確信、からの
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「とりあえず勝った褒美として、自慢の治療術でこいつを治してくれんか」
「承りました」
「……もう三度目じゃが、お主らだけでわかり合ってないで説明せい」
受け取った新月を地面に落ちていた鞘に納め、アヤトの左手首に治療術を施すエニシにサクラは冷ややかな視線を。
彼女からすれば新月を抜刀したアヤトがいつの間にかエニシの背後に立ち、更に後方に鞘が落ちたというデタラメな光景にしか見えなかっただろう。なんせ精霊力を解放して視力に集中させたロロベリアですらアヤトの姿を追い切れなかったのだ。
正確には新月の抜刀と同時に鞘が飛び出したことでエニシが体勢を崩し、同時にアヤトが飛び出したところまでは何とか視認できたが、気づけばエニシの背後に立っていた。
単純に最高速度が上がったのだろう。しかし擬神化をせずにどうやってとロロベリアも気になるところで。
「これは失礼を。では一連のやり取りを簡潔にご説明いたします」
故にサクラだけでなくロロベリアも興味深く耳を傾ける中、エニシはにこやかな笑みで。
「最初から私の敗北は決まっていたのです」
……確かに簡潔だった。
「いやはや、戦況の先の先を読んだ見事な策略。このエニシ、感服いたしました」
「ま、俺はか弱い持たぬ者だからな。得体の知れない精霊術士さま相手にするなら搦め手は必衰だろう」
「おやおや、これはこれは……か弱いなどとアヤトさまはご冗談もお上手なようで。ただ得体が知れないのは私の方です。いったいどのようにしてか弱いアヤトさまがこれほどの力を身に付けたのか。興味が尽きませんな」
「さあな」
「やはりいけずですなぁ。では先ほどとは別の、秘伝の茶菓子のレシピと交換、というのは如何でしょうか」
「……対価を払うか。なら簡潔でよければその茶菓子と茶でも飲みながらでどうだ」
「充分でございます」
「……なあロロベリアよ。こやつら随分と仲良くなってないか」
「私も思います……」
更には二人で盛り上がり始めて完全に蚊帳の外。
刃を交えたことで認め合い何かが芽生えたのはこの際いい。
ただもう少し気に掛けてはどうだろうか。特にエニシはサクラ従者なのだ。
「これは失礼いたしました。アヤトさまとのお喋りが楽しくて、つい」
二人の感情が伝わったのかエニシが会話を中断して謝罪の一礼を。
「私はお嬢さまの忠実なる従者、まず第一に考えることはお嬢さまの喜びにございます。ですが男とは時として譲れないものがあるのです。男と男の約束を違えるわけにはいきません」
「……そのような約束をいつしたのかも気になるが、爺やがそこまで言うなら妾も無理には聞かんが――」
「なによりアヤトさまの弱みをおいそれと広めるのはもったい……言語道断」
「お主、いまもったいないと言ったな?」
「はて? 聞き間違いではないでしょうか」
相変わらず主従にしては気さく過ぎるがそれよりもロロベリアとしては気になる話題が。
「アヤトの弱み……あだっ!」
……上がったのでつい口にすれば頭上から痛みが走る。
原因はいつの間にかエニシから離れて目の前に来ていたアヤトが新月の鞘で殴ったからで。
「なにするのよ!?」
これには当然ロロベリアも批判するがアヤトはため息一つ。
「テメェはなに目キラキラさせてんだ。俺の弱み知って寝首かくつもりか」
「そんなことしないわよ!」
ただ知れば色んな意味で打倒アヤト対策になるとは思っていたがそれはさておき。
「どうだかな。さて、帰るか」
「……は?」
新月を腰後ろに帯刀、続いてロロベリアに預けていた朧月とコートを手にするなりアヤトから帰宅宣言が。
「むろん残りたければ残ればいいぞ」
「あなたが帰るなら私も帰るけど……もう?」
「共に茶と菓子を囲み、更には目的の一つも叶えてやったんだ。なら用はないだろう」
むしろメインはエニシとの模擬戦で、お茶会の時間は半分もなかったが確かにサクラ側の要望は叶っている。
しかし皇女の誘いを一方的に終えるのは問題がある。
なによりサクラが認めないだろう。
「何を言うか。お主、爺やとばかりで妾とはほとんどお喋りしておらんぞ」
「それに先ほど簡潔でもお話ししてくださると約束したではありませんか」
予想通りコートを羽織るアヤトをサクラだけでなくエニシも引き留める。
だがそこはアヤト、両者に挟まれおろおろするロロベリアも無視でまずエニシに視線を向けた。
「まだ数日帝国にいるならその席もあるだろうよ」
「それは……」
「なにより腹の探り合いはもいいと言ったハズだがな」
ふてぶてしい言い分に言葉を詰まらせるエニシから、続いてサクラに視線を向けて挑発的に笑う。
「それとも今日一日で俺を口説けると思ってんのか」
この投げかけにサクラだけでなくロロベリアも目を見開く。
意味深な言葉、しかしあまりに直球なもの。
天才的頭脳で帝国に貢献した有能さがありながら、持たぬ者が故に欠陥皇女と呼ばれるサクラがアヤトに興味を抱く理由はただ一つ。
同じ持たぬ者にも関わらず王国の代表として選ばれた実力。その真意を確かめ、何らかの情報を引き出すつもりでいるとロロベリアを始め、王国サイドが危惧していた。
もちろんアヤトが安易に真実を語るとは思っていない。
だが人工的に精霊術士を生み出す非合法な実験を、国王の命ではないとはいえ王国内で行われていたと知られるのは大きな痛手となると慎重になっていたのに。
皇女がアヤトを帝国に引き抜くつもりでいたとは予想外だ。
おあつらえ向きにアヤトは平民、帝国に引き抜いても問題はないがなぜ欲するか。
後継者争いに関係しているのかは分からないが、政治関係に利用されるのをアヤトは嫌う。王国で不当な扱いを受けた過去はあるも、本人が気にしていないなら受けるはずがない。
それでもサクラ側がどのようなアプローチをしてくるかが読めずに警戒していたのに、アヤトはまるで察していたように挑発的な態度を示したのだ。
「俺の自惚れなら笑って良いぞ」
「いや……妾はお主を欲しておる」
言い当てられたサクラは肩を竦めつつ本心を告げた。
やはり狙いはアヤトを帝国側に、自分の元に引き抜くつもりだったようで。
「実際におうて、爺やとの手合わせでより欲しくなったわ」
「そりゃどうも」
「して、先ほどの言い分じゃと妾にもチャンスがあるのか?」
「どうだろうな。ま、こちらの条件を呑んでくれるなら口説く時間くらいはくれてやる」
互いに腹の探り合いを無しにしたやり取りは皇女相手にもアヤトは強気の姿勢を崩さない。
「ここで器のでかさを披露すればよりチャンスがあるかもしれんぞ」
「言いよるわ。ますます気に入った、なんでも言うがええ」
そんな態度にも愉快げに笑うサクラに対し、アヤトは不敵に笑った。
「なら遠慮なくふっかけるか」
◇
「ほんに……面白い奴じゃった」
研究施設の前までアヤトとロロベリアを見送ったサクラは応接室に戻るなり大きく息を吐く。
ちなみにエニシも共に戻ってお茶の用意をしている。予定では馬車で迎賓館まで見送るつもりだったが徒歩で帰るとアヤトが言い出したのだ。
これから友人として気軽に訪ねる関係になるなら、送り迎えは大げさだと拒否したからで。
こちら側の狙いを察して尚、小細工無しの対応。
かと思えば意味不明な条件を持ちかけてくる。
予想を大きく上回る実力もだが、それ以上に考えが読めずに興味が尽きない。
「アヤトを口説くため、爺やには色々と苦労をかけるが頼んだぞ」
「仰せのままに」
交渉の機会を得たのは間違いなくエニシの貢献、結果として忙しくさせてしまうがサクラの力になれるなら嫌な顔なく、むしろ自分と同じく楽しげで。
「それにしても……あやつらはどのような関係なんじゃ?」
しかしそれとは別にサクラが気に掛けるのはやはり二人の関係性。
少しでもアヤトという為人を知れたが故に彼は安易に他人と関わらず、心を許さないように見える。
にも関わらず今回の同席や愛刀を預け、更にあの条件も踏まえればロロベリアを特別視しているのは確実。
なのに言動もだが、条件を口にした際のロロベリアの反応から肝心な部分で距離を置いているようにも見えた。
状況としては解りやすいほどなのに本心が掴みきれない。
ただロロベリアは逆に本心も含めて解りやすい。
なら交渉のカギは彼女になる――
「分かりかねますが、少なくともロロベリアさまを利用するのは愚策かと」
思考を巡らせている中、エニシから忠告が。
「将を射んと欲すればまず馬を射よ、と言いますがアヤトさまは捻くれた物言いが多く見受けられますが、根は実に真っ直ぐな御方です。故に時間の許す限り、お嬢さまらしく口説くのが得策でしょう」
続く助言にサクラも同意できる。
本心が掴みきれないアヤトだがロロベリアを特別視しているのは確か。なら彼女次第で交渉は有利に進むかもしれない。
しかし同時にアヤトの逆鱗に触れてしまう。
つまりエニシの助言通りこの交渉にロロベリアを関わらせること事態が愚策、下手な小細工を張り巡らせるより誠意を示し続ける方がまだ可能性はある。
これがサクラの結論で。
「お嬢さまにこのような助言は不要かと思いますが」
「いや、妾も同じように感じておった。爺やも感じるのならば自信になるぞ」
刃を交えたエニシも同じ結論に至ったなら確信だとサクラは笑みを浮かべて気合いを入れる。
相手はかなり強敵だが協力を得られれば自分の目指す場所に大きく近づく。
「さて、明日から忙しくなるぞ」
ならばこの四日間で上辺ではなく本物の友になる必要がある。
相手のペース?
知らん
これぞアヤトくん。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
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