさまにお願いと感謝を。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!
また感想もぜひ!
作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!