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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
第五章 帝国の英雄編
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臆病者

アクセスありがとうございます!



 互角の戦いから一片、後退したエニシの間合い外からの攻撃でアヤトが倒れ伏した。


 身体ごと二〇メルは吹き飛ぶ強い衝撃を受けたのなら早くアヤトに治療術を施すべき。


 なのにロロベリアは動かない。


 アヤトの敗北が衝撃的で茫然自失に陥っているわけではなく。

 単純に勝利したエニシが未だ警戒を解いていない。

 むしろエニシこそ茫然自失の表情で。


「……いやはや、さすがにあり得ませんな」


 注目する中エニシがふう、と小さく息を吐きつつ刀を鞘に納め、倒れたままのアヤトに苦笑い。


「狸寝入りは無意味でございますよ」

「だろうな」


 言葉を掛けるなり何事もなかったようにアヤトはむくりと起き上がる。

 察するにアヤトは気絶したフリで気を緩めたエニシのスキを虎視眈々と狙っていたらしい。

 そこまでは理解できたが、エニシが何をしたのかまでは分からぬまま。


「今の攻撃に吹き飛ぶほどの威力はございませんから。せいぜい……少々骨折や臓器損傷くらいでしょう」

「随分とえげつない少々だな」

「ご安心を。私は治療術だけは得意としているので、致命傷でなければお治し出来ると自負しております」

「確かにご安心だな」


「……またお主らだけでわかり合いおって」


 物騒なやり取りをする中、蚊帳の外のサクラが呆れたようにため息一つ。


「爺やが何をしたのかは、まあ予想は出来るが」

「……サクラさまはご存じなのですか?」

「見えなんだが爺やの主じゃからのう。故にアヤトが無事なのかが不思議でならん」


 どうやら本当に蚊帳の外なのはロロベリアのみらしく、少なくともサクラはエニシが何をしたかは察しているらしい。


「爺や、ロロベリアに説明してやるがええ」

「宜しいのですか」

「妾のわがままに付き合わせておるんじゃ。お主の()()を教えるくらいかまわんじゃろう」

「アヤトさま、説明するお時間を頂いても?」

「俺が頼んだことだしな。白いのに講釈たれるなら待っててやるよ」


 どうやら教えても良いらしく、新月を鞘に納めて右手で衣服を払うアヤトから了承を得るなり身体ごとこちらに向けた。


「ではロロベリアさまへの講釈をかねてご説明いたします。と言ってもそう難しいものではありません。私は後退しつつ刀身に精霊力を集約し、抜刀と同時にアヤトさまへ()()()()()のでございます」


「…………は?」


 内容自体は実に単純、しかし理解が追いつかずロロベリアはキョトンとなる。

 何故なら精霊力とは世界に自分の精霊力を干渉させて精霊術を発動するものであって、相手にぶつけるものではない。

 また内に秘めた精霊力で身体能力を向上させるものであり、部分部分に集約させることで更に向上させるもの。

 例外としてラタニが皮膚を覆うのを可能としているが、やはり攻撃手段ではない。そもそも身体の外にまで集約できるなど聞いたことがない。


「信じられぬのも仕方ないかと。お恥ずかしながらこの技術は私にとって皮肉な結果として編み出したものですからな」

「だから……秘伝、ですか」

「私は精霊術士に開花したのですが精霊力の保有量に恵まれていなく、今でもロロベリアさまより少しある、程度かと」


 確認させるためかエニシが制御を解いたことで感じ取れる精霊力が増幅するも、これまでの消費を考慮に入れても確かに自分と同じレベル。

 保有量は開花時に個々で差はあれど成長するにつれ少しずつ上昇するが、伸び率が個々で差があるように上限にも差がある。

 エニシの年齢から既に上限に達しているだろう。なら同年代の頃は更に少なく、それこそ自分よりも少なかったはず。


「結果、現実逃避として武術に打ち込みました。しかし遠距離での攻撃手段がなければ霊獣の討伐や、精霊術士を相手取ると危険を伴います。臆病者な私はどうにかしたいと悩んでいたのですが、少ない精霊力を上手くやりくりしようと練度を高めていたのが功を奏したのでしょう」


 まさに今の自分と同じ悩みを抱き、精霊術に拘らず悩んだ末に編み出したのが精霊力を放つという規格外な方法。

 それを可能としたのも諦めずに強くなる方法を模索し、出来ることを続けていたことでラタニをも上回る制御力を得て、精霊術士でありながらアヤトと近接戦闘で互角に渡り合えるのか。エニシの向上心、鍛錬、常識に囚われない発想から編み出した技術なら秘伝と呼ぶに相応しく。


 ただ精霊術士が精霊術を使わない戦法は沽券に関わる為、リースの暴解放と同じく誰も試そうとしないだろう。

 なるほど、エニシが帝国は良くも悪くも実力主義と嘆いていたのがよく分かる。

 精霊と同じく自然を操る精霊術を扱う希少な精霊術士が神聖化されている今の世なら邪道扱いされても不思議ではない。


 しかしロロベリアは違う。


「もちろん精霊術ほどの威力は出ませんし、集約してすぐに放たなければ世界に満ちる精霊力に飲まれるので射程距離もさほどありません。ですが世界に干渉するほど必要としないので少量で済むだけでなく、少量故にほぼ不可視なので使い方によってはとても重宝しますよ」


 目指す道に必要ならば、精霊術に拘りなどない。

 目指す背中に追いつくにはなりふり構っていられない。

 自分が目指すのは最強の精霊術士ではなく、世界を守る大英雄だ。

 射程や威力が劣っていようと少量で済む攻撃法があれば戦術の幅はグンと広がる。この秘伝が今の悩みを解消する一手になると理解するからこそ、是非とも習得したい。


 故にもっと教えを請いたいが、さすがに王国の代表である自分にこのような秘伝を教えないだろう。

 なによりまだ途中。エニシが何をしたかという疑問は払拭されたことでロロベリアはサクラと、恐らくエニシと同じ疑問を抱く。


「なので今まで気づかれることなく相手を打ち倒してきたのですが……本当にあり得ません。アヤトさまは私が秘伝を放つと同時に新月で防ぐだけでなく、自ら後方に飛び衝撃を相殺したのです」


「なるほどのう……。故にアヤトが無事なのは理解したが、だからこそ理解できん」


 そう、なぜ精霊力を感じられないアヤトがこの攻撃を防げたかだ。



 ◇



「精霊力を感じられないアヤトさまにとって完全な不可視の攻撃になるはず。発動すらも予測できない秘伝をなぜ防いだのか……不思議でなりません」


 ロロベリアの予想通りエニシも疑問を抱いていた。

 武器に純粋な精霊力を纏わせ放つ技術は従来の精霊術よりも扱いが難しく、独特の制御力を必要とするので自分以外に扱える者はいなかった。

 また精霊術よりも射程距離が短く、精霊のように自然を操る精霊術が神聖化されているため知る者には忌避すらされている。

 つまりアヤトにとってこの攻撃は初見のはず。なのになぜ対処されたのか。

 それとも自分以外にもこの技術を扱う者がいて知ったか戦っていたのか。


「宜しければぜひ講釈をして頂けないでしょうか」


 底知れぬ強さを秘めるアヤトに個人としても興味を持ったエニシは返答を請うも、本人は何でも無いといった風に肩を竦めて。


「俺を侮っていない精霊術士がけん制の精霊術すら使おうとしない。間合いを見誤るようなバカでもない奴が、いきなり距離を取り意味のない抜刀をする。この二つを踏まえれば何かあると警戒するのは当然だろう」


 だから致命傷にならないよう新月を縦に構えて身体を庇い、衝撃を感じた瞬間受けきれないと判断し背後に飛んだと口にする。


 ただロロベリアと同じようにエニシはすぐに理解できなかった。

 要は状況判断から()()()()()()()()()

 あの刹那のタイミングで最良の防御を可能とした反射速度、導き出した思考力はもはや神業と呼べるほど。


「だがまあ、俺もまだまだ甘いな。どうやら手首がイカれたようだ」


 それを誇るでもなく、むしろ自分を戒めるようにアヤトは左手を掲げる。

 衝撃を相殺しきれず骨折したのか左手が妙な角度にうな垂れている。なのに痛がる素振りすら見せていない。


「とにかく疑問も解消できたなら続けるか」


 負傷し、距離的不利を知って尚衰えない闘争心はまさに戦闘狂とも呼べる姿。

 しかし向けられる感情には禍々しさよりも楽しく遊ぶ子供のような純粋さが伝わってくる。


「……あなたという方は」


 矛盾した感覚にさすがのエニシも称える言葉が見つからない。

 ただこのまま終えてアヤトの楽しみを奪うのは忍びなく。

 なにより自分もこの状況をどう覆すか楽しみで仕方ないとエニシは身をかがめ、抜刀の構えを取る。


「どのように攻略するか楽しみにしています」

「実に単純な攻略法だからな。期待に応えられればいいが」


 アヤトは新月に手を添えたままゆっくりと歩き出す。

 一見挑発に思えるがエニシは警戒心を更に引き上げた。


 何故ならアヤトが立ち止まったのは距離にして約一五メル強の位置。

 精霊力を集約する量を増やせば飛距離は伸びる。

 しかし距離を伸ばせば脅威の反射速度で躱される。

 つまりアヤトの最高速度を考慮すれば間合いは一五メル以内。

 また自分の抜刀速度なら一〇メルまでに放てば確実に間に合う。


 勝敗を左右するのは()()()()()()()()()()()


 これを一度受けて見切ったのか。

 それとも天性の感覚か。


(どちらにせよ……底知れぬ方だ)


 しかし見切ったことで間合いが不利なのも理解しているはず。

 この差をどう覆すのか。


「さて――」


 楽しみにしつつも集中するエニシに対し、アヤトは新月を抜刀。

 歩きながら腰から外していたのか、振り抜いたことで鞘が一直線に襲いかかる。

 奇襲で怯ませて五メルの距離を埋めるつもりか。

 それとも接触のタイミングに合わせて埋めるつもりか。


 確かに単純で堅実的な攻略法だが詰めが甘い。


 振り抜きの速さもあり鞘の速度はかなりのもの。しかし直線的が故に安易に躱せる。

 加えて秘伝は抜刀の構えからでなくても放てる。

 多少体勢を崩そうとも影響はないとエニシは鞘の軌道から身体を傾け反らす。

 同時に好機と捉えたのかアヤトの姿がブレた。

 初動なく最高速で距離を詰めるがまだ一〇メル外。

 勝利を確信してエニシは精霊力を集約、抜刀を――


(な――っ)


 瞬間、アヤトが()()()()

 それこそエニシの限界速度に勝るほどで。

 僅かな誤差、しかしその誤差が命運を分けて放った精霊力が虚空を斬り。


「……一つ、言い忘れていたが」


 遅れて鞘が通り過ぎる中、背後から声が。


「俺はあんた以上に臆病者なんだよ」


 振り返れば新月の刀身を肩に乗せたアヤトがほくそ笑んでいる。

 その笑みでエニシは理解した。

 そもそも持たぬ者が今ほどの速度で動くには何かしらの制限があるはず。だからアヤトは最初の攻防を技能のみで対応できる速度に抑えて、勝利を焦らずこれ以上の速さはないとの先入観をまず刷り込ませた。

 鞘を飛ばしたのも自分の対応を僅かに遅らせる安全策でしかなく、単純な攻略法だと口にして先入観を刷り込ませていた。

 確実な勝利を得るために先入観という罠を張り巡らせて。

 勝敗を分ける五メルの攻防で利用した。


 最初から最後までアヤトの術中にまんまとはまっていた。


「恥ずかしいから誰にも言うんじゃねぇぞ」

「アヤトさまはいけずだけでなく、シャイでしたか」


 完全にしてやられたとエニシは清々しい気持ちで敗北を口にした。




第四章でモーエンが疑問視していた『アヤトは基本相手と同等か、少し上程度の実力しか出さない』との理由がこちらでした。

つまりどんな相手でも警戒心を抱くから手の内を明かさず、確実に勝利を取る方法を常に模索している臆病者なんですが、ただでさえ身体スペック高いのに頭脳戦にまで長けてれば規格外の強者になりますよ。

なので完全に手の内を知られて、同じくらい頭脳戦に長けるラタニには小細工なしの正攻法になるんですけどね。


みなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!

また感想もぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

読んでいただき、ありがとうございました!

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