前哨戦
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サクラの研究施設は精霊器の開発を主にしているだけあり、戦闘向けの精霊器をテストする部屋もある。
アヤトの希望を叶えるなら他者に模擬戦を知られるわけにもいかないと、施設内の案内という名目で移動することに。
「ここなら遠慮なく遊べるじゃろうて」
淡い灰色をした内装の試験施設は序列専用の訓練施設と遜色ない広さなので模擬戦をするには充分。
ただ二人の模擬戦が決まってからサクラのテンションが高いのは、アヤトが指摘したように持たぬ者にして王国代表となった実力に興味があるのだろう。
「精霊器のテストに使うが故強度も充分ある。問題は精霊結界まで設置しておらぬのじゃが――」
「問題ねぇよ」
「……お主がそう言うなら構わんか」
ラタニとの模擬戦ですらアヤトは精霊結界の恩恵を受ける精霊器を所持しないので当然の返答だが、精霊士のエニシが相手ならそもそも問題ないはずとロロベリアは疑問を持つ。
「お待たせいたしました」
だが質問する前にエニシも試験施設に現れたことであやふやに。
この手合わせが決まってすぐ、準備をすると別行動していたのだがそれにしては執事服のままで。
「その格好でいいのか」
「私はお嬢さまの執事であり護衛でもありますから。服装に関しては問題ございません」
アヤトの問いに笑みを絶やさず答えたエニシは『ですが』と帯刀していた得物を手にする。朧月と同じ長さと反りのある刀の柄を握り鞘から抜いた。
「朧月や新月とは違い銘のない紛い物ではありますが、素手でアヤトさまのお相手を努めるのは難しいので」
確かに形は似ているも刃の輝きは鈍く、刃紋もない見せかけの刀なのは遠目からでも分かるほど。刀身の細さも相まってどこか頼りない印象を与える。
にも関わらずアヤトはおもむろにコートを脱ぎ始め――
「白いの、持ってろ」
「え?」
「新調したばかりでまたダメにされたらかなわんからな」
投げナイフなど必要ないとの余裕に捉えられるが、逆を言えばアヤトが警戒しているとも捉えられる。
それほどエニシは警戒するべき強者なのかとロロベリアは受け取ったコートを握り息を呑む。
「こいつもだ」
しかし続けて腰から鞘ごと抜いた朧月まで渡され判断に悩む。
朧月はアヤトの主力武器。なのに手に入れてまだ日の浅い新月で挑むのはどういうことか。
なにより――だからこれはどういうことか。
「……ほんにお主とアヤトはどのような関係なんじゃ?」
先ほどは自分以外に触れさせたくない的な発言をした朧月をロロベリアには抵抗なく預ければサクラが訝しむのは当然で。
こうした思わせぶりな態度がもやもやの原因なので自分こそ知りたいとロロベリアは言いたいが、場が場なので我慢して別の疑問を投げかけることに。
「…………あなた新月のみでやるの?」
「それがどうした」
投げかけたところで明確な答えが得られるわけもなく、煩わしげに背を向け室内中央へ。
エニシも朧月を手放したアヤトに思うところはあるようだが、結局サクラとロロベリアに一礼して後に続き。
十メルほどの距離を空けて向かい合い、アヤトは抜き身の刀身を左肩に乗せたいつもの立ち姿で。
対しエニシは刀を青眼に構えて。
「いつでも良いぞ」
「こちらも問題ございません」
両者とも準備は出来たと聞くなりサクラが二人を見据えて頷き――
「では……開始じゃ!」
宣言が響き渡るなりロロベリアは精霊力を解放。
強者同士の模擬戦となれば言葉以上に得るものは多い。視力に精霊力を集約し一足一刀も見逃さないと集中する。
アヤトが興味を示すほどの相手、きっと激しい戦闘になるだろう。
「…………」
「…………」
などと予想していたのに両者とも微動だにせず室内は静かなもので。
「……ロロベリアよ、これはどういうことじゃ?」
「どう……なんでしょうか」
この膠着状態にサクラも困惑するが、ロロベリアも予想外なので上手く答えられない。
ただ静かながらも妙な緊張感が両者を包んでいるので声も掛けられず、見守るしかなく。
一分ほど続いた膠着状態はエニシによって破られた。
「申し訳ございませんでした」
「気にするな」
「「……え?」」
突然構えを解き頭を下げるエニシに苦笑するアヤト、観戦していた二人はキョトンとなり。
「爺やよ、何もせず敗北を認めるとはどういうことじゃ? 説明せい」
すぐさまサクラが問い詰めると、エニシは『違いますよ』と首を振る。
「今のは敗北宣言ではなく、非礼をお詫びしたのでございます」
「非礼じゃと?」
「今回の手合わせはアヤトさまの実力を確かめるもの。なのでまずは様子見と思いましたが……慢心でした」
「ま、仕方ないだろう。持たぬ者の俺に対して懐疑的になるのは当然だ」
「お心遣い、感謝いたします。しかし立ち会ったことでよく分かりました。お若いのにここまでとは……恐れ入ります」
「世辞はいい」
「二人でわかり合ってないで妾にも詳しく説明せい」
だからエニシは謝罪をしてアヤトは気にするなと答えたとは理解できたが、なぜその答えに行き着いたのか経緯が分からずサクラが急かす。
「これは失礼いたしました。お嬢さま、立ち合いとは刃を交えるだけではございません。視線、身体の僅かな動き、意識など様々な方法で交えるものでもあるのです」
つまりただ向き合っていたのではなく、エニシから様々なアプローチをかけて挑んでいたのだが。
「いくら誘いにかけても応じることなく流されてしまいました。それどころかあれほど静かな殺意を感じたのは初めてです」
「静かな殺意……?」
「分かりやすく例えるなら、様子見で斬りかかろうものなら即座に斬り殺すぞと、そのような感じですね」
「ころ……っ」
物騒な例えにサクラも言葉を詰まらせる。
「お試しの遊びで殺すかよ。つーか問題になるだろうが」
「ですから例えでございます。少なくとも痛い目にあわすおつもりでしたでしょう?」
「仕方ないとはいえ、舐められるのは嫌いでな」
しかし和やかに会話は続き、アヤトが肩を竦める。
「で、ご理解できたなら止めるのか」
「いえいえ、まだお嬢さまに伝わるような勤めを果たしていませんし……なにより私個人としてもアヤトさまの実力に興味があります」
「それはなにより。俺も久しぶりに楽しめそうな遊び相手を前に、このままお終いなのはつまらんからな」
「では、様子見なしでお相手させて頂きます」
告げるなりエニシは右手に刀を持ち切っ先を下へ。
おおよそ構えとは思えないがアヤトも基本は力を抜いたスタイル。つまりエニシ本来の構えも自然体のようなもなのか。
「…………っ」
なとど予想するロロベリアだったが、次の瞬間息を呑んだ。
何故ならエニシの白髪まじりの黒髪と黒目がサファイアよりも澄んだ蒼に変わっていた。解除時に感じていた精霊力から精霊士と践んでいただけに、精霊術士とは思いもよらず。
しかしなにより驚かされたのは解除時の感覚。
精霊力の解放時、本来なら保有量関係なく強く感じ取れる。現にラタニも解放後は類い稀なる才で膨大な精霊力を緩やかな圧へと変わるが解放時までは御しきれない。
だがエニシはいつ解放したか分からないほど自然と解放した。今も微弱な精霊力しか感じ取れない。
制御力か培った経験からかは分からないが、少なくとも精霊力の扱いはラタニすらも上回っているかもしれない。
この場に精霊力を感じ取れるのはエニシの他にロロベリアのみ。
サクラは主だけありエニシの技量がどれほどか知っているのだろうが、アヤトも驚いた素振りはない。
感じ取れないからか、それとも感じ取れなくても想定内なので驚くまでもないのか。
「さて――」
「いざ――」
今度は合図もなく二人の姿が同時に消えて――
「遊ぶか」
「喜んで」
ガキンとの金属音と共に中央で二人の刃が交わっていた。
アヤトは無自覚です(二回目)。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
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