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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第五章 帝国の英雄編
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現状維持

アクセスありがとうございます!



 迎賓館に到着した頃には日も傾き始めていて、公務を終えたラタニらも既に戻っていた。

 ちなみに皇女のお誘いで外出したアヤトとロロベリアが徒歩で戻ってきたことに門衛は驚いていたのだがそれはさておき。


「――ロロベリアさん、こちらへ」


 エントランスに入るなり待ち構えていたカナリアが挨拶も無しにロロベリアの手を引き近くの応接室へ。

 室内にはラタニとモーエンが居るも、やはり挨拶する間もなくカナリアはドアを閉めるなりロロベリアの両肩を掴む。


「それで、アヤトさんはなにをやらかしましたか」


 必死な面持ちでいきなりの確認。

 やらかすこと前提な物言いからよほど気掛かりだったのだろう。

 だがその前にロロベリアとしては疑問がある。


「あの……アヤトは呼ばないんですか?」


 今回の予定が決まって以降、一番心配していたカナリアが待ち構えていた時点で結果を訊かれるのは察していたが、張本人を置いて自分だけ呼ばれたかが分からない。


「彼がまともに話してくれると思いますか?」


 だが今さら何をとの露骨な顔を向けられてしまった。


「つまり俯瞰で見てきた、常識のあるあなたに確認するのが一番早くて確実なんです」

「まあ、こうして無事に帰ってきたなら大事になるほどのやらかしもしてないだろう」

「モーちゃんの言う通り。帝国さんから宣戦布告も来てないんだからまず落ち着きんさい」

「ですがアヤトさんですよ? 先を見据えた慧眼がありながら、不躾と捻くれと非常識が服を着て歩いているような人ですよ? そんな彼が皇女殿下という高貴なお相手とお茶をしてなにもないはずがありません。私としては嵐の前の静けさにしか思えないので気が気ではないんです」


 モーエンとラタニもフォローするが効果なく、カナリアは酷い物言いを。

 まあ二人のフォローも大概だが、気持ちも分かるだけにロロベリアは批判が出来ない。

 アヤトは本当に予想外な行動ばかりで周囲を大いに悩ませるのだ。


「理解しているならどうしてアヤトも呼ばなかったんですか……」


 故にこの後カナリアがどんな反応をするか予想できるだけにロロベリアは重いため息を吐き、とりあえず落ち着いて説明するために座ってもらった。


 そして望み通りお茶会の席で何があったのか、包み隠さず説明すれば――



「…………」



 予想通りカナリアは沈痛な面持ちで頭を抱えていた。


「……さすが坊主というべきか……随分と予想斜め上の展開になったな」


 モーエンも反応に困り苦笑いしつつ、唯一平然としていたラタニへと視線を向ける。


「とにかく坊主を呼んで事情を聞いてみますかい?」

「カナちゃんが言ったように、あの子がまともに取り合うわけないからムダムダ。それよりも精霊力を得物に集約させて放つねぇ……これまた随分とぶっとんだ発想だわ」

「隊長殿なら出来るんじゃないですかね」

「どうかにゃー」


 言われるままラタニは護身用の短剣を手にして精霊力を解放。

 ロロベリアとモーエンが注目する中、ラタニの手から短剣へ精霊力が流れ込み淡い緑の輝きが帯びるも。


「こりゃダメだわ」


「「いや、出来そうでしたけど……」」


 見た感じ成功に思えたところでラタニが降参してしまう。


「いやいや、流し込めてもすぐに飲まれて霧散しちゃうんよ。かといって強めに流し込んだら短剣が保たない。ロロちゃん、エニシってお爺ちゃんは刀っぽいだけで普通の鉄を使ってんだよね」

「恐らく……」

「ならもう制御力がどうこうよりもコツかな? それともすぐに霧散しないよう集約よりも凝固って感じで……ああやっぱダメだわ。これだと流し込むのに時間が掛かるし、やっぱ保たないか。なら流し込んですぐに放てば……霧散するよね、やっぱ」


「「…………どうしてしれっと出来るんですか」」


「だから出来てないんだって」


 そもそも話を聞いて即短剣に精霊力を流せただけでも規格外なのに、更に応用紛いなことまで熟せるラタニに尊敬を通り越して呆れてしまう。

 それとも今まで考えもしなかっただけで難しくないのかとモーエンは自分の剣で、ロロベリアは短剣を貸してもらい試してみるが、精霊力を外部に流し込む感覚すら掴めなかった。

 改めて分かったのは精霊力を体内から外部に流し込む技術が相当に困難で、即座に可能としたラタニがおかしいことと。


「とにかくこんな小難しい制御をアヤトとバチバチやり合いながら即座にするって、そのお爺ちゃんは精霊力の扱いに関してはあたしより上かもねん」


 そんなラタニをも唸らせる技量を持つエニシはかなりの使い手だということ。

 ただそのエニシに勝利したアヤトもおかしいと、結局のところこの師弟は規格外なバケモノと今さらながら理解したところでラタニが感心したように頷く。


「でもなるほどねー、確かにこの技術はロロちゃん向きだ」

「そうでしょうか……」

「そうでしょうよ。つーよりも、この技術は制御力もだけど精霊術を神聖化しすぎてる奴には難しいんよ。精霊力の扱いは精神面が結構左右するからね。でも精霊術ってくっだらない拘りよりも純粋な強さを重視するロロちゃんならコツさえ教わればモノに出来ると思うよ」


 実践して自分なりに分析したのかラタニの説明には妙な説得力があると光明を見出しロロベリアの表情が綻ぶ反面、モーエンは微妙な表情に。


「つまり、自分は心のどこかでそのくっだらない精霊術に固執しすぎているわけですか」

「もち軽視しすぎてもあかんけど、精霊術や精霊力が強さの全てじゃないって何度も矯正したんだけどにゃー。てなわけで王国帰ったらちょい厳しめコースでもう一回矯正したげよう。あ、モーちゃんだけじゃなく、隊員みんなでね」

「……こりゃ他の連中に酒を馳走するはめになりそうだ」


 思わぬ連帯責任を言い渡されてモーエンは色んな意味で覚悟をするしかなく。


「とにかくアヤトが良い交渉で得た機会だ。しっかり学んでモノにしんさいな」

「それは……」


「なにが良い交渉でしっかり学べですかっ!」


 ラタニから鼓舞されロロベリアは戸惑いを見せるも、意見を聞くより先に頭を抱えていたカナリアが絶叫。


「研究施設を見せろっ? 従者にロロベリアさんへ講釈しろっ? 皇女殿下相手に上から目線でメチャクチャな条件を出してどこが良い交渉なんですかっ!」


 続けてまくし立てるようにアヤトがサクラへ出した条件は二つ。

 サクラの研究施設を見学させること。

 エニシの秘伝をロロベリアに伝授すること。

 まさに相手の足下を見てふっかけてた条件。

 なんせ天才皇女のサクラが個人で所有している研究施設となれば秘匿な部分が多く、他国の者に見せられるものじゃない。

 エニシの秘伝もそう。知る者から忌避されている技術とは言えロロベリアは王国代表。親善試合前に相手国の代表を皇女の従者が鍛えるなど裏切り行為だ。

 しかもこの条件を呑んでやっとアヤトを口説く、つまり引き抜く交渉時間を与えるのみ。メチャクチャと言っても過言ではないのだが――


「いや、だってアヤトは口説かれる側、皇女さまは口説く側。なら自分の魅力っていうか、能力を見せるのは当然っしょ」

「ロロベリアさんは王国の代表なんですよっ? なのに帝国側の従者が指導するなど知られればどちらにとっても大問題ですよっ?」

「指導って言ってもコツ教わるくらいでしょ? いくらロロちゃんが天才でもさすがに親善試合までにモノにはできんって。なら友好国同士の交流って感じで済むんじゃね?」


 問題視するカナリアに対してラタニが反論を、論点はずれているが正論でもある。

 アヤトを引き抜きたいサクラは有能さを示す必要がある。なら自身の研究施設を見せるのが一番で。

 また短期間でエニシの秘伝を得るのはまず不可能。なら親善試合に影響はない。

 ただ発覚すれば厄介なのは確か。受け入れたサクラも提示したアヤトもリスクはあるからこそ――


『お友達に自分の自慢をうっかり見せたり口にすることもあるだろう。問題があるようには思えんがな』


 つまりお茶会を通じて友人となった者同士に王国も帝国も関係ないとの屁理屈。本当にメチャクチャな言い分で。

 故に帰路は客人としてでなく、友人という体で徒歩になったのだが、とにかくこのメチャクチャな屁理屈でもサクラが受け入れたのはそれほどアヤトが欲しいのか。

 どちらにせよ予防策としてサクラは同じ持たぬ者のアヤトと今回の謝罪の席を通じて友となり、滞在中に更なる交友を深める許可を父、つまり皇帝に進言する方針でいくらしい。もちろん引き抜き云々は伏せるが皇帝の許可があれば一先ず問題ないだろう。


 問題なのはやはりアヤトの狙いだ。


「それにしても……悪質すぎます。これではアヤトさんの総取りではないですか」

「リーズベルトに利益がある条件は置いといて、知識欲のある坊主が皇女さまの研究に興味を抱くのは分かるが……確かに悪戯が過ぎる感じはあるな」


 カナリアやモーエンが訝しむように、この交渉はアヤトが帝国側へ、サクラの元へ行く気がないのに自身の利益だけを求めた一方的なもの。

 相手の弱みにつけ込み利を得るのはアヤトらしくないとロロベリアも感じていて、エニシの秘伝を教わることに戸惑っていた。

 ちなみに帰路の途中理由を訊いてみたがお約束の『さあな』で交わされている。

 故にラタニの意見を改めて聞いておきたい。


「カナちゃんもモーちゃんもなに言ってんの? あの子は自分に不利益な交渉はすれど、一方的に有利な交渉はしないよ」


 しかし尋ねる前にラタニから否定の言葉が。


「まあ無自覚なんだけど、根っからのお人好しだからねー。少なくともあの子から条件を出したなら本人なりに公平なものって考えてるはずだ。なら皇女さまにもチャンスはあるよ」

「で、ですがアヤトさんですよ? 王国を裏切るような真似はしないはずです」

「そうですよ隊長殿。坊主は地位や名誉に興味が無い、皇女さまのお付きになるような野心は持たないはずだ」


 ラタニの意見こそアヤトらしい行動故に説得力があり、だからこそカナリアとモーエンは引き抜かれる可能性に焦りを見せる。


「あのね……確かにアヤトは国王さまとお茶友達だけど、王国に忠誠なんて誓ってないでしょ。んで、地位や名誉に興味がないから自分にとって興味があることにしか動かないの」


 そんな二人にラタニはなにを今更と手をひらひらさせて、続けて自分を指さす。


「あの子がいま興味があるのはあたしに勝つこと。もっと言えばあの子は相手が国王さまだろうと皇女さまだろうと興味が無ければ無視する。なのに今回はご招待を受けた。お爺ちゃんと遊ぶ目的かもだけど、それ達成してんのに皇女さまと交渉したなら少なくとも皇女さま自身に興味を持ったんじゃね? ロロちゃんの話聞いた感じだと、どうやら皇女さまはアヤトと気が合いそうだし」


 だよね、と振られてロロベリアは肯定する。

 度々アヤトの非常識な言動や振る舞いに驚いていたが、その全てを面白いと受け入れ認めていた。核心を突かれた際も言い訳せず本心を見せ、小細工なしでアヤトと向き合う姿勢を感じられた。

 ロロベリアの知る限りアヤトが懇意にしているラタニやニコレスカ夫妻、国王も同じタイプなら気は合うだろう。

 またリースやユースにさえ未だ素っ気なく、自ら関わろうとしないのにどんな理由でもサクラとは関わった。

 ラタニの意見からアヤトがサクラの誘いを受けないとの考えはまったく根拠がない自信でしかないと思えてきて。


「それでも王国にはその隊長が居るんですよ? これでは矛盾しています」

「別に帝国民になってもあたしとの仲が消えるわけじゃないし、今より遊ぶ機会がなくなる程度なら問題ないでしょ」


 焦燥感を抱く中、カナリアがその意見を引き合いに反論するもラタニは一蹴。

 思いもしない可能性にカナリアやモーエンは口を閉ざし、ロロベリアも沈痛な面持ちになる。

 そんな三人を眺めていたラタニは仕方ないとため息一つ。


「唯一の疑念は王国にはロロちゃんがいることかな? まあその辺も引き抜かれて帝国民になる、じゃなくて皇女さまの目的にお友達として協力するって感じならやっぱ問題ないか。むしろその可能性が高いかもねん」


 新たな可能性を提示されて顔を上げるロロベリアに微笑み、ソファから立ち上がる。


「どちらにせよ、あたしはアヤトが悪さしないなら好きにすればいいに一票。あの子の人生だ、あの子の好きにさせるべきってね。以上、アヤトのお姉ちゃんからの忠告でしたとさ」


 自分はあくまで見守るとの結論を残して応接室を後にした。

 ただその結論には暗に外野が口を挟むなとのクギを刺していて。

 アヤトの人生を第一に考えているからこそ、本人が決めた道なら応援して、必要であれば守る姿勢を取り続けている。

 だから今回も同じで、ロロベリアも賛成に一票だ。

 サクラの目的が分からない以上、ここで考えても仕方がない。

 なによりラタニの意見が正しく思えるなら、それこそアヤトが決めるべきで。

 どのような答えが出ようとアヤトが王国に残る、との可能性を提示されたお陰だが、とにかくロロベリアは内心安堵。


「隊長が当てにならない今、アヤトさんが王国に残る唯一の理由があなたなんです。ロロベリアさんは王国を裏切りませんよね?」


 ……していたが、どうもカナリアは相当焦っているようでもの凄い威圧感で確認してくる。


「こうなりゃ既成事実の一つでも作ってみるか。さすがの坊主も家庭を持てば少しは落ち着くだろうしな」


 更にモーエンも相当焦っているようで意味不明なことを言い出して。


「モーエンさん良いアイデアです! ロロベリアさん、早速――」


「二人とも落ち着いてください!」


 安堵する暇がなくロロベリアは顔を真っ赤にして二人を宥めることになった。


 



 応接室を後にしたラタニはそのまま自分に充てられた客間に向かっていた。

 ロロベリアらに今回の一件に口出ししないと告げたように、わざわざアヤトの真意を確認するつもりはない。

 これまで不遇な人生を歩んできた弟が決めたなら好きにしろだ。むしろその決断を応援し、守るのが姉である自分の立ち位置で。

 最後に最もな可能性を未来の妹を安心させるために口にしたが、実のところもしアヤトがサクラの引き抜きに応えて帝国で暮らそうと気にしない。

 どこで暮らそうと、離れていようと家族の絆があるならラタニにとってそれでいいと客室に入った。


「つーかほんとお前好き放題な。カナちゃんがかなりご立腹だよん」

「テメェに言われたかねぇよ」


 灯りも点けず窓から差し込む月明かりを頼りに、執務机に両足を乗せて偉そうにあやとりに興じるアヤトといつものノリで接する。


「だがまあ、あいつには借りがある。ご機嫌取りくらいはしておくか」

「そうしときんさいな」


 もちろんサクラの一件についてアヤトがわざわざ報告に来たのではなく別件のためと、ラタニは灯りを点けることなく執務机に腰掛けるなり本題に入った。


「んで、お仕事は今のところどうなん」

「まだ三日目だ。大して進捗してねぇよ」


 いくつかの情報交換を終えると、あやとりの紐を乱雑にコートのポケットにねじ込みアヤトは立ち上がる。


「んじゃ、引き続き頑張りんさいな」

「言われるまでもねぇ」


 ラタニも空気の入れ換えに窓を開けて、月明かりを背に手を振り見送るが。


「ちなみに皇女さまはどうだった?」

「それを知る為の時間だ」

「ふーん。なら皇女さま次第でロロちゃんから乗り換えるつもりかい?」


 実のところ、もしアヤトがサクラの引き抜きに応えて帝国で暮らそうと気にしない。ただ個人的にロロベリアも応援しているが故に一応な確認を。


「バカがバカ抜かすな」


 するとわざとらしい大きなため息と。


「乗り換えるもなにも、俺は最初から最後まで俺だけのために生きてんだよ」


 その答えを最後にアヤトの気配が消えた。

 残されたラタニは窓枠に両肘を置き、背を反らして月を眺めつつ苦笑する。


 恐らく本人は全く気づいていないだろうが、今の答えなら。


「つまり、ロロちゃん一筋(現状維持)ってことじゃん」


 本当に弟は捻くれすぎて無自覚だ。




帝国編に入ってからちょいちょいアヤトが無自覚デレしてる……。

ちなみにエニシの技術はしれっと可能なモノではありません。あくまでラタニが異常なだけなのであしからず。


みなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!

また感想もぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

読んでいただき、ありがとうございました!

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