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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第五章 帝国の英雄編
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ジレンマ

アクセスありがとうございます!



「まるで野良猫を相手しておる気分じゃ」


 ロロベリアとエニシに声もかけず試験施設を退室したサクラは苦笑を漏らす。

 二人に配慮したのもあるが、訓練が本格化するなりアヤトが『茶も飲んだことだし行くか』と一人さっさと出て行ったからで。

 訓練を見学したいと言い出しておきながら、なにも言わず急に予定を変えると群れず自由気ままな様子はまさに野良猫のようで。


「野良猫のように可愛げがあるように見えるのか?」

「ふてぶてしさはそっくりじゃが……自分で言うなら世話ないのう」


 しかも皇女相手にこの物言い。お目付役と言っていたロロベリアの苦労をなぜか皇女本人が身にしみて実感する。

 付き合わされる方は大変だが、それでも憎めないのがまた恨めしく。

 これまで出会った者らとは違うアヤトの魅力にサクラは好感が持てるわけで。


「して、妾は施設の案内をすれば良いのか?」


 ならばこそ口説き落としたいと開き直り、とことん付き合う気持ちで居たのだが――


「あん? お前の師匠に会うんだろう」

「……どういうことじゃ?」


 どうらや次の目的はソフィアらしいが、なぜこちらが決めた予定のような口ぶりなのかと首を傾げてしまう。


「つーかテメェが言ったんだろう」


 対しアヤトは面倒げにため息一つ。


「白いのや爺さんが居る状態で会わせても意味がねぇ」

「…………」

「つまり俺を口説いている最中に呼び出して会わせるつもりだったんだろう」

「……ほんに、お主は自由気ままなのか義理堅いのか」


 確かにアヤトの言う通りサクラは元よりロロベリア抜きで会わせるつもりでいたのだが、それを察した上でこちらの都合に合わせる辺りがまた彼の不思議な魅力で。


「ただ賢しいのは確かじゃな」

「そりゃどうも」


 またあの僅かな対面でこちらの考えを察するとは相当な切れ者と感心する。

 訓練の見学を含めてアヤトの思考力はかなり高い、正直なところ研究者としても引き抜きたい逸材で。


「だが、あいつに会わせて何がしたいのかはさっぱりだがな」

「お主が妾の研究施設を見たいと要求したじゃろう。故にじゃよ」


 ならばアヤトの要望を叶えつつ、どのような反応をするのか楽しみでサクラは予定通りソフィアを加えて研究施設を披露することに。

 そしてなぜソフィアを同席させるかも偽りなく説明しておく。

 父である皇帝にも王国民のアヤトに研究成果を見せる許可は得ている。

 元よりサクラが居なければ帝国の技術は他国に劣っていたので、思いのほかあっさり融通を利かせてくれたが。


「この研究施設はソフィアがおってこそじゃ。ならあやつと一緒の方がより詳しく見せられるじゃろう」

「お前も変に義理堅いな」

「変は余計じゃ」


 苦笑するアヤトに苦笑で返すも、サクラとしては自分を知ってもらうことが第一。

 私生活全てにおいて全面的な信頼を寄せるエニシと交流をしたのなら、研究面において全面的な信頼を寄せるソフィアとも引き合わせておくべきで。


「しかしソフィアから妾がどれほど優秀で、同時に努力家なのかをお主に語ってくれたら儲けものじゃ、との下心もあるがな」


 またアヤトを口説くには誠意を見せるのが一番の効果があるとエニシも含めた分析結果、こうした狙いも敢えて伝える方が自分らしい。


「口説くには妾の良きところを少しでも知ってもらう必要があるじゃろう」


 故に自分らしく、小細工なしで堂々と向き合うべきとサクラはほくそ笑む。


「違うか?」

「違わんな」


 そんなサクラの覚悟が伝わったのかは分からないが、肩を竦めるアヤトの表情を見る限り少なくとも悪い手ではないと自信が持てた。

 なのでまずはソフィアの元へと、研究成果を纏める作業をしているであろう三階の一室へ。

 ここはソフィアの為に用意している執務室で。


「サクラさまに……アヤトさまっ? なぜここに?」


 もちろんノックをしてからドアを開けたが、皇女自ら赴いただけでなくアヤトも一緒にいることに出迎えたソフィアが驚くのは当然で。


「アヤトが施設を見学したいらしくてのう。ならお主も誘おうと思うたまでよ」

「私も……ですか?」

「お主あっての妾じゃ。それにこやつは知識欲が旺盛でな。妾の師として、お主にも講釈して欲しいんじゃよ」

「ま、天才皇女さまの師となれば興味深い話を聞けるのは確かか」


 思わぬ要望に首を傾げるも、軽口とはいえアヤトの後押しもあり。


「そうでしたか……では誠心誠意努めさせて頂きます」


 元より皇女の願いを断るつもりはないとソフィアは了承した。


 ◇


 ソフィアを先頭にサクラ、アヤトが並び施設内を歩いても事前に伝えていたので他の研究員は特に疑問に思わず通り過ぎる際は一礼を。

 また施設見学と言っても会議や研究中の者の邪魔にならないよう、使用中なら中に入らずソフィアやサクラが設備の説明をするのみ。

 アヤトも文句を言わず……というより適当な相づちを返すのみで質問すらしないのだがとにかく一通りの説明を終えた後、一度応接室へ。


「ソフィアよ、せっかくじゃ。あれも見せてやろうぞ」


 戻るなりサクラが意味深な笑みで指示を出すと、ソフィアは怪訝な表情を浮かべる。


「……宜しいのですか?」

「むしろアヤトに隠す必要はないと思うがのう」

「……そうかもしれませんね」


 端的なやり取りでも理解したソフィアが一度退室をするも、向かいのソファに腰を下ろすアヤトは訝しみの表情で。


「なんの話だ」

「いまソフィアと共同開発をしておる新たな精霊器をお主にも見せようと思ってな」

「ほう?」


 途端に目を光らせるのはやはり知識欲が旺盛なのかとサクラは笑みを浮かべて説明を。

 新たな精霊器とは精霊石を利用した乗り物のこと。

 現在陸路で利用されているのは馬車だが、精霊石を利用すれば馬車よりも速く走る乗り物を作れる。


「この精霊器が開発されれば物流の改革になるじゃろう」

「なにを今さら」


 得意げに話すサクラに対し、アヤトの視線は冷ややかで。

 そもそもサクラの説明した精霊器の開発は王国や教国でも研究は進んでいるので珍しくもない。

 だが同時に材料問題から停滞している。

 明かりを灯したり室内の気温調整といった精霊器と違い、人や物資を乗せて走らせるに必要な精霊力は膨大で木材や鉄、鉱石などでは耐えられないのだ。

 厚みを増したり強固な材料を使えば耐えられるも、その分重量が増して更に精霊力を必要とすると、いたちごっこが続いているのが現在の状況で。

 アヤトもこの問題を知っているだろうと、敢えてサクラは前置きをしたのだ。


「確かに今さらよ。しかし妾らが見せるのはこの問題を解決する素材でな」


「お待たせしました」


 そう煽ったところでソフィアが大きな黒いバッグを手に戻ってきて、そのままサクラの元へ。


「サクラさま、こちらを」

「ご苦労。さて、アヤトよ。見て驚くがええ」


 受け取ったバッグから取り出し、サクラがテーブルに置いたのは長さ一〇センメルほどの黒く細い棒で。


「一見黒金石に見えるが、こいつは精霊力を利用した金属じゃよ」

「精霊石から抽出した精霊力を鉱石と共に加工して作られるんです。もちろんただ加工するだけでは意味がありませんが……」


 加工技術は秘匿なのか、複雑な工程を含むのかは分からないがソフィアが言い淀む。

 だがそれよりもアヤトは気になることがある。


「それ以前に精霊石から精霊力を抽出する、というのはどういうことだ」


 精霊器に使われる精霊石は形状を加工すれど、精霊石から放たれる精霊力を動力として利用する。

 抽出したとしてもエニシの秘伝と同じように世界の精霊力に飲まれてしまうので、加工する前に飲まれるはずで。


「妾とソフィアの試行錯誤で開発した技術じゃやかろう」

「……なるほどな」


 なら発表していなければ知らないはずとアヤトは棒を手に取り、拳で軽く叩いたり注視したりと観察してからテーブルに戻した。


「元の鉱石が何かは知らんが堅いだけでなく軽いな。これなら充分持つか」

「はい。それにこの技術を使えば軽くて強度の高い、持たぬ者でも扱える強力な武器や防具なども可能です」


 ソフィアが熱弁するように強度が増せば増すほど重量が増えるので、精霊力で身体強化の出来ない者でも扱いやすい武具が開発できる。


「サクラさまの頭脳は本当に素晴らしい。このような革新的技術を実現するのは天才と呼ぶに相応しい御方」

「妾というよりも、元はお主の理論があってこそじゃろうに。むしろ天才なのはお主じゃがな……」


 賞賛されて気を良くしたのか目を輝かせるソフィアを苦笑気味にサクラが窘めるが収まらず。


「いえ、サクラさまのお陰で帝国でも精霊器に関する技術費用が増えて実現したのですから、サクラさまが開発したと言っても過言ではありません」

「……お主が構わんのならなにも言うまい」


 鼻息荒く説得されてサクラは諦め、改めてアヤトに視線を向ける。


「どちらにせよ、精霊力に耐える素材の加工はかなりの費用がかかるので量産は難しい。結局のところ、問題は山積みじゃな」


 それでも精霊力の新たな活用方法は革新的で、広まれば各国の開発技術は更に上がり、暮らしも更に豊かになるだろう。

 しかもサクラが言うにはこの技法はソフィアが独自で考えついたもの。さすが天才皇女の師匠と言うべきか、少ない予算で帝国の技術力を兼任しただけはある。

 その点については賞賛に値するが――


「ところでアヤトさまは王国代表としてこちらに来られたそうですが……」


 研究成果を見せたところでソフィアが別の興味を向ける。

 先ほどの説明が曖昧なだけにアヤトが本当に精霊士や精霊術士に対抗する実力の持ち主か気になるのだろう。

 それだけ持たぬ者と持つ者には大きな差がある。研究者だからこそ精霊力が反則級の力だと実感しているなら尚更で。


「先ほども言うたが戯れ言ではないぞ。内密にして欲しいんじゃが、こやつは爺やに勝利しておる」

「エニシさんに……?」

「信じられんなら好きにしろ」

「いえいえ! サクラさまが嘘を言うはずがありませんから……そうですか」


 サクラが意味のない嘘を吐くはずもないとソフィアはようやく受け入れて。

 同時にエニシの実力を知るだけに学院生程度は相手にもならない、つまり持たぬ者が親善試合という大舞台で快挙を上げる。


「だとすれば親善試合でも勝利は間違いないですね。頑張ってください」


 故にアヤトが常識を覆してくれると期待を胸に、帝国民にも関わらずソフィアが激励するも本人は肩を竦めて。


「言っておくが俺は出場しねぇよ。なんせ補欠だからな」

「エニシさんに勝利して……どうして?」

「さあな」


 期待していただけに予想外の情報を告げられてソフィアが唖然とするもアヤトはお約束で交わす。

 この情報にサクラやエニシも疑問を感じていた。

 アヤトほどの実力ならベルーザすら手も足も出ないはず。近年負け越しが続いている王国としては何が何でも勝利したい親善試合でアヤトを補欠に回している理由。

 恐らく何かしらの狙いや理由があると踏んでいるが、ソフィアは違う推測をしたようで表情を曇らせた。


「……そうですか。王国は差別のない方針と聞いていましたが……結局は精霊力の有無なのですね」


 恨みがましい呟きは彼女の原動力となっているのを知るだけに、サクラは寂しい気持ちで聞き流した。


 ◇


 ソフィアが業務に戻るのに合わせてサクラとアヤトも試験施設へ戻ることに。

 このまま夕食を共にしても良いが、やはり親善試合の為に訪れている王国代表を遅くまで同席させるのは問題がある……というよりも純粋にアヤトが帰ると言い出しただけだった。


「どうじゃった?」

「実に有意義な時間だったな」


 それはさておき、向かいつつ最初のおもてなしについて感想を促せば端的でもアヤトは満足そうでサクラは一先ず安心する。


「しかし随分と大盤振る舞いじゃねぇか。それとも見せたところで俺が理解できんと思ってのことか」

「いや……お主のことじゃ。下手な研究者よりも理解しておろうて」


 そんな過小評価などするはずもなくサクラは嘲笑する。

 言葉や反応は薄くともアヤトならここで得た情報や知識を王国へ持ち帰り、充分な貢献をすることも出来るだろう。

 それを分かった上で見せたのは元より自分を知ってもらうため、誠意を見せるためだけのこと。

 また知られたところでアヤトは口にしないだろう。彼は国への貢献よりも純粋な知識欲でこの条件を提示したのはサクラも感じていて。


「ただ妾としてはお主の刀やロロベリアの剣の制作者におうてみたい。その不可思議な素材をどのようにして作成したのか、実に興味深いんじゃが……」

「さあな」

「お主はいけずじゃからのう……」


 そもそも国に貢献するつもりなら朧月や新月、瑠璃姫の加工法を応用して王国の技術力は更に発達しているはずなのだ。

 悪く言えば自分勝手、良く言えば純粋とアヤトは興味のない事柄にはとことん無頓着で、地位や名誉と言った俗物的な物に興味を持っていない。


「それに分かっておろう。妾らはあくまで民の暮らしを想定して開発しておるが……世の中、愚か者ばかりじゃ」


 だからこそ話しやすいとサクラは自然と愚痴をこぼす。

 自分に精霊力という才はなくも、頭脳面で貢献しているのは一重に皇族の一人として民の暮らしのため。

 ソフィアとの共同開発で得た新素材も民のために、少しでも豊かな暮らしをして欲しいとの想いの成果。


「王国は知らんが、少なくとも帝国にもおるしのう。和平が結ばれて六〇年も経っておるのに、愚かな考えを捨てきれん思想派……いや、過激派か」


 しかし技術の発展は同時に危うさを秘めている。扱い方によっては大切な民を傷つける兵器にもなるとのジレンマ。

 皇女が故にその危うい存在が帝国に居ると知るから歯がゆくて。

 特に()()()()()()()()()()とサクラは痛いほど知るだけに悲しくなる。


「皇女さまが王国の者にそんな話をしてもいいのか」

「だから隠し事なしじゃよ。お主は大好きなようじゃが妾は口説く側、まずこちらが誠意を見せるのが筋というもの」


 本来なら他国の者に話す内容ではないとサクラも理解しているが、アヤトと言えばこのような話を聞いても変わらず煽るような物言いを。

 知れば知るほど不思議な魅力を感じさせる、だからこそ必ずものにしてみせるとサクラは気持ちを新たに提案を口にした。


「さてアヤトよ。お主の要望は叶えたが、まだ日にちはあろう? そこで明日の予定は妾が決めてよいか?」

「チャンスをくれてやると言ったのは俺だからな。構わんが、何するんだ」

「さあな、じゃ」

「隠し事は無しだと聞いたがな」

「明日になれば分かるなら隠し事にもならんじゃろう。それでどうじゃ?」

「好きにしろ」

「言質を取ったぞ」


 アヤトの性格上、一度口にしたならどんなことにも付き合うだろうとサクラは密かに喜んでいた。


 そして翌日――


「アヤトよ、妾とデートをしようぞ」

「……あん?」




次回、まさかのロロベリアではなくサクラとのデート回!


みなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!

また感想もぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

読んでいただき、ありがとうございました!

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